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チビでぽっちゃりで絶妙に不細工な国王陛下シリーズ

チビでぽっちゃりで絶妙に不細工な国王陛下の政略結婚

作者: 渉 こな


◇◇◇ side ヴィクター ◇◇◇


敗戦国より花嫁という名の捕虜として、オリビアが私の元へと嫁いできてくれたのは、私がまだ13歳、オリビアは14歳の時の事だった。


もちろん、まだ幼い私たちが夫婦として暮らす事は無く、オリビアは王宮の奥で、待遇は良いが半ば囚われの生活をし、王たる私の名ばかりの妻となった。


私こと、ヴィクター・ピアソンも、若干12歳で王位について、その翌年にオリビアと政略結婚をする事になった為……私は、まだ混乱を極める王朝やら国王としての教育に忙殺され、オリビアの事は常に放置気味であった。


もちろん、オリビアが困らないようにと、王妃への予算はきちんと割いていたし、周りの者にも、オリビアや、その側近で隣国より一緒に来た者たちに、失礼な振る舞いやら害する事などが無いようにと言付けてあったが……。


まあ、夫らしい事で彼女にしてやれたのは、そのくらいの事である。


たまに国王夫婦として参列する式典などで、オリビアと話す事はあったが、声をかけても「不便は無いだろうか?」「はい、つつがなく……。」で会話は終了してしまい、二人きりで話した事も、ほとんど無いという、典型的な仮面夫婦でやってきている。


それでも、私は特にオリビアを嫌っている訳では無かったし、オリビアも私を嫌ってはいなかったと思う。


チビでぽっちゃりで絶妙に不細工な私の事を、美姫と謳われたオリビアが嫌っている可能性は……残念ながら無いとは言えないが……話しかけても、特に嫌そうにされた事は無かった……はず。


……そんなこんなで、私たち夫婦は結婚5周年を迎える事となったのだが。


私の奥さんは……もしや男なのではないか、と……先ほど思ってしまったの、だ。


……ものすごーく、今更なのだが。


◇◇◇


結婚5周年の式典は、オリビアの出身国からも貴賓客が招かれており、それはそれは盛大な物であった。我が国は敗戦国であるオリビアの国が立て直せる様に支援してきたし、私が王位について6年……最初こそ混迷を極めていたこの王朝も、だいぶ軌道に乗ってきた。


テラスから民衆にオリビアと共に挨拶をすると、集まった民衆からは盛大な歓声で迎えられ、私はなんとかここまでやってこれた事に、心の奥で涙した。


そんな式典の中……。


私とはまるでソリの合わない、狸オヤジな宰相が大声で叫ぶ様に言ったのだ。


「賢王たるヴィクター様に祝福を!……かの国より嫁がれたオリビア妃との間に、和平の証となるお世継ぎを期待いたします!」


……と。


民衆も、見ていた官僚も警備の騎士も、隣国の賓客すらも歓声を上げた。


……こ、これは、困った。


宰相の言う事は最もである。


オリビアとの間に子供が出来れば、確かに両国の結びつきは更に深くなるだろう。……王宮でのオリビアの地位も更に良くなり、囚われの生活からも、多少なりとも自由に出来るようになるかも知れない。


分かる。分かるのだが……。


だが……。

私は、オリビアに子供を与えてやる事が出来ない。


……何故なら……。


溜息混じりに、私の横に並ぶ美しいオリビアを眺める。


そこで私はふと思ったのだ。


あれ?


オリビアって……まかさか男???

いや、まかさ、まさか……ね???


だけど、何だか改めてこう見ると、女性にしては全体的にガッチリしてないか???……肩幅なんて、私よりある様な気がする……。


女性に対して、極めて失礼である事は分かっているが……それでも気になり始めたら、私はオリビアを観察する事を止められなかった。


そもそも、オリビアは、いつの間にこんなに背が高くなっていたのだろう???

今のオリビアは、下手すると私より頭ひとつ分程デカい……私はシークレットブーツを検討すべき段階に、きているかも知れない。


それに……オリビアは決して太ってはいないのに、なんだか手足が太くて、がっしりしているし、その手は大きくて骨張っている。


……女性の手とは、こんなものだろうか???もっとこう、繊細な感じなのでは……?男性の手ならゴツゴツしてるのも、分かるのだが……。


私は自分の白くてふくふくとした、柔らかそうな手を見つめる。……まあね、私はぽっちゃりだし。


更に良く見ると、オリビアはスッキリしているのに首も太めに見える。豪華なネックレスでごまかしてはいるが、なんだか喉仏まである様な気がする……。


私は思わず、自分の喉に手をやった。安定の柔らかい肉付きの顎に、何となく虚しい気持ちになる。


……確か、この喉仏と呼ばれる骨は女性にもあったはずだ。男性だと目立つが、女性だから無いという訳ではないし、男性でもあまり目立たない人もいる。……つまり、女性で目立つ人がいても不思議ではないのだが……。


そのまま、視線を上に上げると、そこには隣国の美姫と謳われた、美しいオリビアの顔が乗っている。


でも……若干、顎がシャープで、しっかりしてきた気はするが……???まあ、それだって、オリビアの美しさには変わりは無いのだが。


オリビアの長くて密度の濃いまつ毛は、髪と同じく明るい金色で、溢れそうなほど大きくて美しい、青緑色の瞳を縁取っている。スッと通った鼻すじに、形の良い唇に施された赤い口紅が、とても良く似合っている。


うん。今日のオリビアも、大変な美しさだ。


やっぱり……男性……な訳、ないよな???

私の勘違い……だよな……。


私は、思い改める。


そもそも、こんな美人な男なんかいる訳がない。そうだ……女性ですら難易度の高い、赤い口紅が似合う男なんて、いる筈がないんだ!


