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第九十三話「終わりと始まり」

「酷いなこれは」


 かつてニューヨーク本部施設のあった場所は、今はただの瓦礫の山と化していた。いたるところで剥き出しになった鉄骨が天高くそびえ立ち、崩れたコンクリートの塊やコンピュータの残骸が地面に散乱し、方々で炎が上がっていた。これは彼らが来る前に敵ジャケットが荒らし回った結果であるが、今ここに立っているオートミール達にとって大切な事はそれではなく、それまで自分達の住んでいた場所があっという間に廃墟になってしまったと言う事であった。


「酷い……」

「あんまりだ、こんなのあんまりだ……」


 オートミールの後ろに立っていた職員達がその光景を前にして愕然とした表情を浮かべる。中にはその場に崩れ落ち、嗚咽を漏らす者もいた。


「……行くぞ」


 だがそんな絶望に満ちた中で、オートミールは一人、瓦礫の山の中へ足を踏み入れた。この現状を前にして、彼は他の者ほど悲観してはいなかった。壊れたのならまた作ればいい話だし、それに彼の目的としているブツは地上には無かったからだ。


「君、ちょっと探してくれんかね」


 オートミールが肩越しに後ろを振り返り、立ったまま目を泣きはらしていた女性職員の一人に話しかける。話しかけられた女性は一瞬驚いたが、すぐに話の意図を察して白衣のポケットから掌に収まるサイズの長方形の物体を取り出した。


「ええと、入り口は……」

「どれくらいでわかる?」

「すぐにわかります。場所は……」


 あそこです、と女性が遠くのある場所を指差す。オートミールが指示を出すよりも早く男性職員達が駆け出し、そこに堆積していた瓦礫をどかしにかかる。


「出た!」


 オートミールがそこに駆けつけた時には、既に周囲の瓦礫は全て取り除かれていた。そこには黒く焼け焦げた地面があり、そこの一部に手を掛けるとその部分が奥へスライドし、地下へ続く階段が現れた。


「エレベーターは流石に使えませんよね」

「とっくに壊れてるだろう。たまの運動だと思えばいい」


 渋面を浮かべる職員の一人に、オートミールが真顔で答える。そしてまずはオートミールが先に階段を下り始め、それから職員達も次々降りていく。


「使えるようになるまでどれくらいかかる?」

「実際に触ってみない事にはわかりません。一分で済むのか、十分もかかるのか」

「まったく、緊急事態用というのは本当に使い勝手の悪いものだな。愚痴を零しても仕方が無いが」

「確か、あれが出来てから初めて起動させるんでしたよね、あれ」

「ああ。出来ればやりたくないと思っていたんだがね……」


 いつもの調子を取り戻した――しかし足取りはおっかなびっくりな職員達の質問にオートミールが答える間も、彼らは地下へ向かう足を止めなかった。

彼らが地下――ニューヨークシティに到着したのは降り初めてから数分後の事だった。そして彼らは人の気配が微塵も無い農村の中を迷いの無い足取りで進み、やがて警備部隊詰め所へと辿り着いた。


「本当はこれを使うのには警備部隊隊長の許可が必要なんだが、そうも行ってられないからな」


 玄関から見て右側手前にクローゼット、奥に二階に続く階段。左手側手前には一人用のテーブルと椅子があり、その奥にキッチンがあった。正面の向かい側には左にバスルームへ続く扉が、右にトイレに繋がる扉があった。

そんな広々とした、暖かみのある木製の室内を見渡しながらオートミールが呟く。そして奥の左右のドアの間にあった壁を目指して歩いてその前に立ち、そこの一部を軽く手で叩く。

 直後、目の前の壁が左右にスライドし、その奥に四方を金属で構成された寒々しい空間が現れた。


「あれだ」


 奥に見える四角く光る物を目指し、オートミールがその酷く場違いな空間の中へ足を踏み入れる。残りの職員達もそれに続き、やがて全員がその光る四角い物の前に立つ。

 それは電源のついたタッチ式のスクリーンだった。


「さて、これが本物だ」

「こ、これが」

「細かい操作は任せるよ」


 オートミールの言葉に、それまで息をのんでいた職員達が着ていた白衣を震わせて「はいっ」と声を上げる。そんな彼らを背に、オートミールが目の前のスクリーンに両手を当てて操作し始める。


「さあハニー。お目覚めの時間だ」


 スクリーンの上から下へ文字の羅列が流れる中、オートミールが真顔で呟いた。





 それから数分後、青白く光る粒状の物体が施設の真上に打ち上げられた。それは天高く昇った後に弾け、そこから『見えない何か』が亀のように鈍い足取りで放射状に広がっていった。





「で、いったい何をしたんだ?」


 ドックの外でタバコを吸っていたシドは、悠々とこちらに帰ってきたオートミール達を見るなりそう問いかけた。一方でそう問われたオートミールは、澄まし顔でそれに答えた。


「何を、とは?」

「しらばっくれるな。あれをしたのはお前だろうが」


 オートミールの言葉に渋面を浮かべて答えながら、シドが親指を立てて自分の右側を指差す。そこにはまるで糸が切れた人形のように地面に倒れ伏す、シドの部隊員が乗り込んでいたジャケットの姿があった。


