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異世界転生できない異能者たち(仮)  作者: 影月深夜のパパ(仮)
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4 境界

 その週の終わり、俺たちは六文神社に招集された。俺たち、というのはつまりカゲウチということだ。


 照りつける太陽に目を細める。俺は本堂へ続く長い階段を見上げながら、ため息を付かずにはいられなかった。一体どんな理由があってこんな辺鄙な場所に建てられたのだろうか。冬ならまだしも、この季節に数百段の石段を登るのは苦行でしかない。参拝客も寄り付かないわけだ。


 頭に響く蝉の鳴き声を、なるほどこれが蟬時雨と言うものかと感心しながら、頂上の見えないその急な石段に目眩を覚えていると、後ろから声をかけられた。


「よお。黒羽の頭領」

 ガタイの良いタンクトップ姿の男が手を挙げた。刈り込まれた毛と、濃いサングラス。頬には切り傷の跡残っている。


「その呼び方やめない。播磨さん」


「いいじゃねぇか。お前は俺たちのボスなんだからよ」

 彼は俺の背中を叩きながら、階段を登るように促す。

 播磨雄大。彼も俺たちカゲウチの一員である。近寄り難い外見とは裏腹に、昔から何かと俺のことを可愛がってくれた。彼がまだ大学生で、俺が小学生の頃には、一緒に川に行っては、キャンプや釣りなどをした。彼が就職活動に追われるようになってから、会う機会はめっきり減ってしまったけど、それでもときどき休みに時間を合わせては食事なんかをする。


「鏡花ちゃんは一緒じゃないのか?」

せっせと階段を登りながら播磨さんは聞く。


「舞の準備があるからって先に行ったよ」


「ああ、そうだったな。今日は鏡花ちゃんが舞うんだったな」


「俺、今日のことあんまりよく知らないんだけど」


「ちょっとした舞を披露するんだよ。結城のおやっさんが死んで、結城の当主が鏡花ちゃんに変わったから天照院に挨拶代わりとしてな。代々の『しきたり』なんだとよ。だからって俺たち全員集める必要もねえだろうに」

 天照院と俺は小さく呟く。それは鬼殺しの祖であり、俺たちカゲウチを統括する者。連綿と続く歴史と、権威の持ち主。しかし、その実態を俺はほとんど知らない。会ったこともなければ、写真か何かで見たこともない。今では実際的な力はなく、カゲウチの象徴でしかないと親父からは聞かされてきた。そんな得体も知れないものの下で働かされるていることに、時より自分でも驚く。


「今の天照院ってどんな人なの?」


「さあな」と播磨さんは肩をすくめる。「天照院に関しては、存在そのものがブラックボックスだからな。でもどういうわけか噂だけは流れるもんでよ、齢百を超える老人だとか、豊富な知識を持つ賢人だとか、異形の怪人だとか。この地域に鬼が頻出する原因の一環だとか。まあ、あんまり良い話は聞かないな。なんにしろ、俺に聞くより、霧島に聞いた方が色々教えて貰えるんじゃねえか。あそこは代々天照院の補佐役だからな」


「そんなの初めて聞いたよ」


「昔は霧島のとこも色々やってたらしいけど、天照院が表に出てくることがめっきり減ったからな。代が変わったからなのか、それとも気まぐれなのかは知らねえけど」


 俺はふと疑問を持つ。


「ねえ、俺は親父が死んだとき、別になんにも踊らなかったけど?」


「そりゃあそうだろう。結城の家は、ほら、特別だから」

 特別?