心の中で繰り返す。


うん。……オリビアは発育が良いタイプなのかもしれない。年齢も一つ上だった筈だ。事情があって、オリビアには同い年だと伝えているが……。

そもそも、私はイマイチ発育が悪く、この年にして、まだ子供っぽさが抜けない。それと同じ様に、オリビアは発育がとても良く、大人としての最終段階に入っているのだろう。


うん……。そう言えば、子供は成長期に横に伸びたり縦に伸びたりして、少しアンバランスに育つと聞いた事がある。


私が最近、またちょっと太ってきたように、オリビアはちょっとガッシリしてきただけなんだ。


私はこの後、きっと身長が伸びてスッキリするだろうし、オリビアだって、骨が育った後には、ちゃんとお肉がついて、女性らしい体つきになるに違いない。


……そうだ、絶対にそうなる!


そう考えていると、凝視されている事に気づいたオリビアが私に声をかけてきた。


「どうされました?陛下?」


久々に聞いたオリビアの声はあり得なく低く、思わず顔が引きつってしまう。


え……オリビアって……こんな低い声……だっただろうか???


「オ、オリビア……なんだか……声が……。」


「ええ。すみません。……少し喉を痛めてますの。」


「そ、そうか。……蜂蜜でも贈るよ。」


私がそう告げると、オリビアは嬉しそうに可憐な笑みを浮かべた。


……一瞬、声変わりでもしてしまったのかとギョッとなってしまったが……。そうだよね、やっぱりこんなに可憐な笑顔ができる男なんて、いる筈がない!


どうして私は今更オリビアが男だなんて思ってしまったのだろうか???……もしかすると、私は少し、疲れすぎているのかも知れない。


よし……今日は早めに休もう……!!!


あ、いや……?!


この流れで、早めに休むなんて許されないのでは?!


あのタヌキ親父な宰相や、家臣どもは、今夜私がオリビアの元を訪れる事をとても期待している。……むしろ、オリビアの寝室に私を投げ込む勢いだ……。


しかし……ならば、とても困った。

どうやってオリビアに子供を産んでもらおう……???


私は、ある事情により、オリビアに子供を産ませてはやれない。そしてそれを、宰相や家臣たちには言い出せない……。


オリビアは半ば人質状態なのに、愚痴ひとつ言わないで、この5年間耐えてきてくれた。その上、多忙で、まるで顧みる事すら無かった私に、文句ひとつ言ったりもしなかった……。


そして何より、幼き日に出会った、隣国の可愛らしいお姫様だ。


夫婦らしい事は何も無いが、それでもこの5年で、なんとかこの王朝を軌道に乗せられた事は、オリビアが嫁いで来てくれ、敗戦国である隣国の官僚たちの協力を得られた事も大きかったと私は思う。


だから、私はオリビアには、やっぱり幸せになって貰いたいし、幸せにしてやる責任があるのだ。


だが、皆の前で、「ぜひともお世継を」なんて言われてしまったら……。子供が出来ない原因は私にあるのに、いつまでも子供ができなければ、オリビアは責められてしまうだろう。……下手をすると、王宮での彼女の立場を悪くしてしまうかも知れない。


私はソロソロと周りを見渡す。ふと宰相たちと目が合うと、彼らは嫌らしい顔でニヤついてきた。……あれは多分、美しいオリビアと、そうでもない私のトキメキの一夜でも勝手に妄想でもしているのだろう。


……くそっ、エロタヌキめ。


ここはもう、『私は不能なんです!』とでも、叫んでしまおうか???……ある意味、それは間違いでは無いのだし。


……だが、あのエロタヌキたちは、『痩せられると違いますよ!肥満体だから難しいのです。』だなんて、見当違いのアドバイスをしてきそうだ。下手したら精力がつくなんて言って、亀や蛇から作られた、エグい薬を飲まされたり、若かりし頃のエロタヌキの武勇伝を、リアルな描写で聞かされるかも知れない。エロタヌキは確か、子沢山だった……。


うわああ……。

なんだがそれも、とっても嫌だな。


あっ!!!そうだ!!!


オリビアは美しい。

彼女に夢中になる男は沢山いるだろう……!


身元がしっかりしており、頭も性格も見目も良く、口のかたい男をオリビアに当てがうのはどうだろう?

私は子を成せないのだから、養子をとるしか無いのだし、それならばオリビアと、その男性の子供で良いのでは無いだろうか???


そんな二人の子供に、赤ん坊の頃から関わらせてもらえれば、私は赤子にすぐに情がうつるだろう。


だって、私は、子供や赤ん坊が大好きなのだ。しかも、美人のオリビアの子供は、当然のごとく可愛いに決まってる。


本当の父親をお父様、私をパパとでも呼んでもらおう。


そうだ……それが良い!!!


だが、オリビアにも選択させてやらねばだよな。

オリビアには意思があるのだ、いくら美男子だとしても、性格が合わない奴などはお断りだろう……。


よし……!


では私が数名に絞り、それを最終的にオリビアに選ばせる……。これで行こう。


うん、我ながら良い考えだ。


しかし、不倫になってしまう事で、オリビアを悩ませるのは、本当に申し訳ない。ここはひとつ、私とは子供が出来ないから、別の方とお願いしますと頭を下げねばならないだろうな……。


……オリビアは嫌がるだろうか?


