第33話 なにもない日常こそが幸せなんだと思う
今日も錬金術士さんの工房のレンガ積み。
錬金術士さんのことだから、今回もどんな隠し玉を用意しているのかと思っていたら。
「今日はこっち側を積んでください」
「どんな風に積んだらいいんでしょう」
「普通に積んでくださいな」
えっ、普通?普通に500個、積むだけ?
普通というのが意外だった。
どんどんとハードルを上げていくイメージがあって、普通でと言われて肩すかしにあった気分。
どうも今日は錬金術士さん忙しいみたいで、レンガ屋のお相手している暇がないらしい、残念。
もちろん、500個レンガを積みました。
しっかり、がっちり、丁寧に。
こういう時こそ、気を抜いてはいけない。
ごく普通のことを完璧に仕上げる。
そんな繰り返しが信用につながるんだ。
当たり前のことが当たり前にできてこそ、難しいことが成功するのだ。
錬金術士さんが僕に今、期待しているのは、きっと当たり前のことをしっかりとやってくれることだ。
「ありがたいな」
普通のレンガ積みなのに、僕を指名してくれる。
それこそ、信頼の証。
感謝の気持ちを持って、レンガをひとつ、また、ひとつと積む。
積み上げたレンガの壁を見て、「うん、完璧だ」と安心する。
まずは、100個、積んだ。
まだ疲れていないから、続いてもう100個。
もし、いい感じで積み上がった。
一度、休憩しよう。ふうっ~。
ちょっと早いけど、昼食もしてしまおう。
いつものパンと水で昼食を食べる。
さて、残りは300個。
休憩を挟まずに、一気にいってみようかな。
そうだ、錬金術士さんに言われてたんだ。
テンポだ。
テンポを意識して、積んでみよう。
「レンガ・レンガ・レンガ」
ガラスレンガを積んだ時みたいに、音とアクションを取り入れてみた。
残念ながら、全部同じレンガだから、ちょっと寂しいけど。
「レンガ・レンガ・レンガ」
うーん、全部レンガだとバリエーションが少ないな。
「レンガ・レンガっ・レンガぁーー」
音だけ変えてみた。
なんか、イマイチ。
「レンガ・レンガ・レンガ」
やっぱり、こっちの方がしっくりくる。
なんか気持ちいい気がする。
もちろん、積み方はどれも完璧さ。
「レンガ・レンガ・レンガ・完璧!」
3個積んだら、チェックして完璧を入れてみた。
ちょっとテンポが変わって、楽しいかも。
完璧アクションは右手を握ってガッツポーズだ。
「レンガ・レンガ・レンガ・完璧!」
「レンガ・レンガ・レンガ・完璧!」
うん、今日は残り全部、これのテンポでいくことにしよう。
「レンガ・レンガ・レンガ・完璧!」
「レンガ・レンガ・レンガ・完璧!」
どんどんと積み上がっていく。
すごくテンポがいい感じがする。
「レンガ・レンガ・レンガ・完璧!」
「レンガ・レンガ・レンガ・完璧!」
そんなことをしていたら、やたら速く積めてしまったぞ。
予定より2時間も早く積み終わってしまいそうだ。
「レンガ・レンガ・レンガ・完璧!」
これで500個完了と。
「終わりました」
まだ完成していないアトリエで、何かの下準備をしている錬金術士さん。
「おや。ずいぶんと早いね」
外に出て、新たに積んだ箇所の確認をしてもらう。
「はい。素晴らしい。やっぱり、指名をするだけの価値がありますね」
「はい。ありがとうございます」
「テンポが一段と感じられるように思います」
「はいっ」
褒めてもらってうれしい。
テンポを付けて積むのは正解だな。
でも、錬金術士さんのとこで積む時は緊張するんだよね。
どんな無理難題を言ってくるか。
だけど、普通に積むのもまた良しだね。
「あ、そうそう。今日、また、黒猫亭でC級冒険者達と会う約束しているんです。予報屋さんも来てください」
「分かりました」
指名料込みの大銅貨6枚をもらって、宿に帰る。
そういえば、土木スキルがDランクに上がってから初めてまともに普通のレンガ積みした。
Dランクになると、レンガ500個積むのがずいぶんと楽になった気がする。
たぶん、今、本気で積むと1日でレンガ1000個を綺麗に積める気がする。
明日のレンガ積みで試してみようかな。
だけど、いきなり1000個はリスキーだから700個からチャレンジしてみよう。
そんなことを考えていたら、夜になった。
黒猫亭に行く時間。
さて、冒険者と錬金術士さん。
どんな話になるのかな。
楽しみだな。
レンガの話です。それだけ。いいのかな、こんなの書いていて。妙に人気あるんだよね、レンガ話。




