フィルフィーの涙
ローレンスは正直戸惑っていた。
ローレンスは無論クロスフォードの過去を全て知っている。そうでなければ診察なんてできない。
方や、ローレンスはシルフィーの叔父だ。そして、シルフィーがクロスフォードに好意を寄せていることも兄から聞いていた。
だが、この事実を知った時にシルフィーはどうなってしまうか?それが心配だった。
もしかしたらクロスフォードへの思いがより強くなるかもしれない。無論、これがただの子供同士の友情の話であれば喜ぶべきことだろう。
だが、二人は男女であり、そろそろ結婚の話も出てきそうなお年頃なわけだ。
さらに、ブリューゲル家は貴族だ。したがって、よほどのことが無い限り貴族同士で結婚することになる。家を勘当されているクロスフォードが結婚相手では釣り合わないのだ。
だが、目の前には真剣なまなざしで真実を知ろうとしている姪がいる。
はたして、その姪に真実を伝えず、ごまかしたままでいいのだろうか?とローレンスは自分の良心に問うのであった。
兄には怒られるかもしれないが、伝えるべきなのかもしれない。
決意したローレンスは口を開く。
だが、どこから話をしたらいいものか、と思い悩む。
「シルフィー。わかった。私が知っていることは話そう。だけど、絶対に他言しないこと。勿論、クロスフォード君にもだ。それは守れるね?」
「無論です。」
「分かった・・・まず、クロスフォード君の症状から言おう。彼の脳に本来あった魔術処理機能は完全に破壊されている。魔術処理機能が魔法を使う上で必要な機能なのはシルフィーも知っているよね?だからクロスフォード君は魔法が使えない。」
「魔術処理機能が魔法発動に必要なのは知っていますが・・・叔父様、今、「本来あった」と言いましたか?昔は機能していたということですか?」
「その通りだ。今から10年前になるかな。その時までは彼の魔術処理機能は正常だった。いや、話を聞く限りこの国でもトップクラスの優秀な魔術処理機能を持っていたといっていい。」
「それがどうして・・・」
「シルフィー。君は子供が魔術を習うのが何歳からか知っているかい?」
「それは、10歳からです。それ以前はまだ魔術処理機能も魔力も未発達だから。でも、え?それって、まさか?」
「そう、クロスフォード君は発達が未熟な魔術処理機能を酷使した。それも機能が完全に破壊されるまで。」
「どうしてそんな無茶を・・・」
「シルフィーは、ライナ村襲撃事件を知っているかい?」
「いえ、知りません。」
「じゃあ話そう。ライナ村という人口100人程度の村があった。ここはとある貴族の別荘がある村でもあって、当時二人の貴族の子息が保養に来ていた。そして事件当日、グールの集団が村を襲い、二人を残して村は壊滅した。クロスフォード君はその生き残りだ。」
「そんなことが・・・でも、グールはBランクの魔族です。子供が相手できるとは考えられません。ただ、今クロが生きているということは、グールを撃退したということですよね?」
「撃退・・・ね・・・撃退じゃない。ほぼ殲滅だよ。事件後に村を調査した警務隊が調べた結果、村を襲ったグールの集団は有名な一味で、その数も割れていた。30体のうち29体のグールの死体が村のあちこちで見つかった。1体は逃げたみたいだね。」
「6歳の子供が29体のグールを倒したということですか?考えられない・・・」
「シルフィー。話にはまだ続きがある。その時クロスフォード君ともう一人生存者がいた。その少女は致命的な傷を負っていた。脇腹をグールに食いちぎられた。普通は助からない。」
「え?でも?」
「クロスフォード君は何度も何度も何度もヒールをかけたそうだよ。その彼女のために。そして、魔力も魔術処理機能も限界を迎えたときに奇跡は起こった。ヒールでは助からない少女は奇跡的に助かった。」
「・・・事実ならクロは英雄じゃないですか。」
「これが平民の娘を救った話なら彼は英雄でいられた。だが、彼が救ったのは伯爵令嬢の娘だった。その伯爵は娘がグールに襲われたという話が広がるのは好まなかった。だから情報が広がらないように手を打った。」
「恩人に対する仕打ちではありませんね。」
「まだまだ話は続く。魔術処理機能を失ったクロスフォード君の魔力は凄いスピードで増え続けた。魔術処理機能の役割の一つとして余分な魔力を放出するというものがあるが、それが機能しない。体内に充満した魔力をどうにかしようと、体は魔力の容積を拡張し続けたが追いつかない。充満し続けた魔力がどうなるか分かるかい?」
「魔力の暴走・・・」
「そうだ。8年前、その魔力の暴走でとある村の壊滅した。」
「え?それは・・・・」
「シルフィーも記憶にあるんじゃないか?なんせ、兄と君はその場にいたのだから。」
「・・・」
シルフィーはこれ以上話を聞きたくなかった。
「あの時、君とクロスフォード君はコカトリスというモンスターに襲われた。Aランクの強力なモンスターだ。」
「いや・・・聞きたくない」
「君はコカトリスの石化魔法を受けた。クロスフォード君は無理を重ね、君に「キュア」の魔法をかけた。その結果、彼の魔術処理機能は完全に破壊しつくされた。と同時に気を失い、魔力の暴走が起こった。後に残ったのは破壊しつくされた村さ。」
いつしかシルフィーは泣いていた。クロが魔術を失った要因の一つが自分にあったことを知り、クロに申し訳ないという気持ちからだ。
シルフィーはクロに会うのが怖くなった。
これからどういう顔をしてクロに会えばいいのか分からなくなった。会えばきっとこの話を思い出してしまい、普段の顔ができるとは思えなかった。