いや、大丈夫だ。チビでぽっちゃりで絶妙に不細工な私に、オリビアは何の未練も無いだろう。話した事すらほとんど無い名ばかり夫婦だ。白い結婚どころか、純白の結婚である。私はオリビアを触った事すら無いのだから。


オリビアには、ハイスペックでお似合いの美青年ばかりを取り揃えてやるつもりだし、その中からにはなってしまうが、好きな人を見つけて、自由に恋愛する事で、この政略結婚から心だけでも解き放たれるのであれば、それはそれで嬉しい事なのではないだろうか?


この流れだ……。


宰相は、今夜「王妃の元へ渡れ」と確実に言うだろう。

その時に、この話をオリビアにしてみよう。


覚悟を決めて嫁いで来てくれたオリビアを、もしかしたら少しは悲しませるかも知れないが、仕方がない……。


よし、今夜はオリビアとゆっくり話そう!

初めての夫婦の語らいだ!!!


私はそう、心に決めた。


◇◇◇


……えっと、これはどう言う事だ???


私はボンヤリと斜め上に視線をうつし、天井を眺める。


「陛下、何故、天井をその様に眺めているのです?私を見て下さい。」


視線を戻すとオリビアの双眸が、私を見つめて輝いている。


……何故、オリビアは私を押し倒したりしたのだろう?


しかも、私が話をしている最中にいきなりだ。……人の話は最後まで聞かなきゃダメなんだぞ?


しかも情けない事に、まるで力では勝てなくて、今や私はオリビアに組み敷かれている。なんて怪力……いや、私が非力?いずれにせよ、この状態はくつがえせない。


オリビアは、他の男性と恋愛するのが嫌だったのだろうか?


……もちろん、チビでぽっちゃりで絶妙にブサイクな私なんかより、よっぽど容姿も良い、煌く様な美青年たちを用意してやる気だったし、それでもお気に召さないと言うなら、おかわりだって用意してやる……。


なのに、これだ。何が気に入らないと言うのだろう???


幸いな事に、オリビアの瞳に怒りの色は浮かんでいない……。どちらかと言うと……熱のこもった目で私を見ている様な……気がする。


……あ!


オリビアはまさかのブサイク好き……?はたまた、ぽっちゃり好き???だから、あえての……私???なのか???


う、うーん。


……それはそれで微妙に落ち込むからやめて欲しい。


だが、絶妙に不細工でぽっちゃりのチビが良ければ、そういったラインナップを用意する事も可能だ。……美青年を集めるより、むしろ容易いかも知れない。


「オリビア、どいてくれないか。私の力ではオリビアを押し返せないんだ。……私みたいなのが良ければ、こんな感じの男を1ダースだって用意しよう。」


私はオリビアを見上げて、必死にそう訴えた。


これは、私たち夫婦が幸せである為にと考えた方法なのだが、勝手に決めたのがオリビアの気に触ったのだろうか……???


だが、怒っている様にも悲しんでいるようにも、なんだか見えないんだよな……???


「陛下。私は陛下を慕っています。だから陛下しか考えられません。」


「……そ、そうなのか?」


う……うーん。


そ、そうだったの???


私のどこが良いのか知らないが、オリビアはいつの間にか私を慕ってくれていた様だ。


……だとしたら、仮にも夫として、大変失礼ではあったかも知れない。


「オリビア、それが本当なら実に光栄ではあるのだが……申し訳ないが、私はお前に子供を与えてやる事が出来ないんだ。……こういった場合、私側に問題があるにも関わらず、責められるのはオリビアになってしまう。……だからと思ったのだが……。」


私が真面目な顔でそう言うと、オリビアはクスクスと妖艶に笑う。


「ああ、陛下って本当に可愛い……。大丈夫、子供はできます。私に任せて下さい。」


いやいや……オリビアにお任せしても、無理なものは無理なんだ。


「えっと、本当にダメなんだ!」


真剣に訴える私の頬を、ウットリした笑みを浮かべながら、オリビアは撫でる。


「柔らかくて……最高に素敵。」


えっと……それはどういう意味なのだろうか……?


ぽっちゃりさんのお肉が、そんなにも魅力的だったのだろうか???だとしたら、大変に失礼である。……私はこれから身長に伸びる筈で、多分だがスッキリする予定なのだから……。


少しだけムッとしてオリビアを睨むと、オリビアはいきなり私に口付けを落とした。


!!!


私は初めての口付けに驚き、オリビアを凝視しする。


その目は何故か欲情に濡れており、思わず背筋に寒いものが走る……。


こ、これは本格的にまずいのでは……?


初めての口付けが美人の自分の妻というのは、誠実なる夫なら悪く無いのかも知れないが……。


す、すまない。

……出来れば私は……。

せめて、はじめての口付けは、男性が良かった……!!!


し、しかも、あの顔!

オリビアはそれ以上だってしてきそうではないか!


うわああ!!!


これダメ、絶対にダメ。

これ以上は、本当にまずいからダメ!!!


……もう仕方ない、引かれるかも知れないが、こうなったらせめて私の本音を明かして、オリビアにこれ以上の事をするのを、やめさせるしか無い!!!


「オリビア、すまない!!!わ、私は男性が好き……なんだ。」


私が思い切ってそう言うと、オリビアはニヤリと、まるで悪い獣の様に笑った。


「……なら……好都合だな。……俺は男だ。」


そう言うと、バサリと長い髪のカツラを取ってベッドの横に投げ捨てる。短髪のオリビアは……男だ。男に見える。


!!!


え???


や、やっぱり?!?!


何となく……男なのでは?と、さっき思ったが……やっぱりそうなのか?!


!!!


そうなると……だ。


これはまずいじゃ済まされない!!!


青ざめた私は、なんとか逃れようとジタバタと暴れるが、オリビアは決して手を緩めてはくれない。


離せ、離してくれ、こんなのもーっとダメだ!!!


