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第九十五話「一撃必殺」

 電磁パルスを起動してからドックに帰ってきたオートミールが追跡中のベラからその情報を受け取った時、彼はそれを他の皆に公開すべきか否か、大いに迷った。周りは彼の使った電磁パルスによって青空の会の襲撃メンバーの大半が無力化された事を知り、我が身の安全を知って狂喜乱舞していたが、オートミールの顔色は優れなかった。ちなみに無力化された青空の会のメンバーは、完全武装したシドの部隊によってその殆どが拘束されたが、残りの二割程度は彼らの手から逃れる事に成功していた。パルスの影響が彼らにも及び、満足に動き出すまでに時間が掛かってしまったのが原因であった。


「はあ……」


 本来ならばしっかりと伝えるべきであろう。情報伝達において最も重要なのは『ほうれんそう』――報告、連絡、相談の三つなのだから。しかし今回のこれは事情が違う。この今ここに流れている空気を壊すのは若干気が引けた。


「カリン・ウィートフラワーねえ……」


 それに今回攫われたこのカリンなる少女、今現在こちらに帰ってきているライチ・ライフィールドのガールフレンドであるらしく、そしてこの二人は非常に仲睦まじく、見ていて胸焼けを起こすほどに理想のカップルであるらしい――オートミールはこの情報を、マレット三姉妹から自分の元に不定期に送られてきた情報ログを通して把握していた。そして彼はまた、件の二人の有様を実際に目の当たりにしてもいた。

 そんな愛し合っている二人の内の片割れが、どこの馬の骨ともわからぬ連中に連れ去られた。もう片方がこの事を聞いたら一体どうなるか。それが考えられないほどオートミールの想像力は弱くなかった。


「さすがにこれを彼にそのままバラす訳にもいかんよなあ……いろんな意味で」

「司令、港湾部に向かっていたジャケット乗りの三人が帰ってきたそうです」

「おいおい」


 しかも悪い事は続くようだ。何も結論が出てないのに肝心要のライチ達がこちらに着いた事を知って、オートミールは溜息を吐いて頭を乱暴に掻いた。


「待ってくれよ。まだ何も決まってないんだぞ。それに心の準備も」

「心の準備がどうかなさったのですか?」


 いつの間にかオートミールの横に立っていたイナが澄まし顔で彼に尋ねる。不意打ちを食らったオートミールはその方を見て驚きながら後ずさったが、すぐに姿勢を正して咳払いをした後に努めて冷静な声を出した。


「いや、大丈夫だ。何の問題もない。大丈夫」

「嘘ですね」


 目を細めたイナが断言する。その迫力を前にオートミールが二の句を告げずにいると、イナが途端に柔らかな物腰になって話し始めた。


「下手に隠すより、洗いざらい吐いてしまった方がマシな場合もありますよ」

「それが簡単に出来ればどれだけ楽か……」

「何か問題が起きたのなら、後でそれを抑えればいいではないですか。後回しにするよりずっと建設的だと思いますが」

「口にするのは簡単なんだよなあ、口にするのは」


 イナの言葉にオートミールが肩を落として答える。そんな二人の元に、パルスの影響が無くなり再起動を始めたばかりのギムレットとエムジーが揃ってやって来た。


「あ」


 オートミールの顔色がますます曇る。彼らの動きを止めたのは自分であると自覚していたからだ。


「いや、その事について話しに来た訳じゃ無いんで」


 暗い顔をしたオートミールの気持ちを汲んだイナが二人に尋ねると、エムジーがあっさりと否定した。そして彼女に続くようにして、ギムレットがオートミールの方を向いて言った。


「ニューヨークシティの人達は大丈夫なんですか?」

「シティの?」

「はい。ここに来ている訳でも無さそうですし、もしぼく達と別々に避難したのならどこに行ったのかなって気になって」

「あ、ああ。彼らなら大丈夫。ちゃんと避難してるよ」


 気を取り直したオートミールがギムレットに答える。エムジーが彼に尋ねた。


「どこに行ったの?」

「緊急避難所兼保管庫」

「……地名を教えてくれるかしら?」


 眉根を寄せてエムジーが詰め寄る。頭を掻いてからオートミールが答える。


「南極だよ」

「南極?」

「ああ。南極大陸の地下。そこに皆避難している」

「ここアメリカですよね? どうやって行ったんですか?」

「ワープ装置だよ。旧時代の遺物だ」

「ワープって……」


 そこまで呟いた所で、エムジーは自分がかつてオキナワにいた時、青空の会の連中がワープ装置を使っていると言う話を聞いた事を思い出した。


「それ、初めから南極にあったりしたの?」

「ああ。我々が地球に降りてきた時に見つけた施設の跡地をそのまんま利用しているだけだよ」

「やっぱり」

「資源の有効活用、と言う奴ですね」


 そう言ってイナが満足げに頷く。一方でそれを聞いたギムレットは「人間ってそんな凄いの作ってたんだ」と真剣に頷いていたが、すぐに表情を引き締めてオートミールに言った。


