第九話「これからの事について色々と考えて行く」
その後、戦闘は『青空の会』側の全面降伏によって幕を閉じた。戦艦カサブランカの介入、及びそれがアンドロイド達の味方であると言う事が判明したのが決め手となったのは間違いなかった。
戦闘終了後、ライチ達はまず捕虜の人間達を戦艦下部にあった懲罰房に閉じ込めた。扉は電子ロック式で天井には自動小銃つきの監視カメラがセットされており、更にそこに捕虜を押し込めた後でヤーボが「無理に扉を開けようとすると部屋ごと爆発するから」と念を押したので、彼らの中にあった脱獄の機運は完全に消滅してしまった。
代わりにそれまで虐げられていたアンドロイド達には、保管庫にあった最新の充電装置と修理装置を全て提供した。今頃はリラクゼーションルームにあるリクライニングベッドに体を預け、酷使でボロボロになったパーツを交換しエネルギーを充填させながら、ゆっくりと羽根を伸ばしている事だろう。
エド達もまたそれに従ったのだが、エムジーはそれを拒否した。
「せっかくあなたが治してくれたんですもの。交換するなんて勿体無いわ」
恥ずかしげにそう答えたエムジーと顔を真赤にしてそっぽを向くライチに向けて、アンドロイド達は黄色い歓声を飛ばした。
僕にはカリンがいるんだ。そんな事を言える空気ではなかった。
それからジンジャーの乗っていたジャケットを地下にあったもう一機の物と共に船尾格納庫に搬入し、その後人間全員とアンドロイド一体、そしてデミノイド一体は戦艦上部に屹立していた中央司令室に集まっていた。
今後のおおまかな行動方針を決定するためである。
「これが今我々のいる世界――地球よ」
そう静かに告げたエムジーとそれ以外のメンバーは今、司令室の中央にある長方形のテーブルの上に直接映しだされた世界地図の映像を囲むようにして立っていた。そしてこの映像を見易くするために司令室内の照明は全て消され、薄暗闇が辺りを支配していた。
ちなみに司令室の中はは非常に広かった。真ん中に据えられたテーブルとその周囲をぐるりと囲む各種オペレーターの席の間には、人間三人分のスペースが空いてあった。
「ちなみにこれは『メルカトル図法』と言う地図の描かれ方であって、それぞれの大陸の正確な大きさを表してはいないわ。まあ、だからどうしたって言う話なんだけど、心の片隅にでも留めておいて頂戴」
「グリーンランドはこんなに大きくありませんからねー」
エムジーの注釈にレモンが笑って答える。ライチとジンジャーは二人が何を言っているのかまるでちんぷんかんぷんだった。
そんな二人を尻目に、エムジーがその世界地図の一点を指差す。
「そして我々が今いるのがここ、ニッポンのシンジュクよ」
それと同時に指差された所とその周辺――東京湾を中心にした関東一帯の拡大図が映し出される。
エムジーが指を離す。地図の縮尺が初めの世界地図へと戻っていく。
「そしてオキナワはここ」
再度エムジーが指を指す。その指差された所――日本列島から遠く離れた孤島群を見て、ギュンターとヤーボは唖然とした。
「こ、こんなに離れていたと言うのか……!?」
「あらあらまあまあ」
その二人の横で、レモンは興味深げに目を輝かせていた。
「大失敗、と言う事ですねー」
「まあそう言う事になるわね」
「て言うか、流石にこれは間違えようが無いと思うんだが」
レモンの言葉にエムジーが返した後、ジンジャーが苦々しげに呟く。それに対してレモンが爆弾を投下した。
「それは仕方ありませんよー。私達、この船の動かし方がわかりませんからー」
「……は?」
皆が皆、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。ギュンターとヤーボは恥ずかしげに顔を俯かせている。
レモンが続けた。
「本部司令から『ゲレロネグロを出てそこから真っ直ぐ西へ行けばオキナワに着く』って聞かされてたのでー、船をオート航行にして放ったらかしにしてたんですよー」
「……頭痛くなってきた」
