第九十話「諦めの悪い奴ら」
「こちらサフラン、本部施設を制圧した」
ベラがジャケット四機を無力化するよりも少し前、彼女に蹂躙されることになる機体とは別の四機で構成された小隊の一つが、ニューヨーク本部の正面玄関前に集結した状態で他の全小隊にそう報告した。彼らの周囲にはえぐられた地面や鼠色の煙を吐き出す瓦礫などが散乱していたが、その中に人の形をした者は一つもなかった。
「周囲に敵性勢力の気配は無し。上陸部隊の到着を待つ」
「了解。直ちに上陸部隊を送る。それまで現状を維持せよ」
ニューヨーク直近の東海岸にて待機していた艦船部隊の一隻が無線でそれに答える。そしてそれから五分後、正面玄関前に立つジャケット達の元へ三台の装甲輸送車が到着し、その一台から八名、合計二十四名が隊列を維持したまま一定の間隔で後部ハッチから外へと出てきた。
隊員達はその全員が分厚いブーツとヘルメットと防弾チョッキを身につけ、肩からサブマシンガンを斜めに提げて腰にハンドガンを装備していた。中には背中に円筒状のロケット砲を背負っていた者もいた。一人残らず重武装である。
「中の制圧を頼む」
「了解」
無線を寄越したジャケットが顔を下げ、眼下に整列する部隊員に短く告げる。一番先頭に一人で立つ隊長格の男が静かに答え、それから手を高々と振って自分についてくるよう後ろの隊員達に指示を飛ばす。それを合図にして、二十名超の隊員達は互いに等間隔を空けながら先頭を行く男についていき、吸い込まれるように施設の中へ入っていった。
「こちらダージリン。中央司令室と思しき場所を制圧した……」
件の隊長格の男からそんな内容の無線が来たのは、彼らが中に入ってから二分と経たない頃であった。ダージリンと名乗ったその男の声は、どこか困惑したような色を帯びていた。
「どうした? なにかあったのか?」
「――誰もいない」
「どういうことだ?」
ジャケット乗りの一人がそれを聞いて眉をひそめる。ダージリンが困った調子でそれに返す。
「誰もいないんだ。警備員にも職員にも、一人も会わなかった。我々だけじゃない。他の所に向かった部下からも同じ報告を受けている」
「もぬけの殻って事か」
「既に死んでいた、って事じゃないのか?」
「違う。死体も無い。本当に何も無かったんだ」
三人目のパイロットの問いかけにダージリンが答える。それを聞いて四機のジャケットはほぼ同時に互いの顔を見合わせた。誰もいない? どう言う事だ?
「どこか、別の場所に避難したとかは考えられないか?」
「今それを確認している。それと念のため、後続の部隊にはここ以外に別の施設がないかどうかを確認するよう指示も出した」
「了解。ではこちらは引き続き警戒を続ける」
「了解だ」
ダージリンからの無線が切れる。その後で、ジャケット乗りの一人が別の一人に向けて話しかけた。
「どこにいったと思う?」
「ここにはもういないんじゃないか? どこかに別の基地があって、そこに逃げ込んだんだろう」
「まったく、面倒な事しやがるぜ」
最初に話していた二人が揃ってため息を吐く。その直後、それまで二人の会話を聞いていた別のパイロットが小さい声で呟いた。
「でもここ、この基地以外に建物ってあったか?」
「ああ、それは……」
パイロットの言葉を聞いた最初の二人が同時に黙り込む。この近くにそれらしい物は一つも無かったからだ。
「何か見落としてるんじゃないか?」
「何をだよ」
「そこまではわからないけどさ。秘密の通路とか、アジトとか」
「それを後続の上陸部隊が調べに行くんだろうが」
最後の一人がそこでそう口を開いた。彼は重く鋭い声で、三人に向けて諭すように言った。
「我々がするべき仕事では無い。この施設に敵を近寄らせない。それが我々のするべき任務だろう。そっちに集中しろ」
「りょ、了解」
その一喝が十分に効いたのか、それまで話していた三人が同時に黙りこくる。叱った男はその様子を見た後、やがて興味を無くしたかのように視線を海岸の方へと向けた。
「さて、奴らはこの後どう動くか……」
彼方に広がる大海原に白い筋を描きながらこちらに向かってくる上陸部隊の輸送艇の姿を見ながら、その男は静かに言った。
