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第九十六話「出航」

 目標の誘拐はとても簡単だった。といっても、別に彼らの中に隠密潜入が得意な者がいたとか言う訳では無かった。彼らの目標としていた人物――カリン・ウィートフラワーが一人でドックの隅に向かっていったからだ。気を紛らわそうとドックの中を歩き回っていたのだ。


「はあ、みんな大丈夫かな。ライチ、無理してないかな……」


 おまけにカリンの意識はここではないどこか遠くに飛んでいっていた。先方に気づかれずに近づくのは容易だった。


「――誰!?」


 彼女が何者かの気配に気づいて意識を元に戻した時には、既に手遅れだった。誘拐担当の一人が彼女の腹をしたたかに殴りつけ、両手で腹を押さえて悶絶している所を力ずくで拘束、手足を縛り上げて更に叫ぶ事の無いよう口にスカーフを噛ませる。


「――! ――!」


 そして数人がかりで彼女の体を担ぎ上げ、用意していた大きな麻袋――彼らの『避難先』に放置されていた穀物を入れるための袋であったが、彼らはその袋の用途に最後まで気づかなかった――の中に彼女を放り込む。そして口を固く縛り、外に待たせてあったワゴン車の中に後ろから投げ入れる。

 後はここを離れるだけ。連中がここでのゴタゴタに巻き込まれている間に、さっさとずらかるだけだ。室内にたむろしている連中もこちらには気づいていない。もう勝ったも同然だ。

 そう、後は簡単な仕事の筈だった。だがトラブルというのはちょっとでも気を抜いた瞬間、その鋭い牙を剥き出しにして襲い来るものであった。


「もし」


 いきなりワゴン車が停止――オートミールの電磁パルスによる物である――し、再び動かそうと悪戦苦闘していた所に謎の女――ベラ・ベラドンナだ――と出くわしてしまった。


「それは、なんですか?」


 この時点――よりにもよってベラに見つかってしまった時点で、全て隠密に済ませようという彼らの『計画』はご破算となっていたのだ。





「追跡は続けられているか?」

「問題ありません。現在ニューヨークより南西百八十キロ地点。何とか食いついています」

「よし、こちらも準備ができ次第そちらを追う。ベラは引き続き追跡を――」

「ねえ、カリンは!? カリンは大丈夫なの!?」


 無線機で冷静に連絡を取り合うオートミールとベラの間に、恋人を連れ去られて半狂乱になったライチが割って入る。カリンが連れ去られた事を知った瞬間ぶっ倒れた時は誰もが本気で心配したが、目覚めたら目覚めたで滅茶苦茶騒がしくなり、これはこれで鬱陶しかった。


「ベラ! ねえ! 聞こえてる!? カリンは平気なの!?」


 おまけにオートミールから無線機をひったくって、あらん限りの声で語りかける始末。無礼千万な行為であるが、それは平時の彼ならば絶対に行わない事であり、これは先の叫びと合わせて、この時彼がどれだけ正気を無くしていたかを如実に示していた。実際、古くから彼を知るイナやジンジャー、エムジーは今の彼を見て唖然としていた。


「ねえベラ! 答えてよ! カリンは無事なの!? ちゃんと取り返せたの!? ねえ!」

「うるせえ! てめえはちょっと黙ってろ!」


 ここで痺れを切らしたリリーがライチを後ろから羽交い締めにし、無線機をむしりとってオートミールに投げ返す。いきなり背後から拘束された衝撃からライチがようやっと大人しくなる一方で、オートミールは受け取った無線機人向けて改めて言葉を放った。


「すまないベラ。彼は少し気が動転しているんだ」

「いえ、ライチ・ライフィールドの気持ちは私もわかりますから。気にしてはいません」

「そうか、なら助かる。ところでさっきの続きなんだが、首尾はどうだ?」

「問題ありません。向こうの方からスピードを落としているらしく、追跡は最初の頃よりも簡単になっています。こちらも全力で行くのはちょっときつくなってきたので、遅くしてくれるのはありがたいですがね」

「スピードを落とした? どうして?」

「燃料の節約か、もしくは車にトラブルが起きたか」

「そのどちらか、もしくは両方か……」

「ていうか、今どうやって追跡してるの?」


 エムジーがさりげなく疑問を投げかける。オートミールがさらりと答える。


「走って追いかけてる」

「は!?」


 エムジーとそれを聞いた者全員が唖然とした表情を浮かべる中、オートミールはそれらを全く気にしない風で絶賛疾走中のベラに話しかけた。


「そのまま続けてくれ。それと向こうは何をしてくるかわからん。慎重に行くんだぞ」

「了解。お任せを」


 そこで一旦通信が切れる。この頃になるとライチの叫び声を聞きつけた者達――スバシリやレモン、その他カサブランカ以下三隻クルーの面々――が続々とオートミールの元へ近づいてきた。ソウアー本部の職員達は元の所に留まっていて、シドと彼の部隊員は捕まえた青空の会のメンバーの尋問を行うためにドックの外にいた。


