第六十九話「くぎゅう」
その後、カサブランカ一行はカラエ岬を発ち、海岸線をなぞるように西に移動し、『キャプテン・クック』と呼ばれた町に停泊した。そちらの方が目的地に近いからだ。
「ここはかつて、キャプテン・クックと呼ばれる航海士が自分の船を着けた場所なんです。そして彼こそがこのハワイ島を初めて発見した人であり、それを記念してここをキャプテン・クックの町と名付けたそうですよ」
「偉人の名を冠した町か……それで、その人はどうなったの?」
「三回目のハワイ島航海の際に先住民に殺されました」
イナの解説によって微妙な空気になったカサブランカの艦橋を尻目に、各種レーダーを使用しての情報収集作業はなおも続けられていた。
「他に何か無い?」
「特に何も無いね。歩哨とバギーと、あのでっかいロボット以外には何の反応も無いよ」
「で? あれは動くのかよ?」
そちらの作業を行っていたエムジーとスバシリのやり取りの中にリリーが割って入る。嫌な顔一つしないでスバシリが答える。
「あのロボット? さあ、わかんないよ。動力炉っぽい物は確認できるんだけど、今のところ熱反応は確認出来てないよ」
「火が点くかどうかは不明、と」
「実際に調べてみないことにはねー!」
そう回答を終えて再び艦橋内を泳ぎ始めたスバシリを横目に、リリーは右手側のガラス窓に近寄ってそのロボットがいる方角――彼我の距離がありすぎて肝心の物は見えなかったが――へ顔を向け、その先にあるはずの物をぼーっと見つめた。
「気になりますかー?」
そんなリリーの元、そうのんびりと声を掛けながらレモンが歩み寄ってきた。リリーは視線を自分の横に立ったレモンへと向け、苦笑しながらそれに応えた。
「あ? ああ、まあな」
「あのロボット、本当に動くと思いますかねー?」
「さあなあ。俺はロボットの専門家じゃねえからなあ。中身とか見せられてもピンとこねえよ」
そう言って、リリーが再び船の外へ視線を戻す。レモンも釣られてその目を外の光景に向ける。
「まあ俺としちゃあ、動いてくれた方が面白いんだけどな」
「戦えるからですかー?」
「おう。よくわかってるじゃねえか」
レモンの言葉を受けてリリーが快活に笑い、レモンも口元に手を添えて上品に笑いをこぼす。そしてひとしきり笑った後、退屈そうな声でリリーが言った。
「あーあ、向こうから襲ってこねーかなー。そしたらこっちから攻撃出来る理由がちゃんと出来るんだけどなー」
主流派のいた方角から飛んできた『何か』がカサブランカの側面に直撃し船体が大きく揺さぶられたのは、その直後のことであった。
「映像! 急いで!」
揺れが収まると同時に反射的にイナが叫ぶ。それを受けてスバシリが慌てて両手を動かして自身の周囲に出現したディスプレイを操作し、中央テーブルの上に一つのモニターを出現させる。そしてスバシリが手元にあるデータを画像へと変換し、モニターがまだ砂嵐を表示させていた間に、その声に合わせてそれまで周りの物にしがみついて咄嗟に衝撃に耐えていた者達が我先へとテーブルの周りに集まっていった。
モニターに映像――船が揺れた前後の各種情報から作り出した再現映像――が映し出されたのは、その場にいた全員がテーブルに集まった時だった。そしてテーブルを取り囲みそこに映っていた物を見て、彼らは皆一様に唖然とした。
「何あれ……」
そこに映されていたのは、真っ直ぐ飛んできた『何か』がカサブランカに激突し、その場で勢いを失い海中へと沈んでいくまでの一部始終だった。その映像を見ていたクチメが淡々と言った。
「……棒……?」
それは巨大な、一般的なジャケットと同等の大きさを持った黒色の棒だった。一方の先端――カサブランカに激突した方――が鋭く尖り、もう一方の平面な先端には同じ色をした薄い円盤が垂直にくっついていた。
「釘だ!」