シドから出撃許可を得たライチ達はさっそく自分達のジャケットに乗り込んで反撃に転じようとした。だがいざカサブランカらの停泊している港湾部ドックに向かった所で、彼らは一つの難題にぶち当たった。
「ジャケットがいるな」
「やっぱり制圧されてたんだ」
彼らがそこに辿り着くよりもずっと前に、青空の会がここを発見し制圧していたのだ。彼らの眼前にはドックへの入り口があり、そしてその両脇を固めるように黒く塗られたジャケットが二機、銃を携えて門番のように直立していた。
「一足遅かったか」
どこからか吹き飛んできた瓦礫の影に隠れて顔だけを出し、目の前のドック入り口を見据えてジンジャーが言った。彼女の横にはライチとリリーが同じように顔だけを出してその光景を見つめていた。
「中にも連中がいるだろうな。もしかしたら、こっちのジャケットも接収されているかもしれない」
「じゃあ、早く中に入らないと!」
「落ち着け」
慌てて飛び出そうとしたライチを力ずくで瓦礫の中へ引きずり込み、自身も瓦礫の影に身を潜めながらジンジャーが小声で言った。
「騒いだ所でどうしようもないだろう。まずは落ち着くんだ」
「別に打つ手が無いって言ってる訳じゃねえんだ。まずはどうやって忍び込もうか考えようぜ」
リリーの言葉にライチが渋々頷き、そして三人揃って再び瓦礫越しにドックの入り口を見た。
「正面突破は無理か」
「考えるまでもねえだろ。俺まだ死にたくねえし」
「僕だってそうだよ」
リリーとライチが揃って口を開く。その後に続くようにリリーが言った。
「どっか裏口とかねえのかな?」
「ここからでは見えないな」
「でも裏って、一面海だよね?」
「海か。海から入るのも手かも知れないな」
「マジで言ってんのかよそれ」
ライチの提案に興味を示したジンジャーを、リリーが信じられない物を見るような目で睨みつける。
「俺は嫌だぜ。服着たままずぶ濡れになんてなりたくねえし」
「別にそれをやろうとは言ってないだろう。他に手が無かったらそうなるかもしれんが」
「他に手って、なんだよ? どっかの誰かがあの見張りを片付けてくれるとかか?」
リリーがそう言って眼前のジャケット二機を親指で指さす。
直後、彼らの眼前でジャケットの首が二つ真上に吹っ飛んだ。
「えっ?」
ライチが気の抜けた声を出す。他の二人も揃って目を点にしてその光景を見つめている。首を落とされた二機のジャケットが力なく前のめりに崩れ落ちるが、その時に響き渡った雷鳴のような爆音が、この時の彼らには酷く遠くから聞こえたように感じた。
「おい」
やがて何かを見つけたリリーが、自分の見つけた物目掛けて真っ直ぐ指をさす。その指差す方向へ向けて二人が視線を向けた瞬間、彼らは自分の正気を疑った。
「あれ、ひょっとして」
「うそ」
「おや、皆さん」
その場に力なく突っ立って疲れた声を出したジンジャーとライチに対し、彼らの視線の先にいた人物はとてもフレンドリーな明るい声を出しながらこちらに向かって勢いよく駆け出していた。
「あなたがたが自分達の機体に乗って反撃に出てくるだろうとは思っていましたが、こんなに早く動いてきたのは予想外でした。皆さん怪我はありませんでしたか?」
「ベラ・ベラドンナ……」
前から近づいてくる影――ベラの姿を直視しながらジンジャーが力なく呟く。そして汗一つ流さずに目の前に立った彼女を見ながらジンジャーが尋ねる。
「あれ、お前がやったのか?」
「あれとは?」
「あれだよ」
ジンジャーが首の無いジャケットの残骸を指差す。肩越しにそれを見たベラはその後ライチ達に向き直り、表情をぴくりとも動かさずに答えた。
「ええ。そうですが」
「えっ」
「あれは私がやりました」
さも「それが当然」と言いたいかのようにさらりと返すベラを前にして、三人は言いようのない頭痛を覚えた。
「何をどうしたらあんな事出来るんだよ」
「武器とかは何も使っていませんよ。そんなの無くてもやれますから」
「どうやって首を飛ばしたんだ?」
「顎を真上に蹴っ飛ばしました」
「冗談でしょ? ねえ冗談だって言ってよ」
「諦めろライチ。奴は本当にやったんだ」
ベラの吐いていたボロボロに破けたブーツを見てリリーが首を横に振りながら答える。そんな彼らの様子などお構いなしに、ベラがそれまでの態度を崩すこと無く三人にッ向けて言った。
