二人の春
「戦争で北部が勝ってどういうことだよ。具体的に説明してくれ」
マイケルは納得がいかないとでも言うように私を見てきた。
残念なことに私は未来を知っている。
水が上から下に落ちるみたいに流れるように私はしゃべりだした。
「まずは政府よ。今、北部には政府組織がある。だけど南部には政府がない。だから一から作り上げないといけない。
北部は南部と比較して中央集権的な政治体制だから、連邦政府の意思決定が楽になるはずよ。南部はそれぞれの所属州の発言力が強いからまとめるのが難しくなる。
北部と南部の間には大きな人口差があるわ。そのため兵役適齢とされる男性の人口も大きな差があり、北部は約400万前後に対して、南部は100万強くらい。
さらに北部では工業面が南部より発達してるわ。鉄道の長さは南部の2倍以上よ。この鉄道を利用し、北部は食料や武器を兵たちに受け渡すことができるはず」
みんな異世界人でも見るかのように私を見てきた。なんて失礼な人たちだろう。地獄におちてしまえばいい。
昨日までの私はアメリカ大統領の名前をかろうじて言える程度の人間だったからしょうがないかもしれない。
「……俺は今夢を見ているのかもしれない」
魂を吸い取られたみたいに放心状態のマイケルがつぶやいた。
「ノエルが頭を使っている。僕は将来君が禿げるんじゃないかと心配になってきた」
エリックは馬鹿にするようにそう言ってきた。
「私はあなたみたいに心無い人が地球にのさばり続けることでこの世界が悪いほう汚染されないかいつだって心配しているわ」
「だけどノエル。君はずいぶん変わったね。僕は地球が滅亡するんじゃないかと怖くなってきたよ。ビッチじゃない君なんて黄身のない目玉焼きみたいだ」
「まあ、なんて失礼なことを。あなたなんて宇宙に輸出されてしまいなさい」
ぴしゃりと言い放った私をじっと見つめた後、いきなり私の左手をつかんできた。
「二人きりで話したい。一緒に庭に来てくれ」
彼は色気のある声でささやいた。……気持ち悪いな。死ねばいいのに。
そう言って私の返事も聞かずに私を引っ張っていった。
庭園は花の甘い香りで辺りがつつまれていた。まるで世界に二人だけしかいないような静かな雰囲気。映画みたいに美しい光景。美しさなんて見飽きるものだと思っていたが、いつでも安らぎをくれるものがここにある気がした。
ジョージアの日の光がエリックの黒い髪を輝かしている。
春のそよ風がサラサラとした髪を撫でていく。天使みたいな少年だと思う。ただ彼の中身はプライドが高いだけの子供なのだ。ちょっとかっこよくて頭がいいだけで調子に乗っているのだ。
彼は私を実験動物でも見るような冷たい目で見つめた後に聞いてきた。
「君は僕を好きか?」
そしてビロードみたいに滑らかな声で続ける。
「昨日までのノエルは僕を愛していたはずだ。いや、愛していたかどうかわからない。だけど自分のプライドを満たすパートナー、道具として僕を求めていた。
だけど今の君は僕を嫌っているような態度だな。駆け引きでもしているつもりか?」
「これが駆け引きに見える?だとしたらあなたの脳みそはそうとう腐っているわね。
昨日までの私はあなたを愛していた。
だけど今の私はあなたを愛していない」
「スープみたいに早く愛が覚めるんだな」
エリックは冷たい声でつまらなさそうにそう言った。
整った顔をしているからか気配が少し厳かでゾクリとした。
「そうよ。今までの私と今の私を切り離してもいいと思ったの。昨日までの恋に今日の私が縛られる必要なんてどこにもないわ。
今の私は誰にも支配されない。誰の言葉もいらない。自分が好きになりたいと思った人を愛し、憎むべき相手を嫌う。
心ってきっと単純なものなの。私は今まで素直に行動することを知らなかった」
いつも他人の言葉に振り回されながら生きていた。
そんな自分を好きになれなかった……。
「私はこれから自分の言葉をしゃべっていきたい。
他人を気にせず自由に生きるの」
「男に媚び売ってもてて女王様みたいに振り舞うことが君のやりたかったことじゃないのか?」
「そんな他人の言葉で自分を図るみたいな生き方嫌よ。
プライドだけは高い能無しであるあなたと私は違うの」
「……確かに、君は僕と違うな。僕はノエルがそんな奴だとは知らなかった」
「私も今のあなたを知らなかった」
本にはそんなセリフ……あまり出てきていなかったから。
君はこれから炎みたいに情熱的な愛情を僕以外の誰かに向けるのか?」
「若いころは人を見た目やブランドで好きになると思うの。
でもこれからは人を内面で好きになりたい」
「これが18歳のセリフとは思えないな。まるで80歳の老女みたいだ」
「つまり私はあなたみたいな内面が歪んでいる人なんて好きにならないわ」
奴隷に鞭を振り回す主人みたいにピシャリと言い放った。
私の薄青の瞳と彼の濃い青の瞳が交差する。
先に目を反らしたのはエリックのほうだった。
「それは……いや、何でもない。僕らしくない。僕らしさ……か」
わからないな……そんな彼の小さな呟きが春のそよ風と共に私のもとに届いた気がした。