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第八十話「緩く、速く」

 木造家屋の中はシンプルな作りだった。玄関、調理場と隣接したリビング、浴場、トイレ、寝室、以上である。

 そこに置かれていた家具家電類もシンプルだった。木製のテーブル。木製の椅子。木製のベッド。ベッドの上には厚めの毛布が敷かれ、キッチン周りはステンレス製。縦長の冷蔵庫もステンレス製。浴槽は木製でシャワーは防水加工済みのプラスチック製。洋式便器は磁器で出来ていた。


「今日から皆さんにはここで生活してもらいます」


 空き家となっていた家をぐるりと案内し終えた後で一度家の外に出てから、ショーは全員を前にしてそう言った。


「ここで寝泊まりしつつ、畑を耕す。それが皆さんに行っていただきたいミッションです」

「質問いいか?」


 ジンジャーが手を挙げて言った。ショーが頷く。


「ここには他に誰か済んでいる人がいるのか?」

「ええ。ざっと四百人ほどですね」

「何を耕しているんだ?」

「色々です。一応、メインは野菜類となっています。種を植えたばかりなので発芽するのはまだまだ先ですが。誰に何を育てていただくかは、また後日にお知らせします」

「地上は小麦畑になっていたんだが、あれとは別の人がここで作業しているのか?」

「はい。小麦畑を管理しているのは、ここである程度経験を積んだ人達です。ようはベテランですね」


 ショーの淀みない回答を受け、ジンジャーが満足げに頷いた。彼女が引っ込むと、今度はギムレットがおずおずと手を挙げた。


「あ、あのっ、質問いいですか?」

「ええ。なんですか?」

「こ、ここ、ここにはいつまでいればいいんでしょうか?」

「期間としては、短くても五年ほどですね」

「ごねん?」


 ギムレットが呆気に取られた声を出したが、横に立っていたパインがその脇腹を突きつつ言った。


「別に問題ないだろう。もうどこにも行く所無いんだから」

「あっ、そうでしたね」


 指摘を受けて恥ずかしげに、そしてどこか寂しげにギムレットが言った。二人から離れた位置に立つカリンがか細い声で漏らす。


「五年も地下にいなきゃいけないのか……大丈夫かな……」

「大丈夫だよ」


 そう言って、ライチが彼女の肩を優しく叩く。


「大丈夫。きっとなんとかなる。それに仕事休みの時には地上に上がれると思うよ――ですよね?」

「ええ。それはもちろん」


 観光地はこれといってありませんが。ショーが苦笑交じりに答える。カリンの表情は完全に安心しきってはいなかったものの、それでもほっとしたように胸を撫で下ろす。


「期間が過ぎたらボク達はどうなるんだい?」


 オルカの質問である。ショーが彼女の方を向いて言った。


「それまでの皆さんの状況によって判断します。地上に挙がって小麦畑の育成に回ってもらうか、もう数年間ここで働いてもらうか、それともゴーゴンプラントのような船に乗って地球を回ってもらうか……これ以外にも選択肢はまだまだありますし、現段階では何とも言えないのが現状です」

「ボク達に決定権は無いと?」

「交渉には応じます」


 澄まし顔できっぱりとショーが言い切る。面白く無さそうにオルカが顔をしかめる一方で、レモンがおもむろに手を挙げた。


「一つ、私からも質問してよろしいでしょうか?」

「ええ。なんですか?」


 ショーの言葉にレモンが頷く。その顔は酷く真剣で、いつものにこやかな様子はなかった。


「私の両親は」

「両親?」

「父と母は、いまもここにおりますか?」





「そう言えば、あいつ家出したとか言ってたっけな」


 ジンジャーが懐かしげに目を細めて言った。独り言では無い。自分の周りにいる観客に言い聞かせるように言ったのである。

 彼女達は今、ニューヨークシティにある空家の中でも一番大きな一軒家の中にいた。そこにはそれまでショーからニューヨークシティの説明を受けていた全員が集まっており、説明と質疑応答を終えた彼がいなくなってから一度外に出て全員がたむろせる家を探そうと言う事になってこの家を見つけ、クルー全員で占領してリビングを陣取ったという次第である。なお、発見した家への行軍の途中で前からここにいた農民――ニューヨークシティ市民に何度か出会ったが、全員が全員素朴で温厚な性格をしていた。


