第四話 幼馴染(シンユウ)は占い師(ヨゲンシャ)でござる!?
――シャルにつれられ、街の中を進んでいくと・・・
そこには、樹齢100年は優に超えているだろう古い大樹が生い茂っていた。
巨木には、紫の怪しげなドアが付いており、誰かが住んでいる様な印象を受ける
(これ...家なのか?)
そんな俺の疑問をさて置くかの様に、シャルが勢いよくドアをノックした。
『コンッコンコン!』
――ノック音が響く。
返答の声が無いまま、シャルは、ドアを開けて中に入ろうとする。
「おいおい!シャル!勝手に入っちゃっていいのかよ?!」
俺の制止も声も間に合わず、『ギィ』と音をたてて、扉が開いた。
「お邪魔するわよー。ティイー?いるなら返事してー。」
――返事はない。
「ねぇー?いないのー?留守なのかしら。」
これは不法侵入に当たるのではないか…と思いつつ、物音一つしない部屋を俺はぐるっと見渡す。
大樹の中は、一人が住むには十分すぎるほど広い空間が広がっていた。現実世界でいう小学校の一部屋分のスペースよりも明らかに大きい空間が広がっている。
ーー部屋の壁には、金色と黒を基調とした、幾何学的な模様が描かれている。古代エジプトの壁画を思い出させる内装は、洗練されていながらも個性的な印象を与えてくる。
金の装飾をあしらった黒猫の置物、鮮やかな色彩のガラス製品や、重厚感のある絨毯など、一つひとつのインテリアが異彩を放つ。
(これが、魔術師の家か。独特な雰囲気が漂ってるな。下手に触ったら、呪われそうな不気味なオブジェもあった。)
――恐る恐る部屋の中をうろつきながらも、一風変わった住居を観察していると、上から縄のようなものが、つたってくるのが見えた。
(ん?縄が動いている?いやあれは...)
「なんだ・・・紐か?・・・いや、あれは。」
蛇。しかも、図鑑で見たことがあるキングコブラという、凶暴性が高い蛇だ。
「毒蛇か!シャル!!後ろに下がれ!!」
俺は、咄嗟にシャルの前に飛び出てる。
『シャー。』
蛇はじっとこちらを見てくる。
――ただ、襲ってくる雰囲気はない。殺気や敵意といった負の感情も蛇からは読み取れない。ジーっと大人しくこちらを見てくるだけだ。何かを伝えたいのだろうか。
――突然、部屋の中に若い女性の声が木霊する。
「おっと。何者かが尋ねてきたかと思えば、シャルか。お主、 よくぞ、あの城から抜け出してきたな!!監視の目もあったろうに。」
(ど、どこから声がしているんだ。俺の探知に引っかかっていない…)
この部屋には、俺とシャル、そして目の前の毒蛇以外の生命反応が無いことは、俺の技で確認している。
〝T2(ゲーム)〟の技は、厳密に2(ふた)つの種類がある。意思を持って発動する タイプの【技】と、自動で常時発動している【能力】がある。
今、発動しているのは、【能力】〈気配察知〉
半径10メートルの意思を持つ生物の気配を捕捉する能力だ。
Lv100以上の熟練の武士や、上位忍者が、特定の修行をクリアすることで習得するスキルだ。敵の探査に非常に役立つスキルだ。
(声が聞こえるのに、姿・気配が捕捉できないのは…相手も相当な手練れというわけか。隠密系の職業か?)
「その声は…ティイなのね?どこにいるの?」
「ここじゃよ、シャル。よく来たのう。歓迎するのじゃ!」
(――!!?)
