第七十三話「船出」
エネルギーの過剰生産による爆死。それがイナの出したベルシンの死因であった。そしてそれを聞いた時、ギムレットは目立ったリアクションを見せなかった。
「これも全部、彼が望んだ事です。ぼくが口を出していい事じゃない」
そう静かに告げるだけで、それ以上は何も言おうとはしなかった。その肩は小刻みに震えていた。
それまでコンソールに貼り付いていたエムジーがそっと近づき、彼の肩に手を置く。ギムレットは振り払う事もせず、逆にその手の上に自分の手を重ねてきた。
「お前達のリーダー、ベルシンは死んだ。これ以上の抵抗は無意味だ。こちらには人間がいるが、それと同じようにアンドロイド達もいる。我々はお前達を区別するつもりはない」
エムジーに付き添われて自室へと消えたギムレットに代わって、降伏勧告はアロワナが言った。それを聞きながら三姉妹は黙って頭を垂れ、オルカは目を閉じたまま静かに紅茶を飲み干した。その彼女の横で、モンブランは一人沈痛な面持ちを浮かべていた。
後処理はあっという間に終わった。
ベルシンが爆死した事を告げられた主流派の面々は、以外にもあっさりとその後の降伏勧告を受け入れた。だがそれは無理もない話だった。
「あいつら……」
「もう、あれだけしか残ってなかったのか」
地上に出てこれたアンドロイドは、全部で十七体しかいなかった。しかもその全てが五体満足という筈も無く、大半の者が体の一部を欠損ないし破損していた。
「どうする」
「治してやった方がいいんじゃね?」
「……それ本気で言ってる……?」
ジンジャーの問いに対してそう答えたスバシリに、危険性を考えたクチメが静かに突っ込む。するとテーブルの上にスクリーンが出現し、以前からそれを聞いていたアカシアがスクリーン越しに会話に入ってきた。
「別にええんちゃう? もう戦いは終わったんやし、今更選り好みとかする必要も無いやろ」
「それも確かに、一理ありますね」
イナがそれに賛同する。結局クチメが折れて、アンドロイド全員を修復する事に決まった。
敵に吹っ飛ばされたリリー本人はピンピンしていた。せいぜい頭に包帯を巻く程度の傷で済み、また乗機であるハピネスも同様に深刻なダメージは受けておらず、配線や装甲板をいくつか交換するだけで済むとの事だった。
「機体の頑丈さに救われた形になったね」
後でハピネスの状態を見たライチはそう語った。リリーは最初の内は戦闘不能にされたにも関わらずゲラゲラと笑っていたが、泣き顔のレモンにこっぴどく怒られてからはそれまでの喧しさが嘘のようにしおらしくなった。
「妹パワーだね」
その一部始終を見ていたオルカが意味不明な事を言ったが、モンブランはその言葉の意味を理解する事が出来なかった。
「これからどうする?」
そうしてあらかたのゴタゴタが片付いた後、アロワナはカサブランカの艦橋に復帰していたギムレットに対してスクリーン越しに尋ねた。ギムレットは予め胸の中で決めていた事を静かに告げた。
「ドーンズ生き残りのアンドロイド全員で、アメリカ大陸に向かいたいと思います」
「敵対していた者達も含めてかい?」
アロワナの横に現れたスクリーンの中に見えるオルカの問いにギムレットが頷いて答える。
「それと、もう火星の人達とは縁を切ります。これからは自分達の意志で、自分達の出来る事をしていきたい」
「よう言うた。それでこそ男や!」
アカシアが素で嬉しそうな声を上げる。手放しで褒められたギムレットは一瞬子供のように嬉しそうな顔を見せるが、すぐに表情を引き締めて『首領』の顔になり、アロワナを見つめて言った。
「それと、アメリカの件について、皆さんに頼みたい事があるのですが」
「頼み?」
大方の予想はついていたが、アロワナは彼の話を聞く事にした。
結局、ドーンズの全員がアメリカ行きを決定した。二つの勢力には最早、自力で立つだけの力が無かったからだ。
輸送にはゴーゴンプラントが選ばれた。これが一番積載能力が高かったからだ。
「なんかこの船、奴隷商船みたいになってきてない?」
「言うな」
疲れた様なエムジーの言葉にアロワナが返す。火星人の次はアンドロイドを収容する事になって、彼自身も自分の立ち位置を非常に気にしていた。
その後の諸々の後始末――死体の埋葬や使えそうな資料収集――や艦船の修復なども含めて、ハワイには五日ほど滞在した。ちなみにここでまともな資料は何も見つからなかった。