うんざりした顔でジンジャーが呟く。エムジーが黙ってその肩を叩く。二人に代わってライチが言った。
「それで、この後三人はどうするの?」
「もちろん、改めてオキナワへ向かう」
ギュンターがはっきりとした声で返す。
「我々はあくまでも、任務をこなすためにここまで来たのだ。このまま何もせずに帰る事だけは出来ん」
「あー、その事で一つ提案があるのですがー」
そう言ったレモンに全員の視線が集まる。首を軽く回してからレモンが言った。
「どうですかー? ライチ様達もこのまま、オキナワまで一緒に行きませんかー?」
「え?」
突然の事にライチ達が息を呑む。だが驚いたのは彼らだけでは無かった。
「若姫さま! 本気ですか!?」
ギュンターがレモンの横に立ち、その肩を掴んで物凄い剣幕でまくしたてる。
「我々の受けた任務は、地味ながらもとても重要な物なのですぞ! それを素性の知れぬ赤の他人にまでやらせるなど、私は賛成する事は出来ません!」
「えー? いいではないですかー。旅は人が多いほうが楽しい物ですよー?」
それに――
と、そこで言葉を区切り、いつの間にか固まっていたライチ達三人に視線を向けながらレモンが言葉を続けた。
「彼らは、とても優しい人。私にはわかるのです」
「そんな、曖昧な……」
「いいえ。曖昧ではありませんよー? だって、彼らは道に迷った私に、とても優しくしてくれましたからー。 ……だから、私にはわかるのです」
「昨日今日知り合ったばかりの者達ですぞ。そう簡単に決め付けるのは……」
「わかるのです」
レモンがキッパリとそう言ってのける。
黙れ、と言外にそう告げていた。
ギュンターが口を閉ざし、顔を俯かせて一歩後ろへ下がる。
「……申し訳ありませんでした」
「いいえー。わかればいいのですよー」
押し黙るギュンターと、意見が通って当然と言わんばかりに得意気な顔を見せるレモン。その二人を「やれやれ」と言った表情で横目で見つめるヤーボ。
この三人は一体どういう関係なのだろか。ライチがそう疑問に思った時、エムジーが話しだした。
「連れて行くって、他のアンドロイド達も?」
「ええ。でも強制はしませんよー。連れて行くのはあくまで志願者だけですー」
「もし着いて行かないアンドロイドがいたら、彼らはどうすればいいの?」
「あ」
それは考えていなかったらしく、レモンが口を開けたまま硬直する。そして暫くした後、握り拳を軽くこめかみに当てながらレモンが言った。
「まあ大変、どうしましょう?」
「……少しは大変そうに言ってくれ」
ジンジャーがこれで何度目かもわからないうんざりした顔を見せながら言った。
その時だった。
「ならばその答え!」
「わたくし達がお教えしましょう」
「……どんな疑問もスピード解決……」
快活。優雅。無感情。
三つの異なる女性の声が、突如として司令室の中に響き渡ったのだ。
「何だ、誰だ!?」
テーブルを背にして全員が身構える。敵襲か。誰も彼もが警戒心を露わにしていた。船に乗って来た三人もまた、その顔に大なり小なり動揺の色を見せていた。
「これは……いったい何なのでしょうかー? 不思議ですねー、ふふっ♪」
訂正。レモンは相変わらずだった。
「まあまあ、そんなに慌てなくても!」
「わたくし達はあなた達の味方です」
「……安心してほしい……」
そんな彼らの元に、再び声が響き渡る。その声はフィルターをかけたかのように、どこかこもって聞こえていた。
「……味方だって?」
「味方だと言うのなら、姿を表したらどうなんだ?」
エムジーが訝しむ。ヤーボが一歩前に出て、動揺を押し殺し強気な口調で言った。
「へー、出てこいってさ……お兄さん格好いいー」
直後、司令室にクスクスとバカにするような子供の笑い声が響き渡り、更にそのすぐ後に人の頭を殴るような硬質の音が轟いた。
「いったーい! 何すんのよー!」
「その様な事はおやめなさい。彼らに失礼でしょう?」
「……とりあえず、私達が味方だって言う証拠、見せた方が良いと思う……」
「え? ええ、確かにそうね。それでは――」
「ネタばらし、ターイム!」
その直後だった。
