第七十話「吶喊」
「かつて人間の学者がこう言った。『肉体とは遺伝子の乗り物である』と。利己的遺伝子論だったかな?」
主流派の首領ベルシンが今までの体を捨てて新しい体に乗り換えたという話を聞いたオルカは、テーブルの上に現れていたモニターの向こうに佇みながら不意にそう言葉を漏らした。
「恐らくベルシンもそれと同じ、いや、それに近い事を考えたんだろう。先の言葉の『遺伝子』の部分を『意識』に置き換えて、それまでの自分の体からあの新しい体に、自分の『意識』を乗り換えたのさ。車を乗り換えるのと同じようにね」
「アンドロイドだからこそ出来る業だな」
オルカに続くように、彼女の真横に並ぶモニターに映るアロワナが言った。
「人間の体はそう簡単には用意出来ないし、意識を引き剥がすことも難しい。だがアンドロイドは違う。彼らの意識は全て電脳に拠っているし、その体をいくらか工面することは出来る」
「だからって、そうホイホイ乗り換えられる物なのかよ」
「出来ないに決まってるでしょ」
ジャケット『ハピネス』のコクピットでハッチが開くのを待ちながら彼らの会話を聞いていたリリーが発した疑問に、艦橋に留まっていたエムジーが無線越しに答える。
「いくら新しい体が用意出来るからと言ったって、そう簡単に捨てられる訳ないじゃない。この世に同じボディは二つと存在しないの。それまでの経験や置かれた状況によって、ボディの劣化具合は無限に変化するの。それもリアルタイムでね。それを完全に再現して、完全に馴染むボディを作るなんて不可能よ」
「愛着も湧いたりするの?」
「それもあるわ。何年も使ってきたボディを捨てるなんてとんでもない」
同じくジャケット内部で出撃を待っていたライチの問いかけにエムジーが答える。
「まあ逆に言えば、例え代わりのボディがあったとしても、特に何か重要な理由でも無い限り体を換えようとは考えないんだけどね」
と、エムジーがそう続けた直後、カサブランカが大きく揺れた。無線越しにここに来る前に散々聞いた音――発射された釘が船にぶつかるあの鈍い音だ――とエムジーの小さな悲鳴が聞こえ、そしてその艦内デッキに格納されていたジャケットのコクピットで待機していたライチ達にもその振動が襲いかかってきた。
「うわっ!」
不意にコクピットが揺すぶられ、ライチが素っ頓狂な声を上げる。反射的に両手を広げ、シートの外側にあるパネルの上に掌を押しつけて体を固定する。転倒しないようジャケット自体は固定されてはいたが、それでも怖い物は怖い。
「二人とも、大丈夫?」
揺れが収まりきらないうちに、無線越しにエムジーの心配するような声が聞こえてくる。ライチとリリーはすぐさま「大丈夫」と声を上げた。片方は余裕綽々に、もう片方は不意打ちに対応しきれずに肩で息をしながら。
「それより、いつになったら着くんだ? いい加減待ちくたびれたぜ」
そしてリリーが神経質そうに声を張り上げて艦橋に愚痴を零す。するとエムジーに変わって、今度はイナの声が二人の元に届いてきた。
「ミス・リリー、ジャケットに乗ってからまだ五分も経過していませんよ? 少し短気すぎます」
「うるせえな。じっとしてるのは性に合わねえんだよ。それで、いつなんだ?」
リリーがしつこく催促してくる。と同時にまたしても件の鈍い衝突音がノイズ混じりにコクピット内に響き、機体ごとそのコクピットが小刻みに振動する。ライチはまたしても小さく悲鳴を上げたが、幸いなことにそれは艦橋からの騒音と機体の振動音によって完全にかき消されていた。
「……いつまでもこの状況のままじゃ流石にやばいだろうが」
その一方で揺れが完全に収まってから、リリーが口を尖らせて無線の向こうにいるであろうイナに非難をぶつける。イナはすぐにそれに対して答えた。
「ご安心ください。あと二分で海岸部分に到着します。お二人とも、今暫くお待ちください」
「え、あれ、もうなんだ?」
「なんだ、速いじゃねえか。そう言う事はさっさと言えって」
イナの言葉にライチがハッとしたように声を上げ、リリーがそれまでとは打って変わって声色を明るくさせる。そしてその上機嫌さから口のひもを緩めたリリーが、イナに対して言葉を続けた。
「しかし、お前も大胆な作戦取るよなあ。最初に聞いた時は、こいつは本気で言ってんのかと思ったくらいだぜ」