俺の声にならない驚きを余所に、蛇は女へと、姿を変えた。
「なんだ?!蛇が人に?!」
「きゃ!!ティ…ティイなの?!」
シャルと俺は同時に驚きの声をあげた。
現れたのは、色気が漂う、 艶かしい雰囲気を持つ美女だった。
容姿やしぐさ、またや表情が性的魅力にあふれていた。
所々(どころ)がシースルーのエジプト風の服は、肌の露出が多く、それと相まって彼女の豊満すぎる胸は、本人が意図しない所で、男性に凄まじい自己主張してくる。ーーつまり、一言でいうと、めちゃくちゃエロいのだ。
(――目のやり場に結構困るな...。)
女性と付き合った事が皆無の俺には、刺激が強い服装だった。
〝妖美〟と言う表現がぴったりな女は、かがみながら俺の顔をのぞいてくる。
「あらら?そちらの殿方は…シャルの彼氏??」
女の唐突な発言に…
――『かぁああ』っとシャルが顔が、明らかに誰にでも分かるレベルで赤面する。
「ち!ち!違うわよ!エイジは私の守り手!それだけなんだから!」
「貴方が男を連れてくるなんて、初めてのことだからの~。勘違いしてしもうたのじゃ。」
シャルが『違うよね!?』と言わんばかりに、こっちを見るので、俺もそれに頷く。
ちょっと寂しい気もしない事も無いが...。
「俺はエイジだ。今はシャルの護衛をやらせて貰ってる。」
シャルの友人に、失礼がないように挨拶をする。
「お初にお目にかかるのう、エイジ。私はシャルの幼馴染のティイ。よろしく、なのじゃ。」
俺はティイと軽い握手をする。
「エイジ…お主…随分と不思議な魔力を持っとるな。
――いや、魔力でもない…。一体、なんなのじゃ?見たことの無いオーラを纏っているのう。しかも…その強さはなんじゃ…」
「それに...その服も。見たことない服だしのー。しかも、強く不思議な力を宿しておる。エイジ、お主...いったい何者なのじゃ?」
(おいおい…初見で色々見破ってくるなんて・・・ただのエロ女って訳じゃなさそうだな…)
――いち早く、俺が『異常者』だと気づいた女は、きっと優秀な魔術師なんだろう。
(――シャル曰く、この国で10本の指に入る魔術師だったか?)
「お前は…何者か…か。」
馬鹿正直に話すのか、それとも隠し通す方が賢明か、俺は少し悩みながらも答えを出す。
(隠して、変に疑われても面倒だ。ここはシャルの友人を信じて、正直に話してみるか…)
「何者なのか...か。俺自身、分かっているのは、〝T2(ニホン)〟から来た『武士』ってことぐらいさ。多分、この世界とは別の...な。ちなみに、この服は着物って言うんだ。正確には浴衣だけど。」
「聞いたこと…無い単語だのぅ…」
(ちなみに、今見えてる浴衣自体は〝アバター(仮装装備)〟見せかけのお洒落装備だ。防具の上から装備でき、見た目を変えることができる。)
『★3 仮装装備 二周年記念ー豪華 高級浴衣セットー』 〝T2〟の二周年記念のときに、ログインしている全員に配られた仮装装備である。レアリティー自体は高くないが、黒基調の布地に赤金魚柄が配置されているデザインがオシャレで、個人的に気に入っている。
仮装の機能は、装備の見た目の上書きだけで、戦闘における効果は無い。アバターを着ていたとしても、モトの装備性能は失われないので、別に何も困らない。
おそらく、ティイが見えている力は、浴衣の下、本来の装備である『★9防具 南蛮胴具足』と『★9兜 赤小札黒糸威南蛮形兜(あかこざねくろいとおどしなんばんなりかぶと)』の付与効果だろう。)
『★9防具 南蛮胴具足』
『★9兜 赤小札黒糸威南蛮形兜(あかこざねくろいとおどしなんばんなりかぶと)』
――これらの装備は、俺が治めていた尾張地方を平定した領主のみに配布される〝唯一無二装備〟だ。あの魔王と恐れられた『織田信長公』の甲冑をモチーフに作られた装備で、防御力はもとより、その付与効果のエグさは折り紙つきだ。〝T2〟の中でも28個しかない最強の甲冑の一つである。
俺が城主として、お忍びで城下町の治安などを見回る時に、★9甲冑を着ていると軽い騒ぎになってしまうので、良くアバター装備で目立たない様にしていた。
俺の城下町では、着崩して浴衣を着るのが流行っていたので、人混みに居れば、城主だとバレずに済んだのだ。
優秀な魔術師は、興味津々とばかりに、俺のことをジーっと凝視してくる。
(天真爛漫なシャルとはまた違う...妖美な雰囲気の美女だけど、そんな見られると照れるな...。)
「ふぅむ...そうか。異なる世界の住人か。
――ふぅむ。そうすると、わらわが占い(タロット)で見た光っていうのは、貴方ということじゃな。」
(――占い?そういえばシャルも出会ったときも、『占いで俺と出会えた』なんて言ってた気が...)
