第七十一話「逃げの一手」
激突より数分前。
「滅茶苦茶考えるぜ」
カサブランカが激突した直後の事。イナが建てた作戦――カサブランカを全速前進させて敵基地に直接乗り込むと言う、敵レールガンの威力と当方の装甲の厚さを鑑みて「これならある程度直撃を貰っても問題ない」と言う判断のもとに立案された作戦――の内容を思い返しながら、リリーがしみじみと言った。ちなみにこの作戦ではカサブランカが単独で突っ込むことになっており、突撃後に外に出るのもライチとリリーだけとなっていた。この時、ジンジャーはカサブランカの護衛。『S.O.H』の方にいるパインとモブリスは自分達の船とゴーゴンプラントの護衛に回っていた。
「でもまあ、これくらい派手な方が俺は好きだけどな」
「でも、本当に二機でどうにかなるのかな? 相手はかなりのデカブツなんでしょ?」
そしてすぐさま嬉しさを隠しきれないように笑みをこぼしたリリーの横で、彼女と同じようにその後の作戦を回想していたライチが不安げに声を出す。それに対してイナは冷静に、そっと諭すように彼に言った。
「ライチ、確かにあなたの懸念は理解出来ます。普通に考えて、敵のレールガン攻撃は非常に危険な代物です。弾速も威力も従来の銃器に比べて格段に上であり、発射音を聞いてから回避することは不可能でしょう。そしてそれを食らった際に無事でいられる保証もない。当たり所が悪ければ、一撃で殺されるかも知れない」
「じゃあなおさら駄目じゃん」
「いえ、駄目ではありません」
イナがキッパリと言い切る。ライチが怪訝そうに尋ねた。
「どうして?」
「足下には発射出来ませんから」
「……ああ」
意味を理解したライチが気の抜けた声を漏らし、その横でリリーが笑いを抑えきれずにいながら声を漏らした。
「そりゃあそうだよなあ。あんなデカいの、自分の足下には向けられねえよなあ。自爆しちまうもん」
「そういう事です。自分よりも明らかに強大な力を持った敵と相対する際には『どうやってそれを凌ぐか』ではなく、『どうやってそれを使わせないか』に重点を置いて戦略ないし戦術を立てることが重要なのです。それを使われ、被弾しない事を念頭に置くよりも、こちらの方がずっと確実にやり過ごすことが出来ますからね」
「そう言う考え方もあるのか……」
イナの持論を聞いてライチが素直に頷く。それを聞いたイナは嬉しそうに頬を緩め、そしてすぐに表情を引き締めて咳払いをした後に二人に言った。
「では改めて、お二人に上陸後の作戦をお伝えしておきます。カサブランカの上陸後、お二人には敵残存兵力の目を引きつけてもらいます。カサブランカの被害を最小限に抑えつつ、彼らの攻撃を最大限防ぎきってください」
「しかし極力スクラップは出すな。だろ?」
リリーの言葉にイナが頷く。
「あなた方が敵を引きつけている間、こちらではギムレット・ザザによる説得を行います。その説得の言葉を、一人でも多くのアンドロイドに受け取ってもらいたい。ギムレット・ザザの要請です」
「ああ。了解したよ。……極力、なんだな?」
「一人も壊さないのがベストです。二人は基本的にそれを狙ってください」
「ああはいはいわかったよ」
ニヤリと笑ったリリーにイナが強く釘を刺す。その二人のやり取りを聞いてライチが思わず苦笑した直後、艦内でアラームがやかましく鳴り響いた。
「敵基地まであと僅か! もうすぐで接触するよ! 次の作戦フェイズの準備忘れないようにね!」
アラームに負けないくらいの大音量でスバシリの声が響き渡る。それを聞いたイナは二人に向けて「ご武運を」と短く告げ、艦橋での作業に集中するべく無線のスイッチを切った。
「いよいよ本番か……ようライチ、平気か?」
そう嬉しそうに尋ねるリリーに、ライチが苦笑して答える。
「こっちは平気だよ。そう言うリリーこそ、なんか嬉しそうだね」
「ああ。俺戦うのが好きだからな」
「レモンに怒られたりしないの?」
