第二話:「おいでませ!壺林寺」
続きです、よろしく……しなくても良いですので、諸々見逃してください。
「ちょ……待てよ! 待ってくれ!」
――矢馬郡氏の庵で謎の勝負が行われたあと。
矢馬郡氏は、肉体的な損傷はないはずなのに全身から血を吹きだし、倒れ、病院に運び込まれてしまった。当然ながら、俺がとりつけた取材など、出来るはずもない。
そうなると、クライアントから支払われるはずの金もパァになり、俺の飯のタネがなくなってしまう。
さて、そうなるとさすがにマズイ。社会的な信頼、日々の生活、諸々ピンチである。
「おい、そこの坊主!」
ってことで、せめてこの事態を引き起こした張本人に、責任を取ってもらおうかと思っている次第である。
「……なにさ?」
呼び止めた少年は、不機嫌を隠そうともせず、眉根を寄せて俺をにらみ上げてくる。――このガキ……。
「いや、スマンスマン。俺ぁ、こう言うもんなんだがな?」
――少年の生意気な態度は癇に障るが、ここは我慢だ。
俺はニッコリとほほ笑みを意識しながら、少年に向けて名刺を差しだす。
「…………へぇっ! 記者さんっ?」
「ああ、よろしく」
それまでウザったそうな表情を俺に向けていた少年だったが、『記者』と言う肩書を目にした途端、好奇心を抑えきれないと言った感じで目を輝かせ始めた。
「そ、そっか、記者さんかぁ……」
こうなると、生意気だと思っていた少年もかわいらしいものだ。チラチラと俺の顔色をうかがいながら、手櫛で髪を梳いている。
「ぇ、えっと……。それでぇ、記者さんは、わ……ぼ……俺になんか、用なの?」
なんだろうな……。素直になったぶん、かわいいとは思えるんだが、こうも素直だと逆に、コイツの将来が不安になるな……。俺、他人だけど……。
「あ、ああ、ちょっと君に聞きたいことがあってね?」
目の前の少年が見せた子どもらしさにホッとしつつ、俺は本来の目的を果たすべく、少年に尋ねる。
「? 聞きたい……こと?」
少年は『聞きたいこと』――そう聞いて、どこか警戒したように半歩後ろに下がり、俺を見上げてくる。
「いや、なに。実は俺、さっき矢馬郡さんのお宅にお邪魔していてね? それで、さっきの……君と矢馬郡さんとの対決? を見ていたんだよ」
俺がここまで説明すると、少年はその先にある『聞きたいこと』を察してくれたのか、小さく「あぁ」とつぶやいて、ふんふんと頭を振る。
そしてふたたび、俺を見上げてニヤリと笑い、得意満面な表情で答える。
「あれはね? 『クライン・ファイト』――格陶戦だよ」
「………………は? 格陶戦?」
いかん……。思わずヤンキーっぽい舌使いになってしまった。
俺が急にそれまでの友好的な雰囲気から、『あぁん?』みたいな剣呑な雰囲気になってしまったのに驚いたのか、少年はビクッと身震いをして、また半歩下がっており、その手には卵型のブザーが握られている。
「いや、違う! いまのは、ただ……その、聞きなれない言葉だったから、驚いただけなんだ……な?」
しどろもどろになりながら、俺は少年をなだめ、決して怪しいモノではないと、訴えかけてみる。――あ、逆に怪しいか……?
「…………………………」
固唾を飲んで少年を見下ろす……。すると少年は、ぶつぶつとなにか口を動かしながら、考え込んでいる。チラチラと俺を見ながら、「アイドル……」などとつぶやきながら、顔を赤らめているが、会うにしろなるにしろ、まあ夢を見るのは自由だろう。伝手はないので、俺を当てにされても困るが……。
「……ん。分かった、ついて来なよ。わ……俺、口でするの、あんまり上手じゃないし」
どうやら口下手らしい少年はそう言うと、スタスタ歩きはじめた。
「あ、ああ……分かった。よろしくお願いするよ」
さて、いったいどこに行くんだろうかね……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ちょっと遠いけどね、うちの道場……」
少年――『烈覇陶夜』はそう言うと、俺の手を引き特急列車へと乗り込んだ……。
そしてそれから三時間――
「…………遠いって……マジで遠いよ……」
二回目の乗り継ぎくらいから「んっ?」と、思っていたが……。まさか駅のホームで一時間、そこからさらに揺られて二時間……。正直、「もういいから帰りたい」ってのが本音だが……。
「取材~♪」
鼻歌まじりに足をこぐ陶夜少年を見ると、そんなことを言い出せない――そんな勇気は、俺にはない。
「はぁ……」
思いつきでここまで来てしまった後悔と、陶夜少年に対する若干の後ろめたさ。そんな――俺だけが――気まずい乗車時間がようやく終わりを迎え、俺たちは少しだけひと気の多い駅に到着した。
正直、場末とか歓楽街と言うイメージが浮かんで来る場所で、小学生~中学生と言った見た目の少年が通うには、少し不安になる立地条件の道場だな。
