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その1

 『超人怪盗 マッスルX』


 グワシャーン! 豪快な爆裂音と共に黒い巨体が宙を舞い、砕け散った大量のガラス片の中、二階の屋根に転がった。


「いたぞっ!」

 後ろから響く、あわただしい靴音。鋭い叫びが背中に迫る。窓からまろび出たマントの巨漢は、背後にすばやくマスク越しの視線を走らせると、一瞬の内にバランスを立て直し、爆発的なスピードで駆け出した。


「逃がすなっ!」

 怒声が渦巻き、下からは逃げる巨漢を照らし出すべく、魔道士たちの《照り(ライト)》の呪文が、幾筋もの光の柱となって夜空を照らす。


 その乱立する光柱群を巧みにかいくぐり、巨漢の姿が闇夜に踊る!


「くそっ! 撃てっ! 撃てっ!」

 バシュバシュバシュッ! 一斉に放たれた魔道の光弾が闇を裂く。だが、巨漢はその身体にまるで似合わぬ俊敏な動きで、巧みにそれをすり抜けていく。 


「わーははははは! 確かに、《右の黄金ダンベル》はいただいたぞ!」

 高らかな哄笑と共に、闇を駆ける謎の巨漢!


「では、さらばだ! とおっ!」

「ま、待てっ!?」

 その叫びも空しく、巨漢の姿が大きく宙を舞い、10mは離れた隣家の屋根に軽々と飛び移った。


「畜生~!!」

 無念の叫びを後にして、高らかな笑い声が次第に遠ざかる。そしてその巨漢の姿は、闇の中へと消えていった--


       ※       ※


「--で、私を呼んだのはこの『マッスルX』と名乗る怪盗を捕らえろ、というわけですね?」


 そう言うと、えんじ色の鹿打ち帽に茶色のコートという出で立ちの淡い金色の髪の美女は、口にくわえたパイプを揺らしながら、そのやや切れ長の瞳を手にしたカードに向けた。


 美女--いや印象としては美少女と呼ぶ方が似つかわしいだろうか。エルフの血を引いているのか、肩より長いストレートの髪の間から少しとがった耳がチョコンとのぞいているのが可愛らしい。


「--今夜0時、家宝をいただきに参るぞ、わははは! 超人怪盗マッスルX--」


 その豪快極まりない筆跡の予告状に、美少女の形の良い眉が少し吊り上がる。

「しかし犯行をわざわざ予告するとは、随分大胆な盗賊の様ですね」


「はい、そこで私どもといたしましても、名探偵としてご高名なあなた様に助力をお願いいたしたわけです。王立警察は半信半疑で動いてくれませぬし……」

 この館の主人であり、依頼主である富豪のホフマンが、金髪の美少女にヘコヘコ頭を下げる。


「まぁそれはなかなか賢明なご判断ですね」

 そんなホフマンにプライドを心地よくくすぐられた美少女は、フッとクールな笑みを口元を浮かべてパイプをふかす--いや、どうやらこれは伊達パイプらしく、実際には煙も何も出ないのであるが……


「ところで、この『マッスルX』とやらが狙う家宝とは一体?」

「--これです」

 ホフマンがポンと手を打つと、執事が二人がかりで宝箱の乗った台車を押してくる。その宝箱に鍵を差し込むと、ホフマンは重々しく口を開いた。


「これこそが我が家に代々伝わる、伝説の《黄金ダンベル》左手用!」


 ずるぅっ、もったいぶって出てきた巨大な純金性のダンベルに、クールを気取るのも忘れて美少女は少しよろめいた。


「こ、こんなもん盗んでどーするつもりなのよ……」

「はぁ、私も正直そうは思うのですが、しかし伝承によれば何でも、伝説の《健康魔具》の一つとか言う由緒正しい物らしく……」


「う”~、ウソっぽいなぁ……」

 眉根を揉む少女に、ホフマンは慌ててフォローを入れた。


「しかし、これと対になっていた右手用の黄金ダンベルは、すでにマッスルXによって奪われてしまったと聞いています。こんなものでも、我が家にとっては大事な家宝。奪われてしまってはご先祖様に顔向けができません。ロザリィさん、どうかマッスルXの魔の手から守って下さい!」


「--まかせて下さい」

 フッと不敵に微笑んで、ロザリィと呼ばれた美少女探偵は髪を払う。


 いくらバカバカしくても仕事は仕事、それにどんな手合いであれ、とにかく彼女は盗賊という人種が『大ッキライ!』なのだ。


「私も『盗賊殺し(シーフ・ハンター)』の二つ名で呼ばれる女です。『マッスルX』とやらは必ずこの私が捕らえてみせますわ!」


      ※      ※


 そして時は移り、マッスルXの予告した深夜となった。


「--本当に大丈夫なんでしょうか?」

 さすがに落ちつかなげな様子で、ホフマンが傍らに立つハーフエルフの美少女探偵・ロザリィに問いかける。


「まかせて、と言ったはずですわ」

 そう言うと、先程のいかにもな探偵姿から打って変わって、メイド服を着たロザリィがフッと微笑む。髪型も元のストレートの金髪から、三つ編みにした短めの銀髪に変わり、正体を隠すための見事なコスプレっぷり、もとい変装っぷりではあったが、ただ口にくわえたパイプがそのすべてをぶち壊していた。


