第八十六話「ドカーン」
オートミールとベラを先頭にして面々が本部の外に出てみると、そこには片膝立ちでその場に蹲る五つの巨人の姿があった。
「ジャケット、フランツタイプだ」
「五体だけ?」
「後ろ見てみろ。輸送用の巨大シップがある」
ライチが肥満体型のロボット達を見て生唾を飲む横で訝しげに声を漏らすエムジーにジンジャーが言葉を返す。
「まだ出てくるぞ」
「あのサイズだと三十は入るね!」
「こら、煽らないの」
楽しげに声を出すモブリスにエムジーが釘を刺す。その時、蹲る巨人の内の一体のコクピットハッチが開き、そこから一人の人間が降りたって彼らの元へと歩み寄ってきた。
サングラスを掛けた、髭面の大男だった。
「失礼。あなた方がここの責任者か?」
その男がオートミールとベラの前に立ち、背筋を伸ばしたまま簡潔に尋ねる。オートミールが一歩前に出て彼に答える。
「私がここの代表だ。オートミール・オートバーン。そしてこちらがシティ警備部隊隊長のベラ・ベラドンナ」
オートミールの紹介に合わせてベラが「ベラです」と軽く一礼する。それに会釈を返してから、髭面の男はサングラスを外して改めて二人に向き直る。
「あっ」
露わになった男の素顔を見た直後、ジンジャーが脇目も振らずに素っ頓狂な声を上げる。その声に周りの面々が驚いている一方、オートミールらと向き合っていた髭男が口を開いた。
「私は第三火星防衛軍特殊部隊『ローリエリーフ』副参謀、シド・ブラックペッパー。今日は大事な用があってここまで来た」
「結託?」
それから数分後、「外で立ち話もなんだから」と言う事で向かった執務室のデスクに座ってシドの言葉を聞き終えたオートミールは、開口一番にそう言いながら己の眉を歪ませた。ちなみにこの時、執務室には彼ら二人しかいなかった。
「それは本気で言っているのか?」
「少なくともこちらはそう受け取っている」
不愉快そうに顔をしかめるオートミールに、シドが冷静に返す。
「ソウアーが火星政府から離反し、青空の会と結託して地球の実効支配を企てている。我々はそれを鎮圧するために派遣されてきた」
「ならなぜ最初からそうしない? 攻撃する事だって出来たのに」
「これは最後通告だ。大人しく我々に降伏してくれればそれでよし。もし拒むというなら」
「実力で排除する?」
「どちらにしろ地球からは立ち去ってもらう。どっちに転ぼうがそれは変わらない」
「ふうむ」
オートミールが口元に手を当てて考え込むポーズを取る。そのオートミールに向けてシドが言葉を投げかける。
「それで、返答は?」
「返答ね」
オートミールが顔を上げてシドに向き直る。
「まるで覚えがないんだが」
「なに?」
「我々は、青空の会と関係を持ったつもりは無い」
悪あがきをするでもなく平静を保ったまま放たれたその言葉を受け、今度はシドが眉をひそませた。
「あくまでもそう言い張る気か」
「本当の事なんだからしょうがないだろ。我々は関係ない」
最後の部分を強調するように、再度オートミールが口を開く。
「我々は、関係ない」
「何が言いたい?」
オートミールの言葉に引っかかる物を覚えたシドが問いかける。そのシドの顔を見上げながらオートミールが答える。
「青空の会――テロリストと関わりを持っていたのは本当だ。だがそれは一人だけが行っていた事。我々は全く関係ない」
「全て個人がした事だと?」
「そうだ。と言うかその事に関しては、こちらも今まで何も知らなかったのだ」
「蜥蜴の尻尾切りではないのか?」
「それは違う」
オートミールが鷹揚に立ち上がる。そしてシドの眼前でめいっぱい背伸びをしてから、彼に向けて言った。
「何度でも言うぞ、我々は関係ない。だから」
「職員達を解放しろと」
「そうだ」
静かに答えるオートミールをシドがじっと見据える。そして暫くの沈黙の後、目を閉じながらシドが言った。
「それは無理だ」
「どうして?」
「まだ疑いが晴れた訳じゃない」
オートミールが溜息を吐く。シドは身じろぎもせずにオートミールを見下ろし続ける。
「暫く活動は無しだ。お前達に疑いが掛けられているという事を忘れないように」
「反論の余地は無しかい?」
「言わなくてもわかるだろう」
「やれやれ」
心底うんざりしたようにオートミールが溜息を吐く。その姿を、シドはただじっと見下ろしていた。
同じ頃、鎮圧部隊が持ってきた輸送シップとジャケットは全てニューヨーク本部施設の横にあるドックに搬入され、シドと共に降りてきたローリエリーフの隊員の半分はそのドック内にある搭乗員控え室で待機していた。
「なあ、いつになったらここ出られるんだ?」
「騒ぐな。あとちょっとだから我慢しろ」
そしてニューヨーク本部の職員とカサブランカ以下三隻のクルー達は、火星隊員が乗って来た輸送シップの後方にある、ジャケットを格納していた広大な空間に纏めて押し込まれていた。体を縄で縛られたりはしていなかったが、入り口は閉め切られた上に周囲には武装した残りの隊員が巡回しており、身の自由を束縛されていたことに変わりは無かった。