それを見たライチが唐突に叫んだ。そして周りの視線も気にする事無くテーブルの上に身を乗り出して目の前のモニターに顔を寄せ、繰り返し映されるその物体の姿をかじりつくように見つめた。
「これ、宇宙船の係留用アンカーをドックに繋ぎ止める時に使うようなタイプの釘だ。鎖の穴の中にあれを差し込んで、固定するように使う奴。どこが作ってる奴かな? 形は基本的なタイプだけどそれほど古い型でもなさそうだし、でも今はレーザー係留がメインになっててもう作る所は無いから完全に新品って訳でもなさそうだし……」
「つまり、どう言う事?」
延々と独り言を繰り返すライチに、遠慮がちにカリンが尋ねる。視線をモニターからカリンへと移し、ライチが興奮で顔を赤くしながら言った。
「あれはいいものだよ」
「うん、いや、そういう事じゃ無くてね」
「駄目だ。完全にスイッチが入ってる」
ライチからの返答にカリンが頭を抱え、ジンジャーが諦めたように呟く。その直後、再び釘がカサブランカの側面に直撃し、船体が艦橋ごと大きく揺らぐ。跳ね上がった海水が艦橋の窓に衝突するくらいの激しい揺れだった。
「ひええっ!」
それまで解説に没頭していたライチはその揺さぶりへの反応に一歩遅れてしまった。それまで掴んでいたテーブルの縁から手が離れ、自分でも何が起こったのかわからないままに無防備な背中から床に激突する。すると彼の横でしっかりとテーブルにしがみついていたジンジャーがその姿を認め、焦りの表情を全面に押し出しながらライチに言った。
「おい! 大丈夫か!」
「う、うん! なんとか!」
ジンジャーがテーブルの縁を片手でしっかり掴みながらもう片方の手を伸ばし、上体だけを起こしたライチがその手を掴む。そうしてジンジャーがライチを引っ張り上げている間、上半身をテーブルの上に載せ上げていたエムジーは顔だけを動かしてイナの方を向き、必死の形相で彼女に叫んだ。
「ちょっと、イナ! 船は大丈夫なの!?」
「ご安心を! 我が船はまだまだ戦えます!」
それに対してイナは空中に静止したまま眼前にある三つのディスプレイに指を走らせ、そこに出た結果を見てエムジーに言った。
「問題ありません。あの程度の攻撃では、カサブランカの船体に穴を開ける事はできません!」
「本当なのね?」
エムジーの追及に対し、自信満々に――クルーの心を落ち着かせるために――声を張り上げ、艦橋全体に聞こえるようにイナが言った。
「わたくしは確実な事しか伝えない主義なのですよ? わたくしがそうだと言ったら、全てそうなるのです!」
「本当の本当に?」
「もちろんです! わたくしは絶対に嘘はもうしません! どうか皆様、このわたくしを、マレット三姉妹の長姉イナを信じてください!」
力強い声が艦橋に満ち、そこにいた彼らの心に深く染み渡っていく。その迷いの無い声は彼らの心から恐怖や動揺をかき消し、奇襲によって燻っていた勇気を再び燃え上がらせようとしていた。
「やあカサブランカ、そちらも無事みたいだね。紅茶飲む?」
だがイナがそう答えた直後、その場の良い緊迫感を台無しにするお気楽な声が艦橋内に響いた。それまでテーブルの上にあったモニターの横にもう一つ別のモニターが出現し、その中に映っていたオルカが紅茶片手に朗らかな笑みで言ってきたのだ。それはカサブランカの現状などどこ吹く風といったような、苦労を知らぬ穏やかな笑みだった。
「……」
やがて揺れが収まり、同時に彼らに灯り始めていたやる気の炎も急速に勢いを失っていく。そしてクルー達がその意識を自衛からモニターへと向け、その冷め切った視線を一斉にオルカへ浴びせ始めた。
「どうかしたのかい? まるで今から葬式でもするみたいじゃないか」
「誰のせいで雰囲気ぶち壊しになったと……まあいいや」
その中でライチと同じように倒れたレモンに肩を貸していたリリーが、彼女を見ながらいの一番に口を開いた。
「それよりまさか、お前んとこも襲われてるのか?」