(……この探偵、けっこう残念な人なのでは……)

 自信満々なロザリィを、ホフマンが心配げに見つめる。


 ちなみにここはホフマン邸の地下にある一室である。10m四方程の部屋の真ん中にある台座の上に、黄金ダンベルの入った宝箱が置かれ、それを囲むように六人の屈強な傭兵がそれを守っている。そして入り口のドアの手前には、メイド姿のロザリィとホフマンが立っていた。


「いいですか、ホフマンさん」

 ロザリィはスッとドアを指差して言った。


「この地下室には窓は無く、入るにはあのドアからしかありません。しかもここに至るまでの道のりには、この私が仕掛けたトラップの数々が待ち受けています。猫一匹、この部屋にはたどり着けはしませんよ」


「それなら良いんですが……」

 ハンカチで冷や汗をぬぐいながら、ホフマンは懐中時計に目を遣った。

 いよいよ予告の0時まで、後1分!


 ガガーン!! その時、地下室の上の方から鋭い爆発音が轟いた!


「あ、あの音はっ!?」

「かかったわね!」

 ドカッ、バキッ、ズドドドゥ! 立て続けにいくつもの轟音が轟き渡る!

 一体どんなトラップを、どれだけ仕掛けたのだが知らないが、屋敷の惨状を思い顔面蒼白になるホフマンを、ロザリィはフッと勝利の笑みを浮かべて振り向いた。


「終わりました。もはや塵一つ残ってないハズ。まぁこの私にかかれば、『マッスルX』などチョロいもの……」


 ドゴーン!! その時、突然背後より最大級の轟音が轟いて、ロザリィはビクッと身を震わせた。これはトラップの音じゃない……あまりにも近すぎる! これは--!?


 ハッとして振り返るロザリィの瞳に飛び込んできたのは、粉々に砕け散ったドアと、そしてそこに立つ一人の男--!


 でかい! とにかくでかい! 天井に頭が届くほどの2mを優に超える巨漢である。しかも前にも横にも後ろにも厚い! 腕の太さだけでもスリムなロザリィの腰回りぐらいある。身体中いたる所の筋肉が山のように盛り上がり、男の呼吸にあわせて青い全身タイツの下の大胸筋が、大きく波打っていた。


 そしてそのたくましすぎる肉体の上に乗った顔の大部分は、中央に金色の「X」が煌めく白銀の仮面に覆われて、口元以外の素顔は全く見えない。


「な、何よ、こいつ!?」

 思わず悲鳴にも似た叫びを上げるロザリィに、謎の巨漢がニッと笑う。そしてフン! と黄色いマントを翻してポーズをとると、高らかな哄笑を放った。


「わーははははは、天呼ぶ、地呼ぶ、人が呼ぶ! 宝をつかめと俺を呼ぶ! 我こそは究極の肉体を持つ、最強無敵の超人怪盗! その名も、マッスーーーーールッ……!!」


 バッバッ! 男がすばやくポーズを変える。そして最後にモコッと上腕二頭筋を盛り上げて、男は声の限り絶叫した!


「エーーーーーーックス!!!」


(……き、筋肉ダルマ……み、醜い……)


 そのあまりと言えばあまりに過剰な筋肉の塊に、ロザリィは思わずくらくらとめまいがした。しかもその身を包むのは青の全身タイツに赤パンツ。そしてとどめに黄色いマントに変な仮面まで……


(『超人怪盗』……っていうより『究極変態』だわ……)

 げんなりと心の中でうめくロザリィの前で、しつこく身体中の筋肉を盛り上げると、一人ナイスポーズをとり続けるマッスルX。


「マ、マッスルX……!」

 それでも何とか探偵としての理性を取り戻すと、ロザリィはキッと鋭い視線をマッスルXに向けた。

「一体、どうやってここまで……!? 私のトラップは完璧のハズなのに!」


「トラップ~? 知らんぞ、そんなものは!」

 キッパリと言い切るマッスルXに、ロザリィは唖然とした。そんなバカな!? 確かにトラップはこれでもかとばかりに発動していた。なのに、どうして--!?


(ま、まさか……!?)

 その時、ロザリィはマッスルXの衣装の所々に焼け焦げや破れた跡が有る事に気付き、思わず愕然となった。


(まさか全部のトラップに引っかかったのに、平気だとでも言うの!?)


 ツッ……冷たい汗がロザリィの背中を流れ落ちる。しかもそれどころか……トラップの存在すら気付いていないなんて!!


(こいつただの変態じゃない……っていうか、とんでもない化け物だわ……!)

 戦慄に身を震わせるロザリィ。そんな彼女とは好対照に、マッスルXは不敵な笑みを口元に浮かべると、ズンズンと事も無げに部屋の中央、宝箱へ近寄った。


「さぁ、左の黄金ダンベルはいただくぞ!」


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