第8話 錬金術士ってなんか、めんどくさいと感じたよ
「このレンガ、どう思う?」
レンガ積みの準備をするのでセメントと砂と水を混ぜていたら、錬金術士が話しかけてくる。
「いいレンガですよね。赤土焼きの赤レンガ。高いんです、これ」
今回積むレンガは赤土から作った焼きレンガ。現代でレンガと言うとイメージするのがこのレンガだろう。
しかし、この世界においては赤レンガは一般的ではない。
普通は灰レンガと呼ばれる土を干して固めた灰色のレンガだ。
作るのが簡単で材料の土を確保するのも簡単。
だから、一番安くて普及している。
赤レンガは灰レンガの3倍くらいする高級品だ。
「だろう。あちこち探して最高のレンガを手に入れたんだよ」
アトリエ付きとは言え、一般住宅なのにこんな高級品を使うんだな、と思っていた。
「錬金術は瞑想して高次元と繋がることが重要なんだ。だから、錬金術アトリエは瞑想を支援するような気持ちがいい場所でないとダメなんだ」
魔法使いが瞑想するって話は聞いたことかあった。だけど錬金術士も同じなのか。
「だから、レンガ積みの職人さんも最高の人を寄越してくれと言っていたんだ。そしたら、いつになっても来なかったから、文句言いにいこうと思っていたところなんだ」
そんなことがあったのか。
たまたま、仕事が空いてしまっただけの僕が来て良かったのかな。
「それで、このレンガのラインなんだけど」
「すみません。ちょっと待ってくださいな。まだ、これの準備中なんですよ」
「あ、悪い悪い、セメントだよね、それ」
「バルモルです」
「バルモル?セメントじゃないの?」
変なとこ詳しいなこの人。
やたらと細かいことを知りたがるタイプなのか。
「バルモルはセメントと砂を混ぜて水を入れたものです」
「あ、セメントは砂が入っていないものを言うのか」
いかんな。余計なことをしゃべっていたら、時間が足りなくなりそう。
もっとも今は、バルモルを混ぜている段階だから混ぜながら話せるから、ちょっとくらい付き合ってもいいか。
「この後、レンガを積むところを少し掘って砂利を入れます。その上にレンガを積んでいきます」
「あ、この砂利はそう使う物だったんだ。随分少ないなと思ったら、土台にだけ使うってことね」
「そうです」
よし。バルモルは綺麗に混ざったな。
次は土台を作るために少し掘る作業だ。
用意されているスコップで30センチ幅で5センチほど掘っていく。
それほど固い土でもないから、さくさく進む。
「そうそう。そのラインだ。きれいなS字ラインでお願いするよ」
「分かっていますって」
今回は500個で2m積みだから縦に20段積んで横に25個か。
10mの予定だな。S字に組んでここが角になって、ここからはストレートだな。
「こっちは真っすぐでいいですよね」
「ああ、そっちは普通でやって欲しい」
うん、ここをこう掘って。ザクザクザク。
集中して掘っていたら、あっという間に終わった。
「今日はこの掘ったとこに砂利を入れてレンガを積んでいきます」
「高さは2mだよ。分かっている?」
もちろん分かっているって。こちとらは2年間毎日500個積んでいるんだから。
「砂利を敷き詰めて圧縮したら、準備完了です」
「それでは、レンガを積み始めるのかい」
「そうです。1段目は一緒にやりましょうか。ラインのチェックをお願いします」
「がってんだ」
なんか、この人、土方好きなんじゃないのかな。
一緒にやるって言ったら、やたらと嬉しそう。
もちろん、レンガは積ませないよ。プロの領域だから、素人の手は入れたくない。
「もしかして。私でもレンガを積むことってできるのかな?」
《ピンポーン》
「あなたが積むとクオリティーが落ちてあなたが納得できないでしょう」
「むむむ。やめておこう」
あ、予報が出てしまったけど気分をそこねていないな。大丈夫だったみたいだ。
たぶん余計な手出しをしないでくれそうだ。
「それではまず砂利の上にバルモルを平に載せていきますよ。一気に行きます。邪魔しないでくださいね」
この段階で集中モードに入ろう。こてを構えて、10m分のバルモルを板の上に載せて。いくぞ。
「すごい。なんて綺麗なバルモルの表面なんだ。凸凹が全然ないじゃないか」
そんなの当たり前じゃないか。毎日レンガを積んで2年間の経験を甘くみないで欲しいな。
レンガを積むぞ。
レンガ・レンガ・レンガ・確認!
レンガ・レンガ・レンガ・確認!
「うわっ、S字のカーブもすっごくスムーズ。そうそう。そのラインなんだよ。伝わるかどうか不安だったけど、安心した!」
こっちは集中しているけど、観客がいて歓声が上がるっていうのも悪くない。
剣試合をするとき、観客が多いと燃えるって言っていた人いるけど、今なら分かる気がする。
「ここでL字カーブだ。直角に曲げることはできるのか。おおっーと。スピードを緩めずに一気に曲がった。見事に角が立った!」
レンガ・レンガ・レンガ・確認! 直角!
レンガ・レンガ・レンガ・確認!
なんか実況解説になっているじゃないか。楽しいからいいけど。
「そのままラストの直線へ。スピードがアップするのかと思ったら同じスピードだ」
レンガ・レンガ・レンガ・確認!
レンガ・レンガ・レンガ・確認!
レースじゃないんだからスピード上げたりしないよ。ムラができてしまうじゃないか。
レンガ・レンガ・レンガ・確認!
レンガ・レンガ・レンガ・確認!
「いよいよ、フィニッシュだ。止まった!完成だ」
完成って、まだ一段目下のレンガ積みしただけでしょ。大げさな。
「この調子だといい感じに予定の500個積めてしまうんじゃない?」
《ピンポーン》
「錬金術士が邪魔しなければ予定より早く終わるでしょう」
「あ、そうですよね。これだけのスキルをお持ちなんだから。邪魔しないようにしますね」
「実況中継や歓声、うれしかったです」
「あ、そういうのはいいのね」
結局この日は、錬金術士さんはずっと付き切りで解説やら実況中継やらをしまくっていた。
積み上がったのはジャスト500個。
日没の1時間前だった。
こんな出会いをした錬金術士と僕はのちのち不思議な関係を構築していくことになる。
この時点では、そんな兆候は全くなかったのだが。
レンガを積んだ。以上。