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第八十八話「アブノーマル」

 レーダー攪乱装置を備えた大型輸送シップ二機を使ってニューヨーク圏内に侵入し、そこから対地降下装備を身につけたカスタムジャケット部隊を二十機投下、先制攻撃を仕掛ける。そして時間をおいて今度は戦艦を用いて海岸部を制圧し、安全を確保した上でだめ出しの地上部隊を洋上から送り込んで本部施設を制圧する。

 これが電撃作戦『RAID』の概要である。そしてこの作戦において彼らが使う兵器や装備は全て火星から送られてきた物であり、彼らに実戦形式でのテストをさせるためにロクに調整もされていない欠陥品である。

 作戦実行前からその『不具合』に気づいた者は作戦当事者の中にも多く存在した。しかしそこから自分達は火星人の掌の上で踊らされているのだという事に気づいた者は殆どいなかった。誰も彼もが、この作戦を今か今かと手ぐすね引いて待ち構えていたのだ。そこまで深読みする余裕はどこにも無かった。いざ準備完了となった段階で首領が独断で解散宣言をぶち上げて彼らの怒りのボルテージを引き上げてしまったのも、彼らから真実への手がかりを遠ざけてしまった一因であった。


「目標地点に到達!」

「よし、降ろせ!」

「ゴー! ゴー! ゴー!」


 そして誰も世界の本当の姿を知らないままに、作戦は強行された。背中に三本目の腕を持つ真っ黒に塗装されたジャケットの群れが、解放された後部ハッチから次々と空へ駆け出していく。

 その姿はまさに天から降りたつ死神のようであった。しかしその鎌の刃が本当は誰の首筋に押し当てられていたのか、この時はまだ誰も知らなかった。





「いいから出せ! 緊急事態なのはお前らもわかってんだろ!」

「駄目だ! お前達を外に出す訳にはいかん!」

「頭でっかち共が! 状況わかって言ってんのかよ!」


 爆音を聞きつけたシドがドックへ向かう最中、そこに格納されていたシップの中ではちょっとした押し問答が繰り広げられていた。演じていたのは拘束されていたリリーと、彼女らを監視するように周りを巡回していた一人の隊員だった。二人は正面から向き合い、爆音と振動の襲い来る中で舌戦を競わせていた。彼女達二人以外の面々はそれぞれ爆発音が聞こえる度に肩を縮めて怯える者が半分、その音を聞いて怯えよりも不快さを顔に表して天を睨みつけるのが半分だった。


「お前らにはあれが聞こえねえってのか! さっきから何度も爆発がしてるだろうが! 」

「それはわかっている! だがそれとこれは話が違う! 我々が受けた命令は、お前達をここから出さないようにする事だ!」

「非常時になに悠長な事言ってやがる! ここに爆弾が落ちてきたらどうするんだ! 俺達の中にはジャケットに乗れる奴も何人かいるから、そいつら全員で外に出て迎撃すりゃあ、そうなる前に全部打ち落とせる! 本部のダメージも低く済むんだぞ!」

「このシップは特別頑丈に出来ている! 爆弾の一発や二発、ものの数では無い! それに非常時だからこそ、我々は受けた命を遵守し、規律を保つ事が肝心となっているのだ! お前達の仕今の事は戦う事では無い、待つことだ!」


 食ってかかるリリーに負けじと、その隊員も声を上げて反論する。敵襲――それ以外に今発生している爆発を説明出来る理由が他にあるのだろうか――を前にしてリリーは「戦力は多い方が良い」と何度も訴えたが、この隊員は職務に忠実だった。


「とにかく、お前達を外に出す訳にはいかん! ……どうしてもと言うなら、シド隊長に直接言ってくれ」

「で、そのシドはどこにいるんだ?」


 憮然と返した隊員に向けてジンジャーが横から割り込む。その彼女の顔を見て昔を――自分が火星に居た頃、ジンジャーがやらかしたあの時の記憶を思い出したのか、それまで必死の形相で吼えていた隊員が毒気を抜かれたように一瞬呆気に取られた表情を浮かべる。しかしすぐさま自分の職務を思い出したのか、表情をそれまで浮かべていたお堅い物へと戻して冷静に返した。


「ちょっと待て。今確認する」

「速くしろ。敵はこっちの動きをいちいち待たないぞ」

「わかってる。急かすな」


 冷静に催促してくるジンジャーに対してリリーに向けたそれよりも若干穏やかな調子の声で返した後、腰に提げていた通信機を手にとって顔に近づける。それから通話口に向けて何度か相槌を入れた後、それを離してから再びジンジャーに向き直って言った。


「今こっちに向かっているそうだ。そう長くは掛からない」

「本当かよ」

「嘘は言わん」


 隊員がそう言った直後、シップの後部ハッチが開かれ、そこから今まさに話題となっていた人物がオートミールを引き連れて姿を現した。その二人は遠目からはわからないが額から汗を流しており、その顔は苦々しい色が刻まれていた。


