第七十六話「色々な思惑」
「なるほど、わかりました。以上で質問は終了となります」
「最終決定が決まるまで、皆さんにはこちらで用意した施設に滞在していただきます。やや窮屈かも知れませんが、ご容赦ください」
三人いたスーツ姿の男の内の二人が、テーブル越しに目の前に座った四人に向けてやんわりとした口調でそう言った。それと同時に最後の一人が立ち上がり、彼から見て四人の後方にあったドアの所まで近づき、ノブを掴んで音もなく開ける。
「ここの見取り図については、そちらのAIに電子データとして送っておきます。合流した後にご確認ください」
ドアを開けた男が二人と同様に礼儀正しい口調で言った。それは嘲笑や侮蔑の籠もっていない、一流ホテルのスタッフが宿泊客に対して見せるような礼儀正しさを秘めた物だった。
「ど、どうも」
「ありがとうございました……」
そんな親切丁寧な応対を前に、事情聴取を受けに来ていたライチとカリン――四人グループのうちの二人は揃って毒気が抜かれたような顔をしていた。残りの二人の内、メイド服姿のモンブランは緊張の糸が切れたかのようにそれまで座っていたパイプ椅子の背もたれにぐったりと身を預け、クチメは腰掛けたまま眠そうに欠伸を噛み殺していた。
それぞれの取ったリアクションは違っていたが、その心中にある物は同じだった。たとえて言うなら、鳩が豆鉄砲を食ったような心持ちである。
「……なんか、拍子抜け?」
「うん……」
実際の事情聴取が、自分達の想像していたのとまるで違っていたのだ。
本当に全く身に覚えがないのだが、この時のカサブランカ他三隻のクルー達は、未来の火星人のエリート達に危害を加えた犯罪者という事になっていた。なのでそれについての事情聴取を受ける事になっていた面々は、全員が「自分達は徹底的に追及される」「自白を強要される」「いじめ抜かれる」と、顔にこそ出さなかったものの等しく戦慄を感じていた。
「頑張ろう! 自分の身は自分で守ろう!」
そしてそんな先入観から、彼らは何が起きても大丈夫なように心に壁を作り神経を張り詰め、大樹が地面に根を張るようにどっしりとした心構えで望んだ。
だが現実は、そんな彼らの努力を須く無駄にした。
担当者らの態度は非常に物腰が軽くて親しみやすく、場の空気も緊張とは無縁の和やかな物だった。まるで長い間音信不通だった知己に再会したかの如く、若干の距離感と躊躇いの含まれたフレンドリーさで持って接して来たのである。そしてそれは嫌疑のかけられたクルー全員に対して取られていた。
とにかく、担当官はクルー達に対してフランクではなかったが友好的に接して来た。それこそ優しすぎて逆に何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまうほどに優しすぎたのだった。
「なあ。あいつらやけに親しげというか、控えめな態度を取って来たんだが」
なので、何でなんだ? と、事情聴取から帰ってきたばかりのジンジャーがそこで待機していたベラに尋ねていたのも無理からぬ話だった。この時ベラは教壇の前の椅子に腰掛けながら雑誌を読んでおり、それを聞いた後は他の人達の好奇の視線を全身に感じつつ雑誌から目を離し、ジンジャーの顔を見上げながら答えた。
「あなた達は同胞であり、客人ですから」
「犯罪者でもあるんだが」
「まだそうと決まった訳じゃないでしょう?」
卑屈になりすぎですよ。そう答えて、ベラは再び手元の雑誌に視線を戻す。ジンジャーはジンジャーでどこか釈然としない風に苦い顔を浮かべながら、すごすごと空いてる席へと戻っていった。
結局、全員分の事情聴取――という体の談話会は、一時間で終了した。その後クルーはそれぞれが担当官から言われた通り、本部にある宿泊施設へと誘導されていった。
「これもう、完全にお客様扱いだよね」
