プロローグ ~やっぱ、拙者(オレ)SAMURAIでござる~
戦国時代ー戦略型シミュレーションソフト 天下統一。略して〝T2〟
2026年からスタートした、精神没入型アクションゲームは日本を中心として、社会現象を巻き起こした。
数あるオンラインゲームの中で、〝T2〟が大ヒットした理由は、その斬新なゲームシステムにある。
まず、一つめの理由は、世界初の精神没入機能を導入していること。ゲームの中の仮想世界にログインした瞬間、プレイヤーは、現実世界の生身のまま、異なる世界に転生した様な錯覚を覚える。
仮想世界では、視覚、聴覚、嗅覚などの五感を、現実世界と変わりないレベルで感じることができる。
人が触れ合うぬくもりも、
焚火のやさしい暖かさも、
水打つ滝壷の涼しさも…
プレイヤーは違和感なく体験することが出来る。
〝T2〟が世に出た後、フルダイブシステムを搭載したゲームは『FD-SIM』と呼ばれ、その後のゲーム業界を大きく変える事となる。
ヒットの二つ目の理由。それは、億を超える人間が同時に接続してもサーバーダウンしない量子コンピュータの出現である。
全世界で2億人同時接続という前代未聞の記録を打ち出した〝T2〟では、そのプレイ人数が故に、国家単位の巨大な社会ネットワークが築かれていた。例え、ゲーム世界だったとしても、そこにいる人間の数は〝億〟を超えるのだ。独自の文化や組織、経済が生まれても不思議ではない。
そんな•••現実に見劣りしない世界で、プレイヤーは新しい人生を作ることができるのだ。
現実のうざったいシガラミから解放され、新世界で、真っさらな人生をスタートする。
バイト、サラリーマン、OL、専業主婦、決まり切った現実の閉塞感に飽き飽きとしていた現代人が、どハマりするのは必然だった。
また、ゲームを出したタイミングも絶妙だったと言える。
量子コンピューターの出現、電算技術の画期的な進化を好機と捉え、フルダイブ(FD-SIM)をいち早く作り、世界中に販売した〝T2〟の製作陣は優秀だ。
ヒットする様な傑作も、同じコンテンツがありふれてからでは、埋もれる可能性もある。フルダイブ(FD-SIM)の代名詞=〝T2〟のイメージを最初に作ることが出来ていなければ、これほどのヒットは成せなかっただろう。
「機を見るに敏」とはまさにこのこと。何事もタイミングとスピード感が重要なのである。
さて、大きな成功を収めた〝T2〟の中身についてだが…
——ゲームの舞台は戦国時代。ログインしたプレイヤーは、その時代の一員として生きる。
武士として。
忍者として。
商人、
時には、職人として。
生き方は人それぞれ。十人十色だ。
陰陽師、僧侶、巫女などの、少し変わった職業もある。
基本は、戦国時代の職業をもとに、バランスを崩さない様にゲーム性を高める工夫がなされている。日本が独自に培ってきた職業を、現代人が楽しみながらプレイ出来るように設計されている。
そして、現実世界と違うのは、ゲーム性を豊かにするレベルの概念や、戦闘系スキル、鍛冶スキル、などが導入されているところか。
武士であれば【剣技】、忍者であれば【忍術】といった戦闘技を使うことが出来る。
ただし、刀を振って戦ってるばかりでは、自分の領土を大きくすることはできない。国を大きくするには、周辺諸国との協力関係、つまり同盟が必要なのだ。
それを可能にするのが【軍略スキル】
この世界で最も重要なスキルと言っても過言ではない技だ。計略、暗殺、裏切りが蔓延る戦国の世を生き残り、その名を天下に轟かすため、あらゆる生存の策を模索することは、個の戦闘能力よりも重要なのだ。脳まで筋肉な奴は、この世界では短命である。
それと余談だが…
〝T2〟は日本発のゲームにも関わらず、海外での人気も高い。戦国時代の代名詞である『侍』、『忍者』というワードは今や、SAMURAI、NINJAと海外でも通じる。それほどまでに日本文化は今、世界中で人気があるのだ。2020年、東京オリンピックをキッカケに、日本文化人気に更なる火がついたのも、理由の一つだと思う。
