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第七十五話「聴取開始前」

「……という文面が来ているんだが、君はどう思う?」


 カサブランカがニューヨークに来る一日前。総司令オートミール・オートバーンは自分が持っていた紙片を差し出しながら、正面に立つベラ・ベラドンナにそう尋ねた。


「どう、と申されましても」


 差し出された紙片を受け取り、それを見つめながらベラが静かに返す。


「ここのリーダーはあなたです。我々はあなたの決定に従うだけです」

「しかしここの警備部隊長は君だ。この報告が本当であったとして、彼らが実際にここに来た際にどう動くべきか、部隊長としての君の意見を聞いてみたいんだよ」

「彼らを犯罪者と断定して拘束するか否か、ですか」

「ああ。それで、どうなんだ」


 オートミールが神妙に頷く。ベラは紙片を持つ手を下ろしてから一度深呼吸を行い、眼前で腰掛ける総司令の目を真っ直ぐ見据えながら言った。


「するべきでしょう。物証も何もあった物ではありませんが、それでも火星を敵に回すのは得策ではありません」

「やっぱりか」

「そして一度縛った後で、彼らから改めて話を聞けばいい。それがベターかと思いますが」

「ベターね。じゃあベストは?」

「縛ってすぐに火星に突き出す」


 淀みなく答えたベラにオートミールは苦笑するしかなかった。


「まあ、それが一番なのかねえ」

「そうでしょう。我々は仮にも火星政府直属の組織なのですから」

「でもそれ送ってきたのは企業のトップ連中だけど?」

「今の火星政府は企業の奴隷でしょう?」


 お前もとっくに知っているんだろう。そう言いたげなベラの口ぶりに、オートミールは苦笑を通り越して呆れるしかなかった。


「良くそんな事がズバズバ言えるね」

「ここは地球ですから」

「監視されてるとかは考えてないの?」

「司令はそこまで他人が信じられないような人間でしたでしょうか?」

「ああもういい。もう何も言わなくても良い」


 俺の負けだと言わんばかりにオートミールが両手を挙げる。そしてベラの顔を真っ直ぐ見上げながらオートミールが言葉を紡ぐ。


「じゃあ、この件は全て君に任せるよ。でも個人的には、なるべくベターな方法で事を収めて欲しいな」

「了解しました。ベターな方で、ですね?」

「ああ。そうだ」


 オートミールが頷き、ベラが背筋を伸ばして両足の踵を揃えての綺麗な敬礼でそれに答える。


「それでは、今より準備にかかります」

「何度も言うが、ベターな方でだぞ。彼らの身柄の確保が最優先だ。いいな?」

「サー」


 オートミールの出した指示に胸を反らしてそう答えた後、ベラは流れるような動作で踵を返し部屋を後にした。そのスラリと伸びた背中を見つめながら、オートミールはため息を一つ吐いてから言った。


「また面倒事が増えたな……」





「と言う訳で、今から君達にはランダムで決めたグループごとに事情聴取を行っていきます。その間、残りのメンバーにはここで大人しくしていてもらうのですが、異存は無いですか?」


 そんなかつてオートミールとの間で話し合った事を告げた後で、ベラは自分と向かい合うように腰を下ろしていた疑惑の渦中にあるクルー達を見渡した。その中にはかつてニューヨーク本部で働いていたショーも入っていたが、ベラは彼を特別扱いしなかった。

 彼女達が今いるのは小さな会議室と言ったような場所で、壁は白く床には灰色の絨毯が敷かれ、天井に付けられたいくつもの蛍光灯によって室内を照らすのに十分な光量が与えられていた。後は立ち尽くすベラの背後にあるホワイトボードとライチ達の座るパイプ椅子、そしてそのパイプ椅子を四脚仕舞えるだけのサイズを持ったプラスチック製の長テーブルが規則的に並ぶだけの簡素な部屋だった。


「そちらが大人しくしてくれるのなら、こちらも手荒な真似はしません。拷問や尋問も無しです。だからそちらも、正直にこちらの言う事に答えてほしいです」


 四人一組になってテーブルの前に座り、こちらをじっと見つめてくるクルー達に対して、ベラはそう静かに言った。クルー達の中からどよめきも反論も上がらなかったのを見て、ベラが言葉を続けた。


「さて、そろそろ担当官が来る頃ですが、その前に何か聞いておきたい事はありますか?」

「質問いいですか?」


 ベラが口を閉ざして目を細め、声のした方に目を向ける。


「どうぞ」


 ベラとエムジーの視線が交錯する。その刃物のように鋭い視線を真っ直ぐ見返しながら、エムジーが思い切って言葉を放った。


「もし火星から送られてきた苦情の内容と私達の証言が食い違っていたとしたら、そちらはどっちを信用するんですか?」


 火星人達に自分達が危害を加えたという証拠を提示する事が出来ないのと同じように、自分達も火星人達に危害を加えていないという事を証明出来る物はない。物証がないのはどっちも同じなのだ。