「畑仕事ばっかしてると、誰でもあんな風になるのかしら?」


 ちなみに『市民』との四度目の邂逅の後でカリンが放った質問に対し、はっきりと回答出来た者はいなかった。

 閑話休題。家を占拠した後の時間に視点を戻す。

 この時彼らが集まったのは部屋割りを決めるためであったのだが、気がつけばこうして本題と関係ない四方山話に花を咲かせていた有様であった。ライチとジンジャーが地球に降りる羽目になった原因から始まって、シンジュクやオキナワでの活躍の内訳。そしてオキナワでの騒動が一段落してからリリーを拾い上げた所まで話が進んで、今に至る。


「ああ、たしかそう言う事になってたね。いつの頃の話だっけ?」


 ライチの問いかけにリリーが答える。


「俺がオキナワで拾われて、そこを出る時だな。確か俺が話したんだ」

「もう随分昔の話に思えるな」

「まったくだ」


 ジンジャーの言葉にリリーがケラケラ笑って応える。他の面々も苦笑を漏らしたり穏やかな面持ちでその話を聞いていたが、特にギムレットは目を輝かせて一心に聞き入っていた。


「それよりお前、いいのか?」


 と、ジンジャーがリリーに話しかけた。「ん?」と聞き返すリリーにジンジャーが言葉を続ける。


「レモンと一緒に行かなかった事だ。お前の両親、まだここにいるんだろ?」

「ああ……」


 そう言われて、リリーが視線をどこか遠い所へと向けた。


「俺は別にいいんだよ。特に報告する事とかないし。レモンはケジメをつけに行くとかなんとか言ってたけど、俺は会う気とか全然ねえしな」


 さらりと返す。この時彼女が見せた態度は、もしかして彼女は両親が嫌いなのだろうかと疑ってしまうほどの乾いた物だった。


「俺はあいつら嫌いだぜ」


 そう疑問に思ったライチの質問に対し、リリーはまたもあっさりと答えた。


「……どうして?」

「レモンを殴ったからだ。妹を傷物にしやがって」


 カリンの質問にリリーが答える。特に最後の部分は苦虫をかみ潰したような表情を浮かべて吐き捨てるように答えており、彼女がどれだけ肉親を嫌っていたのかが良くわかった。


「でも、その妹を殴った人の所に、肝心の妹が一人で向かった訳でしょう? 付き添ってやろうとか考えなかったの?」


 今まで冷蔵庫の中身をあさっていたモブリスが、ドアを開けて中に上半身を突っ込んだまま尋ねる。それに対して、周りに聞こえるようにわざとらしく鼻で笑ってからリリーが答えた。


「レモンはデミノイドなんだぜ? 親父の拳骨なんざもう効かねえよ。だからあいつ一人でも大丈夫だよ」

「会いたくないのが本音でしょ?」


 冷蔵庫の中から上半身を引っこ抜き、手にトマトを持ってドアを閉めつつモブリスが言い放つ。それに対していかにも不機嫌そうにふて腐れた顔でリリーが返す。


「ああそうだよ。悪いかよ」

「別に。会いたくないならそれでいいけどさ」


 モブリスが澄まし顔でそう答えてからトマトを囓る。冷たい果肉と肉汁が口の中いっぱいに広がり、甘酸っぱい味が舌の上を転がる。いいトマトだ。


「とにかく、俺は会う気はねえぜ」

「向こうから催促されても?」

「くどい」


 ギムレットの意見をバッサリ切り捨てる。もはや彼女に取り付く島も無く、かといって他に話す話題も特に無く、気まずい空気が流れ始める。

 初心に帰って部屋割りを考えようとかいう建設的な意見はそもそも彼らの頭の中から消えていた。


「……そ、そう言えばさ」


 そんな中で、ライチが意を決して口を開いた。


「確かその後で、リリーとかと一緒に麻雀やったよね」

「麻雀? やったのかい?」


 するとその言葉に何故かオルカが食いついた。


「うん。まあちょっとだけだけどね」

「……散々な結果に終わったけど……」


 クチメがそう言ってイナの顔を見やる。オルカと同じく義体を使用してこの場にいたAI三姉妹の長姉は、彼の言葉と視線を受けるなりバツの悪そうな表情を浮かべて目をそらした。