T2の世界で外国人が、侍や忍者の人生を経験したいと思うのも頷ける。事実、海外からのアクセスは8割を超え、T2人気はグローバルに飛び火していった。同時通訳システムにより、言語の壁がなくなったことも、全世界での人気に拍車をかけた。
また、フルダイブシステムは目や耳に障害のある方の、実際に『見える・聞ける』福祉的体験という意味でも使われた。社会貢献活動の一環で日本政府が〝T2〟を宣伝したことも、大ヒットに繋がった一つの要因である事は間違いない。
天守閣、城下町、寺など、様々な景観や建築物は、戦国時代のまま。わび・さびの聞いた『和』の美しさは、日本の現代人だけでなく、世界中の全ての人をとりこにする。桜、新緑、紅葉、残雪...四季折々に変化する日本の景色が、〝T2〟の最大の売りのひとつだ。
まあ、その他にも理由は色々あるが…
いくつもの因果が重なって、〝T2〟の人気は絶大だった。2億という国家単位の人数が遊ぶゲームの紙幣価値は、ネットビジネス界で仮想通貨として扱われるほどだった。
お金とは、それを使う人の多さ、そして信頼性で価値が決まる。今日本が潰れれば、貴方が持っている万札も紙クズ同様になるし、アメリカが潰れれば、ドルの価格は崩壊する。逆に言えば、〝T2〟への絶大な人気と信頼性は、ゲーム内通貨に現実的な価値を与えるほどだったのだ。
トップランカー(領主)の中には、ゲーム内の税収、それだけで現実でも裕福な生活が出来るものもいた。ただ、領主に成れるのは、全〝T2〟人口(2億人)中の1000人程度である。
確率にして1000人/2億人なので、確率が高いかと問われれば、現実社会で働いた方が無難だとは思う。
そんなこんなで、私こと野原英二郎も、T2に熱狂する一人のプレイヤーだった。現実では、ただの冴えない理系大学生だが...
ーー〝T2〟の世界では、50万の城下町の領主として、ゲーム内でも有名だった。
戦乱の世では、国の寿命は長くて一年、早ければ数ヶ月で城主は入れ替わるのだが、我が領はゲームが運営が開始してから、2年の間、私が領主として治める事が出来ていた。
領主が交代する理由は様々で、その中には身内のクーデターや、同盟国の裏切りもある。
私が長い間、領主として務めてこれたのは、一重に能力ある仲間達と、同盟諸国との良好な関係を築けていたからである。
ただ、そんな平穏な状態に気を許したのが間違いだった…。世は乱世。上を殺せば成り上がれるという誘惑に駆られるのは珍しくない。気を許せる仲間と言えど、誘惑に勝てないときもあるのだ。
「領主としての役目を終えて、自由気ままに、また一から国を作る。また、それも悪くない。」
組織を管理する側から、自由人へ。次はどこの国に生まれるのであろうか。どんな出会いがあるのだろうか。
心配することはない。領主としての地位は無くなるが、ゲーム内で獲得した武器やアイテム、領主にしか獲得できない特殊スキルや、ゲーム最高のレベル150は受け継がれるのだ...。
思えば、このゲーム内で再復活するのは初心者の頃以来だ。乱世とはいえ、城主は城の最上階で殆どを過ごすため、戦いの最前列に立たされる一平卒に比べて、圧倒的に死ににくいのだ。
キャラは死を迎えるとき、光の粒子のように存在が薄くなる。ぼんやりと霞みがかった光は、やがて新しい生命の誕生。つまり、キャラメイクの素材になる。
意識が朦朧となり、次に目を覚ましたときには、新しいキャラメイク選択が始まるはずだ。久方ぶりの死で、やっと思い出してきた。
これが『死』の感覚
ーーそして、『新たな生』の始まり。
…さて、次はどんな人生を歩もうか。
そんな新たなゲーム人生に胸をときめかせ、俺は意識から手を離した…。
ーーーーーーーーーーーーー
【キャラの死亡を確認、レベルを引き継ぎます...スキルを引き継ぎます...道具までの全項目のロード完了...オールクリア...】
【新しい人生をスタートします...キャラメイクを開始します...…
実行処理ができませんでした...