 その意味にすぐ行き着く。それは鬼殺しの役目を負うでカゲウチでありながら、結城は異能も持たないということだ。だから結城の家の人間は、カゲウチの中でも少し違った扱いを受けたりする。でも、それも変な話だ。周りから見れば、特別なのは異能者である俺たちで、鏡花はむしろ普通の人間なのだから。


「まあ、なんにせよ、時代錯誤だよなぁ」

 播磨さんは嘆くように言った。



 境内に着く頃には、身体中汗だくになっていた。

 俺たちは手洗い場でガブガブ水を飲んでから、本殿へ入る。照明がないせいでどんよりと薄暗い。熱がこもり、むしろ外よりも暑苦しい。奥には布で仕切られた空間があり、そこまでの道を作るように、脇にはズラリと小さな机が並べられている。俺はその机の前に座り、ぱたぱたとシャツを煽る。播磨さんは俺の隣に寝っ転がった。

「せっかくの休日なのによ、最悪だぜ。先週は休日出勤だったしよ」


「今、なんの仕事してるの?」


「スポーツインストラクター」


「スポーツインストラクターって、あのオリンピック選手の付き添いみたいな人」


「違う違う。あんな立派なもんじゃなくて、スポーツジムとかにいるだろ。なんか詳しい人。まだまだ下っ端だからよ、何かとこき使われるんだ」


「大変そうだね」

 まあ、お互い様だろ、と彼は言う。


「あ、そうだ。俺、車で来てっからさ、帰り送ってやるよ。この暑い中歩きたくもねぇだろ」

 この人は見た目に反してとても親切なのだ。


 あぁ……、と俺は唸った。

「これ終わったら、予定があるんだよ」


「予定?」


「鏡花の買い物に付き合うことになってて」


 ニヤリと播磨さんが笑う。

「なあ、それってよ。もしかして―――」


 言いかけたところで、ガラガラと扉が開く。

 一人の中年の男が入ってくる。カゲウチの一人である畠田さんだ。今いるカゲウチの中では最年長者になる。この暑さにもかかわらず、皺一つないスーツをピッチリと着ている。やせ細った頬と、ところどころ薄くなった髪が、俺の中ではくたびれた係長というイメージにぴったりで、俺は陰ながら彼を係長と呼んでいる。


 係長は俺の向かい側に正座で座り、ハンカチで額の汗を拭う。

 彼の目が険しくなり、俺も播磨さんも足を正した。


 しばらくしてから、巫女装束に着替えた鏡花が現れた。黒くて癖のない髪と、細面の顔立ちのせいだろう、その衣装は彼女によく似合っていた。

 ヒュー、と播磨さんが隣で小さく口笛を吹く。


「しばらく見ないうちに、鏡花ちゃん随分と美人になってんじゃねえか」と耳元で囁いた。


「そういえば、鏡花とは久しぶりだったんだっけ」


「結城のおやっさんの葬式には出られなかったからな。仕事が忙しくてよ」

 播磨さんは遠くに立つ鏡花をしばらく眺めていた。濃いサングラスのせいで、いったい何を思っているのか想像もつかない。やがて播磨さんは首を振った。


「それにしても結城のおやっさんは罪作りだよなぁ」


「それって、どういう意味?」


「だってよぉ、結城のおやっさんが鬼に殺されたから、鏡花ちゃんに順番が回ってきたんじゃねえか。もうちょっと頑張るべきだったんじゃねえかな。一人娘のためにもよ。まあ、俺たちが言うのは筋違いだけどよ」

 何と言っていいものか分からず、俺は口をつぐんだ。その言い分を受け入れきれない自分がいる。鏡花の親父さんは、言わば俺たちの代わりに死んだようなものなのだ。例え必要なことだったとしても、忸怩たる念は胸に残る。


「高校生っつたら、一番遊びたい時期じゃねえかな。それなのにこんなことさせられて。辛いだろうな」


 係長がわざとらしく大きな咳払いをして、播磨さんは黙った。


 それから五分も経たないうちに神職衣装の霧島さんが入ってきて、ざっと見渡す。それからこれ見よがしにため息をつく。


「集まったのは、私と鏡花さんを含めて、五人ですか。いないのは美咲さんですね」


「六人中五人も集まれば充分じゃねえか」と播磨さん言った。


「ただでさえ少ないのですから、全員来てくれることを期待していたのですが」と霧島さんは頭を抱える。

 霧島さんの話によれば、かつてはもっと多くのカゲウチが存在したらしい。一番多い時代では一つの集落を形成できるほどの人数だったと聞く。だがしかし、それは時を追うにつれ、血の薄まりや、鬼との戦いを嫌うものにより、徐々に数を減らし、今では数える程になってしまったそうだ。


