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第八十九話「ラフファイト」

 ベラ・ベラドンナは真人間である。

 アンドロイドでもなければ半分機械の人間でも無い。全身を筋肉と骨と神経でくみ上げられた、純然たる人間であった。腹の中に身体機能を増幅させるモーターなりバッテリーなりを搭載している訳でも無い。

 では何故彼女はジャケットを蹴り飛ばせるほどの力を持っているのか? それに関して、ベラ本人はあまり他人にその理由を話したがろうとはしなかった。何故かと聞かれても曖昧な返答を返したり苦笑いを浮かべたりするだけで、明確な回答を見せた事は一度も無かった。


「多分、話しても理解してはもらえないでしょうから。だから私は、最初から何も話さないようにしているんです」


 かつて力の秘密についてしつこく尋ねてきた職員の一人に、彼女は適当に相槌を打つ代わりにこう返した事がある。その男の職員は「なんで話を聞いていないのに自分がそんな反応を見せると思うのか」とベラの返答を独りよがりな考えと受け取り渋面を浮かべたが、ベラにとってはそう考えるのは自然の事であった。自分が強くなった理由を話しても誰も納得はしないだろうと本気で考えていたのだ。


「いえ本当に、あまりにも突拍子も無い事ですから、あまり人に教えたくはないんです」


 ラシュモア山跡地に四年こもって修行してたらこんな感じで強くなっていたなんて言う話を、いったい誰が信用してくれるというのか?





 ベラは生粋のニューヨーク人ではない。彼女はアメリカ各地を渡り歩くフリーのキャラバンに属する両親の元に生まれ落ち、彼らのキャラバンがラピッドシティと呼ばれる町に逗留していた所で産声をあげたのだった。

 外の世界は危険で満ちていた。彼らは自由を求めて青空の会から離反した者達であるために件の青空の会からは命を狙われ、人間を恨んでいるアンドロイド達からも同様に狙われていた。だからベラは物心ついたときには、既に両親から直々に戦闘のスキルを叩き込まれていった。簡単なサバイバル術や本格的な実戦訓練まで、世が世ならエリート兵士と呼ばれるに足る程の戦闘能力をその身に刻み込んでいった。


「まずは観察。それで敵わないようなら逃げろ。やれると思った時だけ戦え。それが長生きする秘訣だ」


 父親がよく口にしていた言葉である。この世界は生き残った者が勝ちなのである。

 そうして身につけていった技はこの荒廃した世界で生きていく上では非常に役に立った。またそれらのスキルはキャラバンの人達からも大いに頼りにされ、ベラは他人から賞賛される事を通じて自分の仕事にやりがいを感じてもいた。

 しかしベラはその一方で、今の自分の生活や訓練にある種の息苦しさとつまらなさを覚えていた。


「じゃあ試しに独り立ちしてみるか」


 その事を両親に伝えたら父親がそうあっさりと提案してきた。拒否されるかと思っていた若き頃のベラは面食らったが、結局は父親の提案通り一人で生きていく事に決めた。

 キャラバンが町を出て移動を開始した時、ベラはそこに一人残った。そして両親から伝授されたスキルを十分に発揮し、ラシュモア山を素手で登攀しそこで四年間サバイバルを行った。と言ってもラシュモア山の真下には大統領やその他VIPが避難するためのシェルターがあり、そしてそこには食料が殆ど手つかずの状態で残っていたため、最悪飢え死にする心配は無かった。


「こっちにこもるよりも宇宙に逃げるのを選んだんだろう」


 なぜ食料がほぼ完全な状態で残っていたのかについて、ベラはそう推測した。真相は闇の中である。

 それから、彼女はそこで生活を始めた。ただ過ごすだけなのは退屈なので、一日中体をいじめぬいて生活した。ランニング、筋力トレーニング、近場の川に赴いての水泳、崖や山を使ってのロッククライミング。目に付く限りの自然のアイテムを十二分に活用し、やれることは全てやった。

 そんな彼女の『運動』は常軌を逸していた。気がついた時には自分が地べたに俯せの体勢で倒れ込んでいて、指一本もうごかせないまま意識を手放してしまう事も一度や二度では無かった。朝起きてから夜眠るまで――あるいは眠りに就く前に気絶するまで、まるで動いていないと死ぬ動物であるかのように、彼女は体を動かしまくったのである。

