第八十七話「Raid」
「いったいどう言う事だ!」
本日を以て全支部への武器供与を停止し、青空の会を解散する。そのような首領からの言葉を通信機越しに聞いた時、ブリテン半島南方面を担当していたその細面の若い男は怒りの形相で叫び声を上げた。彼の声は四方をコンクリートで打ちっ放しにされた室内に激しく反響し、その場にいた彼の腹心の部下達を震え上がらせた。ちなみに彼がこの宣言を聞いたのは、件の首領――マクラーレンの家長がレモンに胸ぐらを掴まれる二日前の事だった。
「なんの説明も無しに解散だと!? 一方的すぎる! 首領は何を考えているんだ!」
「あ、あの、他の支部長はこの事を知っているのでしょうか?」
なおも激昂する支部長に対して部下の一人がおずおずと声を掛ける。支部長はそれを聞いてやや落ち着きを取り戻し、通信機のツマミを回して周波数を合わせながら空いた方の手でノイズを垂れ流す受話器を取って口元に引き寄せた。
「もしもし。俺だ……ああ、お前もあの通信を聞いたのか?」
それから不安げに眉をひそめる部下達の前で、支部長は声を低くして通信相手――余所の支部長と会話を始めた。しかしそのやり取りは三十秒もしない内に終了し、ゆっくりと受話器を置いた時の支部長の顔には仁王像が如き憤怒の形相が刻まれていた。
「あ、あの……支部長?」
「……駄目だ」
「えっ?」
口から溢れ出さんとする怒りのマグマを必死に抑え込むように、支部長が一語一語を噛み殺すようにして言葉を紡いだ。
「どこの支部長も……何も聞いていないらしい」
「それじゃあ」
「首領の独断と言う事だ」
額から汗を流し、歯を食いしばりながら支部長が唸り声を上げる。『青空の会の解散』という重大事項を支部長を介さず首領だけで決められたと言う事が、彼をここまで不機嫌にさせていたのだ。
青空の会において重要な事柄を決定する際には、必ず首領と各支部長が通信機を介して会議を行うのが通例となっていた。これは青空の会が始まってから今に至るまで続けられてきた鉄の掟であり、例え首領であろうとこれを破ることは決して許される物ではなかった。しかも今回首領が自分だけで決めた内容は、青空の会の解散というとんでもない内容だ。
自分の中で『それはやって当然』と認識されていた物を平然と破られたことに対して怒りを覚えたのもあるが、それ以前にそんな大事な事柄を首領の独断で決められた。それがこの支部長にとっては我慢ならなかった。
「改造型ジャケットの調整と配備ももうすぐ終わる。新しい武器の調練も完了する。ソウアーの喉元に噛みつく準備はあと少しで完了するというのに……! この段階で解散だと……!」
悔しそうに歯ぎしりしながら支部長が言葉を漏らす。ちなみにこの時彼が漏らしていたソウアーへの襲撃作戦、元々はこの南ブリテン支部の長を中心とした欧州一帯にいる支部長達だけで計画された物であり、他の地域にいる支部長や首領には全ての準備が整った段階で説明するつもりであった。そして彼をはじめとする欧州支部長達は、この作戦の許可が下りて実際に発動されるのを今か今かと待ち焦がれていた。まるで開園前の遊園地のエントランス前に立つ子供のように、はやく敵地に乗り込んで大暴れがしたいとわくわくしていたのだ。
その矢先にこれである。つまりはやる気満々な所に冷や水を浴びせかけられた格好であり、怒り心頭に発するのも無理なかった。