 その事を聞いたベラは暫しの間自分の顎に自らの白魚のような指を当てて考え込んでいたが、やがて指を顎から離して顔を上げ、エムジーを真っ直ぐ見つめながら言った。


「内容にもよりますが、恐らく私達は君達を信用すると思いますね」

「なぜですか?」


 自身を擁護する発言を前にしても喜ぶ素振りを見せず、あくまで冷静にエムジーが問いかける。そしてベラもまた真顔で答えた。


「君達の方が信用出来るから」

「同じ組織にいるから?」

「ああ――いや、言い方を変えましょう。私は火星人が嫌いなんです」


 バッサリと言い放つベラを前に、カリンの肩が一瞬びくりと震える。それに気づかずにベラが続けた。


「火星の企業連中、その上層部の人間共が特にいけ好かない。奴らは金と権力しか眼中にない老害共。それ以外の全ては自身の目的を果たすための手駒としか思っていない。そんな奴らを好きになれという方がどうかしている。無理だ。不可能だ。それに今回の事にしたって、そんな奴らの息子や娘が無駄に高いプライドを振り回して、周りの状況や相手の事情も考えずにピーピー騒ぎ立ててるだけの話だ」


 ベラの言葉に熱がこもり始める。ぱっと見では表情も口調も大きく変わってはいなかったが、その裏側には煮えたぎるマグマの如き怒りの念が込められていた。

 僅かに震え始めた声でベラが続けた。


「あいつらは小さい頃から褒めそやされて育ってきたから、自分の言う通りにならないのをとにかく嫌う。おまけに両親もそれを聞いても罰しようとはしない。甘やかしっぱなしだ。メイドも執事もそれに従うだけ。そのお陰で、十数年もすれば他人の迷惑も顧みない迷惑な連中が出来上がる。だから私個人としては、奴らの言い分は全て無視してもいいとさえ思っている。あいにく組織としてみた場合はそうもいかんのだがな。まったく忌々しい。第一――」

「落ち着け。言葉遣い乱暴になってるぞ」


 一息にまくし立てたベラに向けてジンジャーが言った。そしてそれを聞いて我に返ったかのように目を見開いたベラに対し、ジンジャーが「何かあったのか?」と問いかける。

 ベラは目を閉じ、小さく頭を振ってそれに答えた。


「申し訳ありません。嫌いな奴らのことを考えていたら、つい熱くなってしまって」

「熱くなったって言うか、もう全身燃え上がるってくらい熱がこもってたけど。何かあったの?」


 モブリスが問いかける。ベラは首を横に振って答えた。


「昔、火星企業の重役の一人の所でメイドとして働いてた事がありまして」

「メイド? 重役の?」

「詳しいことは後で話します」

「や、別に無理して話さなくてもいいけど」


 モブリスが申し訳なさそうに言った時、彼らの背後にあったドアがゆっくりと開かれた。気配を察した全員がその方へ顔を向けると、そこには灰色のスーツをしっかり着こなした二人の男がバインダー片手に立っていた。


「ではこれより、事情聴取を行います。こちらの呼んだ方々から順に、隣の部屋に向かってください」





 一つのモニターだけが弱々しく光を放つ暗闇の世界で、椅子に腰掛けた影は面白く無さそうに貧乏揺すりをしていた。その血走った両目はモニターを真っ直ぐ見据え、そこに映っている物を睨みつけていた。