「あいつらが出撃しようとした瞬間ああなっちまった。一機残らず、電池が切れたみたいにぶっ倒れやがったんだ。コクピットの開閉も電動式で手動で出来ねえから、あいつらずっとあそこで缶詰状態だ。充電はしっかり済ませておいたから電池切れが原因って訳じゃねえしな」

「しかし、だからといって我々が原因って訳でもないでしょう」

「一番怪しいのがお前らなんだよ」


 シドの追及にオートミールが両手を挙げる。そして首を左右に振りながらオートミールがシドに言った。


「わかった、わかった、わかりましたよ。全部話しますよ」

「まったく、最初からどうしてそう素直になれねえんだ」

「そういう性分でしてね」

「そうかよ。で、何したんだ?」


 後ろにいた職員達に身振り手振りでシップに帰るよう指示を出しながら、オートミールがそれに答える。


「EMPですよ」

「イーエムピー?」

「電磁パルス。全ての電子機器を無力化する事が出来る装置です」


 淡々と話すオートミールに対し、その説明を聞いたシドは眉間により深く皺を刻み込んでいった。


「そんな物がここにあるのか?」

「ええ、地下に」

「なんのためにそんな物を?」

「自衛のためですよ。ソウアーが作られた時は近くに青空の会とかドーンズとか、色々物騒な連中がいましたからね」


 オートミールが言った。シドはそれを渋面を浮かべたまま黙って聞いていたが、オートミールの言葉が途切れると同時に眉間の皺を解いてタバコの煙を一度大きく吸い込み、それをゆっくりと吐き出してから言った。


「やれやれ、そういうのがあるんなら最初からあるって言えっつうの」

「言う暇が無かったもので」

「まったく……それは敵にも効果あるんだな?」

「もちろん。というかそもそも、これは敵を無力化するために作られた物ですよ」


 オートミールが肩を竦める。シドもそれに返すように肩を竦める。


「た、大変だ! 動かない!」


 直後、シドの背後――ドック内に納まっている輸送シップの中から悲痛な叫びが聞こえてきた。


「このアンドロイド、いきなり動かなくなったんだ! どうしたっていうんだ!」

「こっちの女性型もだ! いきなり地面に倒れやがった!」


 後ろから聞こえてくる叫び声を耳にして、シドとオートミールは揃って申し訳なさそうな顔を浮かべた。


「あれもパルスの影響か?」

「おそらく」

「後で何かお詫びの品を持って行った方がいいかもな」

「でしょうね」


 そう言葉を交わし合って、二人はそろって苦笑いを浮かべた。そんな彼らの前方で、残りの職員やクルー達は電磁パルスの影響を受けて動かなくなったアンドロイドをどうするべきかで大わらわだった。





 この時、ここにいた全員はそれに気づいていなかった。

 まるで人目を避けるようにして、こそこそと裏口からドックの外へ出て行った者達がいたことを。

 その者達が、内側から激しく暴れ回る麻袋を引きずっていた事を。





「司令官、あれを使ったみたいですね」


 オートミールが装置を起動させてから十分後のこと、本部施設より二百メートル離れた田園地帯にいたベラは、目の前でいきなり倒れたジャケットの部隊を見ながら訝しげに呟いた。彼女は港湾部を発った後、敵ジャケット部隊を撃破するために各地を転戦しており、ここにいたのもその遊撃活動の一環であった。


「まったくあの司令官。使うなら使うと一言言ってくれればいいのに」


 腰に手を当てて、ベラがやれやれといった感じで言葉を漏らす。そして目の前のジャケットに背を向け、手持ち無沙汰気味に周囲の光景を見回す。

 見えるのは一面の小麦畑。整地されていない砂利道で細かく区切られた、風にあおられさざめく黄金色の大海原。そしてその砂利道の一角、道のど真ん中で立ち往生していた一台のワゴン車。


「ん?」


 ベラが眉をひそめる。そこにある場違いな物体を視界の中央に収め、ゆっくりと歩き出す。


「くそ、なんでこんな所で止まるんだよ!」


 近づくにつれ、車の中から声が聞こえてくる。若く、まだ垢抜けない印象のある声だった。


「ええい、この! くそ! 動け! 動けってんだよ!」

「早くしろ! 約束の時間に遅れたら元も子もないぞ!」

「わかってるよ! この、さっさと動け!」


 ワゴン車の中から醜い罵り合いが聞こえてくる。ベラは中へ声を掛ける事もせず、勢いよくワゴン車の後部ドアを開けた。


「もし」


 観音開きになったドアの向こう、その中へ声を掛ける。そこには両脇の座席に座った数人の少年と中年の男、そして彼らに挟まれるようにしてその足下に転がっていた麻袋。

 麻袋は人間一人が入れるほどの大きさを持っており、実際それは細長く膨らんで、陸揚げされた魚のようにのたうち回っていた。

 酷い。これは予想外の展開だった。


「……これはなんですか?」


 目の前の光景を見たベラが表情を一気に凍り付かせ、氷の刃のように冷たい声を放つ。そんな鬼と化したベラを前にして、散々喚き散らしていた連中が押し黙る。


「もう一度聞きます」


 目を細めてのたうつ麻袋を注視しながらベラが繰り返す。


「それは、なんですか?」


 蛇に睨まれた蛙のように、彼らはぴくりとも動けなかった。


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