第九十二話「蜂の巣」
本部施設から逃げてきたソウアー職員とライチ以下ジャケット乗り三名以外の三隻のクルー、そしてシドの部隊が残っていたドックに青空の会の地上部隊がなだれ込んできたのとシドの部隊のジャケット軍団が起動を始めたのはほぼ同じタイミングだった。この時シド達が持ってきたジャケットは全てソウアー本部の職員を拘束連行するにあたって輸送シップの外――輸送シップと並ぶようにしてドックの中に運び出されており、幸か不幸かこれによっていつもよりも迅速な起動及び展開が可能となっていた。
「こ、こっちにもいたのかよ!」
襲撃部隊の大半が港湾部に回っていたため、ここの制圧に向かったのはたったの六人であった。本来このドックの攻撃及び制圧はジャケット部隊が担当する事になっていた。だが彼らが実際に行動を起こす前に港湾部からの増援要請が彼らの元に届き、すわ一大事と全機そちらに向かってしまった――閉じ込め無力化した筈のライオン三頭が一斉に檻から逃げ出したら、誰だって一大事だと思うだろう。それと同じである――ため、本来ならば『最後の一押し』担当である筈の歩兵部隊だけでドックの全面制圧を行う羽目になった次第である。
報告のあった場所以外にジャケットがいるとは思っていなかったので、当然対ジャケット用の装備も揃えていなかった。そんな彼らが、眼前に直立しつつこちらを睨みつける十機のジャケット軍団と対等に戦えるだろうか?
「や、やばいぞ、どうする?」
「と、とにかく報告だ。報告しに戻るぞ!」
「て、撤退ーっ!」
その地上部隊の動きは迅速だった。先頭に立つ男が叫ぶやいなや、他の面々も先を争ってドックの外へ駆け出していく。その間にも、直立するジャケットの後ろでは新たなジャケットが次々と起動し同じ方を向くように二本の足で立ち上がっていた。
「敵が逃げていきます」
最初に立っていた機体に乗っていたパイロットの一人が外にいるシドに報告を寄越す。そしてそれに続けて、シドに対応を仰ごうと言葉を続ける。
「どうしますか?」
「放っておけ」
無線機を手に持つシドの返答は簡潔だった。
「我々に時間の余裕は無い。今から敵に制圧された施設を取り戻しに向かわねばならないのだからな」
「どこから向かいますか?」
「ソウアーの本部からだ。あそこは本丸だ。敵に取られっぱなしになっているのは締まりが悪いだろう」
シドが無線機に向けて静かに言った。今度は始めに質問したのとは別の隊員がシドに尋ねる。
「敵がいた場合は?」
「発砲を許可する。容赦は無用だ」
それに対してもシドは変わらない口調で答える。そしてそう答えた直後、シドは起動した全機に聞こえるよう周波数を弄ってから語調を強めて言った。
「敵の襲撃を知ってから我々が動き始めるまでに数分の遅れがあった。その遅れを今から取り返す。行動は今まで以上に迅速且つ的確に行う必要がある。我々はプロだ。地球のにわか兵隊とは格が違う事を奴らに教えてやれ!」
「サー! イエッサー!」
全てのジャケットが両の踵をぶつける勢いで合わせ、直立の姿勢を保ったまま敬礼する。その部下達の一糸乱れぬ姿を見上げながら、シドが無線機越しに叫ぶ。
「火星軍人の意地を見せてやれ! 出撃!」
「了解!」
シドの叫びに隊員が負けじと叫び返し、全てのジャケットが全速力で――しかし列は乱す事無く整然と――ドックから外へ飛び出していく。その後ろ姿を見つめながら、この時シドは彼らジャケット部隊とは別の事を考えていた。
「オートミール……」
シドの部隊が出撃するよりも前に、明らかに戦闘要員では無い者達を連れて外に出てしまったニューヨーク本部出身の総司令官。あの男が何をしようとしているのか、気になって仕方が無かったのだ。
「奴め、何をしようとしているんだ?」
まさか、本当にあいつが――『あいつらだけ』が青空の会と繋がっていて、連中と合流するために逃げたのでは無いのか? それとも、取り巻きとして連れて行ったのは自分の目的を悟らせないためのダミーで、本当はあいつ一人が繋がっているとでも言うのか?