「あ、あの時は、まだ準備が不十分だっただけです。あのような失敗はもう二度と起こりえないと思ってもらって構いませんから」

「そうなのかい?」

「ええ。その通りです」

「そこまで言うなら、今度ボクと勝負して欲しいな」


 意地を通そうとするイナに向けて穏やかな微笑を浮かべつつ、その瞳を活き活きと輝かせながらオルカが言った。彼女の様子を見て取ったアカシアが不思議そうに尋ねる。


「なんや、随分ウキウキしとるなあ。そないに麻雀やりたいんか?」

「名前やルールは前にデータベースで調べたから知ってるんだけど、実際に遊んだ事は無いからね。一度自分で遊んでみたいと思ってたんだ」


 子供の様に頬を紅潮させ、瞳に星が宿ったかの如く両目を光らせて、オルカがうっとりと呟く。


「一度言ってみたいんだよ。ロンとかツモとか」


 そしてオルカの独白は止まらない。


「点棒も持ってみたいし、麻雀牌も持ってみたい。ハコも被ってみたいな。他にもやりたいことが沢山あるんだ」

「さ、さよか」

「まさか、君もやったことあるのかい?」

「うええっ?」


 相槌を打っていたらいきなり話を振られた。若干動揺を見せた後でアカシアが答えた。


「ウチか? ウチはまあ、昔はしょっちゅうやってたで」

「へえ。勝ってたのかい?」

「そりゃあもう、連戦連勝や。ウチはギャンブルには負けた事あらへんからな。いやあ、笑いが止まらへんかったで」

「それは面白そうだ。今度お手合わせ願おうかな」


 興味津々とばかりにオルカが言い、それを聞いたアカシアが愉快そうに高笑いを飛ばす。しかしその笑い声をBGMにしながら、イナが不意に声を上げた。


「しかし、麻雀道具一式はどこにあるのですか?」

「ここにあります」


 刹那、彼女の言葉に答えるように玄関口から声がした。全員が咄嗟にその方へ顔を向けると、そこには背中に風呂敷に包まれた何かを背負った一人の女性が仁王立ちで立っていた。


「あいつは確か」

「げえ」


 パインが脳内から目の前の人間の名前と顔を引っ張り出し、既に照合を終えていたエムジーが露骨に顔を歪ませる。


「ベラ・ベラドンナ!」


 イナが思わず叫びながら立ち上がる。ギムレットが咄嗟にエムジーの後ろに隠れる。他の面々も驚きの表情を隠せずにいた。そんな彼らの反応を――特に小動物のように身を縮込ませるギムレットを穴の開くほどに――見てから、小首を傾げてベラが言った。


「何を驚いているんですか? 私はここの警備部隊の隊長を務めていると前にお話ししたはずですが」

「お前がいきなり出てきた事の方に驚いてるんだよ」


 気配も見せず、音も無く現れたベラに対してリリーが口を尖らせる。しかしベラはそれを聞いて、「それの何がおかしいのか?」と言わんばかりに怪訝な表情を浮かべた。


「なんでそんな顔してるんだよ」

「いえ、警備部隊の隊長としてこれくらいは出来て当然なのですが」

「は?」

「気配を消し、目標に気取られぬよう動く。警備部隊の隊長ならば会得して当然のスキルです」


 己のなだらかな平原を誇示するように胸を反らしてベラが言い放つ。それはむしろスパイや暗殺部隊が持つべき技能では無いのか、とクルーの内の何名かが思ったが、それを口にするより前にベラが言葉を放った。