「紙の資料は全て風化。データ化された資料も全て修復不可能なレベルにまで破損、いえ、消滅しています」
「消滅?」
「メモリーの部分が丸ごと無くなっているのです。元から無い物をどうこうする事は、わたくし達にも出来ません」
無念そうに俯くイナに、ライチはそれ以上何も言えなかった。
アンドロイド達の収容は出航する最終日に行われた。一列に並び入り口に繋がるタラップを昇る彼らは特に問題も起こさず、とても従順だった。否、長い間の内輪もめや隠遁生活によって疲弊しきった所に彼らが来た事によって、完全に緊張の糸が切れて自意識を喪失していた。彼らの顔に生気は無く、まさに奴隷のようであった。
疲れてきっていたのだ。一刻も早く休ませた方がいい。
「彼らの修復はアメリカに向かいながら行うことにするよ。どこまでやれるかわからないけどね」
出航前のブリーフィングの席でオルカはそう告げ、すぐさま傍らに控えるモンブランにケーキと紅茶を用意するよう指示を出す。そんな気の抜けた光景を見て、彼らは揃って肩の緊張を解していった。
ギムレットは出航直後に倒れた。正確には、ゴーゴンプラントに全てのアンドロイドが乗り込んだのを確認し、事前に全生存者の名前を載せたリストと照らし合わせて漏れが無いのを確認した直後だった。
「かなり疲れてるんだと思う。休ませた方がいいよ」
「じゃあ、私が部屋に連れて行くね」
カリンの言葉を受けてエムジーがギムレットの体を肩に担ぎ、有無を言わさず出入口を通って艦橋から消えていく。それを見たレモンは不思議そうに首を傾げた。
「エムジー様、随分と積極的になられましたけど、いったいどうなさったのでしょうか?」
「さあ、なんだろう」
その問いに対し、ライチも他のメンバーも、揃って首を傾げるだけだった。
ゴーゴンプラント中層エリア。かつては貯蔵エリアとして一つ一つの部屋の中に資材や植物の種などを保管していたそのブロックは、今ではその殆どが空なのを良い事にハワイ島で拾ったアンドロイド達を住まわせている借りの住まいへと変わっていた。
「お前ら、問題ないな?」
そのアンドロイドのエリアを、リリーは懐中電灯片手に一人巡回していた。彼女がここにいる理由は至極簡単。配役決めじゃんけんに負けたからである。
「くそ、また俺が見回りすんのかよ」
くそ面倒くせえ。頭痛を感じて頭に巻かれた包帯越しに額を抑えながら、リリーが忌々しげに呟く。しかも彼女はこの後、下層エリアにいる火星人達の様子も見なければならなかったのだ。面倒くさくて叶わなかった。
「おい、頼むから大人しくしててくれよ」
内と外を仕切るシャッターを一つ一つ開け、中のアンドロイドの様子を確認する。緊張の糸が切れたからか、彼らの大半は疲れて寝てしまっており、中にはリリーを興味深げに見つめてくる者もいた。
「どれくらいでアメリカに着くんですか?」
「知るかよ」
時々こう尋ねてくる者もいたが、リリーは全てはね除けた。実際に何も知らないからだ。
そうこうするうちに中層エリアはあらかた調べ終わり、そして次のイベントを前にしてリリーは顔を更に嫌そうにしかめた。
「あいつらかあ」
火星人。自分達がこの世で最も偉いと思っている、プライドだけが肥大化した哀れな連中。ロクな常識も持っていないくせに自分が正しいと信じて疑わない馬鹿共。
リリーの一番嫌いな連中だった。
「あーあー、めんどくせー。サボっちまおうかなー。麻雀してーなー」
間延びする声でわざとらしく叫びながら、いかにも嫌そうな足取りで隅にある階段を下っていく。階段横にあるエレベーターを使えばすぐに着くのだが、リリー的にはとにかく少しでも時間稼ぎがしたかった。
無駄な努力であった。
「マジでバックレようかなー。一日くらいサボったって大丈夫だろうがよー。なー?」
職務怠慢な言葉を次々口にするリリーだったが、階段を下る足取り自体は止まらなかった。口ではどんなに嫌がって見せても、それがどれだけ大切な事かはとてもよく知っていたからだ。
「めんどくせー。やらなきゃいけないんだけどめんどくせーなー」
その後もリリーはめんどくせえ、めんどくせえ、と言いながら、なんだかんだで下層ブロックへと到達した。
そしてこの後、リリーは「サボらなくて良かった」と心から思い知る事になった。




