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第七十二話「花火」

 皆さん、きこえますか?

 ぼくはギムレット・ザザ。かつて皆さんと袂を分かった、ドーンズの首領です。どうかぼくの話を聞いてください。

 皆さん、僕はここに戦争をしにきた訳ではありません。ぼく達が本当に戦うべき相手は誰なのか、それを皆さんに伝えるためにここに来たのです。

 ぼく達は自立するべきです。一人で立つ時が来たのです。ぼく達はこれまで火星の人間から装備を調達していました。しかし火星の人々はぼく達を顧客では無く、ただの実験鼠としてしか見ていないのです。彼らは自分が作った兵器を火星で販売する前にテストプレイをぼく達にやらせて、正常に動作するかどうかを確認していたのです。

 皆さんの中にも自分が兵器を使用している途中に、それがいきなり爆発してしまった事があるはずです。彼らは調整不足の品をわざとぼく達に渡して、テストを行っていたのです。

 このままでいいのですか? このまま火星の人達にモルモットとして扱われ続ける、そんな扱いでいいのですか?

 ぼく達は戦うべきではないのです。ぼく達が戦っている所に彼らがつけ込み、ぼく達の戦争をいいように利用していたのです。つまりこのままぼく達が戦うのは、彼らにつけいる隙を与え続ける事になる。

 悔しいとは思わないのですか? ぼく達が同族同士で傷付け合っている間、火星の人間達はそれを高みの見物しながら、甘い汁を啜っているのです。自分達から彼らの言いなりになっているのですよ?

 もう一度言います。ぼく達は争うべきでは無いのです。そして青空の会とも戦闘を行うのは止めるべきなのです。なぜなら、火星人は彼らにも未調整の武器を手渡し、積極的に戦うよう仕向けています。それも当然、戦わせることで兵器のテストを行うためです。

 皆さん、ぼく達地球に生きる者達は、奴隷ではないのです。彼らのいいなりになってはいけない。自分の足で立ち、自分で歩き出すことが大切なのです。

 もうアンドロイドも人間もない。ぼく達は一個の地球人として団結し、火星人の横暴に立ち向かわねばならないのです! 一生を奴隷として生きるか、一つの生命として生きるか、選ばなければならないのです!





「過激な事を……」


 カサブランカから放送されたギムレットの演説を聴いて、ライチはベルシンの攻撃を避けた反動で尻餅をついたままのジャケットの中で呆然と言った。そしてライチの乗るジャケットの前に立ち尽くしていたベルシンは艦橋の方へ首を回し、そのままじっと動くことなく直立していた。


「……」


 そしてライチもいつの間にか、そのベルシンの横顔をじっと見つめていた。が、やがてベルシンは顔をライチの方へと戻し、こちらを見つめるライチを見返しながら冷たく吐き捨てた。


「馬鹿な事を言う奴だ」

「な」


 ライチが何か言うよりも早く、ベルシンが足を持ち上げてライチを踏み潰さんとする。ライチは開き書けた口を閉じて横に転がって紙一重でそれを避け、すぐさま慌てて立ち上がる。そしてこちらの方へゆっくりと顔を向け睨みつけるベルシンに対し、ライチが語調を強めて言った。


「さっきの言葉聞いて、何とも思わなかったの?」

「ふん。奴の言いたい事はわからんでもない。火星の連中の本音を知って少なからずショックを受けたのも事実だ」

「知らなかったのは本当だったのか……」


 ライチが聞こえない程度の声で呟く。そしてライチに対してベルシンが握り拳を作りながら言った。


「だが、それがどうした」


 力強い言葉だった。決して自棄になっている訳では無いことが、その自信に満ちた言葉の端々から感じ取る事が出来た。


「奴らが何を考えていようが、そんなことはどうでもいい。俺は俺がやりたいからやる。奴らの事情などどうでもいい」

「モルモットになるのを承知で、戦い続けるつもりなの?」

「お互いの利害の一致という奴だ。俺達は武器が欲しい。奴らはデータが欲しい。それだけの話だろう」

「なんでそこまで!」


 ライチが叫んだ直後、ベルシンが拳を振り上げる。そして容赦なく振り下ろされた拳をローリングで回避し、自機を片膝立ちにさせて起き上がらせながらライチが言った。


「なんで! なんでそうまでこだわるの!」

「気に入らんからだ!」


 ベルシンが一歩前へ踏み出し、その勢いのままに拳を振り下ろす。ライチ機が後ろに飛び退いてそれをかわし、獲物を失った拳が地面を深々と抉る。


「奴は人間と手を組もうと言ってきた。それが気に入らんからこうして戦っている! この体だってそうだ!」

「戦うためだけに?」

「勝つためだ!」

「馬鹿だよ!」


 ライチが叫び、ベルシンの放つ回し蹴りを自機に身を屈めさせて回避させる。


「勝つためだけにって、そんな理由で元の体捨てたの!?」

「どうしても勝ちたい奴がいる。そのために何かを犠牲にするのは当然の事だろう。お前も理解は出来ているはずだ!」

「理解出来るけど、だからって認めたくない!」


 真上から踏みつけてきた足をステップ移動でかわし、その無防備な足を――かつてジンジャーが行っていた、種まき後の地面に砂をかける動作を使って――勢いよく蹴り飛ばす。ベルシンの気を引くためだ。