「ああ。君達が食らっているのと同じ物に襲われている所さ。どうやら、君達が攻撃を食らっていない間は、ボクの方に攻撃が集中しているみたいだね」
そう言ってカップに口を付けるオルカの背景は激しく左右に揺さぶられ、時折巨大な太鼓を叩いたような低く鈍い音がモニターの向こうからやかましく聞こえてきていた。だがオルカはそれらに少しも動じること無く、中身の少しも漏れ出ないカップから口を離し、「良い味だね」と一つ満足げに頷いてから言葉を続けた。
「それと、アロワナの船は後ろに下がっているよ。ゴーゴンプラントの頑丈さは、ボク達の物よりずっと劣っているからね」
「そちらは大丈夫なのですか?」
「乗り心地は酷いけど、沈むほどじゃない。ボクも船もティーセットも、まだまだ大丈夫さ」
「ぎゃああああああああああ!」
だがそうオルカが澄まし顔で言った刹那、オルカの背後でメイド服姿の女性が甲高い悲鳴を上げながら右から左へすっ飛んでいくのが見えた。その様を見ていた面々は一瞬驚き、そしてすぐさまその顔色を青ざめた物にしていく。
「……本当に大丈夫なんですか?」
ギムレットが疲れ切った声で尋ねる。けろりとした顔でオルカが返す。
「心配はいらない。ボクの船は頑丈に出来ているんだ。これくらいじゃへこたれないよ」
「うぎゃあああああああああ!」
同じ女性が今度は左から右へと吹っ飛んでいく。
「いや、船のことじゃなくて、後ろの彼女――」
「こういうアトラクションなのさ。彼女なりに楽しんでいるところだよ」
「助けてええええええええええ!」
ライチの言葉を遮るようにオルカが言い放ち、更にそこに女性の悲鳴が被さる。しかしオルカは両手にポットとカップを持ち、被害が増えないようちゃっかり対策を練っていた。
「まあ、そういうわけだから。ボクの方は心配しなくても大丈夫だよ」
「は、はあ――」
そんなモニターに映るそれを呆れ顔で見ていると、今度は足下からの轟音と共にカサブランカが再び激しく揺すぶられた。
「ひ、ひいいっ!」
「今度はこっちかよ!」
「何かに捕まって! 急いで!」
大の字になって立ち、腰を回して何とか姿勢を崩さないようにしながらリリーが毒づき、安全な位置にいたイナが指示を飛ばす。だがクルーの殆どは――先の教訓から――イナが指示を飛ばすよりも前に既にテーブルにしがみついており、オルカの背後に見た光景のように派手に転がる者はいなかった。だがそれでもこの音と揺れがもたらす精神的動揺は非常に大きく、第二波までの攻撃をしのいだ彼らの体には目立った怪我は無かったが、その心の平衡は確実にそぎ落とされて行っていた。
「姉ちゃん! 姉ちゃん!」
そんな彼らの精神状態を知ってか知らずか、スバシリがイナの近くまで泳いで向かい、そしてその彼女の顔に自分の顔を近づけて声高に言った。
「姉ちゃんやばいって! このままじゃアタシ達何も出来ないで終わっちゃうって!」
「それはわかっています! しかし、敵の正確な状況が把握出来ていない今、無闇に迎撃部隊を出す訳にはいきません!」
今度はイナの性格が仇となった。彼女の完璧主義者ぶりにスバシリが辟易していると、その二人の間に割って入るようにしてクチメが言った。
「……敵の状況ならもうわかってる……」
「え?」
「まじで!?」
「……うん。さっき終わった所……」
「今まで静かだと思っていたら、そのような事を……」
スバシリが顔を輝かせ、イナが呆れたようにため息を吐く。その間にもクチメは自ら眼前のディスプレイを操作してテーブルの上に新しいモニターを表示させ、そこに自分が解析した情報を表示させる。クチメがその操作を続けると、自然とクルーの視線もそちらへと向けられる。そして自身はディスプレイから目を離すこと無く、淡々と言葉を紡ぎ始めた。
「……結論から言って、今攻撃してきているのはあのロボットだけ。他のアンドロイド達は皆地下に撤退した……」