ちなみにこの時、見栄張ってないで最初から説明しておけば良かったんじゃ無いかという思考に至った者は一人もいなかった。
「ふざけるな!」
そしてとうとう我慢の限界に来たのか、支部長がパイプ椅子の一つを力任せに蹴り飛ばした。椅子は小さく弧を描いて宙を舞い、派手な音を立てて地面に激突する。部下達は生きた心地がしないまま、肩で息をする支部長を見つめていた。
「こんな……こんな形で終われるか……!」
支部長が眉間に皺を刻みながら唸り、俯きながらぐるぐると歩き回る。この時彼の頭の中には一つのプランが浮かんでおり、それは思いついた彼自身、『これはとても不遜な事である』と自覚出来るほどの物であった。しかし同時に、自分の中で『先に不遜を働いたのは首領であり、自分がルールを破る事に問題は無い』と主張する自分がいるのも知っていた。
そして彼は、自分の声に従うことにした。
「支部長?」
部下の一人が気遣うように声を投げかけた直後、その支部長は迷いの無い足取りで通信機へと向かった。そして欧州各地にいる支部長だけへ同時に繋がるよう周波数を合わせ、迷いの無い声で言った。
「こちら、ブリテン半島南方面支部支部長、ブランである。今回は皆に、私自らが決断したことを伝えたくこの通信を送った」
そこで言葉を切り、受話器を離して少し考えてから再び口を開く。
「皆も既に、首領からの報告を聞いただろうと思う。そんな皆に私は問いたい。皆はあれを聞いて何を思った? 素晴らしい内容の話だと思ったのだろうか?」
支部長ブランの語勢が段々と強くなっていく。受話器を握る手にも力がこもり、眉間に刻まれている皺の数が増えていく。
「私は正直に言って、失望した。あの話を聞いた時、私は首領にはついて行けないと判断した。我々はまだまだ戦える。その自信がある。だが首領はそれにも関わらず、あまつさえ我々に話も通さず、一方的に解散すると伝えてきた。これは果たして許される事なのだろうか? 首領として、人の上に立つ者として、許される事なのだろうか?」
顔が興奮で紅潮し、ブランの額から汗が流れ落ちる。それを拭う事もせずに支部長が語り続ける。
「もう一度、簡潔に言う。我々は裏切られたのだ。首領に、いやあの男に。我々はそれに対して、仕方なかったと諦めるだけでいいのだろうか? 本当にそれでいいのだろうか?」
言葉を通して怒りを爆発させたブランがテーブルを力任せに叩きつける。派手な音が響くが、それ以上に大きな声量でブランが叫ぶ。
「良いはずが無い! このまま泣き寝入りする事など、とうてい許される事では無い! そして私は他の皆も、私と同じ気持ちであると考えている! なぜなら皆は私と共に件の襲撃計画を組み立てた同胞であるからだ!」
ブランが叫ぶ。その目には怒りと興奮が混ざり合った黒い炎が爛々と燃え上がっていた。
「私は皆に問う! 我々は何をするべきかと! 我々はただ、この状況を座して見守るだけで良いのであるのかと!」
そう叫ぶブランの背中を、部下達はただ黙って見つめていた。しかし彼らの瞳にも、ブランと同じ炎が灯っていた。彼らは自身が生まれ落ちた時から青空の会そのものの中に渦巻く、タールのように粘り着く黒い怨念をその身に浴び続けて来たために、この支部長の宣言を至極真っ当な物であると考えていた。
地球を汚す者に死を! そして裏切り者にも死を!
