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第九十九話「ウェルカム」

 リンカーン記念館前はそれまで以上の喧噪に包まれていた。カサブランカの『上陸』から数分後、この地にシドと彼の部隊員がバギー車に乗ってやってきたからだ。向こうに残してきた職員や施設を守るための兵員を確保するためにここに来たのはごく少数だが、それでも車や増援の出す声によってその場は確実にうるさくなっていた。


「急げ! あの装置を確保しろ!」

「行け行け行け! 急げ!」


 隊員達が声を張り上げ、今では死んだように静かになったワープ装置へ向かって駆け出していく。残りの隊員は先行していたカサブランカの方へ向かい、自分たちがここに着く前に何が起きたのかを聞いていた。


「……つまり、詳しいことは何もわからないと?」

「はい。わたくし達が着いた時には既に静かになっていましたので。おそらくはもう全て終わっていたのでしょう」

「ではその時の状況を説明できる人は? どこかにいませんか?」

「それは……」


 義体を使い船の外で応対していたイナが視線をさまよわせ、ふと装置の眼前で立ち尽くしていたベラを発見する。

 先に向かっていた彼女なら何か知っているかもしれない。そう思いかけて、イナはベラの背中から流れる雰囲気がいつもと違う事に気づいた。それはまるで雨に打たれる捨て犬のような、とても弱々しく痛々しい物だった。


「……」


 ベラは装置を見たままぴくりとも動かなかった。背中に刺さるイナの視線にも、その横に近づくジンジャーの気配にも感づく事なく、石のように固まったままその今は動かない装置を凝視していた。


「何が起きたのかは知らないが」


 ベラの隣に立ったジンジャーが声をかける。そこでようやく彼女の存在に気づいたベラが僅かに見開き驚き彼女の横顔を見るが、ジンジャーは気にすることなくベラに続けて言った。


「あまり気負うな。お前はちゃんとやれる事をやったんだろう」

「……しかしあの時、私に油断があったのは事実です」

「油断は誰だってする」


 そこまで言って言葉を切り、改めてジンジャーがベラの横顔を見る。そして視線をベラから周囲へと移しぐるりと見回した後で、ある事に気づいたジンジャーがベラに尋ねた。


「そういえば、ライチはどこに行ったんだ?」


 ベラの鉄面皮が僅かに揺れた。その僅かな揺れに、ジンジャーは気づいてしまった。


「知ってるんだな?」


 ジンジャーの問いかけに、ベラが黙って首を縦に振る。その彼女の前にたって、若干表情をこわばらせたジンジャーが口を開いた。

「どこに行った?」

「……」

「答えろ」


 ジンジャーが詰め寄る。二人の気配に気づいたイナもまた、ベラの背後から近づいていく。このとき既に覚醒しイナの気配を背中越しに感づく事が出来ていたベラは、やがて観念したように顔を俯かせた。


「ライチはあそこに行った」

「あそこ?」


 ベラが指さした方へ――自分の背後の方へジンジャーが振り返る。この時には既にイナも彼女達に追いついており、そしてイナもまたジンジャーが見たのと同じ方向へ視線を向けた。

 そこには件の隊員達が群がる、死んだように静かになったワープ装置があった。

「まさか」


 何かに気づいたイナが口に手を当てて一歩後ずさる。ジンジャーも同様に顔を青ざめ、すぐさまベラの方へ振り返る。


「まさか、そんな」

「いや、そんな訳ないよな? ははは、そんな馬鹿な」

「……」


 二人は頭の中で等しく想像した最悪の展開を何とか否定しようとしたが、無駄な足掻きだった。


「飛ばされました」

「――」

「彼と、そしてカリンともう一人。三人がまとめてあのワープ装置によって、何処かへ飛ばされていきました」


 ベラの声は、二人の耳に忌々しいくらい朗々と響いた。





「うっ……」


 ぼんやりとながら意識を取り戻したライチは、頬に何か堅い物が当たるのを感じた。その堅く、そして冷たい物の感触によって完全に目を覚まし、背中に重りをくくりつけられたように満足に動かない体を忌々しく思いながら体勢を仰向けにして、上体を起こした。

