第八十一話「遊びは終わり」
それは十分予見出来た事だった。
しかし自分達は、その予見出来たことを知りながら何の対策も立てずに放置していた。それが駄目だった。
後悔後に立たず。駄目だったと気づいた時には全てが手遅れだった。
「……何度も聞くな。この関係は今日限りにしたいと言っているのだ。その話を盛り返すのはいい加減止めるんだ」
カサブランカ以下三隻のクルーがここシティに降りてきていたことは知っていた。しかし同時に、まさか降りてからいの一番に自分達の所に来ることは無いだろうと考えてもいた。耕作の役割分担やどの家に住むかなど、決める事は沢山あるからだ。そしてここに元から住んでいる者達には、軽々しく立ち入らないようにと釘を刺している。
「いいな。我々はもうお前達から武器は買わん。これはもう決めた事だ。覆す気は起きん。青空の会の決定事項である」
だから彼らは――レモンとリリーの両親は、いつものように火星と交信を行っていた。偉大な中興の祖であるマクラーレンの子孫としてでは無く、青空の会の統率者として。
「……え?」
しかし前触れも無く玄関のドアが開け放たれ、そこからしかし呆然とした、しかし懐かしい気配を持つ声が聞こえてきた時、彼女の父と母はそんな自分達の軽率さを呪った。
その声の主が何者なのか。彼らは既に理解していた。忘れるはずも無かった。
「何を話していたのですか?」
受話器から口を離し、おそるおそる顔を声のした方へ向ける。
「……教えてください。父様は、今何をお話しされていたのですか?」
娘であるレモンの顔――目と口を力なく開かせた、驚愕と失望の混ざり合った表情が視界に入る。顔から生気が抜け落ち、手からレシーバーがするりと床に落ちる。
心の砕ける乾いた音が耳に虚しく響き、彼らは自分達に終わりが来た事を直感した。
「それはそうと、一つ聞きたい事があるんだが」
レモンが黙秘を続ける父親の胸ぐらを掴んでいたのと同じ頃、自分の点棒を片手で弄びながらちゃっかり麻雀に勤しんでいたジンジャーが、自分と同じく遊戯に興じていたベラにそう問いかけた。
「なんでしょうか?」
「あの、レモンとリリーの両親、ここにいるんだろ? どんな感じの奴なんだ?」
「どんな感じ、とは?」
「性格とか、周りとの付き合い方とか、そんな感じのだよ」
ジンジャーの言葉を受けてベラが折り曲げた指の腹を顎に当てて考え込む。そして自分の手番が回ってきたと同時に顔を上げ、山場から新しい牌を取ってから答えた。
「ツモ」
「こっちの質問の答え考えてたんじゃねえのかよ」
「失敬な。そっちも考えてましたよ」
そう言ってから手持ちの牌を前に倒す。その後で再びベラが口を開く。
「当たり障りのない模範的な家族、と言うべきでしょうか。自分達の地位に驕ること無く慎ましく暮らし、隣人達にも高圧的な態度を取らず親しく接する。これといって問題はありませんでしたね」
ベラの作った役を見て、彼女らと遊んでいたスバシリとモブリスが揃って目を点にする。対局を観戦していた者達はその絵柄の並びの何が凄いのかわからずに首を傾げたり不思議な表情を浮かべたりしていた。ちなみにこれより前に行われた対局でボロ負けしたイナはギャラリーに加わらず、部屋の隅で陸揚げされたマグロのように床の上にぐったりと横たわっていた。
そんな彼らの様子に気づくこと無くベラが言葉を続ける。
「まあ、少し気になる所もあるのですが」
「なんだ?」
「誰一人として他人を自分達の家に上げようとしない事です」
「それのどこがおかしいの?」
それが当然だろう、と言いたいかのようにカリンが尋ねる。彼女の方を向いてベラが言った。
「こちらではよくパーティを開くことがあるんですよ。どこか一つの家を決めて、その家の周りにいる人達で集まって、そこ家の庭でバーベキューをしたりするんです。その後は子供やもう寝たい人達をそれぞれの家に帰して、希望者を募って家の中で二次会をするんです」
「何それ楽しそう! 二次会は強制じゃないの?」
楽しそうに瞳を輝かせて言ったスバシリにベラが答える。
「ええ、それはもう楽しいですよ。シティの住人同士の親睦を深めるのと、暇を潰すのがこのパーティの主な目的ですからね。楽しくないと意味が無いですよ。それと二次会は強制ではありませんが、一次会が済んだら二次会をやるというのは、もう暗黙の了解としてシティの住人全員に伝わっています。もうそれが当たり前の事となっていますね」
「それがうちの親の家とどう繋がるんだ?」
そう思い出したように口を開いたリリーに、ベラに代わってクチメが答えた。
「……ベラは前に、あそこの人達は誰も家の中に入れないと言っていた。だから多分、二次会の時も……」
「誰も家に入れなかった。そもそも二次会自体やらなかった?」
「……多分……」
クチメの言葉を受けて、リリーが呆れたような声を出した。
「そんな事で不審に思ってるのかよ。いいじゃねえかそれくらいよ」
「けどさあ、人付き合いも大事だとは思うよ? 引きこもったまんまじゃ仲良くしようにも仲良くなれないじゃん」
「それに確か、普段はとても温厚で周りとの付き合いも良好だって話なんですよね? それなのに誰かを家に上げる事は徹底的に拒絶する。パーティの時も嫌がる。なんか不思議ですね」
「ええ、その通りです。さすがはマイハニー、良い着眼点ですよスイートハート」
意見を述べたギムレットに対してだらしなく眉根と鼻の下を垂れ下げながらベラが答える。最初にリリーに意見したモブリスの事は初めから眼中に無かった。