「あれはただ単に、相手の攻撃力とこちらの防御力を比較した上で最も最適と判断しただけです。別にわたくしが派手好きだからとか、そう言った理由からではありません」
「そうなのか。ま、派手な事には変わりないけどな」
今現在カサブランカが取っている作戦の内容を思い返しながらリリーが腕を組んでシートに深々と座る。艦橋に立つイナは一旦言葉を切って、自分を取り囲むモニターの群れ――艦のダメージ状況や進行速度の状況を告げるモニター達に再び目を通し、ライチは先のイナの言葉を思い出して「派手好きな所は否定しないのか」と一人考えに耽っていた。
直後、新たな釘がカサブランカに激突し、低く腹に溜まるような重い音を響かせる。
「まだ来るのか!」
「この揺れ、ちょっとキツイかも……!」
「我慢してください! あと少しで目標地点に到達しますから!」
振動に晒されて苦しげに呻いたライチに向けてイナが必死に返す。彼女がそう言った直後に再び轟音と振動がデッキを襲い、今度はライチだけで無くリリーも同様に不平を漏らした。
「いい加減、身動き取れない状態で揺すられんのはきついぜ」
「ですから、今しばらくお待ちください。もう少しですから!」
互いに不平不満を漏らすライチとリリーと、それを必死になだめるイナを載せながら、カサブランカは作戦を遂行するために他二つの友軍艦を残し、攻撃を受けつつも止まること無く、なおも海岸を目指して『直進』していた。
次弾直撃。その次も、その次も次も直撃。こちらの放った攻撃は全て、あの巨体にぶち当たっている。だが遥か前方から迫るターゲットはそのスピードを少しも緩めること無く、なおもこちらへと猛進してくる――その情報を受け取り、新たな体を得たベルシンは苛立ちを隠しきれずにいた。
「ええい、あの戦艦め、まったく忌々しい装甲だ」
係留用鎖を固定する釘をうずたかく積み上げた山を脇に置きながら、ベルシンの意識の宿った巨体がくぐもった声で恨めしげに吐き捨てる。そしてそう呟く合間にも、片手で斜めに持ったレールガンの板の間から反対側にある山の中から引っこ抜いてきた新たな弾頭を装填し、それを両手で水平に持ち直し、腰を落として構えの姿勢を取る。
自らの体内にあるジェネレーターの稼働率を上昇させ、右腕から伸びていたコードを通して発生したエネルギーをレールガンに転送、弾頭を射出出来るだけの電磁力を発生させる。やがて弾頭を挟む二つの板の周りに青白い電流が蛇のように這い回り、それと同時にベルシンのボディにもジェネレーターの過剰稼働による余剰エネルギーが電流となって走り回る。その電流が走り回る事によって生じる痛痒感――人間で例えるなら、突き刺さない程度に皮膚を針で突っつき回るようなむず痒さ――に苛立ちを募らせながら、ベルシンは再び目標を定める。
カメラアイのズーム機能を使い、遠方にある目標を視認する。その巨体をロックオンし、各種レーダーを使用して自動で照準位置を調整する。それら全ての準備を終え、ベルシンは引き金を引く代わりにレールガンの発射コードを、腕を通してそれへと送信した。
「食らえ……ッ!」
通常よりもずっとやかましく、尾を引くように余韻を残す銃声が轟き、弾頭がまっすぐに目標へと向かう。弾頭は数秒も経たないうちに寸分違わぬ正確さで前方を行く目標に直撃、爆発音に似た轟音を轟かせてその巨体を大きく揺らす。
だが結果は同じだった。いくら直撃しても、その船はなおもスピードを緩めようとはしなかった。
「くそっ、またか……!」
前と変わらぬ結果を前に、ベルシンのイライラがますます募っていく。そしてベルシンはこちらに迫る戦艦の頑強さとこの火星人から受け取った兵器のしょぼさに言い様のない怒りを抱いていった。
この時、ベルシンは気づいていなかった。火星人の商人は『わざと』威力の小さい兵器をベルシンに送りつけた事を。彼のことを普通の『顧客』では無く、ただの『モルモット』としてしか見なしていなかった事を。だがそれを手に入れる際に物品と賃金――旧時代に使われていた通貨――の交換という貨幣経済下における『正常な取引』を行ったがために、ベルシンは今もなお、自分とあの火星人は普通の『客』と『売り手』の関係にあると信じ切っていたのだ。
