第1話 人生は夢など見ない方がいいのです
レンガ・レンガ・レンガ・確認!
レンガ・レンガ・レンガ・確認!
「ふう。これで500個目、今日のノルマ達成だな」
2mほどの高さに積まれたレンガを見て今日もしっかりと仕事をした実感を味わっている。
「いけない、いけない。最後に確認をしておかないと」
まだ、仕事が終わったとは言えない。今日レンガ積みした箇所を問題がないかチェックする。それと道具の片づけがある。
「うん。誰が見ても文句のつけようがない出来だ。確認は終わり。あとは道具を片付けて帰ろう」
彼はジュート。現在18歳。ずっと屋外の仕事をしているから浅黒い肌と180センチのがっしりとした身体を持っている。仕事はレンガ積みで、2年間、週6日、500個のレンガを積んできた。
このあたりの建物の多くはレンガ積みで作られている。ひとつの建物が終わったら別の建物。レンガ積みの仕事がたくさんあるから、仕事がなくなることはない。
しかし、誰でもできる仕事と認識されているから賃金は大して良くない。どんなにまじめにがんばったところで1日大銅貨5枚だ。
「それじゃ、お先に」
最近、一緒に仕事をするようになったソニンは同じ18歳。ちょっと前まで冒険者をしていたという彼は仕事が雑だ。
「あーあ。レンガがちゃんと並んでいないですね。もっとピシッと積まないとダメですよ」
直接ソニンに言うことはしない。つい気になってみてしまうが思ったことを伝えるのはやめている。
前にどうしても気になって監督官に聞いてみたことがある。
「あー、このくらい大丈夫だ。どうせ、平屋づくりの小さな家だから多少ずれても問題にはならないよ」
そういうモノらしい。丁寧に積んでズレもなくびしっとしたレンガ壁は気持ちがいいと思うがそれは僕の勝手なこだわりらしい。
セメントを洗い流して大切な道具の片づけも終わったから、帰るとしますか。
「いらっしゃいませ」
今日は夕食を外食でする日。週に2回の楽しみで居酒屋『黒猫亭』に来ている。
迎えてくれたのは、ミリーちゃん。この店のお手伝いの女の子で、まだ成人の15歳になる前の14歳。
僕は酒が好きな訳ではないが、酒場の雰囲気が好きだ。
ここに来ればいつも常連達がいるからお酒が入って明るく話ができる。
「おいレンガ屋。今日もちゃんと500個積んできたか?」
「はい。きっちり500個積んできました」
この居酒屋では「レンガ屋」と呼ばれている。面白くもないレンガ積みを毎日やっている男として常連達に認識されている。
「しかしまぁ。よくそんな同じことを毎日続けていられるな」
彼はバッファローと呼ばれている常連さん。僕より先に来ていることが多く、僕を見つけるといつも「レンガ500個」と話しかけてくる。挨拶みたいなものだ。
「ええ。レンガを積むのは嫌いじゃないですよ。時間はかかるけど形になっていくのは楽しいものです」
「まぁ、楽しいならいいんだが。俺は無理だな。そういうチマチマした仕事は」
彼の仕事は配達係。それも重量物専門の。商店等の依頼を受けて荷物を運ぶ仕事をしている。普通の男の倍の重さの荷物を運べるというのが自慢だ。
たしかに筋肉がすごく力なら常連の中では一番だろう。
「そうそう、レンガ屋。明日の天気はどうなんだ?」
《ピンポーン》
「明日の天気は曇りのち雨。特に夕方は激しい雨になるでしょう」
「おいおい、マジかよ。明日は大量な荷物運ぶ予定になっているのに」
僕はレンガ屋と呼ばれているけど、もうひとつあだ名があって「天気予報」だ。
15歳になると誰でも授かるユニークスキル。
それが僕は「予報」なのだ。
自分でも相手でも誰かが質問をすると実現する可能性が高い予報を答える。
そんなスキルだ。
「あーあ。雨か。天気が悪いとこの仕事を辞めたくなるんだよな」
「お前の長所は力しかないんだから、それ以外の仕事は無理だろう。あきらめな」
「俺だってな。夢はあるんだぞ。この力強さを使って大剣を振り回す冒険者になるって夢がよ。俺が冒険者になったら活躍できると思わないか?」
《ピンポーン》
「冒険者になったら、無謀な魔物狩りをして、結局、失敗して冒険者をやめることになるでしょう」
「なんだと!」
あーあ、またやってしまった。
話をしていると時々こうやって勝手に「予報」が出てしまう。
それも聞いた人が嫌がる予報だから、人間関係が悪くなってしまう。
これが僕がレンガ積みの仕事をしている理由でもある。
人相手の仕事だと予報が邪魔して嫌われてしまう。
だから、もくもくとやっていればオッケーなレンガ相手の仕事を選んだのだ。
毎日同じ様にレンガを積む。不器用な僕にとってこの仕事は合っている。
ちゃんと予報スキルも使っている。仕事を始める前に予報を聞いて、毎日トラブルが起きないようにしている。
人と接する仕事だとトラブルになる予報スキルだけど、この仕事だとちゃんと役立つだよね。
もしかしてら僕の天職はレンガ積みなのかもしれない。
「いらっしゃい」
マスターが奥から大きな声で新しく来たお客さんを迎える。
ミリーちゃんは料理を運んでいる。
「なんだ、お前たち、久しぶりじゃないか」
「はい。2年以上です。街に帰ってきたので寄りました」
冒険者の剣士だろう。
金属と革でできた鎧と長剣を装備している。
たぶん装備からするとC級くらいの冒険者だ。
「この街に帰ったら、懐かしくて来てしまいました」