しかしエムジーの睨みつけるような視線に気づくとすぐに表情を引き締め、一つ咳払いをすると共にいつもの言葉遣いで言った。
「それどころか、彼らの場合は自分の家の敷地にすら他人をいれようとしないのです。パーティの時もそれ以外の時も同じで、彼はとにかく自分達の領域に他人が踏みいるのを極端に嫌う人達だったのです。ですから彼らがここに来てから今まで、彼らの家がパーティの舞台になった事は一度もありません」
「……怪しいと言えば怪しいと思えるけど、ただ単に妙な所で偏屈なだけの親しみやすい住人、ともとれるね」
ベラの言葉に合わせてオルカが自分の考えを述べる。そして周囲の注意が自分へ向けられた所で、オルカが再び口を開いた。
「まあそれも、直接家に入ってみればわかる事だとは思うけどね」
「今までの話聞いてなかったのか? 門前払い食うのがオチだぞ」
すかさずアロワナが釘を刺す。しかし怯んだ風も無く、澄まし顔でオルカが返す。
「ボク達はまだこっちに来て一日も経っていないんだよ? 何も知らなかったって事で行けば問題は無い筈さ」
「強引すぎるだろうが」
「て言うか、なんでその家を調べる事前提になってるんですか?」
控えめな態度でカリンが質問する。それに対しても柳が風を受けるかの如く柔らかな態度でオルカが答えた。
「怪しいからさ」
「……それだけ?」
「昔の格言の中でこんな言葉がある。少しでも疑念を抱いたら、納得出来るまでどこまでも疑い通せ、とね」
「そんな言葉聞いた事無いぞ」
アロワナが横から口を出すが、無視。オルカが続ける。
「とにかく、ボクは一度不思議に思った事はどこまでも調べないと気が済まないのさ。あんな怪しい家を前にして、じっとしていろって言うのが無理な相談だね」
「異議なーし!」
モブリスが声を張り上げて同意する。「余計な事しやがって」とジンジャーが頭を抱えるが、オルカとモブリスはそれも無視。
「いちいち考えるのもう面倒くさいからさー、もうこのまま突撃しない? 家行って核心突いちゃわない?」
それどころかモブリスが更に火に油を注ぐような言葉まで吐き出す。もうこの流れは誰にも止められない事を、この時冷静な心を保っていた者達は直感で察した。
「そんなに言うなら、今から行ってみるか? 俺の親に会いに」
そしてトドメとばかりに肉親であるリリーがそれに賛同する。
「え、いいの? さっきまで散々嫌ってたじゃん」
「意地でも会いたくねえってほどじゃねえよ。そっちが行きたいって言うんなら俺も付き合うぜ」
「まあ、今から案内するのもやぶさかではありませんが」
ベラさえもそれに乗って来た。もう腹を括るしかないようだ。
「もうこれ、行くの確定なの?」
念押しのためにライチが尋ねると、オルカはアルカイックスマイルを湛えて小さく頷き、モブリスは満面の笑みを浮かべて大きく首を縦に振った。リリーとベラもそれぞれ不敵に笑ってそれに倣う。
「強制はしねえよ。来たい奴だけ来ればいい。で、他に誰か付き合いたいのはいるか?」
リリーが立ち上がって声を上げる。手を挙げたのはライチとカリンだけだった。
「私は、ライチと一緒にいたいから……ライチが行くって言うなら、私はどこへだってついていくわ」
それがカリンの立候補した理由だった。当のカリンは自分でそう答えてから顔を茹で蛸のように真っ赤にし、ライチもライチで熱湯にさらしたトマトの如く顔を赤に染める。イチャつくなら外でやってくれ、とどこからか訴えの声が上がってきたが、それは横並びの状態で仲良く赤面する二人に対する彼ら以外の全員の総意であった。
「……決まり……?」
「みたいだな」
「じゃあ、残った方で部屋割りとか決めちゃいましょう。そっちの方も私達で決めていいわよね?」
クチメの言葉にパインが同意する横でモブリスが『実家突撃組』に尋ねる。全員が頷くのを見て『居残り組』も同じく頷く。
「じゃあ、各自そのように動きましょう。それはそうと、そっちは向こうで一泊とかする予定なの?」
「まだわかんねえな。向こうに着いてから次第だな」
エムジーの質問に首を捻りながらリリーが答える。その一方でベラとモブリスとオルカ、そしてライチとカリンの『突撃組』は既に立ち上がり、玄関の方へと歩き始めていた。
「遊びはこれでお開き、かな」
「そうなるだろうな。でもこれからいくらでも出来るだろう。続きはまた明日だ」
どこか残念そうな様子のオルカにアロワナがそう答える。その横でアカシアは「せやせや。続きはまた明日や」と呟き、麻雀卓を片付けようと小っちゃな体を動かそうとしていた。
「ああ、ちょっと」
だがアカシアの動きに気づいたベラが、そう言って彼の行動を制する。不思議に思って顔を向けたアカシアに対し、ベラが真剣な表情で言った。
「点数計算しておいてください。確か私が勝った所で終わっていたと思うので」
「くそっ、しっかり覚えていやがった」
その時までの段階でベラにこってり搾り取られていたモブリスが忌々しげに呟いた。その呪詛めいた言葉を背に、ベラたちは家の外へと出て行った。
外は既に薄闇に包まれていて、空の上には欠けた月が浮かんでいた。
「綺麗な月」
カリンがうっとりとした声で呟く。彼女の言う通り、月はとても綺麗に輝いていた。
「ああ、本当にな」
カリンに合わせてリリーがそう答える。だがその顔には明らかに渋面を浮かべていた。
「いつもより綺麗すぎる。嫌な感じがするぜ」
涼やかな風が頬を撫でる中、ライチは空気が張り詰めていくのを感じた。