「全員いるのか?」

「見ればわかるでしょう。全員いますよ」


 周りを見渡しながら問いかけたシドに、オートミールが横から口を挟む。シドは大して気に掛けることもせず、大股で中へと歩み寄って隊員の一人に声を掛けた。


「中の状況は?」

「問題ありません。ですがこの爆発に不安を抱いている者も多くいます」

「仕方あるまい。戦闘に慣れてない者も多くいるだろうからな」

「戦闘? やはり?」


 隊員の言葉にシドが頷いて答える。そして彼を脇に除けて中央で拘束されている者達の前に立ち、その周囲を囲むように立つ隊員達にも目を向けながら、シドが額の汗を拭いながらおもむろに口を開いた。


「今外で起きていることを簡潔に説明する。どうか、ショックを受けずに聞いて欲しい」


 ショックを受けない訳無いだろう。そうオートミールが心の中で突っ込むのを尻目に、シドがここに来るまでの間に見た物を彼らに話して聞かせた。





「パラシュート降下ァ?」

「カスタムタイプだ」


 リリーの素っ頓狂な声とライチのどこか楽しそうな声が同時にシップ内の広大な空間に響く。それ以外の者達は言葉も出せず、ただ口を開いてシドの報告を頭の中で回転させていた。


「やっぱり、他にも改造された奴があったんだ。それにしても背中に腕が……」

「他にも?」


 ライチの言葉を耳聡く聞きつけたシドが彼の元に近づき、詰問する調子でライチに尋ねた。


「他にも見たのか? あれと似たような物を他にも知っているのか?」

「え、ええ。何度か見ました」

「なぜ言わなかった?」

「聞かれなかったので」


 緊張しながらもさらりと言ってのけたライチを前に、シドが思わず頭を手で覆う。そのライチの後ろでは、リリーやジンジャーが口元を手で隠して笑いを噛み殺していた。


「言っておくけど、今の地球でカスタムタイプのジャケットを使っている勢力は一つしか無いよ」

「それはわかってる。どうせ奴らだろう」


 オルカの言葉にシドが憮然として返す。オルカは悪びれもせずにシドに言った。


「ああ。青空の会だよ」

「だと思ったよ」

「あいつらを知っているのか?」

「ここに来る前に資料を読んだ。あんな物を使ってくるとは書かれてなかったがな」


 パインの問いかけに首を横に振りながらシドが答える。その直後、外からすぐ間近で起きたかのような爆発音が轟き、中の人間ごとシップ全体を激しく揺らした。


「おい! 話してる暇無いぞ!」


 リリーが思い出したように叫び、シドに詰め寄って言った。


「俺達も戦わせろ! 戦力は多い方が良いだろ!」

「なんだと? 何が出来ると言うんだ?」

「ジャケットに乗れる! マジで言ってるからな!」

「……本当なのか?」


 リリーの話を聞いたシドは、しかしそれでもまだ信じられないと言いたげな顔を浮かべてオートミールの方を見る。


「じゃあ、いつものように」

「わかりました」

「何か武器はいるかい?」

「いえ、必要ありません」


 だが彼がその姿を視界に収めた時、肝心のオートミールはベラと二人して何事か話し合っていた。


「通路から見た時には、ざっと数えて二十機くらいいた。やれるか?」

「骨が折れそうですね。一応トレーニングは積んできましたが」

「なら大丈夫だろう。頼むぞ」

「了解」

「おい、何を話しているんだ」


 ベラがオートミールに向けて直立で敬礼した所で、シドが二人に近づいて話しかけた。オートミールはシドの方に向き直ったが、ベラは敬礼を解くと同時に解放されたハッチの方へ足早に歩き出していった。


「オートミール、これはどういうことだ? 彼女に何をさせようとしているんだ。勝手な真似は許さんぞ」

「今はこの本部の非常事態なんです。彼女の好きにさせてもらえませんかね? 一応ベラはここの警備部隊の隊長なんですから」

「ああ、そう言えばそう言う肩書きだったね!」


 スバシリがオートミール達に聞こえないように言った。空気を読まずに放たれた彼女の台詞に周囲は一瞬息をのんだが、同時に「すっかり忘れてた」と妙に納得してもいた。

 そんな彼らを尻目に、オートミールが言葉を続けた。


「彼女にもプライドがある。今までここを守ってきたのは彼女達警備部隊なんです。ここが襲われている時に動くなと言われるのは、彼女らにとってはとても辛いことなんです」

「しかし、正直アテになるのか? 相手はただの酔っ払いやチンピラじゃない。ジャケットなんだぞ。戦争で使われた兵器なんだぞ」


 そう言ってなおも不審そうな表情を浮かべるシドに、オートミールが首を左右に振りながら答える。


「問題はありませんよ。彼女達はプロですから。それだけの戦力もちゃんと持っています」

「ジャケットに乗れるというのか?」

「ジャケットには乗れません。でも戦えます」

「どう言う意味だ」

「後でわかりますよ」


 オートミールがそう返した時には、ベラの姿は既にシップの外に消えていた。この時ベラは姿を隠すこと無く堂々とシップの中を歩いて開口部から外へ出て行ったのだが、事情を知るオートミールを除く全員――隊員やライチ達は、彼女が外へ向かって歩いていた事に全く気づかなかった。