司令室前方の床に三つの円形の光が灯り、そこから三人の女性が頭を先頭にして浮かび上がってきたのだ。
「あれが……声の主……?」
真ん中に立った一番背の高い女性は、黒のハイヒールとタイトスカートのビジネススーツをカッチリと着こなし、髪をうなじで束ねて縁の太い黒メガネを掛けていた。細められ引き締まった瞳からは怜悧さが滲み出ていた。
右にいた二番目に背の高い少女は、白いスニーカーとややダボついた水色のジャージを身につけ、自身の長い黒髪をサイドテールに纏めていた。そのニンマリ笑みを浮かべた唇とパッチリ開いた大きな瞳からは、弾けんばかりの活力が溢れだしていた。
左にいた一番背の低い少女は白地に青の水玉模様の寝間着姿で、整えられていない黒のショートヘアはボサボサで、小さい瞳を眠そうに半開きにしていた。見るからに無気力そうであった。
そして三人揃っての特徴として、その全身が青白くぼんやりと光り、三人の向こうの景色がやや透けて見えていた。
「お初にお目にかかります」
やがて真ん中に立ったスーツ姿の女性が、恭しく礼をした。
「わたくし達、この船のAIをしております、マレット三姉妹と申します」
「え、この船のAIって、喋るんですかー!?」
突然の事に、全員が無言で驚愕する。その中でレモンが真っ先にそれを声に出す。
「驚きですー。そうとわかっていたらもっと早くからお知り合いになりたかったのですがー」
「ふん。最初から自動航行モードがセットされてるからって、司令室にも寄らないで真っ直ぐ私室に引っ込んでった連中とどうやってコミュニケーション取れば良いって言うのよ? あそこはアタシ達AIは入り込めない構造をしてるんだから、文句言いたくても言えないようになってるんだからね! 会話しようがないじゃない!」
「こら、その態度は何ですか。もっとお淑やかになりなさいといつも言っているでしょう?」
レモンの言葉に対して口を尖らせたジャージ姿の少女をスーツの女性がたしなめる。すると、それまで黙っていた寝間着の少女が抑揚のない声で言葉を発した。
「……それより、自己紹介をした方が良いと思う……」
「え? ああ、それは確かにそうね。ごめんなさい、すっかり忘れていました……ほら、あなたも準備なさい」
「うー……わかったわよ……」
不満気なジャージ少女を何とかなだめ、自分の真横に立たせる。そして咳払いを一つして落ち着きを取り戻した後、ビジネススーツの女性が背筋をしっかり伸ばした状態で言った。
「遅れてしまいましたが、それでは自己紹介をば……わたくしはマレット三姉妹長女のイナと申します」
「アタシは次女のスバシリ! よろしくね!」
ジャージの少女がそれまでの鬱屈からケロリと立ち直り、ピースサインを前に突きつけながら笑って答える。最後に根巻き姿の少女が半開きの目をこちらに向けながら、やはり眠そうな声で言った。
「……わたしは、三女のクチメ……」
そしてイナを中心にして三人が寄り集まり、三人揃って深々と礼をする。
「よろしくお願いします」
トドのつまりか、と言う声がどこからか聞こえてきたような気がしたが、ライチは気にしない事にした。
マレット三姉妹の協力によって、その後の展望やスケジュール調整は驚く程スマートに進んでいった。
同乗を拒むアンドロイド達の行先については、イナが五秒検索した後に決定された。
「ここから一番近くて適当なのは、グンマのマエバシにある複合生産プラントですね。ここはエネルギーや各種鉄鋼材、それにアンドロイドの神経組織に使われる微細ケーブル等を一手に生産していた所でして――現在停止してはいますが、生産機能自体が死んでいる訳ではありません」
「火を点ければ、再び使えると?」
「はい。その可能性は極めて高いです」
ジンジャーに対して返したイナの言葉を聞いたエムジーがその顔を明るくさせる。だがグンマ近辺を映していた地図を眺めていたライチが疑問を口にした。
「でもここに行くまでに、この『サイタマ』って所を通らなくちゃいけないんだよね?」