「どういう事なんだ?ティイとシャルは元々俺のこと知ってたのか?それに光って...」
ティイは勿体ぶるように、顎に手を当てて、ニヤニヤとこちらの様子を伺っている。
「エイジがどうしても、というのなら、教えてあげなくもないのじゃ!」
(そこっ!勿体ぶるのかよ!…ったく。)
茶番だとは知りつつも...なんとも憎めない魔術師のお遊びに付き合う。
「ああ、公明なティイ様よ。無知なる私めにお教えください。」
「ふふふっ!私を奉るとは良い心がけじゃ!」
ふむふむ、と満足したようにティイは頷きながら話を続ける。
「そもそもじゃ!妾が魔術師なのは知っておるかの?ーーこの世界には色んな魔術があるが、その中でも妾が得意としておるのは、占い(タロット)魔術なのじゃ。攻撃魔法、防御魔法に始まり、未来予知、運命さえも若干じゃが変える力を有する高等魔術なのじゃ!」
「つまり、ティイの占い(タロット)は、魔術であって、『運命を占いますよー』的な、駅前にいるインチキ占い師じゃないってことなんだな。」
「えきまえ?と言うのがよく分からぬが、そうじゃ!嘘か誠か、良く分からん、インチキと一緒にされては堪らんのじゃ!」
(俺が…なんでこの世界に来たのかも…占って貰おうかなぁ。)
現実世界にいた時も、風水、星占い、手相などなど、占いの類いは数多あったが、信じた事がなかった。
(ただ、魔術でとなると…話は別だよな…。)
興味ゼロだった俺でさえ、チャレンジしてみようかな…なんて思うのだ。ティイが現実世界の日本に来たら、世のJK(女子高生)や、JD(女子大生)で、とんでもない行列が出来る事に違いない…。
――おっと…話が逸れすぎた。収集がつかなくなる前に、話題を戻そう。
「というか…本題から脱線してるぞ、ティイ。会う前から、俺のことを知ってたのはなんでなんだ?」
「そ、そうじゃったな。ついな。お主を知ったのは、妾が、シャルの未来を占った時じゃ。」
「シャルはのぅ…小さい頃からずっと魔導帝国イシスのお城で、籠の鳥のように大切に育てられたのじゃが、それがシャルにとっては窮屈だったようでの。
さらに、今年は18になる年じゃて。親がシャルの意思とは別のところで、結婚の約束をしてしまってのう…。シャルは自分の選んでもない殿方は、嫌らしくて…。」
「それで、飛び出した…ってわけか。」
「その通りじゃ。」
つい、話の先が気になって、ティイの話に横槍を入れてしまった。
(結婚相手を仕来り(シキタリ)で選ぶ…年頃の女の子にとっては酷な話だよな。)
ふと、横を見ると。
――シャルは『こ、この話やめにしない?』と、赤面しながら、頻りに言っているけれど…もちろん止めるつもりはない!!
俺が、なんでこの世界に呼ばれたのか、分かるかもしれないんだ。
(恥ずかしいのは…我慢してくれ!頑張れ、シャル!!)
「それで、じゃ。困ったシャルは幼馴染の私に相談してきたのじゃ。
ーーこの決められた運命を変える方法は無いか、とな。
妾たちは、イシスの兵どもに気付かれんように、伝書鳩を使って、秘密裏に連絡を取り合った。
妾はシャルの未来を占って、この先、2つの道があることを手紙に書いて、鳩に託したのじゃ。」
「一つ目の人生Aは、平穏なお城で何も変わらない生活を送り、仕来りに従うまま、決められた相方と一緒になる道じゃ。
人生B、平穏からは遠ざかるが自由を手に入れる道。鳥籠から抜け出し、イシス砂漠のど真ん中に現れる、よく分からない格好の男と出会い、国外に逃亡。とりあえず、父親たる国王に喧嘩を売りつつも、絶対に決められた人生は嫌だと、駄々をこねる意思を示す。後のことは、占いでは見えなかったから、とりあえずその先は頑張ってみる。という道じゃ。」
(おいおい、プランBは、はちゃめちゃだな!しかも、よく分からない男って確実に俺だよな。)
(そして、ティイでも俺のことは、よく分からない存在だと…言う事だよなぁ…。)
顔には出さないように、淡い希望が泡の様に潰えたいったのを心の奥で悟る。
そして、一番の関心事が消え去ったと同時に、今の会話に違和感を覚える。
(ん?そう言えば…ファラオとか、なんかよく分からない単語が混ざってたような…。ファラオ…なんか偉い人を指す言葉じゃなかったっけ?)
戦国時代以外の歴史に詳しくない俺は、無い知恵を絞って頭をフル回転させたが、答えは、結局出てこなかった。
昔から世界史はあまり得意では無かったのだ。
――無いものは無いのだ。後で聞けば良いと心の中で諦める。
「そんなこんなで…じゃ。監視が厳しい帝国イシスをうまく抜け出したシャルは、私の予言通り、よく分からない格好のお主を拾い、隣の国の私のところに逃げ込んで、今に至るというわけじゃな。」
(――魔導帝国イシス、今俺たちがいるこの国の同盟国だったか?そんな国のお城の箱入り娘だなんて、シャルは一体どんなお嬢様なのだろうか。まさか、貴族とか…!?)