「我々は戦う! 戦える限り、力尽きる限り戦い続ける! 火星のゴミ共を地球から追い払うまで、我々は戦い続ける! その志を果たさずして解散など、許される物ではない!」
支部長の言葉が室内に、これを聞く者の頭の隅々にまで明朗に響き渡る。そしてこの瞬間、全ての人間の思いが一つに纏まった。
そして二日後、彼らは作戦を強行した。
「何が起きているんだ!」
「こちらが知りたいですよ」
ライチ達がドックで爆発音を聞いたのと同じ頃、シドとオートミールの二人は互いにそう言い合いながら状況把握とその対応のために奔走するローリエリーフの隊員達を掻き分けつつ、外へと繋がる通路をひた進んでいた。彼らの顔には行き交う隊員達と同じく驚愕と困惑の混ざり合った表情が浮かんでおり、その足取りは一歩踏み進むごとに速まっていった。
「玄関は?」
「こっちです。しかし」
「なんだ?」
横に立つオートミールをシドが見据える。冷静な語調でオートミールが言った。
「そのまま外に出るのは危険です」
「敵が目の前にいるかもしれんからか?」
「もしくは外に出た瞬間狙い撃ちされるかもしれない」
「ならドックに行こう。そこで隊員達と合流する」
「わかりました。こちらです」
シドの言葉を聞いたオートミールが先頭に立ち、行き先を格納庫へと変えて歩き出す。シドはそんな彼の後ろにつきながら小型の通信機を取り出し、通話口下にあるボタンをいくつか押してから努めて平静を保ちつつ声を発した。
「シドより各員へ。戦闘要員は白兵戦装備を調えた後、格納庫に集合するように。それ以外の者はそのままドックへ向かえ。繰り返す。戦闘要員は装備を調え、それ以外の者はそのままドックへ向かえ。以上だ」
そこまで言ってシドが通信機のスイッチを切る。その時、先を行くオートミールが通路と同じく鼠色に塗られた扉を目の前にして足を止めた。
「そこは?」
「連絡通路です。こことドックを繋ぐ通路の入り口になります」
「ここを通れば目的地と言う訳か」
そこで一度肩越しに後ろを見て、それから再びオートミールに向き直ってシドが言った。
「他に通路は?」
「他にもあります。地下や二階からも行けます。ですがあの場所から一番近かったのがここだったので」
「わかった。では行くとしよう」
シドの言葉にオートミールが頷き、ドアの横にある斜めに据え付けられた台の上に掌を置く。直後、緑色に光る横線が台の上から下へと走り、押し当てられた手がセキュリティに登録されている者の手なのかどうか照合を開始する。
確認作業は二秒ほどで完了した。音を立てて横にスライドしたドアの向こうには、両側の端から端まで強化ガラスが嵌め込まれた直線通路があった。
「あの向こうに?」
「はい。急ぎましょう」
オートミールが早足で通路に足を踏み入れ、シドも遅れないようそれに続く。通路は大人三人が横並びになって歩ける程度の幅があり、そこを彼らは縦一列に並んで無言で進んでいった。
そして彼らが通路の真ん中辺りに到達した時、右側から突然爆発音がした。
「なんだ!?」
反射的にシドが足を止め、窓ガラスに両手を押し当てて外の景色に目をこらす。オートミールもそれに倣い、二人して外で起きた出来事を確認しようと意識を集中させた。
まず目に飛び込んだのは、右側に見える正面エントランス前からもうもうと立ち昇る黒い煙だった。オートミールの意見に耳を傾けていなかったら今頃どうなっていたか、背筋を震わせながらシドがそれ以外の所に目を向けていく。
「あれを!」
そんな折、不意にオートミールが叫ぶ。そして彼の指さした方へ目を向けて、その直後シドは言葉を失った。
「ジャケット……!」
ジャケット。
全身を黒く塗られた全長五メートルの巨人。その骨と皮だけで出来たと言われてもおかしくない華奢な姿から、マリアモデルであろう。しかし片手にサブマシンガンをそのまま相似拡大させたような銃器を握っていたそれは、彼らが知っている物とは異なる形をしていた。
「カスタムタイプ――?」
本来のっぺらぼうであるはずの顔の目に当たる部分には眼球のような赤く丸い装置が二つ埋め込まれ、胸部にはオレンジ色に光り輝く丸い物体が埋め込まれていた。背中からは肩口から伸びているそれよりも若干長い、三本目の腕が生えていた。それらは彼らに十分すぎる程のショックを与えたが、『本命』はまだ他にあった。
『彼ら』はこの時、『まだ』地上にはいなかった。天高く伸ばされた三本目の腕が握っていた物、その手の先に展開されていた代物を見て、二人は自身の正気を疑った。
「なんだあれは! 何をしているんだあいつらは!」
「空挺部隊……!?」
三本目の腕が掴んでいたのは一つのバックパック。そのバックパックは中央部分が縦に裂け、そこから下からの空気を受けてマッシュルーム状に膨らんだナイロン製の布が、その遥か真上で展開されていた。
「空だ! あいつら空から降って来やがった!」
黒いカスタムジャケットが合計十二機、彼らの眼前で一斉にパラシュート降下を行っていたのだった。
作戦コードネーム『RAID(殴り込み)』。
ソウアー本部への奇襲作戦が開始された。




