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004~006

[4]


「よお、そこで何しけた面をしているのだ、人間」


 そう声が聞こえて、心たちは鳥居の傍を向いた。そこに居たのは、鹿を連れた少年だった。Tシャツにジーパン、チュッパチャップスを口の中に放り込んでいる少年だった。首から勾玉をかけている、少し不思議な少年だった。


「人間、って……あなただって人間じゃあないの?」

「何を言っているのだ、俺はカミサマだぜ?」

「行こう、もうこいつ訳が解らん」


 心はそう言ってその場を立ち去ろうとしたが、しかし彰二はその場に立ち止まったままだった。


「何をしているのかしら?」


 心は、それを見て彰二に訊ねる。


「いや……もしかしたら本当に本物かもしれねえな、と思ったんだが」

「まやかしよ、カミサマが現実世界に出てくるなんて有り得ないわ」

「有り得ない?」


 それに少年が反応した。


「どうして有り得ないだなんて言える? カミサマは暇さえあればいろんな場所に姿を現しているぞ。あのスサノオですら神奈川にあるケーキ屋に毎週足を運んでいるくらいだ」

「イメージ崩れるわ……」


 そんなことは聞きたくなかったのに、心としては悲しい結果となってしまった。


「そうだ。話を戻すけれど……、あの占い師、おかしいとは思わないかい?」

「あなたが言う前から、それはね」

「ほんとうに?」


 少年――カミサマは首を傾げる。それを見て少しだけ心は表情を曇らせた。


「だっておかしいのは一目瞭然でしょうよ。人の生死を判断できる。予言できる? ちゃんちゃらおかしな話なのよ」

「それも案外そう余裕を持っていられないんじゃあないかな、とそういう情報をせっかく人間に教えてあげようとしたのだが」

「なによ、それ。そう言われるとすごく気になるじゃあない」

「知りたい?」

「知りたいわよ」

「ほんとうに?」

「殴るわよ」

「オーケイ。わかったよ、教えるよ。……彼女にはあるものが『憑いて』いるんだ。だから生死を正確に予言することが可能となる」

「あの予言は、間違いじゃあないってこと?」

「現に何度も予言通り死んだ人を僕は知っているよ」


 カミサマと自らを名乗った少年は、静かにそう言った。

 彼の言っていることは確かに間違っていないのかもしれなかった。だが、それはどうも信じがたいものであった。それは彼女の頭の片隅でまだ『この少年はほんとうにカミサマなのか?』という不安が過ぎっているからだろう。


「……まあ、カミサマじゃあないのか、カミサマなのかという議題は今結論を挙げないでおこうじゃあないか」


 それを言ったのは彰二だった。その言葉に小さく頷いて、改めて鹿島神宮を見学することとした。





[5]


 鹿島神宮の探訪を終え、彼女たちは近所のホテルに宿泊していた。無論、明日のために準備をしていたのであった。

 あの占い師――天地がいうには、あと十二時間あまりで彼女の命は断たれるのだという。しかしそれをどうにかして克服せねばならない――そのため少年と彰二とで同室となり、彼女に異変が起きていないかどうかをさぐっているのだった。


「……異変、特になし……だな」


 彰二が呟くと心は頷く。


「そう簡単に死んでたまるか、という話だけれどね」

「解らないからね、呪いというものだって、あれは難しいものだ。確かマイナス・プラシーボ効果がかかることにより実際に呪われていると実感したとき、人は短命に陥るものだから」

「そいつは有名だ」

「マイナス・プラシーボ効果……か。ハハハ、とうとうそういうオカルティックなことまで科学的に解析出来るようになったということは、もう近いうちにカミサマを誰も彼もが視認出来る日は近いということになるね」


 少年は呟く。少年はキャンディを舐めていたのだが、その姿がどうも心たちにとってみればあまりにも似合いすぎており、話していることと行動がまったくもって似合わないのであった。


「このキャンディがあまりにも美味しいんだよ。また買ってきておいてくれない?」

「俺はお前のメイドじゃあねえよ」

「知っている。だって男だから」

「……変に細かいな」


 彰二はため息をついて心に向き直る。

 心は落ち込んでいるようにも見えた。あそこまで強情にも見えたが、心の中では不安ということだ。当たり前だろう、急に『明日死ぬ』などと宣告されてみれば、誰にだってそうなるはずだ。