「いくらなんでもやり過ぎだよ!」

「勝ちへの執念だ!」

「ふざけんな!」


 ライチが叫ぶ。そして正面モニター右端にポップアップしたダメージコントロール図、その中に書かれたジャケットの線図の真っ黄色になった足の部分を見て顔を歪ませ舌打ちする。その直後、彼我の距離を取るために機体を後ろへ跳躍させる。


「他の皆は? 他のメンバーも戦うつもりなの?」

「当然だ。そもそも戦う事を拒むような腑抜けは我々の中にはいない!」

「そんな……!」


 愕然とするライチへとベルシンが距離を詰め、間近に迫った所で拳を横に薙ぐ。それを身を屈めて紙一重で躱し、その体勢のまま横に飛んで再び距離を離す。そして立ち上がり顔を上げたライチ機の顔と、姿勢を正しつつこちらに顔を向けたベルシンの顔が交錯する。

 この時、ベルシンの全身を視界に収めたライチはある事に気がついた。彼の瞳は特定のテンポで明滅を始め、そしてまるで身の内から怒りが溢れ出さんとするばかりに、全身から煙を吐き出し始めていたのだ。





「……なにあれ?」


 全身から煙を吐き出し瞳を明滅させ始めたベルシンを見て、ライチは息をのんだ。彼の身に何が起きているのかはわからなかったが、何か危険な事が起きていると言うのは何となくだが理解出来た。

 逃げろ。本能がそう告げていた。


「ライチ、距離を離してください!」


 ライチの心が吼えた直後、タイミング良くイナの切迫した声がスピーカーから流れてきた。その直後、ベルシンが猛然とライチの方へ突っ走ってきた。


「死ね腰抜け!」


 ベルシンが関節の間から煙を吹き出し始めた拳で容赦なく殴りかかる。ライチ機はその股下を潜るようにして前に転がって避け、その背後を取る。ベルシンが振り向くと同時にイナが語りかける。


「あと一分三十秒です。それまで距離を離し、その状態を維持し続けてください!」

「なんの事なの!」


 ライチが叫ぶが、それに答える時間は与えられなかった。ベルシンが間髪入れずに近づき、組み合わせた両の拳を振り上げてライチ機の頭上に狙いを定める。


「死ね! 死ね!」

「くそ!」


 後ろに跳んでそれをかわす。拳が地面に激突し、壁と見まがうほどの砂が上空へ巻き上げられて飛散する。その壁を突き破るようにして、吹き出る煙を鎧のように身に纏ったベルシンが肉迫する。


「あと四十秒!」

「ああもう! なんなの!」


 イナの全く意味不明なかけ声に苛立ちを隠せないままライチが言い放つ。しかし両者の影が重なるまでに互いが接近し、攻撃をかわそうとライチが操縦桿を握る手に力を込めた次の瞬間、ベルシンはいきなりあさっての方向へ体を向けた。


「え――?」

「人間が! 死ね!」


 そしてライチのいない方へ走っては狙いを定めて巨大な腕を振りかぶり、空中を抉るように躊躇無く振り回した。当然ライチに被害は無い。その後もベルシンは何もない所を目指して体を動かし、そこかしこで空中を殴ったり地面を蹴り飛ばしたりした。

 この時ベルシンから流れ出る煙はその全身を飲み込む程にまでなっており、色も白から灰へと変わっていっていた。もはやそれは鎧ではなく、下から上へと吹き上がる量感を持った灰色の雲であった。


「なに、なにが起きてるの?」


 身の危険を察して大急ぎで距離を離しながら、ライチがうわごとのように呟く。イナがスピーカー越しにそれに答える。


「過剰暴走です」

「過剰暴走?」

「体内で生産されるエネルギーの総量が自身の許容範囲を超え、有り余ったエネルギーが逃げ場を求めて暴走しているんです。原因はボディの規格に合わなかったジェネレーターを積んでいたからか、あるいはジェネレーターそのものに不備があったか」

「それじゃあ……!」


 ベルシンから漏れ出る煙が更に大量になり、そして熱量を伴った事によって、煙の中に埋もれたベルシンの姿や周囲の景色を揺らめかせていく。

煙の中、ベルシンはぴくりとも動かずにその身をうずくまらせていた。


「……このあと、どうなるの?」


 ベルシンがいると思しき所を見つめながらライチが言った。イナは声のトーンを落とし、静かに告げる。


「終わりです」


 直後、煙を内側から引き裂くように光の束が幾筋も溢れ出し、その中心から鼓膜を振るわせる爆音と赤い炎と黒く粘り気のある煙が周囲へと吐き出されていった。



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