そう信じ切っていたからこそ、彼はこんな不良品を押しつけたあの火星人に対して怒りを抑えることが出来なかった。そしてその怒りはそのまま、どれだけ攻撃しても動きを止めないあの忌々しい戦艦へも向けられていった。
「クソッタレが。こうなったらとことんやってやる。どこまでも攻撃して、蜂の巣にしてやる――」
だがそこまで悪態をついた所で、ベルシンはレーダーが告げてくる情報からある事に気がついた。それに気がつき――気がついてしまい、そしてそれのもたらすあまりの衝撃に、彼は続く言葉を失った。
「な……」
彼の中に搭載されたレーダー群がもたらした情報。それはこちらの攻撃を受けてなお、目標がこちらを目指してスピードを落とすこと無く前進を続けているという事だった。
とうに海岸線は越えていると言うのに。
「なんだよそれ」
船が『陸地を走っていた』。
しかもあろう事か、その船は陸に上がってから『速度を上げていた』。
「どうなってるんだよそれ……!」
本来海を行くはずの鋼鉄の巨体がまっすぐこちらに迫ってきている。そんな非常識が現在進行形で目の前に展開している事に気づいて、ベルシンは戦慄した。動揺のあまり思わずレールガンを降ろしてその巨体を後ずらせたほどに。
だが後ずさった直後、ベルシンの意識の収まった電脳は最早どこにも逃げ場所は無いという非情な結果を瞬時に弾き出し、それを彼に提示した。それが彼の死にかけていた正気を現世へ引っ張り上げた。
もう逃げ場所は無い。皮肉なことに、それが彼の精神を支えていた。半歩だけ後ずさった所でその場に踏みとどまり、再びレールガンを構えて腰を落とし狙いを定める。
「くそ、くそ、お前らいったいなんなんだよ!」
ただ敵だけを見据え、釘を装填し、次々と撃ち出していく。ジェネレーターを限界まで稼働させて出力を最大値にまで引き上げ、弾頭に出来る限りのエネルギーを詰め込んでは迫り来る戦艦に致命傷を与えようと無駄な努力を続ける。だがベルシンはそれを無駄な努力と理解していたし、それでもなおその努力を止めようとはしなかった。
「畜生! 止まれ止まれ止まれ!」
向こうにジャケットがある以上、自分以外に奴らに対抗出来る者はこちらには存在しない。そして自分にあの迫り来る鉄塊を止める事は出来ない。おまけにもう逃げ道も無い。ならば、ここで最後まで抗ってやる。
その反骨心がベルシンを支え、彼に最後まで抵抗する気概を与えていたのだ。
ヤケクソとも言うが。
「どうだ! これでどうだ!」
戦艦は全くスピードを落とすこと無くこちらへと向かってくる。それでもベルシンは攻撃の手を緩めない。
それでも迫り来る鉄塊はそのスピードを緩めない。ベルシンは敵が何をしようとしているのか、既に理解していた。
「馬鹿共が! なんでそんな事ができるんだお前らは! この野蛮人共が!」
敵の真意を知り、ベルシンが悪態をつく。それでも敵は止まらない。そして気がつけば、それまで散々攻撃していた敵がもうすぐ目の前まで迫っていた。その視界全てを敵戦艦の表面装甲が持つ黒色が埋め尽くしていく。
「くそ! くそ、こんなところで」
刹那、無限軌道で陸地を驀進してきたカサブランカが、砂岩を吹き飛ばし地面を抉りながら、敵領地内への侵入を見事達成した。
「こ、こちら、ギムレット・ザザですっ。生きてる人いますか?」
「……」
カサブランカの巨体がすぐ眼前で静止した事で思わず尻餅をついたベルシンの耳に、仇敵であるギムレット・ザザのマイク越しの声が聞こえてくる。だがそれはベルシンの耳に入ってくるだけで、その頭の中には入ってこなかった。
「あ、あの、大丈夫ですか? 僕のほうから話したいことがあるので、ちょっと出てきて欲しいんですけど……。あっ、もちろん手荒な事はしないので、安心してください」
なおもギムレットの声が静かに響く。カサブランカの艦橋から高々と聞こえてくるそれは、なおもベルシンの耳には入ってこなかった。
「あのー、お願いします。本当、本当に物騒な事はしないので、本当お願いします」
「射出」
「行くぜ!」
「行ってきます」
そしてその声と同時に二機のジャケットが上空へと打ち上げられていったのだが、それすらもベルシンの意識の中には入ってこなかった。




