ハイランド学園
ジョージアには一つだけ男女共学の学校がある。学校といっても公的なものではなく、男女は平等であるべきというハイランド先生により生徒たちが集められ暇な時間に数学、歴史、古典、化学、幾何学……様々な学問が教えられていた。
その通称ハイランド学園では先生の頭が一瞬で黒から白に変わりそうな事件が発生していた。
事件は3月の午前中に起こった。
ノエルたちの教室長のアン・ハイランドは一週間前にやったテストを返すために教壇の前に立っていた。
「テストを返します。今回の一位は三人います。名前を呼ばれたらテストを取りに来てください」
ここのクラスは成績順にテストが返されるのだ。
「一人目はエリック・ブラウンです。彼は今回のテストで百点を2枚もとりました」
エリックは涼しげな顔をしながらテストを受け取り席に戻った。天使のような彼に見とれてしまいそうになりながらテストを渡した。
「二人目はルーク・ビッドです。よくがんばりました」
「そして三人目はノエル・アンショー」
その途端、クラスでざわめきが起こった。
「誰かがノエルとテスト用紙を交換したんじゃない?」
「あのノエルが一位だなんてありえない」
「ずるをするならばれないようにちょっとだけにすればよかったのに……」
様々な言葉が一瞬にして教室中を飛び回った。
アンはノエルのことが嫌いだった。理由はノエルが男の子をはべらしてして女王様気分でいる嫌な奴だからだ。もしアンが誰かと結婚していればそれほどノエルを憎むことはなかったかもしれない。だけどアンが婚期を逃しそうになるこの頃、ノエルを見るといつも苛立っていた。
ノエルがテストをもらいにアンの前に立った。
だがアンはテストを渡すのではなくノエルに向かって質問をした。
「ノエル・アンショー。あなたは……カンニングをしたの?」
「どこにそんな証拠があるんです?
証拠もないくせに人を疑うなんて人間失格です。教師である前に人徳者でありなさい。
じゃなければあなたに教壇に立つ資格はありません」
アンは頭に血が上った。燃えるように体中が熱くなった。
「口を慎みなさい」
むかついたアンは黒板に一つの問題を書いた。
七人が円形のテーブルに座る時、座り方は何通りあるか?
「この問題を解きなさい」
この問題は先生が解くのに一時間もかかったものだ。
ノエルはバカだから一日かかってもこの問題が解けないかもしれない。
フッ。バーカ。生意気な態度をとったことを後悔しても遅いんだわ。
「720です」
ノエルは鈴が鳴るようなかわいらしい声で一秒もかからないうちに告げた。
それはアンが出した答えと同じものだった。
彼女から血の気が失せた。
「バ、化け物……どうしてそんな早く……」
「私は円順列に関する公式を考えました。それを使えば一発です……」
それはこういうものですといいながら、黒板にスラスラと書き始めるノエル。
「キャーーーーーーーーーーーー」
パタリと気絶してしまったアン・ハイランド先生。
お墓のように静まりかえる教室。
「どうして今までそんな特技隠していたの?」
前の方で座っていたルークがノエルに質問をした。
「……能ある鷹は爪を隠すというやつよ」
ノエル金髪の髪を指で弄びながら得意げに語った。
ルークの口元に小さな笑みが浮かんだ。
ルーク・ビッド。
蜂蜜みたいな金髪の髪の毛と緑の目の持ち主。スラリとした細身の体系。
彼はもしかしたら転生者かもしれないとノエルは思った。
物語の中ではルークはそんなに頭のいいキャラではなかった。そして本来なら私の取り巻きであるはずの彼が私にべったりしてこない。
思い切って転生者かどうか聞いてみようか?
でも転生者じゃなかったら変な女という目で見られるだろう。
まあいい。かまいはしない。
「ルーク・ビッド。もしよかったら私と一緒に食事をしてくれないかしら」
「これは女王様。喜んで」
女王様とはノエルのことだ。私はよく周りからそう呼ばれていた。
「おい待てよ。どうしてノエルがルークと食事をするんだ?」
エリックが獲物を殺そうとする蛇みたいに鋭い目で私を見てきた。
「あなたには関係ないでしょ」
そう言って肩にかけられた彼の手を振り払い、ルークと廊下を歩いて行った。
すぐ隣の空き教室に入りドアを閉める。
そして何から切り出そうと迷っていたところ、ルークの形のいい薄い唇から小さな声が発せられた。
「あなたは……もしかして転生者?」
「ええ、そうよ。そうなの。ルークもやっぱり転生者だったのね。どこから来たの?」
「日本から。僕はGone with the memoryは映画で見たことがある」
「私も日本から来たの。あなたにはたくさん話したいことがあるわ」
それから二人で様々な話をした。この南北戦争で南部が負けてしまうこと、Gone with the memoryのこと、スイッチ一つで温まるストーブが恋しいこと、そして……ルークやノエルが死ぬ運命であること。
「ねえ、ルーク。あなたは物語と同じように戦争に行くの?」
「僕は……」
緑色の目に影が宿った。
「行ったら、だめよ。だって行ったらあなた死んでしまう運命じゃない」
「そうだね。死ぬのは怖いよ。でも……」
「とにかく自分の命を大切にしなさい」
「死にたくないよ……」
彼は戦争に行かないと約束はしてくれなかった。でも手をブルブルと震えさせながらそう呟いた。私は思わずそんな彼を抱きしめた。
その時、教室のドアが開いた。
美しい婚約者エリック・ブラウンが鬼のような形相でドアの前に立っている。
そして全身から殺意を放っていた。
私はいつか物語と同じように彼に殺されるだろう。そんな気がした。