「俺は、陛下の大好きな男なのに、何故暴れるのかな?」


オリビアは愉快そうに顔を近づけて耳元で囁く。

……さ、囁かないでくれ。なんだかゾクゾクするからやめて欲しい。


「こ、困るからだ!……私は男は好きだが、男同士は無理なんだっ!!!」


自分でも意味不明な事を叫んでる自信はある。


しかし……私は男性が好きだが、男性同士の恋愛に理解は無いタイプだ。ついでに女同士ってのも無し。愛し合うべきは男と女に限る!……たまに読む小説は、そういうのに決めている!


フィクションたる小説ですらそうなのだ。リアルでなんて、ナシったらナシなのだ!!!


てか……オリビア、君は女装してた上に、同性愛者とか……色々と抱えていたんだな……。


そこで私はハッと気付く。


「……あ、あれ?……しかし……オリビア姫は女性で、ちゃんと実在した筈だ。……美姫だという噂はこの国まで聞こえていたし、彼女とは幼少の頃に一度だけ会った事があった。彼女は紛れもなく女性だった筈だ。トラブルで水を被ってしまったオリビアに服を貸したのだから……。その時に私は自分の目でオリビアが女性なのを確認している。……お前は……オリビアを何処へやった?!」


「へえ……。やっぱり陛下は、オリビアと知り合いだったのか。だから助け出してくれたんだ?」


オリビアは拘束する手を緩める事も無く、ニヤニヤと私を見下ろす。


「オリビアは……本物のオリビアはどこだ?」


小さな頃の、ほんのひとときの友人。


だけど、その可愛らしいお姫様が敗戦のどさくさで酷い目に遭うなど、私には我慢出来なかったし、冷酷極まりないアイツらならやりかねなかった。


だから酷い目に遭わされる寸前で、なんとか乗り込み、オリビアを助け出し、妻に出来てホッとしたのだ。もちろん政略的な意味合いもあったが、可愛いお姫様だったオリビアに、穏やかな暮らしを与えてやりたかった。


……こんな私の妻になるとしても、たとえ半ば囚われの身でも……。オリビアを酷い運命から助けられるならと、そう思ったのに……。


……こいつは……一体……誰なんだ???

本当のオリビアは何処だ???


「陛下、安心しなよ。オリビアは戦況が悪化すると、とっとと別の国に逃げたよ。愛する護衛騎士と一緒にね。……苦労はしているかもね、こんなに贅沢でのーんびりな王宮暮らしって訳にはいかないかも。でも、それなりに幸せにやってるんじゃないかな?風のウワサだけど、もう子供もいるらしいしね。」


「で……では……お前は……誰なんだ???……子供の頃に会ったオリビアの面影が、お前にはあったのだが???」


「オリビアには……禁忌で殺される筈の双子の弟がいたんだよ。うちの国で双子は不吉とされているからね……。先に産まれた方が育てられ、片方は処分されてしまう。……だけど愚かにも母上は俺を殺せなかった。……オリビアは戦況が悪くなると俺に入れ替わってくれと言って来た。敗戦国の姫君が酷い目に遭うなんて、ありがちな話だろ?男の俺なら、傷つかないから代わってくれってさ……。俺たちは二卵性の双子なのに、何故かやたらと似ていたしね。……まあ、忌まわしい俺のせいで、あの国は負けたのかもしれない。だから、罪滅ぼしの為に、俺はオリビアになりきってたんだよ。さすがに王族が敗戦を悟って逃げたなんて民衆には言えないだろ?責任くらい取らなくちゃ。……そんな訳で、やっぱりというか、慰みものにされかけたけど、既の所で陛下に救われた……。」


ふ……双子……?!


こ、こいつは……知られていなかった、オリビアの双子の弟……だったのか?!


だから子供の頃のオリビアの面影があったのか……。

そうか……弟。そして、姉のオリビアも無事……。


ああ、良かった。


私は、ほっと安堵のため息を吐いた。


「あれ?……安心しちゃって大丈夫かな……ねえ?陛下の状況は何も良くなってないよ?……このまんまだと、陛下は俺に襲われちゃうけど、いいのかな?ま、夫婦だもんね?そこは構わないよね?」


あっ!!!


「だ、ダメだ。男同士はダメなんだって!」


オリビア弟は目を細めると、クツクツと笑う。


「あのさー……俺も男なんて無理だよ。……でもさ、お前は女、だろ?」


私は目を見開きオリビア弟を見つめる。


え……な、なんで知ってる……の?


「あのさ、俺は陛下がヴィクター王子じゃないってのも、男じゃないってのも分かっていたんだぜ?……優秀だが病弱だと言われていたヴィクター王子が……なぜこんなに健康そうで丸っこいのだろう?すでにおかしいだろ、それ?」


オリビア弟はせせら笑う様にそう言うと、ムニュリと私の頬を掴んだ。


!!!


た、確かに兄上はガリガリだった。


だけど薬の副作用で浮腫んだ事にすればイケるって叔父上が……。

兄上は、あまり長生きは出来ないから、兄上を擁立しても、無駄な戦いに休止符を打つ事はできないと。『ヴィクトリアがヴィクターになり切れるなら、俺がすべて終わらせて、お前を王にしてやる。さすがに、こんな小さな女の子では、誰もついて来てはくれない。女を捨て、この国を取り戻せ』って……。


だから私は、女を捨てて、平和とこの国の為に王となった。


……とはいえ……時々、ストレスでお菓子はバカ食いしたけど。そう……私は女は捨てても、お菓子は捨てられなかった。所詮、それがぽっちゃりさんという生き物だ。


だ、だけど……むしろそのおかげで、周りをかなり誤魔化せていた筈。なんとなく丸っこいのは太っているから……そういうぽっちゃりな男なんだって……みんなは信じてて……。


困惑する私の顔を見つめ、オリビア弟は愉快そうに声を出して笑った。


「なぁ、本物のヴィクター王子は生きているんだろ?……ヴィクトリア姫?」


!!!