「……はあ」
そこまで考えて、シド考えるのをやめた。何をするにしてももう遅い。オートミールとその取り巻きは既にどこかに行ってしまった。止める事など不可能だ。それにオートミールが本当に『向こう側』の人間であると言う確証も無い。
何か起きたらその時考えよう。
「うん」
そう自分を納得させて、髭をたくわえた両の頬を両手で強く叩いてシドが気分を一新させる。悩むよりまずは行動。猪突猛進は罪だが、優柔不断もまたしかりだ。
「キュリー、ラジウム、ビスマス、来てくれ」
踵を返したシドがシップの中に戻りながら、非戦闘要員である自分の部隊員のチームを呼び集める。施設を奪還した後も仕事はまだ残っており、その打ち合わせをするためだ。
そう、仕事はまだ残っている。
シドはこの時、そう考えていた。
「走れ! 走れ!」
「ひいっ、ひいいっ!」
一歩前へ進むごとに後ろから敵が増える。そして増えただけ後ろから襲い来る弾丸の数も増える。そんなギャグとしか思えないような地獄の中を、ライチとジンジャーは死に物狂いで走っていた。彼らの左側には寄せては返す白い波打ち際と真っ青に広がる大海原、そしてその上に燦々と輝く太陽があったが、そんな雄大な光景を眺める余裕は今の彼らには無かった。
「アールピージー!」
後ろから猛追するバギー車に乗った歩兵の一人が細長い筒型の物体を構え、絶叫しながら引き金を引く。直後、筒の先端についていた端がすぼんで真ん中が膨らんだ物体が煙を吐きながら前方へ放たれ、まっすぐにライチの乗るジャケットの背中へ迫る。
「ひゃああ!」
いきなり背中を蹴られたような衝撃と爆音を受け、ライチが恥も外聞も無く甲高い悲鳴をあげる。肝心のジャケットにダメージは無かったが、その弾頭が接近してくる際に鳴り響くアラーム音も含めて、パイロットの精神を追い詰めるのには十分すぎる一撃だった。
「撃て撃てえ!」
「奴を逃がすなあ!」
しかもそれを皮切りにして、ジャケットの後ろを走る何十台とあるバギー車の後部座席に立った歩兵達が、件の兵士が持っていたのと同じ筒状の兵器を構え、次々と引き金を引いていく。
「くそ、いい加減しつこいぞ!」
「もう許してよお!」
ひっきりなしに鳴りまくるアラーム音にジンジャーが顔をしかめ、彼女の後ろを走っていたがために集中砲火の矢面に立たされているライチが泣き叫ぶ。そして災難な事に、不運は続く物である。
「奴らだ! 逃がすな!」
「ロケット弾じゃ無理だ! 俺達で仕留めるぞ!」
バギー車の群れに続くようにして追いかけてきた真っ黒なジャケットの群れが、一斉にその銃口を向けてきた。中止を求めるライチの懇願の声など聞こえる筈も無く、彼らは前を行く背中に狙いを定めた機体から、次々と鉛玉の雨を降らせていった。
「気をつけろ! 歩兵の弾と違ってあれに当たったら終わりだぞ!」
「わかってるよそんなの!」
互いに叫びながら、それでもひたすらまっすぐ走り続ける。小刻みに左右に動いて狙いを逸らしていたら後ろの相手に追いつかれる。真っ直ぐに、全速力で駆け抜けるしか道は無かった。
足下に弾丸が突き刺さろうと、肩にロケット弾が直撃しようと、決して歩みを止めてはいけない。衝撃と轟音が神経を紙やすりでこするようにガリガリと削っていくが、死にたくなかったら走り続けるしかない。二人はまだまだ死ぬつもりは無い。
「急げ急げ! 走り続けろ!」
「逃がすな! 撃て撃て! 撃ちまくれ!」
全力で逃げまくるライチとジンジャー。それを全力で追いかける漆黒のジャケットとバギー車に乗る歩兵部隊。どちらも止める気配は一切無く、両者による『追いかけっこ』はまだまだ続きそうだった。
ライチ達が逃げ続けていた時、リリーの方は既に終わっていた。
「くそ、やっちまった」
リリーの乗機、ハピネスが両足を投げ出した格好で砂浜の上に尻餅をつき、その周りを黒いジャケットが銃を構えながら囲んでいたのだ。ちなみに歩兵部隊はこの時、ライチ達の方へ増援として向かっていた。
この時ハピネスの右足首の周りの装甲が剥がれ落ちて中のケーブルやシャフトが剥き出しになり、そこから黒い煙がたっていた。正面のモニターも照明類も完全に死んでおり、唯一息をしていた外部集音装置だけが、音声として外の世界の様子を薄暗いコクピットの中に伝えていた。
「敵を一機仕留めた。まだ息があるがどうする?」
囲んでいたジャケットの一機が無線で連絡を取っている間、他の機体は一寸の隙も見せずにハピネスを取り囲む。その四面楚歌の状況を前に、リリーは殆ど諦めの境地に立っていた。
「あーあ、遊ぶんじゃなかったぜ。あの時ああしてなけりゃあ……」
「そこのパイロット! 大人しく外に出てこい!」
「くそっ、思い返す暇もねえってのかよ」
回避半分遊び半分で前方宙返りをして、一回転した後で姿勢を整えようと足のバーニアを噴かして動きを止めた所に敵の弾丸が右足に被弾し、さらにその衝撃が点火していたバーニアに飛び火して爆発。そのままニュートンが見たリンゴのように地球の引力に従って真っ逆さまに地上へ落下した……。
そんな自分がこうなるまでの一連の出来事を脳内で早送りで再生しながら、リリーは大人しくコクピットの開閉スイッチに指をかけた。しかしそれを押そうとした刹那、リリーは思わずその手に掛ける力を緩めた。
「出てきた途端に撃ってくるとかないよな?」
今自分が置かれた状況の中に明確なルールは存在しない。何をやっても許される無法地帯と化している。いや、例え『戦場のルール』という物があったとして、目の前に立つ奴らがそれを遵守するだろうか?