「それより、麻雀をなさりたいそうですね」

「ああ、そうだよ」

「それは重畳」


 迷い無く放たれたオルカの言葉を受けてベラが柔和に微笑む。そして背中に背負っていた物を足下に降ろし、自身もその場に腰を降ろす。


「それは?」

「麻雀道具一式です」


 ベラが風呂敷を解いて中身を露わにする。そこには確かに、麻雀に必要な道具が全て揃っていた。折りたたみ式の牌置き場に麻雀牌、そして点棒。準備万端である。


「なんであるんだよ。麻雀は世界共通の遊びなのか」

「いや、他にもトランプとかチェスとか色々ありますよ。ただ私が一番得意な遊びがこれってだけな話でして」


 呆れたように呟く火星人ジンジャーにそう答えながら、ベラが慣れた手つきで始める準備を進めていく。それを見てスバシリがすぐさま声を上げた。


「え? 今からやるの?」

「違うのですか?」

「オルカの奴はあくまでやってみたいって言っただけで、今すぐ遊びたいって言った訳じゃないよ」

「そうなんですか?」


 スバシリの言葉を受けてベラが軽く驚きながらオルカの方を見る。そんなベラにスバシリが再び言葉をぶつけた。


「て言うか、あんた警備部隊の隊長なんでしょ? いいの遊んでて?」

「それは別に問題ありませんよ。今は私のシフトじゃないんで」

「いいのかよそれで」


 リリーが思わず頭を抱える。ライチはもう諦めたように窓越しに遠くを見つめていた。。


「正直、仕事する以外の時間は暇で仕方ないんですよね。何回も同じ面子で遊ぶのもマンネリ気味になってきましたし、あなた方がやって来た事は私にとっても渡りに船だったのですよ」


 ああそうですか。そう言おうとしてライチがベラの方へ目をやると、そこには既に牌を並べ終えて腰を落ち着かせていたベラとオルカとアカシア、そしてなぜかイナがいた。


「あの日以降、わたくしは一日たりとも修練を怠った事はございません。あの時の無知故の屈辱、今ここで晴らしてやります!」


 完全にスイッチが入っていた。もう駄目だ。おしまいだ。


「さて、始めましょうか」


 頭を抱えたライチをよそに、ベラがいかにも愉快そうに微笑みながら遊技の開始を宣言する。もう部屋割りどうのという話題は完全に彼らの頭の中から消え去っていた。


「俺もレモンと一緒に行けば良かったかなあ……」


 会誌から数分後、胡座を掻いていたリリーが壁により掛かりながらそう弱々しく呟いた。後の祭りだった。





「……これはどう言う事ですか?」


 同時刻。シティの中で最も大きな広さを持つマクラーレンの邸にて。

レモンは久方ぶりに再会した自分の父親の胸ぐらを掴んでその体を持ち上げていた。その傍らでは彼女の母親が床に崩れ落ち、申し訳なさそうに顔を俯かせていた。


「何故答えないのですか? 言えば楽になるというのに」

「それは……」


 娘からの追及に対し、父親は苦し紛れに言葉を漏らす。

 彼女の父親は筋骨隆々の大柄な男だった。体だけで無くその顔つきからも威厳が感じられた。額を丸出しにするくらい撫で上げられた白髪を持ち、口元を隠すくらい整えられた白い顎髭を蓄え、細められた両の瞳は皺だらけの顔面の中にあってなおも衰えを見せなかった。

 しかし、そんなかつてはマクラーレンの子孫として君臨するにふさわしい威厳を湛えた彼も、娘に片手で持ち上げられていた今は死期を悟った老人の如く見る影も無く萎縮しきっていた。


「いい加減に白状してください。父様、これは――」


 そこでレモンが言葉を切り、床に落ちている物に目を向ける。


「なぜ、ここに、これがあるのですか?」


 そこにあったのは箱形の通信機。

 衛星経由での星間通信も可能な最新型。

 問題はそこから流れてくる通信の内容。


「おい! どうした! なぜいきなり黙っている! 青空の会は腰抜け共の集まりなのか!」


 レモンの形の整った眉がぴくりと動く。そして冷たく静かな声で再び父親に問い詰めた。


「なぜ、父様が青空の会と呼ばれているんでしょうか? それだけを答えてくだされば、私もこれ以上の暴力は振らずに済むのですが」

「ぐうっ……」


 胸ぐらを掴まれて苦しいからか、それとも単純に言う気が無いのか、父親はなおも呻き声を漏らすだけだった。レモンが春風のように柔らかな笑みを浮かべて三度口を開く。


「ねえ、父様? どうかかわいい娘に答えてくれないでしょうか?」

「……」

「おい! 首領! いい加減にしろ! こっちにもノルマがあるんだ、お前らにはそれに答える義務があるんだぞ!」


 父親は何も言わない。もう呻き声も返さない。

 直後、春の笑みを消して厳冬のように表情を凍り付かせてレモンが吐き捨てた。


「答えろよ」


 父も母も何も言わなかった。


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