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異世界転生できない異能者たち(仮)  作者: 影月深夜のパパ(仮)
2/5

2 鬼

目を覚ましたとき、一番最初に感じていたのは身体の気怠さと言い様のない不快感だった。付けっぱなしのクーラーのおかげで汗はかいていないのに、なぜだか身体がベタついているような気がした。


何か悪い夢でも見ていたのかもしれない。目を閉じ思い出そうとするが、記憶の奥の重い扉はどうやっても開いてくれなかった。諦めて体を起こし、洗面所で顔を洗い、それからトーストを一枚焼いた。冷蔵庫のオレンジジュースをコップに注いで簡単な朝食を取った。

テレビを付けようとリモコンを手に取ったが、しばらく迷った末に元の場所に戻す。

朝の陽気な番組をつけたところで、孤独な現実が変わるわけでもない。


マンションの一室。

そこに家族はいない。両親は二年も前に他界してしまっていた。事故が原因だった。それ以来、俺は霧島さんに従い彼の用意したマンションで一人暮らしをすることになった。文句はなかった。どこに住もうが、いなくなった両親が帰ってくるわけでもないのだ。

霧島さんは俺に一人暮らしを勧めたときこう言った。

「我々異能者はどうしても孤独なものなのです。普通の人間とはどうしても分かち合えない部分があります。だから、今のうちに少しでも一人でいることに慣れておいた方がいいですよ」


その言葉が正しいのか分からない。それでも俺は一人で暮らすことを選んだ。遠い親戚もいないわけではなかった。結城の家も一緒に暮らさないかと言ってくれた。その提案を蹴ったのは、誰にも気を遣いたくなかったし、気を遣われたくもなかったからだ。


コンコン、とドアの叩く音がする。


ドアを開けると、そこには制服姿の鏡花が立っていた。


「あれ、もうそんな時間?」


「もうそんな時間ですよ。待ってますから早く準備してください」


「あぁ、ごめん。すぐ、着替える」


ふと、カバンを持つ彼女の手に目が行く。彼女の右手には包帯が巻かれていた。俺はドアを閉めて、思わずため息をつく。昨晩のことを思い出すと、胃の辺りに手の付けられないような嫌悪感が湧く。



昨晩のことだ。



鬼の一撃を寸でのところで交わした鏡花は、試験官である霧島さんを睨んだ。


「結城の当主に与えられる刃は決して折れることがないって、そう聞いていましたけど」


「まだ、あなたは結城の当主ではないですから」

霧島さんはのほほんとした口調で言う。


「ああ、もう。そういうことですか」


うんざりと呟いた鏡花は刀を捨て、一気に距離を詰める。腰を落とし、拳を握る。彼女の正拳突きは吸い込まれるように鬼の腹へ放たれた。プロの格闘家でもあんな受け方をすればしばらく立ち上がれまい。仕留めたと思った。

しかし、鬼は怯みすらしなかった。距離を取ろうとする暇も与えず、鬼の拳は彼女の身体を振り払う。受け身も取れず、彼女の身体は人形のように地面に叩きつけられた


「鏡花!」と俺は叫んだ。


よろよろと立ち上がる鏡花に鬼はにじり寄る。


「なあ霧島さん。やばいって」


彼は笑ったままだ。

ここままじゃ、鏡花はやられる。


逡巡した思考は一つの結論へと導く。

このまま放ってはおけない。

俺は短刀を強く握る。胸の奥に叫ぶ。内に眠る異能を呼び起こす。握る短刀に熱がこもる。心臓が締め付けられるようにドクン、と鳴った。

視界が歪み、世界が白に染まった。力が目覚める感覚があった。しかし、力の発動の直前に伸ばされた霧島さんの手が俺を制止した。


「霧島さん!」と俺は抗議の声を上げる。


「手を出したらダメですよ。かおるくん」


「でも」


彼は俺の手から短剣をひったくると、それを手で弄んだ。

なぜ、この男はこんなに冷静になれるのだ。

鬼は雄叫びを上げながら、鏡花への攻撃を続ける。圧倒的な身体能力に差が見て取れる。隙を見ては、重い回し蹴りを入れたりするが、効いている様子はまるでない。鬼の鋭い爪は執拗に彼女の身体を狙う。このままでは、鏡花もそれほど長くは持たないだろう。

奥歯を噛み締める。


「かおるくん、分かっているでしょう」


「なにが」

俺は声を荒げた。


「結城の家の人間はね、我々にとって、言わば盾であり剣そのものなんですよ」

霧島さんは木に背を預け、腕を組みながらゆったりと語る。


「我々は確かに鬼に対する特効薬とも言える力を持っています。我々が手を下せば、あれほどの鬼でも簡単に殺すことが出来ますよ。でもね、我々はそれを使い続けることは出来ない。対価なくして力というのは有り得ないからです。だから我々はその力を切り札として温存しなければならない」


「分かってるよ。でも、鏡花が死んだら」


遮るように霧島さんは言う。


「あのね、かおるくん。私が君を呼んだのは黒羽の当主という理由もありますが、それ以上に鏡花さんが鬼と戦う様を見ていてほしいからなんですよ。彼女は恐らく、これから先も命がけで戦い続けることになります。他の誰のためでもない。私たちのためにね」


