第五話 騎士と姫君でござる?
『ードンッ』
扉が勢い良く開いた。
「おいおい、ドアは優しく開けなさいと、小学校の先生に習わなかったのか?」
俺は騒音を作った闖入者どもに、内心ムカつきながらも、そいつらの顔を睨む。
「姫殿下…こちらにおられましたか。」
シャルのことを〝姫〟と呼ぶ騎士達は、犬の造形を象った兜をかぶっていた。
ーーその中に一人、隼の面を被った騎士がいる。騎士達の真ん中に立ち、自分が隊長だと言わんばかりの、目立つマントを身に付けている。
「フレイ...あなたどうやってここまで来たの...?」
シャルは、騎士達が、自分の場所を特定できた理由が分からない様子だ。
「失礼ながら...皇女殿下の服の下に夫婦蛍を仕込ませてもらいました。蛍が飛ぶ方向を頼りに、姫様がいる場所を探し出した次第であります。」
シャルの胸元から一匹の綺麗な蛍がーーほわっと光をともしながら、騎士長が持つ、もう一匹の蛍の場所へと帰っていく。
ーーもともと夫婦蛍は、生涯二匹ずっと一緒にいるもの。片方がどこかに飛んでいっても、もう片方が必ず、その元にたどり着く性質を持つ。
騎士長は、役目を終えた2匹の夫婦蛍を、小ビンに納める。
それを見届けると
ーー騎士達は、主人を目前にした今、ただでさえ姿勢が良い背筋を、さらにピンッと張った。
真ん中の騎士が軍隊風に叫ぶ。
「ーー全員!シャル皇女殿下に敬礼!」
「ーー我ら。シャル皇女殿下専属、イシス第7騎士団。ここに、参上仕りました。王より賜りしは、皇女殿下の御身を、無事にイシス王国に引き戻せとのご命令であります。」
第一次戦争のドイツ軍隊を思い出させるほどの見事な揃いっぷりだ。
(ーーやはり、規律が取れた軍隊とは、小隊であってもかっこいいな。)
隊列の整い方。敬礼の仕草。主人への態度。その一つ一つが、彼等が、ちゃんと訓練に身を委ねてきたことを証明する。
だが、この感情は男の子特有のものかもしれない。隣のシャルは何やら恥ずかしそうに俯いている。どうやら『かっこいい』とは思ってない様だ。
「もー…こんなところで、そんな敬礼とかしないでよぉ。恥ずかしいよ。それに、私は帰りたくない!!」
「大変失礼しました。しかしながら、我ら皇女殿下直属親衛隊の名誉と誇り、そして王への忠誠に誓って、皇女殿下にはイシス帝国へ、ご無事にご帰還して頂きたい所存であります。」
騎士達がシャルを連れ戻そうと説得しているが、やはり、シャルにはその気は無いようだ。
「シャルは帰りたくない様だけど…。王の命令ってのは絶対なのか?お前らは皇女殿下直属なんだろ?職場上司の意見を聞いたらどうなんだ?」
騎士達は皇女には誠心誠意の服従の意を示していたが、俺が話した瞬間、めちゃくちゃ不快だと言わんばかりな声色で返答してくる。
「お前には、皇女様を攫った〝国家反逆罪〟及び〝略取・誘拐罪〟が課せられている。皇女様を連れ去った事を泣いて詫びても許さん。一生イシスの地下牢にぶち込んでやるからな。」
「あらあら…大変なことになったわね。でもそこの騎士さん。シャルは連れ去られた訳じゃなく自分の意思でその男とここに来たのじゃよ。幼馴染であり、この国の魔術協会の長である妾が言うのじゃ。嘘ではないぞ。」
(ナイスフォロー!!!)
心の中でティイのことを絶賛する!