「何度もあったぜ。ぜもいくらあいつの頼みでも、止める気はないがな」
不敵な声でキッパリと言い切るリリーに、ライチが再度苦笑をこぼす。そして操縦桿を握る手に力を込めながら、ライチがリリーに向けて言った。
「ちゃんと帰ろう」
「あ?」
「今日も勝って、ちゃんとここに帰ろう。いいよね?」
「……おう」
リリーが静かに、だが力強く答える。その言葉を聞いて安心感で胸が一杯になるのを感じながら、ライチが一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「接触まで残り四百メートル。衝突の後に機体を射出します。ジャケット搭乗者は心の準備を済ませて置いてください」
そしてイナの声によるその艦内放送を聞きながら、二人は出撃の機会を今か今かと待ち構えていた。
ライチとリリーの乗るジャケットが出撃したのは、カサブランカの舳先が敵領域内に突っ込んでから二分後の事であった。しかし彼らが外に出た時、そこには件のレールガンを持った巨大ロボットしか姿を見せていなかった。そのロボットのカサブランカの正面で尻餅をついたまま微動だにしていなかったが。
「他のアンドロイド達は出てきてない?」
「ジャケットがいるのがわかってるんだ。わざわざやられに来たりはしないだろうよ」
尻餅をついたままピクリとも動かない巨大ロボットにそののっぺらぼうの顔を向けながら、リリーが何でもないように言った。そしてライチも自機をリリー機の横につけ、そのロボットをモニターに映しながら言った。
「あれ、死んでるのかな?」
「腰が抜けただけじゃねえの?」
ライチの言葉にリリーが返す。直後、彼らの眼前で甲高い金属音を内側から慣らしながら、そのロボットがゆっくりと立ち上がった。
「うわ……」
「マジかよ。本当にびっくりしただけだったのかよ」
ライチと、まさか本当にそうだとは思っていなかったリリーが同時に驚いた声を出す。そしてその次に、彼らは実際に目の当たりにしたそのロボットのあまりの巨大さに、操縦桿を握る手を緩めて呆然としてしまった。
「全長三十メートルだっけ?」
「うん……」
「耳で聞くのと実際に見るのとじゃ、全然違うな……」
垂直にそそり立つ崖を見ているような気分だった。それも顔を思い切り上に上げても頂上が見えないくらいに巨大な崖である。そんなそう錯覚せざるを得ない程の巨躯がもたらす威圧感と圧迫感を前に、二人は目の前のそれが敵である事も、攻撃する事も忘れて、ただ呆然とそれを見上げていた。
「……誰だ? 誰かいるのか?」
と、彼らのそれまでの声に反応したのか、完全に直立したロボットが低く野太い声を放った。そして首を傾けてそのゴツゴツと角張った顔を声のした方へと下ろし、やがてそこに立っていた二機のジャケットを確認した。
「うわっ、見つかった」
「ああまずい」
ライチが素で驚き、リリーが苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべる。しかしそんなコクピットの心情とは無関係にその場に立ち尽くす二機のジャケットを見下ろしながら、ベルシンがゆっくりと言い放った。
「貴様ら、あの時の二機か……」
「……僕達を知ってる?」
「野郎、本当にベルシンとか言う奴なのか?」
ライチとリリーが相手に聞こえない程度に小声で言い合う。それをよそに、ベルシンは気に留めることもなく言葉を続けた。
「そうか。どうしても我々を殲滅する気なのか。お前達は人間の分際で、アンドロイド同士の戦争に首を突っ込むつもりなのか」
「ぼ、僕達は、ちゃんと救援要請をもらってここまで来たんだ。こ、こ、これは正当な、よくある援護活動なんだよっ」
ベルシンの言葉にライチが言い返す。しかしその声はベルシンの気迫に気圧されて震えており、迫力の面で完全に負けていた。しかしそれでも、ライチは自分の空元気を振り絞り、目の前の巨人に対して必死に言葉を紡いでいった。