「まあ、何にせよやらないわけにはいかないのですがね」


 コホン、と霧島さんが声を整える。

「只今より、結城家当主の継承の儀を始める。各々方は決して声を出さないようにお願いします」


 俺は一つ息を飲む。こういう堅苦しいところは生来苦手なのだが、だからといってどうこうできるわけでもない。たとえ形だけだとしても、黒羽家に生まれた俺は、カゲウチのトップとして振る舞わなければならない。


「天照院が参られます」

 霧島さんが言うと、仕切りの奥で扉の開く音がした。俺たちは頭を下げる。

 誰かが入ってきて、腰を下ろすのがわかる。しかし、それだけだ。俺たちに知らされるのは何者かの存在と不在。彼の(あるいは彼女の)一切の情報は遮断されている。一つの形ない感情が胸に湧く。好奇心ではない。むしろその秘匿性を不気味にさえ思う。トップシークレット。播磨さんの言葉が頭をよぎった。


 霧島さんがコンタクトを送ると、鏡花は仕切りの前に立ち、一つ大きな礼をする。

 それから霧島さんは、仕切りの裏で天照院から預かった一本の刀を、鏡花へと手渡す。

 彼女は胸の前でそれをゆっくりと引き抜き、前振りもなく舞を始める。いわゆる剣舞というものだが、その形式は他に比べて少し異質だ。身体の軸を変えず、上段へと何度も振り上げる。結城家に代々伝わる舞。神道としての色を強く持ち、ときには神社への奉納とされていた舞は、天への供物と忠誠を現す。唄もない。音もない。足袋が床を擦る音が聞こえるだけだ。形式はなんとなく知っていたが、いざ目の前にするとその洗礼された流動的な身のこなしに、目を奪われないわけにはいかなかった。それに何より、彼女の時折見せる儚げな表情が、俺を釘付けにした。

 その美しい舞はおよそ十分間続いた。その間、誰も言葉を発さなかった。

 舞が終わっても拍手は上がらない。これはあくまで儀式の一つであって、見世物ではないのだ。


 彼女が刀を鞘に納めようとしたその時だった。刀身がぼんやりと光を放ち、俺は目を見開く。薄暗かった空間が隅々まで照らされる。その輝きは徐々に強くなり、次の瞬間、刀自ら宙に浮き、その先を鏡花へと向けた。マズイ、と思った。だが、俺が動き出すよりも早く、刀は彼女の胸へと突き刺さった。

 鏡花はその場に倒れ込み、息を荒げる。俺は立ち上がりそうになったところを、霧島さんに止められた

 。


 気付くと、刀は姿を消していた。血は流れてはいない。その代わりというように、ぼんやりとした光が彼女の周り漂う。その光は、彼女の身体へと吸い込まれ、やがて跡形もなく霧散した。

 俺は自分の目を疑った。

 仕切りの奥に霧島さんは消えた。皆、呆然としていた。動くことも声を出すこともできない。その間も、鏡花は苦しそうに胸を押さえている。手を差し伸べるべきか迷っているうちに霧島さんは戻ってきた。そして倒れ伏している鏡花を前に淡々とこう告げた。


「天照院はとても満足しておられます。これほど美しい舞を見られたのは、生まれてこの方初めてだそうです。だから、鏡花さん。その力は、天照院からのほんのささやかなプレゼントです」

 霧島さんはにっこりと笑う。


 俺は自分の額に手を当てる。手の平は汗でじっとりと濡れる。これは夢の世界ではないのだ。












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