「一応、中の方もあらかた制圧しておきました。機体も戦艦も無事です。もし乗るというのならお急ぎを」
「中の掃除もやったってのか?」
「朝飯前です」
ベラが自身のまな板を誇示するように胸を反らして言った。その顔はとても得意げで、達成感と優越感に満ちていた。
「……」
今のあいつに何を言っても無駄だ。人の皮を被った怪物を前にして、三人は観念したように肩を落とした。
ライチ達三人がドックに向かったのと同じ頃、ジェイクは酷く狼狽していた。
「くそ、なんだ! いったい何が起きたってんだ!」
自分の潜伏していた地下空間に元からいた人間――シティの住人が、自分の気づかない内に忽然と姿を消したのだ。それまでジェイクはシティの端の方にある空家の一つに隠れていたのだが、いきなりサイレンがけたたましく鳴り響き何事かと思い外に出た時には、彼以外の全員がそこから消えていたのだ。
牧歌的な光景の広がる町の中を隅々まで歩き回ったし、家の中に入ってみたりもした。自分以外の人間には一人も会えなかった。
「なんなんだよ、ええ、なんだってんだよ!」
広大な空間にひとりぼっち。そんな自分の置かれた状況に気づいたジェイクは急に強烈な孤独感と恐怖感を覚えた。それは火星に居た頃――恵まれた環境の中にいた頃には一度も味わうことの無かった未知の感覚であり、その事がなおさら彼を恐怖の道へ引きずり込んでいった。自分一人除け者にされたという事に対する屈辱の念も心の中に芽生えていたが、それはこの時の場合はむしろ、件の孤独感と恐怖感を更に肥大化させる『養分』というべき存在と化していた。
「くそ、くそ、くそ!」
もうどうしていいかわからず、自分の隠れ家に戻って来たジェイクが八つ当たりとばかりにその外壁を力任せに蹴りまくる。姉と違って地球暮らしの体験が皆無でその心構えも出来ていなかったジェイクにとって、今現在その身に降りかかっているアクシデントはまさに悪夢そのものであった。
悪夢はそれで終わってはくれなかった。
「なんだ!?」
突然の爆発音にジェイクが目に見えて肩を竦ませ、それを悟られないよう声を張り上げて音のした方へ目を向ける。直後、そこにある物を見て彼は一瞬心臓が凍り付いたかのような極限の恐怖を味わう羽目になった。
「なんだここは。こんな所があるなんて聞いてないぞ」
背中から三本目の腕を生やした漆黒の巨人が、足下から土埃を上げながらエレベーターのあった場所に立っていたのだ。全身の姿とその顔は異形そのものであり、その手には人間が持つ物を相似拡大させた銃が握られていた。外見云々を抜きにしても、友好的な雰囲気を纏っていない事は一目瞭然だった。
「こちらサフラン・ワン。エレベーターシャフトを追って地下に向かったところ、謎の空間に到着した。目の前に農村が広がっている」
「農村だと?」
「地上部隊の報告の通りに行ったら、とんでもない物が見つかったようだな」
「地上施設は滅茶苦茶だがな。強引にジャケットで進むことも無かったんじゃないか?」
「念には念を入れろだ。何かあってからでは遅いからな」
地下に到達したジャケットが、地上にいる僚機とやり取りを交わす。しかし当然ながらジェイクにその会話が聞き取れる訳も無く、彼は目の前に突如として現れた脅威を前に、ただ怯え立ちすくむしか無かった。
「……あ」
しかしその時、全く前触れも無く、ジェイクの脳裏に一つの考えが閃いた。それはなんの根拠も証拠も無い、まさに『妄想』と呼ぶにふさわしい安直な物であった。
「ああああ」
しかしその妄想は根拠の無い物であるが故にあらゆる類の制約を無視し、自由奔放にそのスケールを肥大化させていった。そしてそれが恐怖を前に萎縮し弛緩していた彼の心と思考を隅から隅まで蝕んでいったのは、至極自然な成り行きであった。
「まさか、まさか」
まさか。
まさかあのロボットは、自分を抹殺するために送られてきたのでは無いのか。
自分の地位を妬む何者かが、抹殺のために送り込んできたのでは無いのか。
このままでは殺される。
地上に戻ろう。速く逃げよう。
彼の不滅の自尊心は、この時になってもなお天高くそびえ立っていた。