「この国のお偉い魔術師さんの保証付きだ。どうするよ?騎士さん達よ。これでも俺を犯罪者扱いするってか?」
「ーーふん。確かに、そこにお見受けするとは、国家最高魔術師の一人、ティイ様とお見受けする。ただし、皇女殿下逃亡劇は、我々イシス王国内の問題。口出しは遠慮して頂こうか。そこの男は、我らの目を欺き、逃亡したのだ。言い逃れはできない。」
せっかくのティイのフォローも、頭がカッチカチの脳筋騎士野郎には通じなかったみたいだ。
「シャル、お主のところの、騎士団長。相変わらずの頑固頭じゃなー。」
ティイが、『参ったなぁ』と頭をポリポリかく仕草をする。
「ねぇ、フレイ。私は戻りたくないの。お父さまの用意したレールの上の人生は嫌なの。私の人生は私で決めたい。一生添い遂げる殿方は、自分で決めたいの。」
団の長である隼の戦士が、お面をとる。
ーー俺はその顔を見て、自分の認識が間違っていたことを悟る。
(ーーこの騎士団長!女か。)
戦いに身を投じる者の中にも、女戦士はいるが、その数は圧倒的に少ない。一般常識で言うとそれは間違っていない。
現実世界の戦国時代でも、女の戦士は極々(ごく)稀だったはずだ。
意識だけの仮想世界〝T2(ゲーム)〟だと、 老若男女全ての人が戦いを楽しめたが、あれは生身の性能を考慮していないためだ。
面を取り、フレイがシャルと目を合わせる。一礼して、言葉を続ける。
「我々は皇女殿下のご意思を尊重したいのは山々(やまやま)でございます。私も戦士といえ、女の身の上。御身の心の葛藤は痛いほど分かります。」
「しかしながら、皇女の帰還は、王からの直々のご命令。絶対的令に逆らえない私共をお許しください。少し強引にはなれど…姫殿下には大人しくして頂き...その御身をイシス王国まで連れ帰りまする。」
「暫しの間、拘束させて貰います!ーー全員、予定通り、動け!!」
騎士達は、前もって口裏合わせをしていたのだろう。一斉に、踏み込みの態勢に入る。
ーーそして、騎士団長がシャルに向かって、走り出した、その瞬間。
瞬時が止まるような、力の奔流が部屋を埋め尽くす。
ーー第六天魔王の覇気。それは、尾張50万人の領主になった時に、俺が得た特殊スキル。
魔王と称された〝信長公〟が放ったとされる〝尋常ならざる恐怖〟を具現化した能力であり、対象として選んだ特定の相手に〝威圧〟と〝恐怖〟の弱体化を与える。今回はシャルとティイは効果対象から外している。
通常、武士は【剣技】、忍は【忍術】といった技が習得できる。しかし中には、ある特定の条件で得られる特殊スキルがある。
その中の一つが、【将軍技】だ。
大戦の総指揮を振るう領主や、一個軍団の指揮を任される軍師など、ユーザーの頂点に近い役職を担う職になった時に、習得できる特殊スキルだ。自軍の士気の上昇、敵軍の戦意の喪失など、精神や、身体的能力に大きな影響を与える。
(尾張の領主〝織田〟の魔王と怖れられた〝信長公〟譲りの技の性能は折り紙つきだけどな。)
ーー騎士たちの一歩踏み出す〝勇気〟が、一歩も踏み出せない〝躊躇〟に変わる。
部屋に渦巻く力の奔流の源たる、 一人の男 が口を開く。
「おいおい…。シャルを拘束する?連れ帰る?…随分とふざけた話をする奴らだな」ーードスの声が響く・・・。
騎士団は、その歩みを止めて、突然目の前に現れた、無視できる筈がない敵に、目が釘付けになる。
「皇女直属だ?知らねーよ。今は、『この俺が!』こいつ(シャル)のお守をしてんだよ。なのに...なんだ?」
「お前ら…俺の雇い主を連れ去るとは、ずいぶん良い度胸してんじゃねえか!
ーー誰に断りを入れた?なぁ...戯言なら他でほざけよ。」
荒れ狂う力の波動に、騎士団長含め、帝国戦士たちは、改めて相対する敵の危険度を最高に設定する。
ーー騎士団長 フレイは自身が敵の本質を見極められなかったことへ、苛立ちを感じていた。
真っ先に対処すべきは、目前の男だったのだ。叩きつけてくる闘気と殺気の質と量が桁違いだ。
(ーー明らかに、あいつは〝異常者〟少しでも気を抜けば、狩る側から狩られる側になる…)
(まずは、ヤツを倒す。姫殿下への対応はその後だ。)
フレイは目の前の男が何者なのか...。これほどの力を有する男が、なぜ...急に姫殿下の傍に現れたのか。聞きたいことは山ほどあるが、まずはこの男に勝たねば、話は先に進まない。
踏み込む機会を伺いながらも、目前にいる男をじっくりと観察する。
(ーーなんなんだ。この男は。突然出てきたかと思えば、放つ力が尋常じゃない。物理量をもって叩きつけて来るように錯覚するほどの強烈な〝殺気〟そして、禍々(まがまが)しいほどの〝威圧感〟…一体ヤツは何者なんだ…)
「姫様を連れ戻すだけのはずが…とんでもないバケモノを引き当ててしまった様だな。」
場の緊急感がMAXに達したとき、騎士たちは、最初の一歩踏み出すタイミングを見計っていた。
一方で、当の本人は言うと、『目立ちすぎたかも』と少しばかり後悔をしていた。
(第六天魔王の覇気はやりすぎか??やべー、これで俺が強くなかったら、まじカッコ悪いじゃん。
もう一回、死んだら元の世界に戻れるとか無いのかな…。痛かったりするのかなぁ...。)
騎士達の今にも爆発しそうな緊張など露知らず、エイジは軽い現実逃避をしていた。
(でもまぁ... どの道、俺の力がこの世界でどこまで通用するか、見極める必要がある。)
「試してみるか。俺の〝T2(せかい)〟の力を。」
決心を固める。この先は死闘。己の技を信じ、命をかける。
ーー多勢(騎士団) 対 無勢 の戦いが、今始まる。
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