「ロボットだけ?」
「……こちらにジャケットがあるとわかって、勝ち目が無くなったから逃げたんだと思う……」
新たに出現したモニターには、かつて彼らが見た巨大ボットの全身図が写されていた。そしてその全身が熱いくらい真っ赤に染まっていたロボットの図がすぐさま左へと移動し、右に出来た空きスペースに今度はそれとは別の、直方体の上に二つの長い板を縦に並べたような物体を表示させた。
「……あのロボットが攻撃に使っているのは、おそらく小型のレールガン……」
「レールガン? この板を並べたような奴が?」
「……そう。あのロボットはそのレールガンを両手で構えて、釘を電磁の力を使って発射していたの。でも肝心のサイズが小さいから、威力はそれほどでもない……」
「カサブランカが無事だったのは、そのせいもあったのか……」
ライチが考え込むように呟き、そしてすぐさま何か閃いたように顔を上げて言った。
「まさかあれも、火星からもらった奴なんじゃ無いかな?」
「いつぞやの話のようにか?」
「うん。市場に出す前のテスト運用って奴だよ。それも多分、やらされてる方は気づかないうちに。そうなんじゃないかな?」
同意を求めるようにライチがクチメの方を向く。しかしクチメはそれに対して首を横に振り、また淡々とした口調で言った。
「……それはわからない。私じゃ無くて本人に聞いた方が良いと思う……」
「本人?」
「……ベルシン……」
クチメがディスプレイの上で指を走らせる。レールガンの画像が消え、再び角張ったロボットの画像がモニターいっぱいに表示される。何事かと訝しむクルーに向かってクチメが口を開く。
「……ベルシンはその中にいる。その中から、ベルシンの意識パターンを検知した……」
「あのロボットにベルシンが乗ってるって言うんですか?」
「……正確には違う、と思う……」
ギムレットの問いかけにクチメが首を横に振っていった。
「……おそらく、あれ『は』ベルシン……」
「……あれ、は?」
「……あのロボットそのものが、新しいベルシンになっている……」
「いや、もっと具体的に説明しろよ。そんなんじゃ俺達わかりっこねえよ」
リリーが食いつく。クチメは無言で掌を使ってディスプレイを右から左へ撫で、その手の動きに合わせてディスプレイを消していく。それと同時にテーブルの上にあった、ロボットを映していたモニターも消滅し、後には繰り返し釘がカサブランカに衝突する映像だけが残される。
「……ベルシンは、自分の意識をあの体に移植したのよ……」
不意にクチメが言った。そして上手く聞き取れずに、または聞き取ってその意味を理解したがために苦い表情を浮かべていた面々に向けて、クチメが再び口を開いた。
「……ベルシンは、それまでの『人間大のサイズのボディ』を捨てて、あの『三十メートルクラスの巨大ボディ』を、自分の新しい肉体にしたの……」
「そんなこと……!」
ギムレットがあんぐりと口を開け、放心したように後ろに下がる。その直後、足下から轟音が響き、艦橋が再び大きく揺れる。今回は誰にとっても全くの不意打ちであり、ほぼ全員が姿勢を崩し、悲鳴を上げながらテーブルや床の上に体を叩きつけた。
だがその悲惨な状況の中にあって、クチメはどこまでも自分のペースを崩さなかった。淡々と自分の見解を述べていく。
「……結論。あれが『今の』ベルシンなのよ……」
「どうした人間共! 怖じ気づいたか! この新たな体を得たベルシン様に、ビビって手も足も出なくなったか!」
そして全く嬉しい事に、クチメの推測を向こうから拡声器越しのノイズが入った音声でもって肯定してきてくれた。それを受けてクチメは「……当たった……」とどこか得意げに目を閉じて僅かに胸を反らしたが、ダウンからの回復に注力していたクルー全員はそんなクチメのリアクションに気づくことは無かった。