……もう、この男にはすべてバレてるんだ!

私の本当の名前さえ知っている……。


私は目を伏せて、静かに語る。


「……はい。起き上がるのが困難な時期もありましたが、今は、環境の良い場所で、のんびりと暮らしており、当初よりも長生きしてくれています……。」


「そうか。……お前がヴィクターとして頑張ったからだな。お前は本当にすごい奴だな、ヴィクトリア。」


その言葉に涙が溢れる。


私がヴィクトリアだと知っている者は、少ない。

そして今まで、誰も私をヴィクトリアとして褒めてくれた事は無かった……。みんな、頑張ったのはヴィクター……兄上だと思っているから。


……我が国は、国王であった父上と母上をクーデターで殺されて、半ば軍部にのっとられた。そして、もともとそこまで関係の悪く無かった隣国に軍部が攻め入り……。


父の弟であった、遊学中の叔父上がかけつけた時は、すべてが闇の中だった。私たち兄妹なりに、必死に抵抗は続けていたが、幼い私と病弱な兄上だけでは、どうしたって、この状況を打破できずにいた。


だが、叔父上が戻られて、私を新王として擁立して……やっとここまで……。なんとか平和を……。


まだ、元に戻ったとは言い難いし、失ったものは戻らない。……それでも、殺された父上と母上が泣かない程度には、この国にも隣国にも、安寧を取り戻せていると思っている。

自由を愛する叔父上も昨年、安心して、またしても遊学の旅へと戻られた。


「……生きているうちに、兄上に……この平和な国を見せられて、良かったです。」


私がそう語ると、オリビア弟は目を細めた。


「では、ついでにヴィクター王子には、姪か甥も見せてやろうぜ?……なあ、俺とお前の組み合わせなら、ちゃんと自分たちの子が持てるんだよ?お互い偽ってきたが、ちゃんと男と女、だからな。……さ、俺に任せておけ。」


「ま、待って下さい!こ、困ります……!」


私は焦って体を捻ろうとするが、どうしたってビクともしない。


「あのさ、ヴィクトリア。政略結婚とはそう言うものだ。宰相が言う様に、俺たちの子供は和平の証になるんだ。分かるだろ?……もちろん、そのうちヴィクトリアが、俺を本当に愛してくれるようになったら嬉しいけどね。」


「……わ、和平の……証……。」


確かに、政略結婚とはそういうものだし、エロタヌキが言うように、私たちの子供は本当に和平の証になってくれるだろう……。


私は目の前の美しい男を見つめる。

……こうして見ると、もう、どう見ても男にしか見えない。


しかも、残念な事に……私は、この男に嫌悪感を感じてはいないし、むしろ、なんだかドキドキしてしまってる。

……ぽっちゃりで絶妙な不細工が、これだけの美形に言い寄られて、グラリとならない訳はない。……まあチョロいんですよ、ぽっちゃりで絶妙な不細工は。


私は唾をゴクリと飲み込み、オリビア弟を見つめる。


「まあ……陛下としては少し困る事にはなるかも知れないが……。だって宰相たちには、まだ女だって言い出せて無いんだろ?……でもまあ、お前なら、多少腹が出てきても誤魔化せるんじゃないか?」


オリビア弟は笑いながらそう言うと、私の腹をポンと軽く叩いた。


!!!


は?!

な、な、なんて事を!!!


確かに私の腹部に柔らかなお肉は有るが、妊婦と比べるのはあまりにも酷い。そもそも私はデブではなく、ぽっちゃりなだけだ!!!


「そ、そこまでお腹は出てません!私は……か、顔が丸いだけなのです!い、意外と見た目よりはスタイルが良いのですよ?!」


思わず強く反論すると、オリビア弟は楽しげに笑い、またしても耳元で囁いた。


「じゃあ、これからそれを、ゆっくり確認させてもらうよ。……あ、そうだ。俺の名前を呼んでくれないか?……俺の名はオリバー……。愛してるよ、俺のヴィクトリア……。」


オリバーはそう言うと、蕩けるような笑顔を浮かべた。


『オリバー……。』


私はその名を反芻しようとしたが……オリバーの口付けに、声までパクリと食べられてしまった……。




◆◆◆ side オリバー ◆◆◆


俺の名はオリバー・フィッシャー。

……忌まわしき双子の弟だ。


俺は国王の子供として生まれたが、それはこの国において、それは禁忌であった。


この国は昔から、王族に双子が生まれる事を良しとしてこなかった。何故なら『双子の後に生れた方は悪魔の子』との伝承があった為だ。


だから俺も生まれてすぐに、こっそりと処分される筈だった……。俺の母親……王妃が半狂乱で泣き叫んで俺を手放さなくなるまでは……。


その為、俺は王子として生まれながらもオリビアの陰として秘密裏に育てらてた。男女の双子は二卵性で、本当ならたいして似ない筈なのに……俺とオリビアはとてつも無く似ていたしね。


まあ、近親者での結婚を繰り返してきた王家だ……血も濃かったのかも知れない。言われてみると国王たる父親も、王妃たる母親も……なんとなく似た顔つきだった。


オリビアは我儘なお姫様だった。

辛い事は俺にやらせ、楽しい事目立つことを好んだ。


だからいきなり、そこまで関係の悪く無かった隣国が攻め入って来て、両親が殺されるとオリビアは見目の良い護衛騎士と逃亡を企てた。……俺にすべてを押し付けて。


確かに戦況は非常に悪かった。


だが……この国を見捨てるなど……なぜ出来ようか?曲がりなりにも王族として生まれ、恩恵を受けて育ち……なのに、民衆よりも先に王族が逃げ出すなど……。たとえどんな目に遭おうとも、誇り高く最後までその務めを果たすべきではなかろうか?