少し頭の整理をする時間が欲しいので、俺はティイに質問をしてみる。
「とりあえず…俺はこの世界の『異端者』ってことだな。指折りの魔術師のティイでも、よく分からない存在と。
「妾はこの国の主席魔導師ティイ・ナイトアヤ。私が分からないなら、お主の素性を分かるものは、この世界には居らぬかもしれぬな。」
(――まじかよ。)
「まったく。博識なティイでも分からないってなると…俺はなんでこの世界に来たんだか…。
――シャルを助ける為なのかな?そしたら運命の出会いってことか?なぁ、シャル。」
「う、う!運命とか!そんな軽々しく言うんじゃないの!!」
(相変わらず、うぶな性格で面白い。)
俺はこれ以上、イジると後が怖いので、話を変える。
少し疑問に思っていた単語〝ファラオ〟について、質問してみる。
「あ、そうだ。気になってたんだけど、ファラオってなんだ?なんか話の流れ的に〝偉い人〟なのかなって思ったんだけど」
質問した途端、シャルが大きく慌てるのが見える。ティイに『言っちゃダメッ』と言おうとしたのだろうが、同時にティイが口を開いてしまう。
「お主!それすらも知らなかったのか。」
「わ…わるかったな、それすらも知らなくて…」
「いや…お主はこの世界のことを知らぬのだから、それを責める方がお門違いじゃの。許してくれ。」
「簡単に言うと、ファラオとは、それぞれの国のトップじゃよ。つまり、皇帝じゃ。」
(皇帝…だと!?それじゃあ…)
「そして、そこにおるのが、イシス皇帝の実娘。第三皇女、クレオパトラ・シャルル。ーーそしてじゃ!!妾こそが、この国の最強の魔術師と言っても過言では無い、スーパー占い(タロット)天才魔術師....ーーそう我こそは⤴︎⤴︎ティ…」
「なっ!皇女?!シャルが…お姫様だと?!」
つい、食い気味に反応してしまった。
(なんか偉い奴かな?ぐらいの認識だったが、国のトップだと?!)
「おい!エイジ!妾の決め台詞が終わっとらんのに、シャルの肩書きに食いつくとは、何事じゃ!」
(――いや、だって。ほら。散々、お姫様のこと、いじったり、驚かせたりしちゃったし…不味いんじゃ無いかなぁ…なんて。)
気まずそうに、シャルのほうを見ると、当の本人はこの会話に相当気疲れしたのか、若干喪抜けの殻の様な状態になっていた。
「ティイー!ばらさないでよー!」
「シャル、お主こそ、エイジにその身分隠してたのか。」
「うん...。」
(――そういえば、なんでシャルはその身分を俺に隠していたのだろう。)
「だってさ...。私が皇女だって知ったら、国のみんなはすっごく丁寧に、腫れ物扱いするんだもん。」
「本音でお話できるのなんて、ティイぐらいしかいないし。せっかくエイジとも仲良くなったのに...。」
「何も知らなければ、エイジもこのまま、友達みたいな関係でいれるかなって思って。」
(――なんだ、そんなことか。)
俺はシャルのほうをまっすぐ向いて、そんな臆病な一面を見せる女の子に〝会心の渋いイケメン(キメ)顔〟で微笑みながら...
「シャルが例え皇女だろうが、偉かろうが、関係ないな。ーーお前は、俺を拾ってくれた恩人。俺はお前だけのボディーガードだ。皇女だの、王国だの、異世界の流浪人からしたら…関係ないね。」
「ああ、それと、俺は元の世界で『領主(管理者)』...つまり、その土地を治める地位にいたんだ。立場で言ったら対等だろ?ファラオの娘だか、なんだか、知らないけどさ。対等にやらせて貰うぜーー今まで通りじゃだめかな?」
(ただ、俺の場合〝T2(ゲーム)〟での立場だけどな!)
「っま!勢いに任せて話したけどさ。俺は俺。シャルはシャルだ。それでいいんじゃないか?」
最後に心の中で、言えない一文を付け足しつつ、シャルの綺麗な髪を撫でた。
「エイジ…ありがと。」
ティイはそれを見ながら照れ臭そうに
「不器用な奴らじゃのー。」
と少し微笑ましく、二人を見守っていた。
シャルは、皇女という立場やシガラミを忘れ、今はゆっくり流れていく優しい時間に身を委ねることにした。
一方、エイジはと言うと。
――そういえば、この世界に来てから、武士なのに、ちゃんと刀で戦ってないなぁ…なんて考えていた。
(そろそろ、刀振っておかないと、サムライとしての腕も、自慢の刀も錆びちゃうよなぁ...。)
――良い稽古相手いないかなぁ。
領主から、一匹の武士になったエイジが、刀を振るう感覚のなまりを気にしてた頃、
――『ドンッ』
扉が勢い良く、開いた音が聞こえた。
<<第五話に続く...>>
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