定期健診
「毎度のこととはいえ、憂鬱だなぁ・・・」
俺は定期的に病院に検診を受けに行くことになっている。
「王立魔術病院」というこの国きっての大病院だ。なぜ定期検診を受けているかといえば、魔法が使えないからだ。
受付を済ませて待合室で待っていると、主治医のローレンスさんが表れた。
ローレンス・ブリューゲル。ダグラス師範の弟にあたる人だ。
「やぁ、待たせたかい?」
師範と違い、ローレンスさんの物腰は柔らかい。本当に兄弟だろうか?・・・
「はい。今来たところですから。」
「そうかそうか、それじゃあ始めようか。」
そうして俺たちは検査室に向かう。
検査室にはベッドが1床あり、そして検査用の魔道具が置かれている。
この魔道具はかなり高価なもので、使われている魔石もB級かA級のモンスターのものだろう
それほど高度な魔術が検査で使用されている。
俺はベッドに横たわった。そして、ローレンスさんは慣れた手つきで魔道具を俺の頭に向ける。
「ふむ。いつもと変りなし・・・と。やはり、魔術処理機能だけが見事に破壊されているね。ああ、それと、魔力がまた増えているね・・・」
「魔術が使えないのに魔力だけは増えていくとか、どんな皮肉ですかね。」
あはは、と俺は苦笑いする。
「うーん、症例が無いから何ともいえないんだけど、魔術処理機能がないから魔力が適切に放出されず、どんどんたまっていっているように見えるね。そのペンダントではもう抑えられないね。もう少し強力なペンダントを用意するよ。」
「もっと強力なやつですか。これ、つけてるだけですごい頭痛なんですよねぇ・・・」
俺は自らの魔力をコントロールできないので、魔道具のペンダントを使って余分な魔力を外に放出している。
だが、魔力の量はどんどん増え続け、今のペンダントでは抑えが効かないようだ。
ちなみに、このペンダントをつけていると頭痛と吐き気が襲ってくる。原因も分かっている。ペンダントの魔核に刻まれている魔術式がイケてないからだ。
本当は魔術式を書き直したいくらいだが、一度魔核に刻まれた魔術式は上書きできない。残念だ・・・
まぁ、もう慣れたものだが、ペンダントの力が強ければ強いほど頭痛と吐き気も強くなるので、ペンダントを取り換えるときはいつも以上に気分がすぐれない。
「まぁ、そういわずに・・・ね?こうでもして魔力を放出しないと、あの時みたいに君が壊れてしまう。そして、その周囲も。」
ふぅ、と俺はため息をついた。それは理解している。
俺の魔力は適切に放出しないと、いずれ魔力の暴走というオーバーフロー状態を起こす。そのオーバーフローはすさまじく、俺は自我が崩壊しかかるし、その時に周囲に溢れ出す魔力は無慈悲な魔力の嵐となって周囲をめちゃくちゃにしてしまう
だから、このペンダントは重要なんだ。俺が壊れる分にはいいが、俺の大切な人たちに被害が出るのは勘弁だ。
「分かりました。では、受付で新しいペンダントをもらえばいいですかね。いつもの通り。」
「ああ、そうしてくれ。」
そうして、診察室を出て受付付近のソファーに座っているときだった。
「あれ?クロ?」
そう呼びかけてくる人がいた。振り向けばそこに立っていたのは・・・
「シルフィーか」
★
「クロ、どこか体調悪いの?」
シルフィーは心配してくれているようだ。藍い瞳が心配げに揺れている。
「いや、大したことはないよ。言ってなかったっけ?俺、定期診断を義務付けられているんだよ。子供のころからな。」
「それって、魔法が使えないから?」
「ん?まぁ・・・そうだな。」
ちょっと言葉を濁した。魔法が使えないのはこの際大したことじゃない。検診の主目的は魔力の暴走を抑えるため。でも、そんな物騒な話をするとひかれちゃうから、ごまかすしかないのだ。
「そういうシルフィーはどうしたの?」
「私はちょっと道場で打ち身をしちゃったから、それでね。ほら、ここ叔父さんがいるからすぐに見てくれるのよ。」
恥ずかしそうに打ち身を見せてくるシルフィー。ただ、キミ、身内を使っての不正な受診はいかんよ?
「まぁ、俺もさっき見てもらったばっかりだからな。次、受診できるんじゃない?」
と、思わず漏らした。
「え?・・・」
シルフィーからすると意外だったらしい。あれ?俺がローレンスさんに見てもらっているのは知らなかったのかな?
その後、俺は受付から新しいペンダントを受け取り、シルフィーに「じゃあな」といって病院を出た。
★
私シルフィーは今ローレンス叔父さんの診察を受けている。打ち身だから大したことはないのだけど。それより気になるのはクロのこと。ローレンス叔父さんの診察を受けている?
ローレンス叔父さんの専門は魔術処理機能の診察と処置。だけどもっと言えば魔力のコントロール関係が専門なはず。
そもそもこの世界には叔父さんのように魔術関連の医者は割合として多い。そしてここは王都で最大の病院だ。様々な分野の専門医が揃っている。
だから、叔父さんが診るということは魔力のコントロールに関するものだと考えるのが普通だ。
魔力のコントロール?
クロが魔法が使えないのは知っているけど、なぜ使えないのかは知らない。
いや、聞くのが怖かったといったほうがいい。
ただ・・・魔法が使えないのに魔力は持っているというのは何だか違和感がある。
そもそも、クロが魔法が使えないのは先天的なものなのか後天的なものなのか?
そして、ハッと思う。たまにクロが道場で昼寝しているとき、「ヒール」とか「ストーンシャワー」、挙句の果てには「ライトニングストーム」といった魔法の名前を口にすることがある。普段は、「ああ、魔法が使いたいのよね・・・」って思ってたけど、よく考えたらおかしいじゃない。
「ヒール」と口走るのはまだわかる。これは誰でも知ってる有名な魔法。
だけど・・・
「ライトニングストーム」だなんて、王国魔術学園でも使える人がいるかいないか・・・という上級魔法。それを当時10歳程度のクロが口走るのはおかしすぎる。だって、魔法の名前そのものがレア。
ということは、クロは昔は魔法が使えていた?しかも、「ライトニングストーム」を?
ありえない。私とクロが出会ったのはもう8年も前のこと。その時からクロは魔法が使えなかった。じゃあ、7歳の時は魔法が使えて、その時は「ライトニングストーム」まで使えていた?
分からない。だけど、もしかしたら叔父さんなら何か知っているかもしれない?
私は恐る恐る叔父さんに聞いてみることにした。
「ねぇ、ローレンス叔父さん、クロの診察をしているんですってね?」
「ん?」
ローレンスは少し驚いた。そして、シルフィーは続ける。
「ねぇ、ローレンス叔父さん。クロがどうして魔法が使えないのか、叔父さんは知っているの?」
「・・・・それは・・・・」
今、シルフィーはクロスフォードの過去を知ろうとしようとしていた。
だが、それはあまりにも残酷な過去だった。