「大丈夫だ」


 しかし、少年は心の肩を叩いて言った。


「カミサマが居るんだ。任せろ。こっちにはタケミカヅチがいる。これ以上心強いものはないだろう?」


 少年――タケミカヅチは小さく笑った。

 それを見て、気がつけば心もつられて笑っていた。

 泣いても笑っても、彼女の生命のタイムリミットが、もうすぐそばまで迫っていた。





[6]


 次の日。

 鹿島神宮の大鳥居前には天地が立っていた。

 特に集まるべきこともなく。

 ただそこに立っていた。

 それは彼女たちにとっても少々予想外のことであった。


「――来ましたね」


 天地はひどく落ち着いた様子で呟く。

 まるで待ち構えていたように。


「まさかここに居るとは思わなかったよ、天地」


 言ったのはタケミカヅチだった。


「そちらにもカミサマが居るとは思いもしなかった。……余程怖かったということでいいのかな?」

「そういうわけじゃあないさ。気が付けばいた、それだけに過ぎない」

「ふうん」


 天地はそう言って小さく頷く。


「それで……どうするつもりなのでしょう?」

「無論、あなたの『予言』を否定していただこうと思ってね」

「そいつは?」


 天地はそれを聞いて小さく笑っていた。

 彼女にはまだ何か秘策があるようだった。


「天地……といったわね」


 心が一歩踏み出す。

 天地は「ええ」と肯定する。


「あなた……何のカミサマを『憑けて』いるというの?」


 その言葉を聞いて、天地の目つきが鋭くなった。

 そして。

 天地はニタリと笑って、


「ああ……もう『そこまで』知っているのね。だったら話は早い……!」


 そして。

 そして。

 そして。

 天地の影がゆっくりと競り上がり始めた。彼女たちの周りには多くの人間がいて、「それは何だ」「あれは何だ」と大騒ぎをするかと思いきや――周りの群衆はそれに気づく素振りすら見せていない。


「どうして群衆がこちらを見向きもしないのか、気にならない?」


 それを見透かしたように、天地は言う。


「だって結界を張っているんだから。特に今はそう、こんな姿を見られてしまえば困ったものよ」


 影はついに直立した。影は天地の隣に立つと、その場で立ち止まった。

 そして、今度は、黒色から別の色へと変化し始めた。肌色、赤色、黄色、白色……どうやら、『人間』の色が付き始めているようにも思えた。

 遂には色が付いて、そこにはひとりの人間が居た。

 それはまさしく――いや、人間なのだろうか? 少なくともそれは『人間』と定義したものの人間ではない――人の形をした何かだった。

 片目は腐り落ち、頭はところどころ毛が抜け落ちて頭蓋骨が顕になっている。服は着ているが、もはや陰部と胸を隠すだけの布に過ぎないほどボロボロであった。


「これが……カミサマだっていうのか?」


 彰二はそれを見て嗚咽を漏らす。

 対して、心は冷静だった。

 いや、心の中では緊張していた。この状況では心の中を読まれないようにするのが必死だったからだ。

 対して、カミサマは呟く。


「……いつ、気がついたかは知らないが、ここまでは褒めてやろう」


 カミサマの口から通しているようにも思えたが、よく見ると天地の口も同時に動いている。恐らく天地を通して話しているのだろう――心はそう思い、小さく頷く。


「いえいえ、まさかね、そんな偉いカミサマがついているとはとうてい思えなかったわけで。この子が居なかったらダメだった、ってわけよ」


 そう言って心はタケミカヅチの頭をぽんぽんと撫でる。

 対して、カミサマは笑う。


「ミカヅチ、落ちたな。人間に頭を垂れるなどと、あってはならぬこと。そのために人間に愛されやすい身体へと変化することも、だ」

「別にそういうわけでこの姿に変化しているわけでもないんだけれどなあ。この方がエネルギー使わなくていいんだよ」


 カミサマとタケミカヅチの会話は続く。


「ともかく、ここはお前には関係のないことだ。今ならば退いても文句は言わない」

「別にあなたに義理なんて求めていないよ。僕が生まれたのはあなたじゃあない、イザナギの方だ。いや、でもカグツチが生まれたから僕が生まれたのであって、結局はあなたが生みの親だったりするのかな? 遠い意味になってしまうけれど」


 ここまで来て、漸く彰二もあのカミサマが何者なのか理解し始めた。


「お、おい。まさかあそこにいるカミサマってのは……」

「そうよ」


 心は頷く。


「あれは日本神話の女神、イザナミの妹……イザナギよ」


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