「ほら、お兄さん、こっちだよ!」
「ん? あ、ああ……」
腰の後ろで手を組み、陶夜――車内で呼び捨てを強要された――が俺を呼んでいる。そうして、どこかはしゃいでいる陶夜に引っ張られること十分。
「ほら、ここよ!」
「えっ……? これって……?」
歓楽街のど真ん中、色で言えばピンク色の通り――そんななかにデデンと、その道場……と言うか、ビルはそびえ立っていた。
「えっと、本当にここが……そうなのか?」
「うん、そうだよ? ほら、早く!」
「あ、ああ……」
いたずらが成功したかのような表情で、陶夜は「入って見れば分かるよ」と、ビルに駆け込んでいく。
「…………怖い、頬に傷がある人とかいねぇよな……」
ごくりと喉が鳴る。しかし、いまさら引き返しても仕方がないし、なにより銭のため! 俺は不安で高鳴る鼓動を鬱陶しく感じながら、陶夜に続いてビルへと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いらっしゃいまっせぇん♪ 本日はどのよ――って、あら? お帰りなさい」
「うん、ただいま!」
入り口の自動ドアが開くと、女神が鎮座していた。
どうやらこのビルの受付嬢であるらしい女性は、陶夜の姿を見るなり、その受付席から立ち上がり、陶夜の頭をなで始めた。
――デカイ。そしてなにより、格好が……エロい。
受付嬢の服装は、パッと見は薄桃色の看護服――なんだが、スカートはその役割をはたしておらず、ほぼ太ももの付け根位置と変わらない長さで、胸もとは大きくUの字に開いている……。
「おやついる?」
「いい。それより、鍵ちょうだい!」
「ん、良いわよ…………ぁ、はい」
別の意味で――ふたたびごくりと喉が鳴る。受付の女神は、陶夜の頭から手を離すと、そのU字に開いた胸元からなにかを取り出し、陶夜に握らせた。
――アレは……小皿?
「ありがとうっ!」
「ん、じゃあ、またね?」
女神はそう言って、陶夜の額にチュッとすると、ふたたび受付の席へと戻っていく。――ああ、このビル、なにやってんだろう……?
「…………ね、行くよ?」
「――あ、ああっ! 分かった!」
――いかん、不必要に声が大きくなってしまった……。
どこか侮蔑的な――考えすぎか?――陶夜の視線に、居心地の悪さを感じながら、俺は陶夜の後ろに付いて、ビルのエレベーターホールへとやって来た。
そして無言で背中を押してくる陶夜に、三つあるうち一番右側のエレベーターへと押し込まれる。
「……で、何階なんだ?」
俺のあとに続いてエレベーター内へと入って来た陶夜に、ビルの階層を示すボタンを指さしながら尋ねる。
「? あ、そっか、言ってなかったよね。ちょっとどいてちょうだい」
陶夜はそんな俺をグッと押しのけると、スイッチが並ぶパネルに、先ほどの小皿をかざす。
「なに……をぉっ?」
次の瞬間――突如、エレベーターが大きく揺れ始める。地震か……? いや、違う……。
「なんか……ななめ?」
なにを言っているのだろうかと、自分でも思うが、なんとなく斜めに引っ張られるというか、落ちていくというか、ともかくそんな感覚がする。
「あれ? 分かるんだ……へぇ……」
陶夜はそう言うと、小さく拍手する。
――マジか……。
エレベーターに秘密の仕掛けとか……。正直、眠りかけていた俺の少年ハートが滾るが、まさか、ここまで大ごとになるとは……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さ、そろそろ着くよ?」
階層を示すランプを見ていた陶夜が、そう言ってまた俺の手を引っ張る。
「ああ、分かった……」
まずいな、やっぱりちょっと緊張する……。怖いお兄さんとか、出て来ないよな……。
俺の心の準備が終わらないままに、エレベーターの扉は静かにスッと開いていく。
「ぅ……まぶし――いっ?」
そして扉が全開し、俺の目に、その光景が映り込んできた……。
「――はっ?」
『セイッ! ハッ! タァッ! フォォォォォォォォォォォァッ!』
およそ三十人。それだけの数の人間たちがきれいに並んでいた。
『セイッ! ハッ! タァッ!』
皆、上半身が裸もしくは、道着姿でかがんでいた――いわゆる空気椅子の状態だ……。
『セイッ! ハッ!』
そして皆、空気椅子の状態で、額に汗がにじむほどに気合を入れて叫びながら――轆轤を回している。――なんだ、コレ?
なんと言うか、非常に変態的な光景に、俺がぼう然としていると、傍らで腰に手を当て、フンッと得意げに笑みを浮かべていた陶夜が言った。
「ここが、『壺林寺』だっ!」
「――へぇ~……」
――俺にはそれしか言えなかった……。
続きを書くはずではなかったのに……。伊万里四天王とか……くだらない設定が浮かんできたりで……結局、書いてしまいました……。




