第六十八話「人型機動兵器」
「クソ、クソッ」
狭く薄暗い通路の中を壁により掛かるようにして一人進みながら、ベルシンはその顔を屈辱に歪めた。その身に纏っていた防弾チョッキとズボンは焼け焦げ、引き裂かれボロボロになり、四肢を含む露出したボディは所々の塗装が剥げ落ち黒い金属部分が剥き出しになり、足に履いていた革製のブーツはその片方が脱げ落ちていた。
まさに敗軍の将と言うべき、悲惨な格好であった。
「クソ、どうして奴らがジャケットなんて……話が違うだろうが」
そしてそんなボロボロの体を引きずるようにして一歩一歩前へ進む度に、ベルシンはあの時の屈辱――まさかの逆転敗北を思い出し、更に顔を歪ませた。
ピース派との戦闘は、質でも量でもこちらが完全に勝っていた。向こうがあの頑強なドームの中で籠城を決め込んだのには手を焼いたが、突破するのも時間の問題だった。今回の戦闘は、その相手の守りを打ち崩すための最後の締めでもあったのだ。これが終われば完全にこちらが勝つ筈だった。
だが、いざ敵を前にした矢先、何の前触れも無しにとんでもない新手がやって来た。ジャケット。それも二体。
圧倒的だった。彼我の戦力差は圧倒的すぎた。こちらが銃器を使って必死に攻撃を加えている一方、ジャケットの方はただ敵に近づいて手足を振り回すだけでいいのだから。火星の商人から受け取った『現段階で最新鋭の武器』も、ジャケットの前にはまるで無力だった。
それはもはや戦闘では無く、一方的な蹂躙であった。眼前に立っていたジャケットの一体が大の大人ほどの大きさを持った岩を片手で持ち上げてこちらに投げ飛ばし、それが自分の真横で抵抗を続けていた同胞のアンドロイドに直撃したのをベルシンは鮮明に覚えていた。そしてその負傷したアンドロイドを抱えて逃げ去るしか、その時のベルシンには出来なかったのだった。
ちなみに今現在、ベルシン以外で生き残った『主流派』のアンドロイド達はベルシンが歩いている通路の後方にある広間に集めさせ、そこで応急修理を行わせていた。そこまで辿り着けたのは僅かに六体。残りは全て戦場で再起不能になったか、ここまでの逃避行の中で行軍について行けずに途中で再起不能になった。
閑話休題。
「ジャケット……あのにっくき鉄の塊……」
それらのあまりに苦すぎる敗北の記憶が、ベルシンの感情を更に昂ぶらせていった。怒りと憎しみが天井知らずに高まっていき、その脳の情報処理能力を超えた感情の迸りによって頭から煙が立ち上り、鋭い頭痛がベルシンを襲う。そしてその痛みがあの時の戦いにおいて受けた痛みとシンクロし、それによって苦い記憶を再び脳裏に思い起こし、ベルシンの感情を更に逆撫でしていった。
「奴らめ……どこの誰だかは知らんが、この借りは必ず返させてやる……!」
そう恨み言を募らせながら、ベルシンはやがて一つの扉の前に辿り着いた。両開きの扉はぴったりと閉じられており、ベルシンはその扉の横にあるタッチ式のパネルに指を向かわせ、慣れた手つきでコードを入力した。
「こうなったら、アレを使ってやる。もうリスクだなんだを考えるのは無しだ」
アレ。この扉の向こうにある、火星の商人から歩兵用の武器と一緒に手渡されたある物を思い出し、ベルシンはほくそ笑んだ。
「アレを使って、奴らに復讐してやる。待ってろよ……」
甲高い金属音を立てて扉が左右に割り開かれる。そしてその向こうに見えるある物を視界に収め、ベルシンはその顔に怒りから来る笑みを貼り付けながらそれへと近づいていった。
ギムレット・ザザの支援を行う。
その決定から数分後、カサブランカ以下三隻に乗ってやって来た彼らは、まず逃亡したベルシン達の捜索を開始した。全艦に搭載されている全てのレーダーをフル展開し、ハワイ島全域をくまなく探し続けた。だが捜索を開始してから二十分が経過した今もなお、その島全てを覆うレーダー網をもってしても、件の敗残兵を突き止めることが出来ずにいた。
「おかしいですね」
その捜索結果を受けて、艦橋中央にあるテーブルの上に浮遊していたイナは見るからに不機嫌そうに顔をしかめた。
「蟻の子一匹逃さないつもりで探しているのですが、影も形も見られないとは……」
「どんな物にも完全なんてありえねえよ。焦ってねえで、もう少し時間を掛けてみたらどうだ?」
「それもそうですが……しかし、こちらのレーダー網はハワイ島全域を完全にカバーしているのです。各レーダーは全て互いをカバーし合い、一部の隙も存在しません。この捜索網は完全に機能しているのです」
「完全ね……」
力説するイナに対してテーブルの縁に腰掛けていたリリーが呆れがちに肩を竦めたが、彼女の向かい側の縁に両手を置いて体を傾けていたライチがそれを聞いて、そしてリリーに対して言った。
「イナの『完全』は信じても良いと思うよ」
「どうしてだよ?」
「この人はいつも零か百かで考えるから」
「それ失礼じゃねえ?」