「あとちょっとって具体的にはどれくらいなんだよ」
「お前達の処分が決まったらだ。そんなに長くはかからないからそれまで待ってろ」
なおも噛みつくリリーに、彼女に応対していた隊員がうんざりしたように返す。しかしリリーはまだ諦めていなかった。
「処分ってなんだよ、処分って。俺達が火星のガキ共にちょっかい出したとかいう奴か?」
「なんだそれは? 聞いてないぞ。俺達が聞いたのはお前らが青空の会とか言う連中と結託して、火星に反逆を企てているっていう事だ。俺達はそれを食い止めるためにここに来たんだ」
「なんだよそれ! 俺達がそんな事する訳ねえだろ! いい加減にしろ!」
隊員の言葉を聞いたリリーが不愉快そうに返す。それを受けた隊員も「こっちはそう聞いてるんだよ!」と半ギレ気味に答え、退く気は一歩も無かった。
「結託? 青空の会と?」
そんな歯と感情を剥き出しにして対立する二人のやり取りを遠くで聞いていたライチが怪訝な表情を浮かべる。そして横で彼と同じ表情をしていたイナが言った。
「おそらく、ミス・レモンとリリーの父親の事を言っているのではないでしょうか。彼の正体を火星側が掴んでいて、その身柄を拘束するためにここに来たのでは?」
「じゃあ、私達はどうしてこんな目に?」
ライチの後ろにいたエムジーがイナに尋ねる。逡巡する素振りを見せずにイナが答える。
「わたくし達も共犯者であるとみられたのでしょうね。少なくとも部隊を寄越した火星の人間にとっては」
「なにそれ、とばっちりにも程があるわよ」
「まったくです。しかしそれを証明する証拠は無い」
「で、でもそれを言うなら、ぼく達が青空の会と繋がってるっていう証拠も無いですよね?」
エムジーの横に座るギムレットがやや震えた声で会話に入り込む。肩越しに彼の方を向きながらイナが答えた。
「それもそうですが、ここにいる隊員達はそれを気にする事は無いと思いますね」
「どうして?」
「わたくしが思うに、彼らが受けた命令はわたくし達を排除もしくは捕縛すること。捕縛の理由については知らされていないでしょうし、そもそも知る気もないでしょう」
「根っからの軍人って事ね」
「そういう事です」
エムジーの言葉にイナが頷き、それを受けたエムジーが嘆息する。
「これは説得も交渉も無理かしら」
「どうしてですか?」
尋ねるギムレットにエムジーが答える。
「彼らは軍人。軍人はただ命令に従って動くだけの存在。命令が下った内訳とか細かい理由とかは知らないでしょうし、それ以前にこっちの話に対しても聞く耳は持たない」
「軍人という時点でこちらの話を聞いてくれる確率は殆ど無いでしょうね」
エムジーとイナの言葉にギムレットが息をのむ。
「もうどうしようもないと?」
「相手は火星政府直属の部隊。無闇に刃向かう事は死を意味します」
イナが淡々と放つ。ギムレットとライチの背筋に寒気が走る。
「チャンスが無いとは言えません。しかしこの場は下手に騒がず、相手の指示に従うのが得策でしょう」
「まだ死刑って決まった訳じゃ無いしね。今慌てたってどうしようも無いわよ」
そんなAIとアンドロイドの言葉は右耳から左耳へするりと流れていき、記憶の断片として脳味噌に刻みつけられる事は無かった。それほどまでに、ライチはこの時、言いしれぬ不安に苛まされていた。
「嫌だなあ……」
「本当にね」
ライチの言葉に応えるようにエムジーが嘆きの声を上げる。
「こんな時はスカッとしたいわね。なんかこう、さっぱりした気分になりたい」
「あ、それわかる。モヤモヤを発散させたいとか、そんな感じでしょ」
「そうそう、そんな感じ。大声上げたり、暴れ回ったり」
「暴れるまでは行かないと思うけど……でも、うん、そうしたいのはわかるかな」
声を弾ませるエムジーを見て、自然とライチの顔も綻んでいく。そんなライチの表情の変化に気をよくしたのか、エムジーの声も更に弾んだ物へと変わっていく。
「他にストレス発散っていったら、花火とかもいいわね。バチバチ火花が飛び散って、綺麗で豪快なの」
「そんなに凄いの?」
「もちろん。大きいのになると、それこそ爆弾が爆発したかのように派手な音を立てて火花が舞い散るのよ」
そこでエムジーが立ち上がり、めいっぱい両手を広げながら大きな声で叫んだ。
「もう、『ドカーン!』って感じ。それとも『ドッゴーン!』って言った方が伝わりやすいかしら?」
直後、シップの外から『ドッゴーン!』と形容されるような派手な爆音が前触れも無く轟いた。
「……」
一瞬、何が起きたのか誰もわからなかった。隊員達はその場で立ちすくみ、クルー達は座ったまま目を見開いて硬直していた。
「……え?」
そしてエムジーは立って両手を広げたまま呆然と呟いた。
「……私のせい?」
直後、二度目の爆音が外から轟いた。
その音はまるで真横で炸裂したかのように、一回目よりもずっと大きかった。




