第36話 700個レンガ積めるかな
土木ギルドに着いた。
するといつもの職員さんが声を掛けてくれる。
「また錬金術士のアトリエ現場から指名がきているよ」
「あ、すみません。今日は別の現場にできませんか?」
「なんだ、もめ事でもあったんか?」
職員さん、心配そうな顔をした。
「いえいえ。全然。だけど、今日は別の現場で試してみたいことがあるんです」
「なにを?」
「レンガ700個積めるかを」
今度は職員さん、嬉しそうな顔になる。
「おっ、やっとやる気を出してくれたか。ジュートなら500個じゃなくてももっと積めると前から思っていたんだ」
へぇ、認めてくれていたんだ、僕のこと。それはうれしいな。
「今までは、出来上がりのクオリティが気になって数を増やせなかったんです。だけど、数を増やしてもクオリティーを落とさなければいいと気が付いたんです」
「うんうん。ジュートなら、きっとできるよ」
そこまで言ってもらえるんだ。
「だけど、正直な話をすると錬金術士さんのとこだと、クオリティーチェックが半端ないので他のとこで試してみてから、錬金術士さんのとこに使ってみたいんです」
「あ、分かるよ、分かる。あの人のチェックは並みじゃないから。職人泣かせの人だから」
今日は別のところということで、邸宅のレンガ積みの現場を紹介してくれた。ちょっとお金持ちの方のとこだから、なかなか広い邸宅だ。
今日は2人のレンガ積み職人が入る予定だったけど、ひとり追加することくらい簡単だということで、僕もそこでレンガ積みをすることになった。
作業開始の10分前に現場に入る。
まだ誰も来ていない。
現場は既に10段くらいレンガを積んである状態だ。長方形の邸宅で長い方の一辺は20mくらいある。
これなら3人で積んでも他の人の邪魔にはならないな。
しばらくすると職人風の40代のおっさんがやった来た。
「おっ、今日から入るレンガ職人だね」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくだ。私がこの現場の親方だ。なんでも今日だけで700個も積むと言ったんだって?」
僕のことを上から下までじろじろと見ている。
初めて一緒に仕事をする人だから、心配なのかもね。
「はい」
「大丈夫か?速くてもいいかげんな積み方だったら、容赦なく不合格にするからな」
「もちろんです。厳しくチェックをお願いします」
「わかった、では道具はあそこにあるのをどれでもいいから使え」
親方の指さす方向には、道具や材料が一所に集めていて、コテが5本ほど用意されている。
「あ、今日は、自分で用意したコテを使うので大丈夫です」
「マイ・コテだと?なまいきな。熟練したレンガ職人はな。どんな道具でもしっかりした仕事ができる奴のことを言うんだ」
うーん。なんか頑固そうな親方だな。参ったな。
「えっと。実は今日、初めて、自分のコテを買ったんです。だから、早く使いたくてしかたないんです」
「そうか。それは分からんでもないな。そのコテ、見せてみろよ」
「はい。ちょっと待ってください。これなんです」
「うわ、なんだこれ。ずいぶんといい品だな」
「ええ。すごいでしょ。ドワーフ匠印なんです」
しみじみとコテを見ている親方さん。
自分も欲しいと顔に書いてあるよ。
「まぁ、とにかく。いい道具を持ったなら、いい仕事をしてくれよな」
そんな話をしていたら、もうひとりの職人も来て、今日の作業員3人が揃った。
一緒にセメントと砂と水を混ぜて、バルモルづくりを始める。
「よし、お前は700個。俺たちは500個。しっかりと積むように。レンガ積みスタートだ」
さて、新しい道具での初めてのレンガ積み。
がんばるぞっ。
既に積んであるレンガの上にバルモルを薄く敷いていく。
「すごい」
思ったような形に自然とバルモルが盛れていく。
いままでだったら、多いとこ少ないとこが出てしまうから、コテで修正するのだけど、このコテを使うと思ったとおりに盛れてしまう。
「早いうえに綺麗だ」
たぶん時間でいうと、70%くらいの時間で盛れた。もしかして、このコテを使うと無理しなくても700個くらい積めてしまうのかも。
実際どうなのか、いままでと同じくらいのペースのつもりで100個積んでみた。
他の人の進行状態を見ると、60個~70個、積んだ状態だ。
もしかして、もう少しスピードアップできるのかな。
今度は、速く積む事を意識して。ただし丁寧さは忘れずに100個積んでみた。
あれ、他のふたりはまだ50個前後しか積めていない?
もしかして、倍速でも問題ないのかな。
今積んだ100個をチェックしてみる。それも、錬金術士さんになった気分でチェックする。
「いいねぇ。テンポが感じられる。完璧だ」
錬金術士さんでも、そう言ってくれそうな出来だ。
この調子で積みまくってみよう。
レンガを積む、積む、積む。バルモルを盛る、盛る。
それを繰り返していたら、陽が高くなっていった。
「おーい、そろそろ、昼休憩しようか」
「「はーい」」
親方さんの号令で一旦休憩に入った。
「どうだ、調子は?ずいぶん積んでいるじゃないかい?」
「はい、午前中で450個です」
「ええーーー」
親方さんが250個くらいだろう。半分ほど積んだから昼休憩になったのだと思う。
「すごいな。どれどれ。ほう。積み方もきれいだ。バルモルのハミ出しもないし」
「でしょう。このコテ最高です」
コテを見せびらかしてみた。
もちろん、コテだけではないんだろうけどね。
「ちょっと、それ、貸してくれないか」
「嫌です」
「だよな」
3人で昼食を食べる。今日の昼食は黒パンと水だけだ。
別に倹約という訳ではなく、これが一般的な職人の昼食だ。
黒パン固いから水に浸してやわかくして食べる。
噛みしめるとじわっと味が出てくる。
いつもと同じ味のはずだけど、今日はちょっとおいしく感じるのは気分が良いせいだろう。
食事が終わって、午後の作業に入る。
ペースが速いのは同じなので、250個を積むのにそれほど時間はかからない。
「おわった。2時間弱速く終わってしまった」
まだ親方達はレンガを積んでいる。
100個以上は残っている様子だ。
「親方、終わりました」
「もう終わったのか。700個だよな」
「はい。確認していただけませんか」
「よし、やろう」
確認も「完璧だ」の言葉を頂きました。
「こんなに速く完璧に積めるレンガ職人は初めてみた」
親方に最高級の誉め言葉をもらってしまった。
それは、ちょっと言い過ぎだと思うけど。
そのまま、ぼーっと待っているのもどうかと思って、今日の賃金大銅貨7枚をもらって早く帰ることにした。
もちろん、後片づけと、コテのメンテナンスは完璧にやったよ。
「今日は1日ごくろうさん」
ドワーフ匠印のコテに話しかけてみた。
返事はないけど、嬉しそうだなと感じたよ。
さて、困った。
明日は、錬金術士さんのとこでレンガ積みをするつもりだったけど。
700個は余裕だから、何百個にしたらいいのかな。
まさか、1000個なんていきなりできないしね。
まぁ、明日、ギルドの職員さんと相談してみようか。
マイコテ、いいてですね。




