舞踏会の前奏
青い雲一つない空を写し取ったような目。太陽の輝きをちりばめたように輝いている金色の髪の毛。
思わず鏡を見てため息を吐いた。
ノエル・アンショーである私は女神のように美しかった。
前世、私はかわいくなることに憧れた。美しい服やかわいい靴を求めた。
だけどある日、悟った。顔がかわいくなければ、どんなにかわいい服を着てもかわいくなれない。そんなものを持っていても意味はない。
かわいくなることを放棄し、ネガティブになっていった自分……。嫉妬とコンプレックスで埋め尽くされた日々。それについては後ほど書くことにしよう。
今はあれほど欲しかった美貌を手に入れた。
でも……手に入れてみるといつの間にかそれが当たり前になっていき特別味を失っていく。
どこか少し虚しくて、欲しいものが手に届かなかった時の方が輝いて見えた。
本当に贅沢な悩みだ。
今日は、ノエル・アンショーの誕生日会が開かれる。誕生日会という名の舞踏会でもある。婚約者であるエリックも必ず来るはずだ。
今日の目標、婚約破棄!
私はエリック・ブラウンと縁を切り別れる。そして死亡フラグも切り捨てる。
婚約が破棄できなければその辺にいる適当な男と駆け落ちしてしまえばいい。
私は玄関に立ちながら両親と一緒に招待したお客さんを待っていた。
一番最初に会場にやってきたのは、ピーターだ。彼は茶目っ気のある人で、よく冗談を言ってノエルに可愛がられる人だ。そして南北戦争ですぐに戦死する。
……もうすぐ死ぬ男だ。
「やあ、ノエル。僕は一番乗りみたいだね。君は今日は天使みたいだ。世界一かわいいよ」
ノエルは自分の崇拝者を作り、 多くの男をたぶらかす女だ。
だけど……私はもうすぐ死ぬ男とは仲良くなりたくない。
いなくなったら寂しいから。
「黙れ!ガマガエル。あなたの声が煩わしいから、もうしゃべらないでくれる?」
「え……ノエル」
この世の終わりとでも言いたいような絶望的な表情になるピーター。
「私、あなたをからかって遊んでいただけよ。本当はバカな人形だってずっと思っていたの。もう目障りだから帰っていいわ」
「……」
ピーターは何か言いたそうに口を開いた。
そんな彼に最後の一撃をくらわす。
「髪の生えたゴキブリが調子こくな」
「おいおい、ノエル。今日の君はちょっとおかしいぜ」
そう私に話しかけてきたのはマイケルだ。彼はチリチリとした髪、ぽっちゃりとしたお腹の持ち主だ。ノエルの親衛隊のうち一人だ。
「いつもみたいに優しく微笑んでくれないか?」
「黙れ、巨肉ソーセージ。あなたに用はない」
彼は戦争から逃げ出そうとして仲間に撃ち殺される人間だ。
ノエルに会いたくて戦争から逃げようとするのだ。
もう彼にはノエルへの思いを断ち切ってもらう必要がある。
「マイケルは何だか眠たそうね。もう一生永眠するのはどう?」
「……」
「あら、いつもみたいに私の考えに賛成してくれないの?
使えない犬ね」
友情や恋人。そんなものを抱えていたらただの荷物になるだけだ。
早めに切り捨てておかないとならない。
そしてあなたは生きなさい、マイケル・シェルダン。
「ノエルさん。何をされているのですか?」
出た!南部の聖母マリア。そして物語のヒロインであるセイラ・ミルフィーユ。夜みたいに美しい黒目、黒髪の持ち主。ノエルみたいな華やかさはないけれども、凛とした美しさがある。
「何かあったのですか?あなたらしくないですね」
「うるさい、偽善者。まだ生きていたの?平気な顔で人の婚約者を奪う泥棒猫は飢え死にがお似合いだと思うの。試してみたら?」
「言葉に気をつけなさい。私はともかく、他の人を侮辱することは許しません」
天使みたいにまっすぐしていて穢れを知らない少女。
彼女は自分を犠牲にできる本物の人間である。ゆえに多くの人に愛される。
確か物語では、序盤にノエルがセイラの髪を掴んだ途端にエリックが現れる。
ここが本当にGone with the memoryの舞台であるなら、試してみることにしよう。
私はセイラの髪を毛を掴んだ。
「何をしているんだ?セイラの髪から手を放せ」
絹のように滑らかで美しい声が辺りに響いた。
婚約者、エリック・ブラウンのお出ましだ。
サラサラとした黒い髪と深めの青い目の持ち主。彼は南部で一番のハンサムと噂される男だ。
「埃をとってあげただけよ。それが何か?」
「俺の大切な女に気安く触らないで欲しい」
「うっさい、ゾンビ。正義の味方気取りの臆病者。
私、あなたみたいなカスとの婚約を破棄します」
「はあ!僕のどこがカスだって?君は目でもおかしくなったのか?」
「……南部は戦争で負けるわ。だから南部の男とは結婚したくないの」
「戦争支持者、奴隷制度賛成者である君が言うセリフとは思えないな。
君は取り巻き達を見捨てるのか?」
「ええ、そうよ。気が変わったの。人類はみな平等であるべきだ。人に上下関係をつけるならその基準は学問であるべきよ」
「数学を全てピーターに解かせている奴の言葉とは思えないな」
バーカ。今の私はこれから何十年後にか発見される公式すら知っているのだ。
いわゆるチートだ。こいつなんてめじゃない。
「私、生まれ変わったの」
「……」
辺りが沈黙で包まれた。
「今度、あなたの数学や物理で勝負してもいいわ」
「じゃあ、僕は豚がどういう風に人間に勝つのか楽しみにしておくことにしよう」
「あっそう。じゃあ、今日は女神が猿を打ち破る瞬間だけお見せすることにしましょう。エリック・ブラウン。あなたは南部が北部に戦争で勝てると思っているの?」
「指揮官が僕だったら勝てるだろうな」
「ではあなたではなければ?」
「おそらく……負ける」
「エリック。あなたなんて言うことを言うの!昨日私に南部は絶対に勝つとおっしゃっていたじゃありませんか」
「セイラ。それは君の前でかっこつけただけだ。僕の考えることは残念ながらこの甘やかされて育ったイベリゴ豚と同じさ」
心優しい私はエリックの言葉を聞き流して予言した。
「南部は負ける。武器の量、指揮官の質、経済力、統制力……どれを見ても勝ち目はない。この戦争、頭に血がのぼったバカどもがやらかしたただの負け戦よ」
「ハハハハッ。脳みそ空っぽのかかしだと思っていたら、案外知能があったみたいだな」
深みのある藍色の目がキラリと光る。
「婚約は破棄しない。僕は君を気に入った」
あ……やばい。逆効果。
実はこいつはマゾだったとか……。