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009~010

[9]


 かくして。

 死の占い師――とでもいいのか、天地の噂はあっという間に聞かなくなった。そもそも、彼女の噂はあまり広がっていたわけでもなく、強いて言うなら都市伝説レベルでネットの掲示板などに実しやかに騒がれていたくらいだった。元からそうだったためか、あっという間に噂が静まるのも早いというわけだ。


「まあ、こういうことがあったんですけどね」


 心は屋上でエコーを銜えていた。別にエコーといっても通常の意味のエコーではなく、煙草のエコーだ。昨今のたばこ税上昇に伴うタバコ代値上げに伴い値段はあがっているのだが、それでも普通のタバコひと箱の半分の値段で買えるというのが、彼女の懐的に考えて非常に優しい代物である。

 もともとはあまり好きではなかったらしいが、吸っているうちに味が気に入ったらしく、現在はエコー一筋となっているらしい。


「タバコ吸っていると早死しますよ?」


 気が付けば。

 となりにはタケミカヅチの姿があった。Tシャツにジーパン、チュッパチャップスを口の中に放り込んで、首から勾玉をかけている、初めて会った時と同じ変わった服装でいた。そしてタケミカヅチはタバコが煙たいのか、少しだけ怪訝な表情を見せていた。


「タバコはね、たまに考えが詰まったときとか、仕事がうまくいかないときに吸うもんだから、日常茶飯事ってわけじゃあないのよ」

「けど、好きなのは変わりないんでしょ?」

「そうね」


 そう言って心はタバコをくわえ、息を吸う。

 すぐにタバコの香りが広がり、煙を吐く。


「そういえば、どうしてここに居るの?」


 心が訊ねると、タケミカヅチは柵に寄りかかるように腰掛け、


「結果報告というか、エピローグを語りに」

「ふうん」

「気にならないのかい?」


 心はタバコを携帯灰皿にいれて、それをポケットにしまう。


「気にならないわけじゃあないね」

「オーケイ、それじゃあはなさせてもらうよ。先ず天地……占い師の彼女について。イザナギとの協議の結果、彼女は神界へ向かうこととなったよ。巫女さんも出来るらしいから、神社で雇ってもらうこととした……ってさ」

「へえ、それはいいことね」

「次、イザナミについて。イザナミは予定通り神界へと招かれることとなった。それについてはイザナギは泣いて喜んでいたよ」

「でしょうねえ」


 日本神話におけるイザナギとイザナミの別れは、少し歴史を齧っていれば解るくらい有名な話だからだ。


「そういうことかな」

「死の予言によって亡くなった人はどうしたの?」

「……あ、ああ。えーとね、結局、生き返らせることは無理だから、記憶を操作して『その人の存在自体を』無くしてしまおうと考えているみたいだよ」

「ふうん」


 そう言って、心はゆっくりと歩き出し、屋上の扉を開ける。

 屋内に入って、まだ柵に寄りかかっているタケミカヅチを一瞥して、呟く。


「でもさ」

「ん?」

「……忘れたくないものを忘れるのって、どれだけ悲しいことなんだろうね」


 そして、屋上の扉が重たく閉ざされた。






[10]


 後日談。

 というよりもただのどうでもいい小話。




 県史編纂室。

 名前のとおり、県史――県の歴史を取りまとめる部署のことだ。

 古文書や文献は、年代が変わるごとに記述も変わってくる。当たり前だ。書いている人が違うのだから、記述も変わってきてしまうのは自明であった。それで、ある本を底本としてひとつの資料にまとめあげる……これが県史を作る上で重要なことといえよう。

 そんな中で、ひたすらにパソコンとにらめっこしている女性がいる。

 左沢心。

 県史編纂室唯一の女性職員で、歴史オタクとして知られる彼女は僅か二年で県史編纂室の副室長に任命されるほどだった。

 そんな彼女は今鹿島の七不思議についての資料をまとめていた。

 結局のところ、『死の予言』をした占い師のことは誰にも秘密にしている。理由は簡単。そんなもの、科学で解明出来ないものだからだ。

 科学で解明出来ないものを、発表しても意味はない。それこそ変なところを突っ込まれて謝罪会見でも開きかねない。そうなったら彼女の人生がそれこそ破綻してしまう。

 正直なところ、それだけは避けたかった。


「どうしてか知らないけれどさ、人間の仕事って面倒くさいね」


 ふと横を見るとひとりの少年が宙に浮いていた。

 タケミカヅチ――と自らを名乗る少年は鹿島神宮の祭神だ。だが、今は少しくらいは離れていてもいいらしく、時折鹿島神宮を留守にしてはここに来るようになった。霊感があっても彼の姿を見ることはできず、彼が心を許した人間でしか見ることが出来ないらしい。


「……面倒臭いのが人間の仕事なのよ」


 心は呟くと、キーボードから手を離して、机に置かれているマグカップを手にとった。中に入っているのはブラックコーヒーだ。


「コーヒーって利尿作用があるんだっけ?」

「正確にはカフェイン、よ。まああんまり飲むことはないけれどね。どっちかといえば私はコーヒーはあまり飲まないの」

「でも飲んでるよ?」

「最終手段よ。締め切りがヤバイの」

「ふーん」


 タケミカヅチはそう言うと、時計をちらりと見た。

 時計は十時を回っていた。朝ではなく、夜の、だ。


「……締め切りは何時までなの?」

「日付が変わるまで」

「ふうん……そういえばいつもよりイライラしていたり?」


 タケミカヅチから言われて、心は何かを思い出したらしい。机の引き出しから箱を取り出して、それからタバコを取り出した。


「ここって禁煙じゃないの?」

「よく見なさいよ。これはタバコじゃないわ。電子タバコよ。誰もいないし、電子タバコぐらいなら許してくれるでしょ」

「あれ?」


 タケミカヅチは首を傾げる。


「それじゃあ、タバコはやめたの?」

「ええ」

「どうして?」

「そりゃあ、健康に悪いからね」

「……ふうん。まあ、いいや。僕は眠くなってきたし、これ以上邪魔しちゃ悪いから、鹿島神宮に帰るね」

「うん。これが終わったら暫くは暇になるだろうから、また行くから」


 そうして一人と一柱は別れた。

 タケミカヅチが帰ってから。

 心はぽつりと呟いた。


「……あんたがタバコの煙を嫌っていたからなのよ」


 そう言って、心は口から蒸気を吐き出した。


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