 そんな事を四年間、一日も休むこと無く彼女は実行した。それが原因だったのか、それとも彼女が寝泊まりに使っていたラシュモアシェルターに原因が――放射能か電波か、それっぽい物が体に影響を与えていった、等――あるのかわからないが、とにかく偶然そこを訪れたソウアーのエージェントに発見されてスカウトを受ける頃には、彼女は核シェルターの入り口に接地された鋼鉄の扉を跳び蹴りで『くの字』にひしゃげさせる程の力を備えるようになっていた。


「面白そうですね。いいですよ」


 そして偶然発見した金の卵を前にして僥倖とばかりにスカウトを始めたソウアーのエージェントに対して、ベラは二つ返事でそれを了承した。いい加減一人で生活するのにも飽きてきた所であったからだ。そして彼女は人生初めて乗るヘリコプターの振動に戸惑いながら、ソウアー本部へ辿り着いた。この時既に総司令官を務めていたオートミールは対面した瞬間に彼女の素質を見抜き、ベラを警備部隊隊長に任命した。ちなみに警備部隊を創設する案は彼女がここに来る前から存在していたが、実際に作られたのはベラがここにやって来てからである。しかもこの時から今に至るまで、警備部隊に彼女以外の隊員が組み込まれた事は一度も無い。しかしこれは怠慢では無い。彼女一人で十分職務を果たすことが出来たからだ。


「私と同じくらいに動ける人がいるなら歓迎しますよ」


 オートミールの方から増員を提案された時、ベラはそう答えたという。

 閑話休題。とにかくそれ以降、ベラは忠実に己の任務を全うしてきた。思春期の大半を修行に注ぎ込んできた代償として『両刀使い』と呼ばれる程に異性ないし同性への過剰なまでの性的関心を抱くようになってしまっていたが、それでもベラは優秀な隊長として文字通り『身一つ』で解決してきた。

 そして今日も、彼女は己の体だけでソウアーに降りかかるトラブルに立ち向かっていた。今この瞬間、彼女の周りを取り囲むように四機のジャケット――そのうち一機は彼女が蹴り飛ばした機体であり、倒れた直後に体勢を立て直して再び彼女と相対していた――が立っていたが、それでもベラは自身の澄まし顔を崩さなかった。

 それどころか、この状況にあって彼女の口元は僅かに吊り上がり、その顔に微笑を湛えてもいた。





「おい、さっきの話は本当なのか?」

「本当なんだよ! こいつがいきなり俺の前から消えて、気づいたら俺の期待が吹っ飛んでたんだよ!」

「信じられねえな。お前が操縦ミスって転んだだけじゃねえのか?」

「それより、さっき本部施設の制圧に向かった連中から変な報告が来た。こいつはさっさとふん縛って、早く向こうの様子見に行こうぜ」


 ベラを取り囲む四機のジャケットの男パイロットが会話を交わす。彼らの会話は無線を介して行われており、その声がベラの耳に届くことは無かったが、ベラは四人全員の意識が揃ってこちらに向けられてないのを肌で察し、そこから彼ら同士かもしくは別の場所にいる仲間と意思疎通を行っているのだろうと推測した。生身の人間を四機がかりで取り囲んでいるという圧倒的有利な状況にいるから気が緩んだからかどうかはわからなかったが、要は今、自分は完全にノーマークと言う事だ。

 それだけわかれば十分だ。


「とにかく、奴を縛り上げればいいんだな」


 ベラがそう結論づけた所で、ジャケットの一機が顔を傾ける。その機体は赤く光るカメラの中にベラの姿を収めようとしたが、それを実行しようと顔を下げた時、そこにはそれまでベラが立っていたコンクリートの地面だけがあった。


「どこへ?」


 ジャケットのパイロットが不審げに呟く。この時ベラは助走無しの跳躍からその機体の首筋近くにまで肉迫していた。


「疾ィィィィッ!」


 ベラが吼え、鞭のようにしならせた右足を眼前にそびえる鋼鉄の壁に叩きつける。

 刹那、剣で刎ねられたかのようにジャケットの首から上が真横に吹っ飛んだ。


「なんだ!?」


 いきなり目の前で起きた殺戮劇に他の三人が目を剥き、力なく崩れ落ちた首無しジャケットの方へ向けて一斉に銃口を構える。だが銃口が完全に向いた時、ベラは一機目の装甲を蹴ってその反動で既に二機目に貼り付いていた。