「はい。トウキョウからグンマまでの最短距離を取るならば、サイタマを経由する他ありません」
「サイタマは危険じゃないの?」
「それは全然問題ないよ!」
水中を泳ぐかのように辺りを漂っていたスバシリが、背後からライチの肩に顎を乗せるような姿勢になって言った。
「サイタマは全く問題なし。何せあそこは、世界有数の危険度ゼロの安全地帯だもん!」
「そ、そうなの?」
「そりゃそうだよ! だってサイタマには何もないもん!」
若干驚きつつ問い返したライチに満面の笑みで答えると、スバシリはライチから体を離し、再び司令室の中を泳ぎ始めた。
「……なにげに今、酷い事言った気がする……」
司令室の隅っこでうずくまり微動だにしなかったクチメが、か細い声で苦言を呈する。咳払いの後にイナが続けた。
「とにかく、現状ではこのプラントに身を寄せる事が最善であるとわたくしは判断します」
「アタシも異議なし!」
「……異議なし……」
イナの言葉に続いて、スバシリとクチメも同意する。
避難場所はここに決定した。
次はトウキョウからオキナワへの航行プランである。
「エネルギーが足りませーん!」
ケラケラ笑い声と共に放たれたスバシリの言葉が現状の全てを言い表していた。
「……ワカヤマまでは余裕。そこから先はガス欠の危険あり……」
クチメがやや砕いた形の詳細を告げる。海の真ん中でガス欠など、冗談にも程がある。
となれば、道は一つだった。
「それでは一回ワカヤマに停まって、そこで補給をする事になるのですな?」
だがギュンターの提示した最善と思われるプランに対して、イナが首を横に振った。
「残念ですが、ワカヤマの補給所は潰されているのです」
「では、一番近い補給ポイントは?」
ヤーボの言葉を受け、イナが日本地図のある一点を指さす。
「コウチの、スザキ」
ガス欠警戒域の中にある場所だった。
一行の前に暗雲が立ち込める。
スバシリが爆笑する。
「何これ! 手詰まりじゃん! アハハッ終わったんじゃないコレ!?」
「いや、終わってはいない……こいつはギャンブルだ。ワカヤマから先はあくまで『危険』であって、どこでエネルギー切れになるか詳しい事は判らない。ひょっとしたら、切れる前にそこに辿り着ける事が出来るかもしれないだろう?」
「ガス欠する前に辿り着けるか、ガス欠してそこで終わりか……当たるも八卦当たらぬも八卦、賭けってワクワクしますねー」
「……分の悪い賭けは嫌いじゃない……」
「わたくしはランダム要素は嫌いです」
ジンジャーから始まりクチメで終わった一連の流れを前にイナが顔をしかめる。その直後、イナの言葉に応えるように自信に満ちた声でライチが言った。
「いや、行けるかもしれない」
イナがライチを睨みつける。ちょっとびっくりしたが、それを表に出す事なくイナを見つめ返してライチが言った。
「確か、ワカヤマから先は危険なんだよね?」
「はい。ここより先は、ミス・ジンジャーの」
「ジンジャーでいい」
「……ジンジャーの言う通り、ギャンブル要素の強い道のりとなります。ここからコウチへ辿り着ける確率は、単純計算でおよそ六十二.四パーセント」
「半分越えてるじゃないですかー。それで行きましょうよー」
間延びした声でそう言ったレモンをイナが手で制す。
「わたくしは、百パーセント確実な方法でなければ採用しません。賭けなど以ての外です」
「なんでですかー? 危険を冒さなければ勝利は得られないので」
「駄目です」
最後まで言い終わるのを待たずにバッサリと切り捨てる。そして言葉に詰まったレモンを真っ直ぐに見つめながらイナが言った。
「わたくしは乗員の安全を第一に考えて行動すると言うプログラムの下に存在しているのです。不確定要素に命を預けるなどと言う愚行は、わたくしは決して容認いたしません」
「だから、大丈夫だよ」
ライチが言った。再びイナがライチを見つめる。
ライチの顔は笑っていた。会心の笑みだった。
「あるんだよ。ワカヤマからコウチまでを確実に行き来出来る方法が」
「ライチ、本当なのか?」
「ぜひ、それをぜひわたくしに教えてください!」