そう言う俺に、オリビアは聞く耳すら持たなかった。


『敗戦国の美しい姫君の私が、どんな目に遭うと思うの?お願いよ、私を逃がして……。オリバー貴方は男だからきっとどんな屈辱も耐えられるわ。だけど私は無理なのよ……。それにこうなってしまったのは、「悪魔の子」の貴方が生きていたからだわ……。責任は貴方がとるべきよ。』……と。


俺は……何も言えなかった。

……もしかしたらオリビアの言うように、それは正解なのかも知れない。


ならば……どんな罰でも俺は受けよう。責任は俺がとろう。……俺はオリビアを逃がし……敗戦国の姫に成り代わった。目から光を消して。


俺を捕らえた奴らは……下種だったと俺は思う。


そいつらは、俺を散々いたぶって、わざと逃がし……追い詰めて……最後には慰みものにしようとしてきた。当時の俺は若干にして14歳だ……。どうして大の大人で屈強な体格の男たちが、この様な事ができるのだろう……。我儘ではあったが、平和に慣れて無邪気で子供っぽかっただけのオリビアを思い……こんな目に遭うのは「悪魔」の俺で良かったのだと、覚悟を決めた。


その時だ……。


ぽっちゃりした少年が、その場に踏み込んで来たのは。

「それは私の妃だ!触れてはならない!」と、色の違う服を着た騎士をたくさん引き連れて……。


その太陽の様に眩しい赤銅色の髪は……俺の目に再び光を灯した。


……ぽっちゃりした少年もまた、この悲劇の被害者であった。


彼は、攻め込んできた隣国の王子ではあったが……攻め込んできたのはクーデターを起こした軍部であった事、本来なら国内で留めねばならなかったが、幼い自分では止める手立てがなかなかつかず、こんな事になってしまった事。俺を妃にするという名目で保護したい事……そして、この国に残った家臣や民衆も元の生活に戻れるよう……支援したい事を泣きながら語った。


両親を殺され、この国では多くの血が流れた。

だが、ある意味被害者でもある、まだ幼いこのぽっちゃり陛下を、俺は責める気にはなれなかった。


いや、元より俺にはその資格など、無かったのだ。


何故なら俺もオリビアも、同じ様に王族の子として生まれていながら……俺より更に幼く見えるこの王子が、こうしてなんとか軍部を制圧し、平和を取り戻そうと動いていたというのに……オリビアはすべてを捨てて逃亡し、俺は責任を取ると言ったものの、やはり何もできずに恐ろしい男たちから、怯えて逃げ回っていただけなのだ……。


だから禍根を残さず、この悲劇を乗り越える為に……俺はこの国の為に、このぽっちゃり陛下の妃になる事を決めた。


たとえ……こいつが男で、俺も男で……だけれど、そんな事は言ってられないのだ。


人間として、王子として……俺はこいつには決して敵わない。そして、こいつの助けを受けなければ、この国は建て直せない。幼く逃げ惑うだけだった俺に、官僚たちも愛想をつかしかけている。……ならば、せめて俺はこの国の為に、なんとしてでも、妃を全うしてやろうと……覚悟を決めた。


だって、それが政略結婚というものだから。


◆◆◆


ぽっちゃり陛下は王宮の奥に、俺とその側近が自由に暮らせる場所を確保した。


昔の王の愛妾が暮らした場所らしく、そこは離れとなっており贅を尽くした、プライバシーの確保された場所であった。だから、敵地であったこの国に連れてこられても、側近たちはゆっくりと休む事が出来た。


そこでの暮らしは少し不自由もあったが……穏やかで、なかなかに贅沢なものであった。俺の側近も大切に扱うよう言いつけているらしく……俺たちはこの離れで、のんびりとした生活を送る事ができた。


しかし……俺たちは夫婦となったはずだが、ぽっちゃり陛下は俺の元へとやって来る事は無かった。お互いまだ子供だって言うのも、あるかも知れない。正直、ホッとした。だって、覚悟を決めたとは言ったものの、やっぱり男なんて嫌だったし。


俺は安全で快適な王宮にいながら、復興していく2つの国を眺めていた。……あの、ぽっちゃり陛下は、なかなか頑張っている。……またしても、俺とは違って。


俺の出番は、国王夫婦として揃って出席せなばならない式典くらいだ。……多忙なぽっちゃり陛下とも、その時ぐらいしか会えない。


だが、どんだけ着飾って美貌を見せつけてやっても、あいつは俺などを目にも留めずに、いつも前を見据え続けている。あいつの眼差しの先にあるのは、未来と民衆と国の和平だけだ。俺だけを見つめてくれたりはしない。


……なんだか、ムカつく。


チビのくせに。ぽっちゃりのクセに。不細工……まではいってないけど、絶妙に潰れたペルシャ猫みたいな顔してるクセに。


一応、俺の夫のクセに!!!


俺はいつの間にか、陛下に対して邪な気持ちすら抱く様になっていった。


だってそうだろ?