やばい。凄い怖くなってきた。
「どうした? 出てこないのか? それとももう死んでるのか?」
スイッチに添えた指ごと、その手がガタガタ震え始める。誰だって死にたくない、リリーだって死にたくない。いつもは豪快な態度を見せる彼女といえど、怖い物は怖いのだ。
「早く出てこい! 本当に死んでるのか!」
「死んだふりしてるなら無駄だぞ! コクピットに一発ぶちこんでやるからな!」
外から次々と脅しの声がかかってくる。友好的とはとても思えない。
外に出ても死ぬ。留まっても死ぬ。これはもう助からないかも知れない。
「……ははっ」
気がついたら、リリーはコクピットの中で笑っていた。体を硬直させたまま、弱々しく笑い声を立てていた。だがそんな彼女の心情を汲んでくれる程、敵は慈悲深くは無かった。
「反応が無い、本当に死んでるのか?」
「わからんぞ。マジで死んだふりをしているのかもしれんぞ」
「どうでもいい。俺達が欲しいのは機体だけだ。不安ならピットを潰しておけばいい」
機体の外で死刑宣告が下される。年貢の納め時か。リリーは笑うのを止めて、シートの上に深々と座り込んだ。
「やるぞ、構えろ!」
「射撃用意!」
集音装置が声だけで無く、ジャケットが銃を構える乾いた機械音まで拾い上げる。そんなに人の恐怖心を煽るのが楽しいのかこの装置は。
リリーはそこで考えるのを止めた。そして静かに目を閉じ、体から力を抜いた。
「撃て!」
完全な暗黒に包まれたリリーの世界の中で、その男の声が朗々と響いた。
「……?」
ゆっくりと目を開ける。
そしてゆっくりと頭を下げ、ゆっくりと己の両手を見る。
視界に入るのは、血豆の潰れた跡がいくつも残る、女性にしては非常に無骨な掌。
俺の手だ。
「なっ……!」
慌てて自分の胸から腹へと視線を移し、同時に両手で全身をまさぐる。まったく痛くない。穴が開いたと思われる跡も、血の感触もどこにもない。
五体満足だった。
「どうして……?」
自分の体をまさぐるのを止め、リリーが呆然と正面モニターに目を向ける。モニターは無傷だった。集音装置も動いておらず、コクピットの中は完全な静寂に包まれていた。だがその装置も、そして周りの機器や装甲も、銃撃を受けたような痕跡は一つも無かった。
「なにが起きたってんだ」
弛緩しきった体に力が戻ってくるのを感じながら、リリーが訝しげに呟く。やがて活力が漲ってくると同時に「何が起きたのかもっと知りたい」と思うようになり、その欲求に導かれるままにコクピットの開閉スイッチに改めて指をかける。
「……」
一瞬躊躇った後、迷いを断ち切るように力を込めてスイッチを押す。直後、空気の抜ける音が聞こえてコクピットのロックが外れたのを知ったが、そのまま自動で開かれる事は無かった。いつもなら電気制御で勝手に開いてくれるのに。
「ああ?」
首を傾げながらもリリーがコクピットを力任せに開く。手動での開閉には途方も無い力を要したが、リリーは全身の筋肉を使って何とかこじ開ける事に成功した。
「やれやれ、一体何が……」
何とか外に出る事に成功し一息ついたリリーは、直後に見えた外の景色を見て絶句した。
「……」
目の前には六機のジャケット。
全部倒れていた。
まるで魂を抜かれたかのように、その全てがぐったりと地面に横たわっていた。
「おいおい、電池切れか?」
リリーが力なく呟く。実際の所どうなったのかは彼女にもわからなかった。考えても頭が痛くなるだけなので、リリーはこれについては最初から考える事はしなかった。
「マジでなんなんだよこれ……」
同じく行動不能になったハピネスの肩に腰掛けながら、リリーは呆然とその死屍累々たる光景を見つめていた。




