僕がずっと前から思っていることを話そうか
ピーター・ノルマンティーは小さいころから自分が空っぽの人間だと自覚していた。
友達はたくさんいる。
家族ともいい関係を築けている。
大好きなノエルに対する賛辞の言葉もスラスラと出てくる。
だけど……それはどこか本当の自分ではない気がしていた。
本当の自分というやつは、もっと暗くて地味な人間である気がする。
友達に囲まれてニコニコ笑っている奴とはちょっと違う気がする。
上手くは説明できないけれども……。
僕がずっと前から思っていることを話そうか。
僕はガキの頃から小説家になることが夢だった。
グリルパルツァーのサッフォー、エミリー・ブロンテの嵐が丘、ジェーン・オースティンの小説……。ありとあらゆる小説を愛していた。
小説……というより言葉に溺れていると嫌なことは全部忘れられた。
ご飯を食べるのを忘れて夢中になって読んだ小説だってたくさんある。
おもしろい小説を書いた人を神様みたいに崇拝していた。
いつしか自分もそんな小説を書いてみたいと思っていた。
あこがれは夢へと変わった。
けれども、理想は手を伸ばしても遠く何を書いたらいいかわからない日々が続いていた。
考えれば考えるほど行き詰った。
何がおもしろいうのかわからない。何が理想なのかわからない。
どんなキャラクターがいいのかわからない。
どうしてこんなにつまらない小説しか書けないんだろう?
もっとおもしろい小説が書きたいのに……。
どんなに解答を求めても誰も助けてくれなかった。
ただこの世に次々と生み出される小説に嫉妬する日々が続いた。
そんなある日君と出会った。
ノエル・アンショーはふわりとゆるくまかれた髪、ぱっちりとした薄青の目、ミルクみたいに白くてなめらかな肌、すらりとした体系、ふくよかそうな胸。女神のような女性だと思った。
イギリスから家族でやってきたノエルはあっという間に町で一番美しい女の子と噂された。
僕はそんな君を見て……天使のように優しい笑顔を浮かべて僕を見てきた君を見て君に恋することにしたんだ。
だって、恋愛というのは小説のネタになるだろう。
自分の感情は駒になる。
自分の愛は小説になる。
利用しないではいられない。
いつだって君に夢中なピーターを演じながら、恋する自分をどこか冷めて目で見ていた。そして君の本質も見抜いていた。
君は婚約者であるエリックにやきもちを焼かすためだけに、僕ら取り巻きを利用しているだけの女だった。微笑み一つで何でも言うことをきいてもらえる女王様だった。とても綺麗で、かわいそうな女だ。好きな人に振り向いてもらえなかったのだから。
いや、君は手に入らないものに恋する性質なのかもしれない。
もしもエリックが簡単に手に入ってしまえば、君は大してエリックを大切にできなかっただろう。
僕は君を理解しながら君に恋をした。そうして自分の感情を紙に書きとめるたびにどこか心を売っているような気分になっ。
そんなノエルがある日、突然変わった。
エリックに愛を求めなくなっただけれはなく、誰も必要としない、誰に嫌われてもたち続ける別人のような女性になった。
僕は小説さえ書いてしまえば、僕にとって利用価値のなくなった君は用済みだと思っていた。もう君に恋することもばかばかしいしやめてしまおうと思っていた。
だけど……ねえ、ノエル。
もしかしたら僕は本当に最初から君のことを好きだった気がするんだ。
小説を書くために恋しているだけと思いながらも、君にはしょっちゅうときめいた。
ときめき、幸せ、嫉妬、コンプレックス、喜び……
それらは全部君からもらったんだ。
君に逢わなかったら、そんなこと全部知らなかった。
あんなに激しい感情も、涙も知ることなく人生を終えただろう。
小説は完成した。
求めていたものに比べれば少し劣るけれども……。
小説さえ書ければいいと思っていたのに、思っていたほどの満足感は得られなかった。
僕は南部のために戦争に行くつもりだ。戦争へ行って様々なことを学び小説のネタにしたいという思いもある。
明日死ぬかもしれない。
明後日死ぬかもしれない。
だとしたら今日、ノエルに愛と感謝の気持ちを捧げよう。
人生いつ死ぬかわからない。告げなかったら僕はきっと後悔する。
つまらないプライドなんてもう捨てよう。
いい加減認めようぜ。僕は君に恋していたんだ。
僕は好きな人に好きと告げられる自分でありたい。