再度実行...…処理に失敗しました...】
ふと気づいた。キャラメイクが始まっていない。目の前がずっと真っ暗なのだ。
『ん?なぜ始まらない?』
〝T2〟ではキャラの見た目を変えられるタイミングは転生の時だけだ。
死んで目がさめる時、前の自分とは違う自分を作ることができる。
俺は結構、キャラメイクに凝る方で、〝T2〟を始めた時は、2日もキャラメイクに時間を掛けてしまった。
『まぁ・・・どうせまたキャラメイクで結構な時間を使うんだ。今のうちにイメージだけでも固めておくか。』
最後に使ってたキャラは、渋めのオッサンだった。今回は、気分を変えて若いイケメン風にしようか…それとも、筋骨隆々な能筋にしようか…
『領主になっても、デブっちょのおっさんじゃ格好が付かないからな。ーー目元くっきり、眉毛もばしっと・・・。』
(ーーたまに、現実の自分の顔とのギャップに身悶えるんだよなぁ。あー、イケメンに生まれたかったぜ。)
結局色々考えた結果、デフォルトの顔の完成度が高くて、それで始めちゃったこともあったっけ。
『ふぁ~!』ーー真っ暗だし、眠くなってきたな。
【再度実行...処理失敗...……
致命的な機能上の損傷を確認。
キャラメイクの実行をスキップ...…
新しいパッチを適応します...完了。
新しい世界へのリンク開始...】
———次のキャラをどうしようか考えているうちに、結構な時間が経った。
(———それにしても、おかしい。全然、キャラメイクが始まらない。)
2年間、死んでいない間に、ゲームの仕様変更でもあったのだろうか…キャラメイクが始まるまでが異様に遅い。
というか、真っ暗な視界で、意識がずっとあること自体、異常なのだ。こんな状態、初めてなのである。
(エラー??バグ??ログアウトもできないし。どうなってやがる。)
メインサーバーに量子コンピュータを使っている以上、サーバーのダウンなどは考えられない。
死んだら、ぱっと始まるキャラメイクが全く始まらない…どうした事か…。
【新世界へのリンク...80%...90%..新しい世界へのリンク完了...修復不可能な〝T2〟とのリンク回線を遮断...】
ん?なんか声が聞こえる。幻聴?
「だ、、いじょ、、」
なんと言っているのか分からない。システムの音声だろうか?
「だい、じょ、、、だい、じょう、、ぶですか?」
これは異常自体なのだろうか。システムの音声に明らかに焦りの感情がこもっているような。
【新しい世界との同期完了...これより、新しい人生をスタートします。】
静寂な暗闇から一転、眩しくて前が見えないほどの光が、目の前に広がる。
意識が覚醒し、目がだんだんと光に慣れてくる。
それと同時に、視界に移るのは心配そうな表情の女性の顔...。
(女?ん?キャラメイクは!?ーーな...何が起きている!?)
「大丈夫ですか?聞こえてますー?生きてますか?!」
目の前の黒髪の女の子は、そんな俺に問いかける。
(生きてますか、だって?)
(そんなの、俺が聞きたいよ!というか...
———そもそも、俺は今生きているんでしょうか...?)
キャラメイクも始まらないし、ログアウトもせず、目の前は真っ暗だったのだ。明らかにおかしい状況に頭の理解が追いついていない。
とりあえず…何か話さなきゃ…
咄嗟に出た俺の言葉ーー
「お…拙者は、生きてるのでござるか?」
それが俺がこの世界で、口にしたーー初めての言葉だった。
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死に戻り(リスポーン)したら本当に侍になっちゃった!?
新しい武士人生を楽しむ主人公と、その仲間たちの異色で愉快な物語が今始まる
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■筆者のからのご挨拶。
はじめまして。陽溜乃ン乃です。
まずは、皆様の目に触れたこと、物語の始まりを最後まで読んで下さったことを喜ばしく思います。
この度、皆さまに楽しんで頂ける物語をを描きたくて、ペンではなく、アイフォンを手に取りました。
昔はペンだったのが、今は携帯とは、これを偏に時代ですよね。
さてさて、本格的に物語が始まるのは次の話からです。■次話:2019/08/15 23時投稿予定
是非とも楽しんでいただきたく思います。(お気に入り登録していただけると発見しやすいかも)
この先、私自身も、物語を楽しみながら書いていきたいと思います。
今日から1日1話のペースを目標に書いていこうと思います。
どうか手にとって読んで頂けたら幸いです。
では、これからも、末永く、よろしくおねがいします。
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