「と、とにかく、僕達は別に悪くないからね。悪い事してる訳じゃないんだからね」
「良いも悪いもあるかよ」
そこでリリーが呆れたように突っ込みを入れ、それを受けて押し黙ったライチに変わって今度は彼女が口を開いた。
「こっちはただ、困ってる奴を助けに来ただけだ。こっちの都合に、そっちがああだこうだいちゃもんつけてくるのは間違ってると思うんだがな?」
「ギムレットがお前達を呼んだと?」
「ああ。あの船の中にいる」
そうしてそれまでのライチとは打って変わって怯えることなく堂々と返したリリーを――正確にはリリーの乗っていた機体を、巨体を得たベルシンがじっと見下ろす。そしてその次に、ベルシンはその視線をハピネスからカサブランカへと移し、カメラアイのズーム機能を使って艦橋のみを視界に収めた。
そしてその艦橋の中、強化ガラス越しにそこにギムレットの姿を認めた直後、ベルシンはレールガンを持っていない方の手を固く握りしめ、ガタガタと震わせていった。
「……あそこに奴がいる。あんな所にいやがったのか」
「ああ。お前らに話があるんだとさ」
内から滲み出てくる怒りを噛みしめるように重々しく呟いたベルシンに対しリリーが平然と返す。注意をこちらに引きつけ、今にも艦橋に飛びかかりそうな彼を引き留めようという魂胆であった。そしてリリーは更にベルシンの注意をこちらに向けようと、一歩前に出て言い聞かせるような口調で言った。
「俺らはお前らの存在理由を知ってるし、お前らが分裂した理由も知ってる。だからお前があいつを嫌ってる理由も理解出来てるつもりだ」
「……」
ベルシンは何も言わなかった。ただ艦橋を睨みつけたまま、握りしめていた拳を静かに解いていった。
しめた。それを見てリリーはニヤリと笑い、しかしそれまでの口調を変えることなく、更にハピネスを一歩前へと踏み出してベルシンに向けて言葉を続けた。
「でも、向こうにだって言い分がある。いきなり襲いかからないで、少しくらいは向こうの話を聞いても良いと思うんだがな。それが知恵のある奴とない奴の違いってもんだろ。どうだ? ちょっと落ち着いて、あいつの話を聞いてみたりしないか?」
「言い分だと?」
「ああ。なあ、頼むよ。ほんのちょっとでいいんだ。な? 頼むよ」
リリーの必死の懇願。それに対してベルシンは無言でリリーの方へ向き直り、無言で向き直りながら解きかけた拳を再び握りしめて後ろに振りかぶり。
向き終えると同時にそれをハピネスの腹に抉るようにぶち込んだ。
「え?」
一瞬、ライチはそこで何が起きたのか理解出来なかった。それまで自分の前に立っていた機体がその眼前で僅かに浮き上がり、次の瞬間には自分の後ろへと低空飛行でかッ飛んでいったのだ。あまりにも急展開すぎて全く思考が追いつかなかった。
「リリー!?」
そして数瞬の後にようやく状況を理解し、ライチが後方に機体を向かせる。そこにはそれまで巨大ロボットが鎮座していた場所に、腹から煙を吹き出しながら仰向けに倒れるハピネスの姿があった。
返事は帰ってこなかった。
「くだらん」
そして吐き捨てるようなベルシンの言葉が、ライチの意識をそちらに引き戻した。レールガンを投げ捨て、仁王立ちになったベルシンがライチを見下ろしながら言った。
「俺が今更奴の言う事を聞くと思ったのか? くだらなすぎる。奴と決別した時点で、俺はもう奴の話を聞く気は微塵もない。第一、力に物を言わせた説得などに俺が屈するとでも思っているのか」
「それはちが――」
言いかけたライチに向かってベルシンが拳を振り下ろす。そのジャケットの肩から反対の肩までの間をすっぽり収めてしまえる程の大きさを持った拳を前に、ライチは言葉を切ってそれを横っ飛びに回避した。
やがて狙いを外した拳が地面に直撃し、爆音をまき散らしながらその当たった所に大穴を穿つ。
「ライチ、大丈夫ですか!?」
