その4
※ ※
「では今度こそ、左の黄金ダンベルはいただくぞ!」
高らかに宣言したマッスルXが宝箱をわしづかみにする。だが、宝箱が厳重にロックされていることに気が付くと、マッスルXはどこからとも無く小さな鍵を取り出してきた。
「ふっ、小賢しいマネをしおって。だがこの万能アイテム『盗賊の鍵』さえ使えば、この程度……!」
豪快に笑いながらその『盗賊の鍵』とやらを鍵穴に差し込もうとしたマッスルXだったが、残念ながらそのごっつい指先で小さい鍵を操るのは大変面倒らしく、しばらく悪戦苦闘していたが、やがてイラっとしたのか、宝箱の蓋をつかむと、あっさりそれを引っぺがした。
(((『盗賊の鍵』意味ねー!)))
衝撃を受けるホフマンたちなどまったく気にもかけず、マッスルXは宝箱の中から姿を現した光り輝くダンベルを満足そうに見つめると、その左手に愛しげに握りしめた。
「ついに我が左手のもとに来たか……伝説の《健康魔具》の一つ、黄金ダンベルよ!」
そして大の男が二人がかりでなければ運ぶこともできなかったそのダンベルを、片手一本で軽々と持ち上げると、そのまま天に向かって突き上げるようにかざすマッスルX。
伝説の秘宝は光源の少ない地下室の中でも神々しいばかりに輝き、マッスルXの鍛え上げられた肉体美を金色の光で照らしだす。それはそれである意味、絵になる光景ではあった--変なマスクかぶった全身タイツのパンイチでさえなければ!
「--では、《左の黄金ダンベル》はいただいていくぞ!」
しばらく恍惚としていたマッスルXが、こちらはあまりの事態の連発に放心していたホフマンをビシッ!と指さし、勝利宣言をした--まさにその時だった!
ぞくぞくぞくぞくぞくぞくっ!!
突然、すさまじいまでの殺気を感じて、さすがのマッスルXも背中が粟立つのを感じた。ホフマンや衛兵たちも同じくギョッとして、その殺気の方向をおそるおそる振り返る。
--そこには怒りにわなわなと震える、ロザリィの姿があった!
いつの間にか新たにコスプレ……もとい『変装』を完了していたロザリィだったが、今度の服装はさきほどの清楚な白のミニスカワンピと空色のマントからうって変わり、露出度の高い漆黒のドレスに身を包み、裏地が紫の闇色のマントをまとっている。髪も黒髪に変わり、美しくも妖しいその姿は--さながら《暗黒の女神》!(ただし咥えパイプ付き)
「い、一度ならず二度までも~」
うつむいたままなので表情は分からなかったが、しかし口に加えたパイプが激しく揺れ動いていることからも、その怒りの程は十分伝わってくる。
そのあまりの様子に、さすがに気押されたマッスルXがおそるおそる声をかけた。
「も、もしや俺が組んだ練習メニューが気に入らなかったのか?」
「んなわけあるかぁぁぁぁ!!」
激怒の叫びとともに、顔を上げたロザリィがキッとマッスルXをにらむと、両の手のひらを勢いよく天にかざす!
「……こうなったら……私の最強呪文で!」
瞬間、凄まじい大きさの火球がその両手の間に出現する!
しかもロザリィの両手が荒ぶる感情に震えるのに呼応して、どんどんその火球は大きさを増していった!!
「この部屋ごと……木っ端みじんに吹き飛ばしてやる!!」
「や、やめてくれぇぇぇ!」
予想される被害の甚大さに、顔面蒼白になったホフマンが慌てて止めに入ろうとするが、逆にロザリィに激しく足蹴にされてしまう。
「うるさい! あんたたちだって私の恥ずかしい姿、嬉しそうに見てたじゃない! もうどいつもこいつもみんなまとめて死ねばいいのよ!」
完全にぶち切れたロザリィにギロリとにらまれて、ひぃぃぃと手を取り合って震え上がるホフマンと衛兵たち。
そんな中、マッスルXだけはロザリィの本気を感じ取ったのか、その口元からそれまでの豪放極まりない笑みを消したかと思うと、何やら呼吸を整えながら左腕を曲げ、上腕二頭筋の当たりに力を込め始める。
そしてそんなマッスルXめがけ、ロザリィはいつしか彼女の身体よりも大きく膨れ上がった火球を、渾身の力を込めて投げ放った!
「消し炭になるといいわ! 喰らえっ……《バーニング・メガ・ファイヤーボール》!!」
ゴオゥ! ロザリィの両手から投げ放たれた巨大な火球が、轟音と共にマッスルXめがけて突き進む!
「ぬう! 《左の黄金ダンベル》よ! 我に力を!!」
野太い叫びとともにマッスルXがダンベルを握る左手に力を込める!
その瞬間、《黄金ダンベル》が激しく光り輝いたかと思うと、マッスルXの上腕二頭筋が今までに倍する大きさに膨れあがり、そして同じく黄金の光を放ち、輝いた!
そしてマッスルXは燃え盛りながら猛然と迫る火球に向け、その光り輝く左腕の上腕二頭筋を、凄まじい勢いでたたき付けた!
「ゴールデン・マッスル・ラリアァァァァットォォォ!!」
ガカカカカッ!! 目もくらむばかりの閃光とともに、巨大な火球と黄金の上腕二頭筋が交錯し--
そして一瞬の間を置いた後、振り抜いた左腕によって弾き返された火球が、そのまま天井めがけて吹っ飛んでいった!
「そ……そんな……!?」
渾身の火球呪文を筋肉なんぞに打たれたロザリィが、その場に呆然と立ち尽くした--まさにその瞬間!
ドゴオオオオオンンン!! 天井に激突すると同時に、大音響とともに火球が爆発する! 屋敷全体が地震のように揺れ動く程の衝撃の後、大穴が開いた天井がついに耐えきれずに、ガラガラと崩れ落ちた。
そしてその崩壊した天井の内、一番大きな瓦礫がロザリィに向かって落ちかかる!
「きゃ、きゃあああああ!」
ロザリィが悲鳴とともに身をすくめる。避けようが無い--ロザリィはそう悟ると、絶望とともにギュッと固く目をつむった。
--が!
(あ、あれ……?)
しばらく経っても自分が無事なのに気が付いて、やがてロザリィは目を開けると、恐る恐る顔を上げた。
「……えっ!?」
その目が驚きに見開かれる。見上げる視線の先にあったのは、落ちかかってきた瓦礫を右手一本で受け止め、その場に悠然とそびえるマッスルXの巨体だった。