ベラに誘導されるままに部屋を出て、真っ白に塗り固められた通路を歩きながら、ライチが一人呟いた。その時、彼の前を歩いていたレモンが歩く速さを遅らせてライチの隣につき、彼の横顔を見ながら言った。
「まあ無碍に扱われるよりかはずっとマシですし、ここは大人しく、暫くお客様でいた方が良いかもしれませんねー」
「何か見返りを求められそうで怖いんだよなあ……」
「その時はその時ですよー」
「そうかな?」
「そういう物ですよー」
そう言って明るく笑ったレモンにつられて、ライチも自然と笑みをこぼす。なんだか体が軽くなったような気がして、ライチはレモンに心の中で感謝の意を述べた。
この時、そんな二人を背中越しに見た何者かが舌打ちをしたのだが、それに気づく者はいなかった。
寝泊まりに使う部屋は一人に一室ずつ宛がわれる事となった。元々の職員の数が少なく部屋が余っているからこのような措置が取れたと、ベラは歩きながら説明した。ちなみに元々ここの職員の一人であったショー・コッポラは事情聴取が終わるとベラ達と離れて別の所へ向かっていった。あの人にも仕事があるんですよ、とベラは興味なさそうに言った。
やがてそうこうするうちにいくつもの白いドアが規則的に並んだ通路に出た。ベラは個室の扉の前に立つとランダムに一人を指名し、その人だけを連れて部屋の中に入った。
「こちらが今日から暫くの間、あなたが寝泊まりしていただくお部屋となります」
閉めきったドアの向こうから淡々としたベラの言葉が響き、それと同時に導かれた者の様々な感情を込めた声が聞こえてくる。それは短い驚きの叫びであったり魂の抜けたような呟き声であったり人によってまちまちで、しかしその中に恐怖や怒りに満ちた声は一つも上がらなかった。そこには驚愕しかなかった。
そうしてそれらの声が聞こえてきてから数分の沈黙が続いた後、ベラだけがドアを開けて外に出てきた。
「では、次に行きましょう」
ベラの声は淡々としていたが、初見のリアクションを見て楽しんでいるのだろうか、その顔には微笑をたたえていた。
何があるのか。クルー達はとても気になった。そんな待ちきれないといった風の態度も、ベラには程良く愉快な物に映ったのだろう。笑みがより深みを増していったのを見て、ライチはそう確信した。
「では、こちらです」
結局、最後に残ったのはライチだった。そのライチが今、ベラを先頭にしてドアの奥へと足を踏み入れる。
「こちらが今日から暫くの間、あなたが寝泊まりしていただくお部屋となります」
部屋の中に入って、ライチはまず愕然とした。そして口を開けたままその内装を食い入るように見つめた後、首だけを回して肩越しにベラを見つめ、震える声で言った。
「本当に、ここで寝泊まりするんですか?」
「はい。その通りです」
ベラにはっきりと肯定され、ぐうの音も出せなくなったライチがブリキ人形のように震えながら首を元の位置に戻す。そして顔が正面を向いた段階で視線だけを動かし、改めて室内を見渡した。
「こんな、こんな所で……」
「お気に召しませんでしたか?」
背後からのベラの言葉に、掠れた声を出すのを止めてライチが首を横に振る。こんな物を前にして、気に召さないと言う方が間違っている。
「凄い。凄すぎる」
そこは人並み以上の生活を送るために必要な物が全て揃った、非の打ち所のない居住空間であった。床には入り口から部屋の奥に至るまで、金色の植物が腰をくねらせて絡み合ったような装飾の施された薄緑色の絨毯が敷き詰められ、ザラザラした壁は白く清潔で、天井に嵌め込まれた電灯から柔らかなクリーム色の光が投げかけられていた。
出入口のドアを開けて中に入ると、まずは大人一人が歩ける程度の広さを持った短い廊下に出る。その廊下の右側には中でのびのびと体を伸ばせるサイズの浴槽が収まったバスルーム――シャワーと浴槽は別々である――があり、左側の手前には洋式トイレ、その隣にロッカーがあった。