有能で、頑張り屋で、真面目で、勤勉で、家臣らからも信頼されてて……俺は何も奴には敵わない。俺だって、オリビアよりは真面目にやってきたし、割に優秀だと言われてきた。


……だけどさ、格が違うんだよね、格がさ。

俺がやっても、ああはならないし、こうやって歪んだ思いを抱いちゃう時点で負けてるんだよね。


勝てるのは、この容姿ぐらい。だけど、あいつはそれすら無関心。どーしたら良いんだろーね……。


いつも忙しく、時には目の下にクマを作り……時にはゲッソリとしているのに、消して翳る事はない瞳すら、俺をイラつかせる。


あー……なんか、アイツ、いつかビビらせたい。泣かせたいし。俺に参ったって言わせたい。


……そして……いつか、俺だけを見て欲しい。


◆◆◆


そんな、ヘンテコな気持ちを抱え、数年が経った頃、俺はある事に気付いた。


あれ?ぽっちゃり陛下……まるで育たないな……と。


陛下は確か……俺と同じ歳だったはずだ。

とうに、成長期は来ているはずだし、むしろ終わりかけなはずでは無いのだろうか?


なのに……身長もそう伸びている様子もないし、顔立ちは丸っこい少年のまんま時を止めてる。声もソプラノを維持しており、変声期すら迎えてすらいない様にも見える……。相変わらずの丸顔は、まるで髭が生える様子も無く、常につるんとしており、ぽっちゃりはしているのだが、骨格というのか、形作る線が、全体的に子供の様に細いままだ。……まあ、これは、あくまで線であり、体が細い訳では無いのだが。


一方で、オリビアとそっくりだったはずの俺は、ここ数年で、だいぶ身長も伸び、ゴツゴツとしてきた体を隠すのが困難になりつつあった。声もだいぶ低くなり、高い声を出すのもしんどくなってきている。……まぁ相変わらず顔は女っぽいまんまだが……それでも、化粧も丹念にしないと、うっすらと髭も目立つ様になって来て……式典で人前に出るには入念な準備が必要になってきた。


……何でだ?

何でぽっちゃり陛下は育たないんだ?


栄養が悪い?……あんなに丸々としてて?


ストレス?……それはあるかも?


俺は急に不安になってきた。

だって、成長期が止まる程のストレスだ。よっぽどの事だろ?!……俺の夫は、大丈夫だよな?死んだり……しないよ、な?


話によると、以前のぽっちゃり陛下は病弱であったと聞く。しかも、妹は病死したそうだ。


え……ヤバいよね、それ?

陛下はさ、身体が弱い家系って事なんだろ???


俺は心配になり、ぽっちゃり陛下の健康状態について調べる事にした。……健康管理も、妻の仕事だもんな。


心配げに殿下の体調について聞けば、侍女たちは、陛下を気遣う美しく優しい奥様な俺に、ペラペラとぽっちゃり陛下の事を教えてくれた。


どうやら、今のように健康体?になったのは、遊学中だった、ぽっちゃり陛下の叔父にあたる公爵が見つけてきた薬が、たまたま身体に合ったかららしい。それまでは、細く儚げで寝込む事も多かったそうだ。……『残念な事に、薬で浮腫まれてしまったそうですが、健康には代えられませんものね。』と侍女たちは同情的に語った。


……え???本当に???

あれ、浮腫なの???あれが儚げ???


俺は、姉のオリビアが『今日は顔が浮腫んでいるから、人前に出たくないの!』と言っていた事を思い出す。確かに、そんな時のオリビアは目蓋がかすかに腫れて見えた。


かすかに、だ。


浮腫みで、あんなに全身がプルンとして、モチッとはしない。確かに薬の副作用で急激に太る事はあるだろう。……だが、あいつのあの感じ、急激に太った様には見えないんだよな……。俺には、産まれた時からコロコロしているアイツの姿が、簡単に目に浮かぶ。……儚げなんて、なんの冗談だよ。あんなに生命力と活力に溢れてた、アレが???


俺はそこでハタと気付く。


なあ……ヴィクター……。

お前も誰かと入れ替わっているんだろ?


しかも……俺と全く同じで、男女も入れ替わってる。

なあ……そうだろ?


それならさ、すべてに説明がつく。


ぽっちゃり陛下の身長があまり伸びないのも、声が高いままなのも、丸っこくつるんとした顔のままなのも……。そして、美姫と謳われた妻を娶っておいて、親切にしてくれているのに、まるで俺に関心を寄せないのも。


ああ、なんて愉快なんだ!


……夫婦とは気が合うんだな。俺たちはとってもお似合いのカップルではないか!


では、本物のヴィクター陛下はどこにいる?

そもそも……あいつは……誰なんだ???


……調べると、真相は、あっけなく分かった。


あいつはヴィクターの妹の……ヴィクトリアだ。


ヴィクトリアは混乱の中で病死したと言われている。

だが、調べる限り、ヴィクトリアは病弱だった様子がなく……むしろ、健康的で丸々としていたそうだ。


これ……間違いなく、ぽっちゃり殿下ではないか。


そうか……あれはヴィクトリアか……。

俺はもう、笑いが止まらなかった。


だって、あいつはヴィクトリアそのものだ!