「じゃあニューヨークの地下にあった奴も、初めからあそこにあったんですか?」

「うん。そうだよ」

「なんのために?」

「わからん」


 オートミールがあっさり返す。その横でイナもため息を吐いて首を横に振る。彼女も何も知らないようだった。


「おそらく、シェルターか何かを作りたかったんじゃないかな。もしくは我々がしたように、地下に新しい町を作りたかったか……案外こっちが本命かもしれんな」

「その理由は?」

「あそこにある、本物と見間違えてしまう程精密に作られた天候再現装置だよ。シェルターを作るだけなら、あんな高性能な物は必要ない」

「地下に町を……」

「地上の環境が危なくなったからかしら」

「恐らくそうでしょうね。ハワイの時といい、ここといい、どうやら昔の人間はただ徒に破滅を待つだけの存在では無かったと言う事ですね」


 イナが腕を組んで頷きながらエムジーの問いに答える。するとそのエムジーの後方から、後部デッキにジャケットを仰向けにして乗せたトレーラーが三台ドックに入り、そのトレーラーが停まると同時に助手席側のドアが開き、そこから彼女らのよく知る三人が現れてこちらに近づいてきた。


「みんな、無事だった?」

「こっちは特に被害はなさそうだな」

「それよりおい、どういうことだ? いきなり俺達の機体が動かなくなっちまったぞ。敵味方どっちもだ。何が起きたんだ?」


 真っ先に先方の無事を確認するライチとジンジャーに対し、リリーは大股でオートミールの元に近づいて苛立たしげな表情で詰め寄った。しかしオートミールは動じなかった。


「やっぱり気になる?」

「当たり前だ!」

「そうだな。何が起きたのか教えてもらえると助かるんだが」


 真顔で答えるオートミールに声を荒げるリリーに続くようにして、ジンジャーも彼女の横に立ってオートミールに問いかける。何かを探しにライチが人だかりのある方へ駆け出した一方、オートミールは一瞬困った顔を浮かべた後で二人の顔を交互に見て言った。


「私がやった」

「ああ?」

「なんだって?」

「私がやったんだ。EMP。電磁パルスだ。それを使った」

「なんだよそれ」

「詳しく説明してくれ」


 リリーとジンジャーが揃ってオートミールに問いかける。普通の人は知らないだろうな、と思いつつ、オートミールは二人にその装置の概要をかいつまんで説明した。


「範囲内の全ての電子機器を無力化する装置か」

「そんなふざけた物使ったっていうのか」

「戦闘は短く済ませた方がいい。だらだら長くやってても良い事は一つもないからな」

「だからってよ、いきなりすることねえだろうが。こっちに説明の一つくれても」

「そんな余裕は無かったんだ。こっちの本部施設も潰された。わかってくれ」


 口を尖らせるリリーにオートミールがなだめるように返す。その懇願する様子を見たジンジャーは納得したように頷き、リリーも渋々と言ったように引き下がる。


「まあ、助かったのは事実だし、そんなに嫌とは思ってねえけどよ」

「ならそれでいいだろ。そんなに突っかかる事もないだろうに」

「俺は俺の知らない所で物事が動くのが一番嫌いなんだよ。俺も話に噛ませろってんだ」

「我が儘な奴め」

「何か言ったかよ」


 小言を漏らしたジンジャーにリリーが食ってかかるが、その時一つの影が人だかりを離れ、オートミールの元に近づいてきた。


「あ、あの、司令官さん」


 ライチだった。ジンジャーとリリーは気軽に手を挙げて彼に応え、オートミールは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。


「あの、ちょっと教えて欲しい事があるんですけど、いいですか?」

「へっ?」


 最悪の展開が容易に想像出来て、思わず変な声が出てしまう。だがそんなオートミールの不覚には気づかずに、ライチが彼に続けて言った。


「あの、えっと……カリン、の姿が見えないんですけど……どこにいるか知りませんか?」


 ビンゴ。予感的中。恋人の行方を他人に聞く事に恥じらいを感じて、ライチはまるで恋する乙女のように頬を赤く染めていたが、一方でオートミールの顔は貧血患者の如く冷たく真っ青になっていた。


「ん? あそこにカリンいねえのか?」

「おかしいな。確か彼女もここに避難している筈なんだが」


 更に悪い事に、リリーとジンジャーもライチの話に乗ってきた。


「なあ、お前は知らねえか? カリン・ウィートフラワーっていう女の子なんだけどよ。どっか行ったか知らねえ?」


 おまけにリリーがこちらの方を向いて問いかけてきた。オートミールは崖っぷちに立たされた気分になった。


「なんだ、知らねえのか? 参ったな、俺達もあいつがどこ行ったのか全然知らねえし」

「なんでもいい。何か情報を持っているなら教えてくれないか。些細な事でもいいんだ」

「……これはどうやら、腹を括るしかないようですね」


 ジンジャーまでもが詰問を始め、横に立つイナも容赦の無い言葉を浴びせてくる。まさに四面楚歌。しかしこの状況が、却って彼に覚悟を決めさせる事になった。


「……わかった。話す」

「何か知ってるのか?」


 諦めたように言ったオートミールにリリーが食いつく。ライチとジンジャー、それにイナも彼の顔を凝視する。


「なんでもいい。お願いします、教えてください!」


 そこまでカリンが心配なのか、ライチが目尻に涙さえ溜めた真剣な眼差しを向けてオートミールに訴える。オートミールは請われるがままに、ギロチンの刃を振り下ろした。





 結局、オートミールは全て話した。





 全てを聞き終えた直後、ライチは口から泡を吹いて倒れた。


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