「……なにかあったの……?」


 眠そうに半目を開いたクチメが口火を切る。寄ってきた他の面々も言葉にこそ出さなかったが、彼女と同じ好奇心をその目に宿していた。


「ライチ様、随分と暴れておられましたがー、どうかなさったのですかー?」レモンが心配そうに声を掛ける。

「どうした、また問題か?」パインが疲れ気味に言った。

「なに? 今度は私にも働けって言うの? 別にいいけど、それならちゃんと報酬も用意してよね」モブリスは強かだった。

「どれ、何故ライチが声を荒げていたか、このボクが当ててあげよう。ズバリ、未来のフィアンセを奪われたね?」


 オルカのこの発言がオートミールとライチの心を最も深く抉った。それは彼らの顔色を一気に青ざめさせるほどの威力であったが、しかしそれに気づいたオルカが口を開くより前にオートミールが言った。


「ああそうだ。少し厄介な事が起きた。順を追って説明する」


 オートミールは二、三分で今起きている事の説明を終えた。それを聞いた者達はその全員が大なり小なり、顔を青く染め上げた。


「それ、大丈夫なの?」

「やべーじゃん! 超やべーじゃん! 早くなんとかしねーと!」


 そんな方々から新しく噴き出した声を、オートミールはまともに取り合わないで全て右から左に聞き流した。問題山積みなのは百も承知だ。そんな時、彼の手に握られていた通信機が再び振動を始め、先方から新しい連絡が来た事を彼に告げた。


「ベラか?」

「ベラです」

「何かあったか?」

「敵の動きが止まりました」


 オートミールが一瞬息をのむ。そして黙って通信機を顔から離し、上部のボリュームスイッチを回して周囲に聞こえるよう音量を最大まで上げる。


「ベラ、詳しく教えてくれ」


 オートミールの催促に答えるかのように、ベラのノイズ混じりの声がスピーカー部分から朗々と響いた。


「私は現在、目標より五百メートル離れた地点にいます。彼らが停まった所には既に先客がいたらしく、今はその先客と何か話し込んでいます」

「場所は? 今どこにいる?」

「ワシントン、リンカーン記念館前です。今は廃墟になってますが」

「そこには他に何がある? 『人間』以外に何かあるか?」


 オートミールの問いかけにベラが答える。


「ワープ装置があります。それも我々が知る物とは違う、遥かに巨大な物が」

「どれくらい巨大なんだ?」

「リンカーン像が座ってる椅子がすっぽり納まるくらい巨大です」


 ベラの言葉を受けてオートミールが沈思する。他の面々はベラの言った椅子の大きさがいまいち把握出来ず――一度も見た事の無い物を想像するなど不可能である――首を傾げるだけだった。

 ちなみに、リンカーン像の幅は縦横共に約六メートルである。


「どうやら連中、あのワープ装置を使って何かをしようとしているようです」

「何をしようとしているか、わかるか?」

「そこまでは」

「そうか」


 そこまで言って、オートミールが再び黙り込む。その隙を突いてライチを羽交い締めにしたままのリリーが口を開いた。


「なあ司令官様よう、迷ってる暇ねえんじゃねえのか?」

「そこにいるってわかったんだろう。ならまずは助け出すべきだ。違うか?」


 ジンジャーも続けて口を開く。他の面子の表情も同じ気持ちを湛えていた。


「そこに行かせてください。お願いします」


 いつの間にか拘束を解かれていたライチがオートミールに頭を下げる。それが決定打になった。


「……そうだな。まずは動いた方が良いのは確かだ」

「それでは?」


 先を促そうとするイナに向き直り、オートミールが言った。


「シドには私の方から言っておく。君達は君達が乗ってきた艦船を使い、海上からワシントンに向かってくれ。今ここに全員乗せられるだけの車のストックはないからな」

「了解」

「第一目標はカリン・ウィートフラワーの救出。そして可能ならば、彼女を攫った者達を捕まえてくれ。準備ができ次第我々も向かう。頼んだぞ」

「了解!」


 敬礼しつつ応答したイナが港湾部ドックに向かうために、ここに唯一あるバギー車へ走り出す。そしてスバシリとクチメとオルカもまた、そんなイナの姿を視界に収めるよりも前から、彼女と同じ目的のためにバギー車に向けて走り出した。


「俺達も行こうぜ」


 そんな四人に遅れながらリリーが全員に促す。首を縦に振ってそれに答えるクルー達。と、ここでモブリスが口を開く。


「ねえ、これってもしかして、私達は船まで走って行くってこと?」

「そうだが、それがどうかしたのか」

「めんどくさい」

「行くぞ!」


 モブリスの不平をリリーは無視した。他の全員も彼女に倣って一斉に走り出す。


「え!? ちょ、ちょっと、本気なの!? ねえ! ねえってば!」


 走るのは嫌だったが置いて行かれるのはもっと嫌だったのか、一人取り残されたモブリスが慌てて後を追いかける。そんな姿を見据えながら、オートミールは手にしていた無線機の周波数を調整してシドに連絡を取った。


「ああ、シドですか? 私です。実は少し困った事になりまして」

「困った事?」

「順を追って説明します。時間はありますか?」

「ああ。だが出来るだけ簡潔に頼む」

「わかりました」


 数分後、全てを聞き終えたシドは頭に鈍い痛みを覚えた。


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