飛んだ反動を殺すために自らのジャケットに地面を転がらせ、そして片膝立ちになって体勢を整えた所で、ライチの元にイナからの無線通信が届いてきた。急いで回線をオンにし、こちらの無事を伝える。
「うん。こっちは大丈夫。それより、リリーの方が」
「彼女は大丈夫です。気を失っているだけで、ちゃんと生きてます」
「そうか、良かった」
「それよりライチ、聞いてください」
ライチのジャケットが立ち上がった所で、イナがライチに逼迫した声を向けた。
「いいですか、ライチ。今からわたくしの言う通りにしてください。さもなければ、あなたはリリーよりも酷い目にあうかもしれません」
「何それ、どう言うこと――」
ライチがそこで言葉を切り、手元のスイッチを押しながら両方の操縦桿を思い切り後ろに倒す。その直後、ライチの載るジャケットが後ろに飛び退き、ベルシンが走りながら横薙ぎに繰り出してきたパンチを紙一重で回避する。
その後で両足で着地し、モニターにベルシンの姿をしっかり捉えながらライチが改めて聞いた。
「それ、どう言う事なの?」
「言葉通りの意味です。死にたくなければ、こちらの指示に従ってください」
「死ぬって……!」
「よろしいですね!」
「は、はい!」
それまで聞いた事の無いキツイ調子で詰め寄るイナを前に、ライチがそれに対する恐怖から反射的に頷く。
「そ、それで、何すればいいんですかっ?」
「はい。それは簡単です」
モニターに映る巨大な影がこちらにゆっくりと歩み寄ってくる。その光景を凝視しながら、ライチはイナの次の言葉を今か今かと待ち構えていた。
「いいですか、ライチ。まず結論だけ言います」
「う、うん」
ライチ機より十歩前まで近づいた所で、ベルシンがジャケットの上半身くらいと同じくらいの大きさを持った岩を掴み上げる。その光景を目に焼き付ける一方で、ライチの両耳はスピーカーから聞こえてくるイナの言葉に意識を傾けていた。
やがてスピーカーからノイズが走り、それに重なるようにしてイナの声が聞こえてきた。
「逃げてください」
「え?」
「戦わないでください」
「ひゃあ!」
ベルシンが勢いよく投げつけてきた大岩を、ライチ機がまたしても飛び退いて回避する。その際に思わず上げてしまった悲鳴を脳裏に思い出して顔を赤らめながら、ライチがイナに聞き返した。
「た、戦うなって、え? どういうこと?」
「言葉通りの意味です。あなたは絶対に、あの機体にダメージを与えてはいけません。絶対にです」
「どうしてさ!?」
「死ね!」
駆け寄り、一気に距離を詰めてきた巨大なベルシンが振り下ろして来た肉厚の鉄拳を、彼の前ではもやしのようにひょろひょろして見えたライチのジャケットが大きく横に飛んでかわす。そして大急ぎで立ち上がりながら、ライチがイナに焦り半分に尋ねた。
「ねえ、どうしてよ!? 何かあったの?」
「詳しい説明は後ほど! 今は回避に専念して、相手から距離をとるようにしてください! わかっているとは思いますが、一撃ももらってはいけませんよ!」
「でも、相手の注意は引きつけたままなんでしょ?」
そのライチの言葉に、イナが「はい」と頷く。それを聞いたライチは困ったように頭を掻き、そして一度倒れたままのハピネスに目を向け、その後で引き締まった声で言った。
「……ここまで来たんだから、やるしかないでしょ」
「はい。無茶とは思いますが、どうかよろしくお願いします」
「まったく、無茶って言う自覚はあるんだ。……とりあえず、逃げてればいいんでしょ?」
「はい。それだけに集中してください。説明は終わってからしますので、それまではどうか回避を!」
走って距離を詰めたベルシンが回し蹴りを放ち、後ろに飛び退いたライチ機の腹を僅かに擦る。それを気にする事無く両足で着地しベルシンを見据えながらライチが言った。
「やるしかないよね……」
カサブランカの艦橋からギムレット・ザザの説得スピーチが聞こえてきたのは、それから数分後の事だった。