「それは本当なのか?」


 苛立たしげな影の放った声に対し、モニターに映っていた物――髭を蓄えた一人の男が頷いた。


「ああ。どうやらドーンズは火星との縁を切るつもりらしいな」

「まさか、そんな事が」

「いい加減、連中も戦うのに疲れたんだろう。ソウアーに合流する者達も現れているらしいからな」

「ふざけるな!」


 影が吼え、椅子を蹴飛ばすように立ち上がる。額から脂汗を流し、爪が皮膚に食い込むほどに拳を握りしめながら影が言った。


「あいつらには、もっともっと戦ってもらわないと困る! こんな所で終わってもらったらこっちが困るんだ!」

「俺に言われても困る。奴らに直接言えばいいだろう」


 だが激昂する影に対し、髭面の男はどこまでも冷静だった。その男の無感動な態度を見た影が、眉をひそめて言った。


「まさか、お前の所も止めるつもりなのか?」


 返事は返ってこない。影がモニターを両手で鷲掴み、顔を近づけて言った。


「止めるのか!?」

「……そうだと言ったら?」


 ひぃっ、と引きつるような音が影の喉から漏れ出た。そしてモニターから手を離し、力なく二、三歩後ずさっていく影に向けて、男が静かな声色で言った。


「正直言って、俺達の所ももう疲れている。戦うのはもうこりごりだと漏らす者も多い」

「だ、だが、まだ敵はいるんだぞ? 勝手に緑化活動を進める火星人とアンドロイドだ。お前達はそいつらが憎くは無いのか?」

「最初は憎いとも思っていたろうな。だが何百年も経てば、いい加減に疲れても来る。全部止めて静かに暮らしたいと思うようにもなる。まあ中には、それでも戦いたがっている奴らもいるだろうが。俺達はそうじゃない」

「軟弱な……!」


 そう歯ぎしりする影に向けて、男が乾いた笑いを見せながら言った。


「だったらお前もこっちに来ればいい。お前はこちらの生活がどれだけの物か知らないから、平然とそんな事が言えるんだ。それに火星人を地球に送り込んだのは実質お前達だろうが」

「生活物資をくれてやった恩を忘れたのか!」

「それには感謝している。だが武器はいらない。あんな物があるから殺気立つ部下が出てくる。だから俺達はもう戦わない」

「誰のお陰で青空を名乗っていられると……!」

「もう放っておいてくれ」


 男の頼み込むような声が影の怒号を遮った。


「俺達はもう誰の干渉も受けたくない。お前達の武器ももう受け取りたくない。いい加減休ませてくれないか」

「休むだと? お前らモルモットにそんな資格があると思って――」

「それが本音か」


 男の疲れ切った声が影の表情を苦悶に歪めさせた。その後何かを言おうとして口をぱくぱくさせる影に対し、男が静かに言った。


「俺達は火星と縁を切る。青空の会としての活動もこれっきりだ」

「お前がそんな事を言って良いのか。青空の会の総統であるお前が」

「俺はただ担ぎ上げられただけだ。何百年も前の理想など知らん。やりたい奴がいれば勝手にやればいい」


 とにかく、と男が不意に語気を荒げて言った。


「俺達はおりさせてもらう。火星とは縁を切る」

「……我々の庇護下から離れて、その後どうする気だ?」

「野菜でも育てて暮らすよ」


 その言葉を最後に、モニターの光が消えた。

 完全な闇と化した部屋の中で、影は一人苦しそうに呻き声を上げた。声にならない声を上げつつ地団駄を踏みならし、何度も地面を蹴りつける。


「……どうしろって言うんだ!」


 そうして散々呻いた後で椅子を蹴っ飛ばし、怒りのままに影が吼える。


「ノルマ! このままじゃノルマが達成出来ない! どうしろっていうんだ!」


 自分の父親が経営する大企業、その企業の将来の重役になれるか否かを賭けた試験――地球で試作品を一定数売りさばくという試験に自分が落ちるかもしれないと言う思いが脳裏をよぎり、影の精神を更に不安定な物にしていく。


「このままじゃ、このままじゃ駄目だ。父さんに見捨てられる。父さんの跡を継げない」


 影がそう言いながら頭を両手でかきむしる。そんな影の目の前に、不意に高級椅子に座り、矢継ぎ早に部下に指示を出していく一人の男の姿が現れる。


「父さん……」


 父親だ。自分にこの試験を課した父親の幻影がそこにあった。そしてその恰幅のいい父の姿が霧のように四散すると、今度は父親とは別の一人の人間の姿が目の前にフェードインしてきた。

 それは一人の女性。影が愛して止まないただ一人の女性。


「……」


 影の父親が彼に試験を課す際に下したもう一つのご褒美――企業の重役の席を約束する以外に父親が提示したもう一つの条件を思い浮かべながら影が呻いた。


「姉さん……」


 この試験をパスしたら、お前が姉と結婚することを許してやろう。

 打ち付けた鉄パイプの中で音が反響するように、父の言葉が頭に響き渡る。だがその言葉は、今の影に絶望しかもたらさなかった。


「試験に落ちる……姉さんと結婚出来なくなる……姉さんと……」


 その場に蹲り、影が力なく呟く。


「姉さん、姉さん、姉さん姉さん姉さん姉さん」


 ここにはいない誰かに縋り付くように、影はひたすらに同じ言葉を連呼する。そして室内に入ったお付きのメイドがそれに気づいて励ましの言葉を投げかけるまで、影は自分の殻に閉じこもってひたすら同じ言葉を呟いていた。


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