変装らしい変装すらしていない。


なのに、誰もその事実には気付かない。


だって、たった12歳の女の子が、2つの国を救ったなどとは思わないからだ……。いや、思いたく無いんだ。


みんな、自分たちを救ったのは、優秀な王子であったヴィクターだと思いたくて、決めつけているからだ。こんな偉業をやってのけたのは、少年だったとしても男でしかありえないと、勝手にそう思い込んでいるから、誰もあいつが女には見えないのだ。


そうだ。俺だって同じだ。


自分を、あの下衆野郎どもから颯爽と救い出したのは、ぽっちゃりした少年だと思いたかった。年下の、ぽっちゃり少女に助けだされたなどと、思いたくなくて、俺もあいつを男だと思い込んだ。


……人は、見たいように物事を歪ませて見せる。


歪みに気付いてしまえば、もう、陛下は女の子にしか見えない。白いモチモチとした肌にしたって、あの丸みのある体だって、あの幼さの残る顔立ちだって……どからどう見ても、女の子なのだ。


へえ……最高だね、ヴィクトリア。


政略結婚だが、俺たちは夫婦だ。

だったらさ……仲良よくしなきゃだよね……。


だけど、まだ早い。


だって、陛下は……なんだかんだ言って、まだお子様なのだ。この国の事、俺の国の事、王としての責務……頑張っているが、すべてにいっぱいいっぱいだ。

そんな陛下を、混乱させるのは可哀想だろ?


それに、焦る必要など無い。俺たちは夫婦だし、これだけ有能で頑張ってきた陛下は、ある程度国が落ち着いて来たら、家臣たちに『子をなせ』とせっつかれるに決まってる。


そうなれば、陛下は果てしなく困る事になるだろう・・・。


……でもなぁ、可愛い俺の旦那様?お前がまるで関心を示してくれなかった、奥様の俺となら、家臣たちの希望も期待も叶えてやるんだぜ?


これは妻である俺から、夫たる陛下への、サプライズプレゼントだ。


きっとヴィクトリアは驚くだろう。

だけど、お前は絶対に逃げられない。


だってこれは、政略結婚なんだから。

ああ!なんて楽しみなんだろう!


◆◆◆


……そして、その機会は、俺たちの結婚5周年の記念の日に訪れた。俺は式典で宰相が俺たちに世継ぎを!と言った後に、神妙な顔つきで考え込む陛下様を見つめて……そっとほくそ笑んだ。


あー……今夜が、待ち遠しい。


……陛下、そんなに難しく考えなくても、大丈夫。

だって、陛下にはちゃーんとご自分の子供を、俺が与えてあげますからね。……ま、産むのは陛下になりますけど、勿論ちゃーんと、支えますから。


その晩、陛下は俺の寝室に入って来るなり、なんだか長々と面倒な事を言い出した。だから、俺はちょっとだけ飽きてしまい、トンと軽く押し倒してしまった。だってさ、こっちはずっと待ってたんだぜ?その話、いる???


陛下は、いとも簡単に、ポスンとベットに倒れ込み、俺の腕の中に収まった。


焦る陛下の瞳には、俺しか映っていない。……そう、やっと陛下が、俺だけを見つめている。

俺はたまらずに、陛下に口付けを落とした。


子猫よりも格段に低い攻撃力で抵抗を試みる、俺の愛しいヴィクトリア。もちろん、そんな非力じゃ、抑え込む俺から逃げられる筈などない。


だって俺、男ですし。ぽっちゃりさんと違って、運動好きだし、暇な時はちゃんと鍛えてましたからね?


『政略結婚なんだ。和平の証だ、子供が必要だ。』そう、主張すれば、ヴィクトリアからは力が抜ける。そして、困ってはいるが、嫌がってはない、そんな顔で俺を見上げてくる。 


うーん、このペルシャ猫みたいな、ちょっと潰れた陛下のお顔……。何だか、それも絶妙に可愛いく見えてくるんだけど。


俺の口からは、スルリと愛の言葉が漏れ出てしまう。


もちろん俺は、そのうちヴィクトリアの気持ちも欲しい。だけど、今夜は取り急ぎ、そのぽっちゃりな身体の方から頂いてしまいましょう!


そうして……俺はその晩、この5年分の愛を囁き尽くしてやった。



◇◆◇ side ??? ◆◇◆


「伯父様は……これでも……長生きされたのよね。」


私はそっと、お墓に花を供える。


病弱で、ベットから起き上がる事もままらならない時が多かったが、優しくて穏やかで頭も良くて……遊びに行くたびに、面白いお話をしてくれる伯父様が、私は何よりも大好きだった。


そんな伯父様は、半年前に亡くなってしまった。


お母さまの話では、伯父様は20歳まで生きられないと言われていたらしい。……なのに、40歳の半ばまで生きてくれたのだから、とても頑張られたのよって言うけど……。


それでも、亡くなってしまったら……とても……とても悲しかった。


お母さまは夜通し泣いていたし、お父様はそんなお母様をずーっと抱きしめていた。私も、やたらと沢山いる妹や弟たちと寄り添って泣いたっけ。


私は高台から、この国を見下ろす伯父様の墓石の隣に座る。


私が生まれる数年前には、この国とお父様の国で争いがあったらしい。だから、私たちは政略結婚なのよって、お母さまは笑うけど、あんなに毎日イチャイチャできるなら、政略結婚も、悪くなかったんじゃないかな?


「伯父様……私ね、立派な女王様になれるかしら?お母さまみたいに……。いえ、違うわ。そうならなくてはダメなのよね?」


私は自分にそう言い聞かすようにそう言うと……この美しくて、平和に広がるこの国を見つめた。


母の代から女王が認められるようになったこの国で、私は明日……二代目の女王となる。









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[一言] 通夜の席で オリバーは ヴィクトリアを抱きしめて慰めつつ ヴィクトリアが、初めて自分から甘えてくれた時のことやら何やら思い出して、感慨深くしてたりして 最愛の人が悲しみに涙する時 側にいら…
[良い点] 男が好きだけど男同士はダメってなかなか聞かない表現でツボ(笑 2国を救い、女装した偽りの姫を許し受け入れ、なかなか偉大な女王よなー
[良い点] 女は捨てられてもお菓子は捨てられなかったがツボでした。 お菓子が止められない善良な陛下と健康の心配までするオリーに幸あれ。
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