俺は何かを言おうとするが、カラカラに渇いた口から言葉は出てこない。


「信じましょう。鏡花さんは強い。かおるくんの言う通りです。だから、信じて見守りましょう」


「俺は……」


ドォンと音が上がる。

振り返ると、砂が煙幕のように舞っていた。そこから出てきた鏡花はもうすでにボロボロの状態だった。片方の肩を抑える彼女の服はところどころ擦り切れ、腕や足に血が滲んでいた。

それに比べ鬼の身体には傷一つ見当たらなかった。もう咆哮を上げることはない。むしろ、この殺し合いを楽しんでいるようにも見える。

今にも走り出しそうになる気持ちをグッとこらえた。


「大丈夫ですよ。彼女なら」


霧島さんは俺にそう言った。


鏡花は意を決してように鬼の元へ駈け出す。一見、それは無謀な突撃に見えた。鬼は愉悦の表情を浮かべながら、その身を引き裂こうとする。致命的な爪が彼女を襲う。咄嗟に身を引き、間一髪のところで交わした彼女は鬼の脇をくぐる抜け、背後を取る。

僅かな隙に、地面に突き刺さっていた刀身をグッと握りしめる。躊躇する様子はなかった。手から流れる血が刃を赤く染めた。


「いい加減に、そろそろ終わらせましょうか」


鬼が振り返ると同時に鏡花は鬼の背に飛び乗り、宙を舞う。空中で刃を構え、突き刺す姿勢で降下する。彼女の刃は鬼の唯一とも言える弱点。大きく開かれた瞳を狙っていた。鬼は反射的に顔を手で守ろうとする。


耳を覆いたくなるような絶叫が響いた。


鏡花の一撃が鬼の目を貫いたのだ。鬼はその場にうずくまり顔を覆う。

鏡花は攻撃の手を止めない。刃を引き抜くと、鬼の角を掴みそれを支点に背後を取る。彼女は力を込めて、首の後ろに刃を突き立てた。鬼は振り払おうと巨体を揺するが、鏡花は必死にしがみつき、何度も刃を振る。その度に血が吹き出る。


鬼の絶叫はやがて聞こえなくなっていた。


そこには無惨な姿の鬼を見下ろす、鏡花の姿があった。鬼はもうピクリとも動かない。


「さすがは結城のお嬢さんですか」


霧島さんが印を組むと、結界は再び光の欠片へと形を変え、溶けるように消えた。


俺はすぐさま鏡花の元へ駆けつける。


「おい大丈夫か?」


振り向いた鏡花は、一瞬の無表情の後で、ふふっ、と笑う。


「やっぱり心配してくれてたんですか」


俺は思わずその場にへたり込む。全身の筋肉から力が抜けていく。

「無事で良かった」


「だから大丈夫って言ったでしょう?」


「そりゃあ、そうだけどさ」

あんな状況で、大丈夫はないだろう。


「いやぁ、お見事ですね」

パチパチと拍手をしながら霧島さんは言った。

その姿に、鏡花は不満気な表情を露わにする。


「霧島。私、死ぬかと思いましたよ。ホントに」


「あれ、そうですか? 私は鏡花さんなら大丈夫だと信じてましたけどね」

爽やかな笑顔で言い切る。


「聞いていたよりも、随分と凶悪な鬼でしたけど。父の話じゃ、首を簡単に斬り落とせたとか。ねえ、霧島。あなた、わざと危ないのを連れてきたでしょう?」


「マジ?」

俺は霧島さんを見上げた。


「あぁ、まぁ、そうですね。いや、違うんですよ。我々が管理する鬼がこれしか残っていなくて」


「嘘くさいけど」と俺は言う。


「はは、は」

ぽりぽりと頭を掻きながら霧島さんは言う。

「でも、信じてはいましたよ」


どうだか、と鏡花は憎々しげに呟く。

実際俺も、霧島さんの本心は分からない。悪人ではないのだが、どこか正体不明なところがあるのも事実だ。


「霧島。私たちもう帰っていいんでしょう?」


「ええ、今日はもう帰って結構ですよ。後日、正式な書類を送ります。当主を継ぐに当たって、天照院への顔見せとか、まあ色々手続きを踏んでもらうことになりますから」


「行きましょう。かおる」


「うん」


俺は彼女の手を借りて立ち上がる。


帰ろうとした俺たちを霧島さんが呼び止めた。

「なんなら、うちで手当てしませんか? 痛そうですよ」


「いいですよ。これくらい」


「頼もしいですね」


俺たちは境内を抜け、鳥居をくぐり、あるべき日常へと続く長い長い石段を下る。

鏡花はスカートの裾を持ち上げて言う。


「ああ、もう。服が台無しですよ」


「そんな格好してくるから」


「ねえ、来週一緒に買い物付き合ってくれませんか? 欲しい服があるんですよ」


「別にいいけどさ」

また荷物持ちかと思いながら、それをどこかで受け入れてる自分がいることに気付いた。鏡花が無事で本当に良かった。大切な人を失うのは、どうしても慣れないものだから。


俺は足を止める。でもこれは始まりなのだ。石段の向こうには、街々の灯りと、深い闇がせめぎ合っている。






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