「それにもう彼女は行っちゃいましたし」

「……な、い、いつの間に」

「そんな事より」


 ベラが『自分が気づかない内に消えていた』事に軽く狼狽するシドに、今度はジンジャーがシドに近づいた。リリーも揃ってシドを睨みつける。


「私達を協力させる気があるのか、ないのか、どっちなんだ?」

「速く決めろよな。敵はもうそこまで来てるぞ」


 リリーがそう言った直後、再度爆発音が響く。堪えきれなくなった職員の一人が悲鳴を上げ、それが引き金となってパニックが他の職員へ次々に伝播していく。


「わっ、わっ!」

「お、落ち着いて! 落ち着いてください!」


 ショーが先頭に立って騒ぎ出した集団をなだめようとするが、焼け石に水だった。恐慌は真綿が水を吸い上げるように一瞬で端から端まで到達し、『抑え役』の制御能力を簡単に凌駕した。


「駄目だ! 逃げられない!」

「ちょっと! 誰か速く何とかしてよ! ねえ!」

「畜生! どうしてこうなっちまったんだ!」


 その悲鳴と喧噪に満ちた場を見渡し、シドが重苦しい顔で言った。


「わかった、任せる」

「隊長、よろしいので」

「今はこの場を収めるのが先だ」


 そしてそう言ってからシドがリリーとジンジャーを交互に見やる。


「本当にやれるのか?」

「もちろんだ」

「それとあいつもな」


 リリーが答えた後でジンジャーがそう言って、ライチの方を指さす。ライチは困ったような顔を浮かべながらも黙って立ち上がった。


「やっぱり、行かなきゃ駄目?」

「戦力は少しでも多い方が良いからな」

「後ろから援護してくれればいい。それで頼むぞ」

「はいはい」


 ライチが諦めたように項垂れて答える。しかしすぐに顔を上げてリリーの方を見て、やや控えめな声で彼女に尋ねた。


「それよりさ、ハピネスあったじゃん」

「ああ、俺の乗ってる機体だな」

「あれ、いつになったら乗せてくれんの?」

「そう言えば訓練させてたな」


 ライチの詰問を受けて思い出したようにリリーが言った。そしてライチに向けて小さく笑いながらライチに答えた。


「まあ、その時になったら考えておいてやるよ。今はまだ駄目だな」

「あの訓練の意味は……」

「しょげるな。まだ次があるかもしれないだろ」

「次があるのは、それはそれでありがたくないんだがな」


 リリーの言葉にオートミールが困惑して答えた瞬間、今度は余波どころの騒ぎでは無い、シップが直接大きく揺さぶられる程の爆発が轟いた。





「そこの女! 動くな!」


 地に降りたった黒いジャケットの一機が、前方に映る一人の女性に銃口を向けた。そのビジネススーツ姿の女性は、まるでここが戦場ではないかのように悠然とそこを歩いており、自分の身の丈ほどもある巨大な銃を突きつけられて声を掛けられてもなお、彼女は動揺する素振りを微塵も見せずにその場に立ち尽くした。


「お前何者だ。そのままこちらを向け!」


 ジャケットが強い声で女性に叫ぶ。女性は怯える様子を見せず、ゆっくりと其方を向く。

 『目』の位置に嵌め込まれた二対一組の赤いカメラアイに女性の顔が映る。カメラを通してメインモニターに大写しされたその顔を見たパイロットは、そこに内包されたまるで研ぎ澄まされた日本刀が持つかのような冷たく鋭い美しさに思わず息をのんだ。


「な、なんだ。そこで何をしている」


 今まで見たこともない圧倒的な美貌を前に若干気圧されながら、それでもパイロットは声を上げて尋問を続ける。


「答えろ! 質問をしているのはこっちだ!」


 漆黒のジャケットが銃を突きつけるように一歩前に踏み込む。女性は眉一つ、ぴくりとも動かさない。それがそのパイロットの神経を僅かに逆撫でした。


「貴様、自分がどんな立場にいるのかわかっているのか?」

「……」


 女性は一言も返さず、ただ黙ってジャケットの赤い瞳を見つめる。そして対するパイロットも、カメラを通してこちらを見つめてくる女性の顔を見返す。

 ある時不意に、パイロットはなぜか言いようのない不安に襲われた。この女は危険だ。全身の細胞が全力で警告アラームを鳴り響かせている。

 その恐れを吹き飛ばすようにパイロットが叫ぶ。


「撃たれないとわからないのか!」


 刹那、前触れも無くモニターから女性の姿が消えた。

 突然の事にパイロットは完全に毒気を抜かれ、絶句する。


「え?」


 直後、彼の体がコクピットごと激しく揺すぶられた。





 この時、パイロットであるこの男は、自分とその周りに何が起きたのかわからなかった。いや、わかった所で納得も理解も出来なかっただろう。

 『生身の女性が一足飛びで前方のジャケットの腹部に肉迫し、その場で回し蹴りを放って巨体が浮き上がる程の勢いで蹴り飛ばした』という事実を、言葉で聞いた所で一体誰が理解出来ると言うのだろうか。


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