「ここは……?」


 上半身だけを起こした状態のまま、目をこすりながら周囲を見回す。そこは四方を打ちっ放しのコンクリートで囲まれた殺風景な場所であり、部屋の中央にあるワープ装置ーー彼の寝ていた場所であるーー以外には目に付く物は何もなかった。

 しかしすぐさまある事にーーカリンの存在に気づき、バネ仕掛けのように飛び起きて平静さを失ったまま辺りを見渡した。


「カリン!? カリン!? どこなの!?」


 ヒステリーを起こしたように叫びながら体と首をせわしなく振って周囲を見る。と、その時、自分の足が何かに当たった。少し暖かく、それでいて柔らかい感触がライチの足に伝わる。


「うわあ!?」


 突然襲ってきたその感覚を前にライチは思わず素っ頓狂な声を上げ、勢いよく後ずさる。しかし勢い余って後ろに退いた足がワープ装置の縁の外に飛び出してしまい、その結果、彼は受け身もとれずに背中から地面に激突してしまった。


「いだっ!」


 災難である。しかしこんな目にあってもライチは当初の目的を忘れたりはしなかった。すぐさま立ち上がり、ワープ装置には近づかずにそこから声を張り上げる。


「カリン! ねえカ――」


 そこでライチが言葉を飲み込む。彼の目の前、ワープ装置の上に倒れたまま目を覚まさないカリンの姿があった。そしてライチは同時に、彼が先程足に感じた柔らかい感触は彼女を触った事による物だと言う事にも気がついた。


「カリン!」


 とにかくその姿を認めたライチは急いで装置の上に上がり、カリンの上半身を抱き抱える。そして何度も名前を呼びながら、その抱えた体を揺すぶり続ける。


「カリン、カリン! お願い起きて!」

「う、ううん……」


 そうするうちに、眉間に皺を寄せながらカリンがやがて目を覚ます。そしていの一番にライチの姿を認めるや否や、彼の体にしがみつくように抱きついた。


「ライチ!」

「ああカリン、無事かい?」

「うん! 大丈夫! ライチは?」

「僕も平気だよ。大丈夫、安心して」

「ああ、ライチ……!」


 ライチの言葉に安心したカリンが大きく息を吐き、彼を抱く力をさらに強める。ライチもまたそんな彼女の背中に手を回し、二度と離さないくらいの力で抱き返す。


「……ところでさ」


 どれくらいそうしていかはわからなかったが、暫くぶりに体を離してからカリンがライチに言った。


「ここ、どこ?」

「えっ?」


 カリンの言葉によって今更それに気づいたライチが、不安げな表情を浮かべながら周囲を見回す。


「……どこ?」

「さあ」


 互いに顔を見合わせ、二人して顔を青ざめさせていく。立ち上がった二人は互いの手をしっかりと握り肩が触れあう程に身を寄せながら、何か手がかりは無いかと周囲の光景に目を走らせた。


「――あれ!」


 その時、不意にカリンが叫ぶ。そんな彼女の指さす先にライチが目を向けると、そこにはひとまとめにされた、雑誌らしき紙束が捨てられていた。


「なんだろう、あれ?」

「さあ」


 二人でそれに近づき、ライチが空いた手でそれをつまみあげる。その雑誌はだいぶ前からここにあった物らしく、所々が風化してボロボロになっていた。

「……」


 その一番上の部分の紙をライチは凝視していた。凝視したまま動かなかった。その顔には驚愕と絶望の色がありありと浮かんでいた。


「ら、ライチ?」


 そのライチの様子の変化に気づいたカリンが彼に声をかける。だがライチは恋人からの呼びかけにも反応しない。じっとその紙束を見つめている。


「……?」


 不思議に思ったカリンがライチの見ていた部分に目を合わせる。そしてそこに刻まれていたある部分を発見し、ライチと同じく石のように固まった。


「……」

「うそ……」


 そこには『月刊カミカゼ』という緑色の文字が、紙の上半分を占めるようにデカデカと書かれていた。

 月刊カミカゼ。

 火星圏内で発刊されているミリタリー雑誌。


「こんなの、地球で売ってないよ」

「じゃあ、ここは」


 唇を震えさせながらカリンが呟く。


「ここは」

「うん」


 頷き、その後を継いでライチが答える。


「ここは火星だ」

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