それらを越えて前に進むと、今度は奥の壁一面がガラス張りになった開放的な空間に辿り着く。その右側には肉厚で見るからにふかふかな純白のキングサイズベッドが置かれ、ベッドの向かい側には三人まで使えるサイズのテーブルが据え付けられ、そしてその上にはスクリーンが空中に出現するタイプのコンピュータが二台、そして三人分の椅子が置かれていた。コンピュータの上には連絡用の電話が、テーブルの隣には小型の冷蔵庫が設置されていた。
まさに至れり尽くせり。そこは自分が置かれている状況を忘れてしまうほどに豪華な作りであり、あまりにも豪華すぎて自分が使っていのかと躊躇うくらいであった。
「こんな凄い所、本当に使っていいんですか?」
「ええ、構いませんよ。それにここで働いている他の職員もこれと同じくらいの部屋を使っていますから、気兼ねする必要はありません」
前を向いたまま尋ねるライチに平然とベラが返す。それを聞いたライチは勢いよく後ろを振り返り、ベラを真っ直ぐ見つめながら言った。
「でも、僕達確か、火星から疑われてるって」
「容疑者がこんな豪華な所を使っていいのか、と?」
ライチが無言で頷く。ベラが苦笑して答えた。
「でも、えん罪なんでしょう?」
「それはもちろんそうですよ。でも証拠とか無いし」
「こちらとしては、あなた方が無実であって欲しいと思っているのですよ。それこそ、例え虐待が事実であったとしても、強引に無罪として片づけてしまおうと考えているくらいに」
淡々とそう告げたベラに、ライチはこの時初めて僅かながら恐怖を覚えた。目的のためなら手段を選ばない人間。自分はそんな冷たい人間と相対しているのだと、一瞬ながら思ってしまった。
そして背筋を氷の舌で舐められたような寒気を感じながら、ライチが恐る恐る尋ねた。
「ど、どうして、そこまで?」
「そこまで、とは?」
「強引に無罪って、やっぱりしちゃいけないと思うんです。なんでそうまでしようと思ったんですか?」
「ああ、そう言う事ですか」
さして問題でもないと言う風にさらりと言った後、ベラがライチの両目を見つめながら答えた。
「それは簡単ですよ」
「簡単?」
「私達、火星が嫌いだからです」
「それ、本気なんですか?」
「ああ。カサブランカの話を聞いてたら、そろそろ潮時かと思ってね」
同じ頃、オートミールのいる部屋に通されていたショーは、そこで目の前に腰掛ける総司令官が自分と軽い再会の言葉を交わし合った後に放った台詞に耳を疑った。
「いくらなんでも、そんな簡単に上手く行くとは思わないのですが」
「やらないままで燻っているくらいなら、やった方が精神的に健康だとは思わないかい?」
「あのねえ……」
こちらの言葉を遮って意味不明な事を口走る総司令に、ショーは久しぶりに彼の奇行に辟易する気分を味わった。このオートミールの言動を受けたショーは「自分のホームに帰ってきた」と実感し感慨深くなる一方、「やっぱり帰るんじゃなかった」と真剣に悩んだりもした。
「まあ、それはとにかくさ。さっきの件、君の方でも良く考えておいてよ」
しかしそんなショーの葛藤など露知らず、オートミールがさらりと言ってのける。ショーはそんないつも通りの司令官の軽い調子を受けて反骨精神をすっかりそぎ落とされ、何事も無難に済ませようという飢えた草食獣の如き疲れた顔を見せて言った。
「自分はやっぱり不安です」
「どうしてだい?」
「火星は大きすぎる」
「そうでもないさ」
「なぜ?」
首を傾げるショーを見据えながらオートミールが答える。
「我々が敵に回すのは火星じゃないからだよ」
「ではどこと?」
「人間だよ」
決まったと思ったのか、オートミールは唇の端を吊り上げてドヤ顔を見せた。