「どこに」


 パイロットの一人がそこまで言った所で絶句する。目の前で仲間のジャケットが最初の一機と同じように、見えない刃で強引に斬られたかのように首が跳ね飛ばされたからだ。

 だが彼は驚くより前に行動に出た。


「そこだ!」


 素早く狙いを定め、引き金を引く。歩兵の使う対戦車ライフルよりも一回り大きな弾丸が雨となって眼前の首の無いジャケットに向けて降り注ぎ、それらは糸の切れた人形のようにその場に崩れるジャケットの真上を掠めるコースを取っていた。だがそこにはまだベラだけが滞空しており、一人そこに取り残されたベラに向けて何百何千もの弾丸の嵐が猛然と襲いかかる。

 ベラは動じなかった。自身を蜂の巣どころか吹き飛ばさんとする弾丸の群れを正面に据え、ニヤリと笑って空中で構えを取る。

 この時ベラの目には、どの弾丸が一番最初に『自分の間合い』に入るのかがハッキリと見えていた。


「オラァッ!」


 ベラが吼える。直後、宙に浮くベラの姿を最初に認めた機体の眉間に穴が開き、やがてその機体はデタラメに銃を乱射したまま音を立てて背中から倒れた。その姿を、最後に残ったジャケットのパイロットはトリガーを引いたまま信じられない物を見るかのような目で凝視していた。

 彼には何が起きたのか理解出来なかった。説明を聞いたとしても理解する事はないだろう。ベラは一番最初に『間合い』に飛び込んできた弾丸を、その弾を撃ったジャケットの脳天へ蹴り返したのだ。蹴られた最初の一発は自分以外の全ての弾を自身の纏う風圧で巻き込みその場に叩き落としながら勢いよく逆走し、そのまま微塵の躊躇いも無く三機目の眉間に命中したのだった。


「なんだよ。なんだよ!」


 そして最後に取り残された一人に、冷静な判断力は少しも残っていなかった。


「畜生! 畜生! どこにいやがる!」


 喉が張り裂けんほどに叫びながら銃を振り回す。もはやまともに狙いをつける事もせず、孤を描くように腰だめに構えた銃を動かし弾丸をばら撒いていく。


「出てこい! どこだ! どこにいるんだ!」


 しかしそれがベラに当たる事は無かった。彼女は既に地面に降りたち、走ってジャケットの元へ向かっていたからだ。その事を当のジャケット乗りが知る事は無かった。


「クソッ! 出てこい! 出てきやがれッ!」


 パイロットがなおも叫び、一心不乱に銃を撃つ。しかしその一秒後、彼の駆るジャケットは他の三機と運命を共にした。首を刎ね落とされたり脳天に弾丸を食らった訳では無い。膝の裏を蹴り飛ばされ、二本足で立つ事が出来なくなったのだ。


「うわっ!」


 突然の事にパイロットが悲痛な叫び声をあげる。そして冷や水を浴びせられて正気に戻った彼が自分の置かれた状況を確認しようとした直後、一つの細長い手が彼の目の前にあるモニターを裏側から貫き、その白魚のように白く細い指が彼の眼前にまで迫った。


「ひぃ!」


 パイロットが咄嗟に操縦桿から手を離して顔を覆う。しかしいつまで経っても自分の身に変化が起きなかったので、パイロットは顔を覆う腕をどけて恐る恐る前を見る。


「ハァイ」


 そしてそこに見える光景を目の当たりにした時、パイロットは恐怖のあまりその場で気を失った。そこには正面装甲に大穴を開けてそこから中に入り込んでモニターを真っ二つに引き千切って左右にどかし、パイロットの鼻先にまで顔を近づけて凄絶な笑みを浮かべるベラの姿があったからだ。


「……あれ?」


 目の前で気を失った男を見て、ベラは笑みを消して首を傾げる。そして「やり過ぎたか」と思いつつ、その気を失ったパイロットを自分の開けた穴から外へと引きずり出した。


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