ジンジャーとイナが同時に言い放ち、他の全員もライチに注目する。
その中で、ライチの視線がレモンのそれと交錯する。
レモンを見つめながらライチが静かに言った。
「……一つ、頼みたい事があるんだ」
ライチの言わんとした事が、レモンにははっきりとわかった。
数時間後。アンドロイド達を大会議室に呼び集め、ジンジャーが事の次第を説明した。そしてその後、自分達と共に付いて行く者とそうでない者を選り分ける作業に入った。
エムジー以外の全員がグンマ行きを選んだ。
ジンジャー達はさして驚かなかった。自分達のした事への見返りを要求する気も無かったし、彼らの虐げられていた人生に介入する気も無かったからだ。
「エムジー! なぜだ!」
一方でアンドロイド達は大いに驚いた。そしてその驚きのまま、驚愕の渦中にあるエムジーを見た。演算装置にバグが発生したようには見られない。彼女の顔に迷いはなかった。
「私、あの人達に付いて行こうって決めたの。ライチと……じゃなくて、外の世界を見てみようって思ったから」
「……本当に、それでいいのか?」
「ええ。『自分で考えた』事だから」
それから更に数時間後、アンドロイド達は格納庫にあった装甲バギーを使って、グンマへと向かっていった。
「あんた達には世話になったな!」
「この恩はいつか返す! だからそれまで元気で!」
それを見送るエムジーの拳は、自壊せんほどに強く握りしめられていた。
「行っちゃったわね」
「うん」
アンドロイド達が旅立ってから一時間後、ライチとエムジーの二人はカサブランカの甲板の上に揃って立っていた。
視界には黄色しか見えなかった。
砂。砂。砂。
大地もビルも人も見えない。
砂漠が世界の陸地のほぼ全てであった。
「世界戦争の末期に、ある大国がN爆弾を投下してね」
「N爆弾?」
不意にそう呟いたエムジーにライチが返す。小さく頷いてからエムジーが言った。
「ナノマシンボム。着弾と同時に雑食系分解能力を持ったナノマシンをばら撒いて、地上に存在する全ての物を分解したの」
ビルも。車も。人も。
あの砂はそれら全てが混ざり合った、文明の残骸。
ライチは吐き気を覚えた。
「それから先は爆弾の落とし合い。抑止なんて存在しなかった。全ての国が、自分以外の全ての国に向けて、爆弾を落とそうとした……その末路がこれよ」
黄一色に染まった地上を見下ろすエムジーのカメラアイは、もし彼女が人間だったら泣いていたかもしれないと錯覚するほどにピント調整を激しく行なっていた。
「……人間って、馬鹿な存在よね。解り合おうともしないで、自分の利益の為に同族を平気で殺せるんだから」
エムジーの声は震えていた。震えたままエムジーが言葉を紡ぐ。
「駄目で、愚かで、思いやりもなくて、どうしようもなくて。救いようのない低俗な存在。人間なんてそんな物よ」
「エムジー、それは」
「でも」
エムジーがライチの方を向く。
「でも、でもね。私は……」
その二つのカメラアイが、ライチの顔を凝視する。
ライチもまたそのカメラアイをカバー越しに見つめ返す。
エムジーの唇は震えていた。
「私はその人間に」
エムジーがライチの手を取る。突然の事にライチが驚く。エムジーは掴んだ手を離さない。
その手も震えていた。
「人間に」
『別の意味』で震えていた。
「ニンゲン――」
だがそこまで言いかけて、エムジーは手を――視線を振り払うようにライチに背を向ける。
「……ごめんなさい。なんでもないの」
背を向けたまま、明るい声が響いてくる。
「本当にごめんね? さっきの事は気にしなくていいから」
でもなぜだろう。全然心が軽くならない。
よろよろと、ライチがその背中に手をのばす。
「エムジー、それはどういう……?」
「ッ! なんでもないの!」
そしてライチに背を向けたまま、エムジーは走りだしていった。
全速力で、何かから逃げるかのように必死に。
「エムジー……」
何がどうなっているんだ。
残されたライチは一人、意味も判らずにその場に立ち尽くしていた。
私は。
人間になりたい。