プロローグ 始まりはありふれたもので
物語が始まる時に自分のことを平凡な人間だと語るところから始まるのを最近よく見かける。けれどそれらのほとんどが結局は平凡な人間なんかではなく、むしろ主人公に、ヒーローに成るべくして生まれたような人たちのある種自慢のような自虐なのだが、僕はそういった物語の始まりは嫌いじゃない。むしろ展開が予測できる分、裏切られない分ずっと好感が持てる語りの切り口だ。
そしてそんな語りから物語を始めれば。
もしかしたら僕だってヒーローになれるんじゃないかなって、期待もある。
僕は、全力で道路を疾走していた。学校指定の鞄を投げ捨て、体育の授業で友だちとコソコソ話しながらろくに聞いていなかった速く走れる体勢を必死に思い出しながら走っていた。
青信号の横断歩道で1人の男の子が固まっていた。固まる理由はただ1つ、居眠りしているのか脇見をしているのかはわからないが、猛スピードで走るトラックが彼に向かって突っ込んでいるからだ。
人は予期せぬ事態に直面すると身体が動かなくなるという話を聞いたことはあるけれど、どうやらそれは確かなことのようだ。だから、そんなことが言われている中で僕が動けたのは奇跡に近い何かなのかもしれない。
通学路をボケーっと歩いていた時に、交通事故寸前の状況を見た瞬間、反射のように走り出していた。
間に合うかもわからない。むしろギリギリ間に合わずトラウマな光景を見ることになるかもしれない。それでも僕の身体は走っていた。
ようやく男の子の隣へたどり着いた時には、トラックもすぐ近くにいた。恐らく抱えて躱すことはできないだろうと、直感で理解した。
その瞬間、僕の脚は走った勢いのまま男の子を蹴り飛ばした。男の子の身体は軽々と吹っ飛んだ後、転がるように横断歩道を渡りきった。
ほっと胸を撫で下ろした瞬間、身体に意味不明な衝撃が襲った。トラックがぶつかったというのを分かっているはずなのに、それでも意味がわからない、恐ろしく破壊衝動に満ちた衝撃に、世界が一瞬で暗転した。
僕は、死んだ。
これは、平凡な僕がトラックに轢かれて死んだと思ったら、異世界に転移していたお話し。