さらりと言ってのけたライチにリリーが片目を吊り上げて反論したが、当のイナは意に介する事無く澄まし顔で言った。
「ええ。わたくしの判断基準は常に『出来る』か『出来ない』かの二つだけであり、中途半端で曖昧な確率は全て『出来ない』物として考えております」
「運任せは嫌いだってのか?」
「戦場で運を当てにするのはとても愚かな事です」
「シビアな考え方ね」
そのイナの言い分を聞き、カサブランカの操作マニュアル片手に艦橋前方の方のコンソールとにらめっこしていたカリンがぽつりと呟いた。すると彼女の横に立って『教官役』を務めていたレモンが、それを受けて笑顔で答えた。
「ですが、現実的な考えではありますよー。実際に頼りに出来るのは、結局の所自分の技術だけですからねー」
「技術ねえ……」
「はいー。と言う事でカリン様、授業を続けますよー?」
「はーい」
レモンの言葉を受けて、カリンが意識を目の前のコンソールへと戻していく。そんな二人の背中を見て、リリーが感慨深げにライチに言った。
「いやあ、微笑ましい光景だよなあ」
「うん。その通り。可愛いったらないよ」
「それよりも、お二人は自室に戻らなくてよろしいのですか? 休める内に休んでおいた方がいいと思うのですが……」
この時カサブランカの艦橋にいたのはマレット三姉妹とレモンとカリン、そしてライチとリリーだけである。他の面々はそれぞれ最初に自分達が属していた戦艦へと戻り、そこにある自分の部屋でゆっくりと休みを取っていた。
「自由行動であるとは言っておきましたけれど、大丈夫なのですか……?」
「あん? ああ、大丈夫だよ。平気平気」
それを思い出しつつ休もうとしない二人を気にするように問いかけたイナに対し、そう空返事を返してからリリーが言った。
「俺達は若いからな。まだまだスタミナには余裕があるのさ。それに寝ようと思ったらここでも寝られるし。なあ?」
「うん」
「自室で寝てください。しかし、なぜそうまでして艦橋に?」
リリーと彼女に同意したライチに対して速攻で突っ込んでからイナが不思議そうに尋ねる。リリーはそれを受けてすぐに言葉を返さず、じっと目の前の妹の背中を見つめた。
「彼女がどうかしたので?」
リリーだけで無く、ライチも同様にじっとカリンの背中を見つめていた事に気づいたイナが、二人を交互に見やりながら尋ねる。それを受けて、しかし視界はがっちり固定したままで、リリーが恍惚とした声で言った。
「可愛いよなあ」
「……へ?」
顔をだらしなく蕩けさせてリリーが続ける。
「俺の妹。可愛いよなあ?」
「え? は、はい。そうですね」
「だろ? そうだろ? もう天使だよなあ」
「レモンが天使ならカリンは女神だね。可愛いよね?」
リリーに続いて、ライチがカリンの背中を凝視しながら言った。イナが答えるよりも前にリリーがそれに頷き、口の端から僅かに涎を垂らして答える。
「ああ。可愛い。目に入れても痛くないってくらい可愛いぜ」
「僕はもう食べてもいいかな。可愛いなあカリンは」
「あの、お二人とも、それ本心から……」
「にへへへへ」
「ふ、ふふふふっ」
「……ッ」
欲望剥き出しの笑みを浮かべる二人を見たイナが思わず息をのむ。
「……好きにしてください」
しかしすぐに真顔に戻り、イナはうんざりしたようにそれだけ言って、二人揃って鼻の下を伸ばすリリーとライチに背中を向けた。そして彼女はそれっきり、自分の意識をレーダー監視だけに向けるようにした。
途中からその自分が見たのと同じ光景を目の当たりにしたスバシリが爆笑する声が聞こえてきたが、イナはそれすらも無視した。
全乗員に各艦橋へ集合するよう通達が出たのは、それから十分後の事だった。
「敵が見つかったの?」
それまで自室で休んでいた面々がカサブランカの艦橋に集まった後、そうエムジーが第一声を放った。それを受けてイナは軽く頷き、自身はそれまでいたテーブルの上から降りながらそのテーブルの上にワイヤーフレームで構成されたハワイ島の立体画像を表示させた。
「ここが、今わたくし達が停泊している場所です」
その島の端の一点をイナが指さし、それと同時にその差されたポイントが赤い丸となって明滅し始めた。その赤い丸の下には『カラエ岬』と言う文字が表示されていた。
そしてイナはそのまま手の形を変えること無く、地形の上をなぞるようにして指を動かしていった。
「そして、ここが件の反応のあった場所です」
そこはハワイ島の内陸部、かつて『マウナ・ロア山』と呼ばれた場所の一角であり、今は半壊し上部が丸ごと崩壊したドームの残るポイントであった。
「ベルシンはそこに?」
「はい。可能性は百パーセントです」
ギムレットの言葉にイナが力強く頷く。するとテーブルを囲むようにして空中にモニターが二つ出現し、そこにアロワナとオルカの顔が表示された。
「こちらゴーゴンプラント。情報を受け取った所だ。お手柄だな」
「こちら『S.O.H』。ボクの方も情報を貰ったよ。でも、今まで何で発見出来なかったんだい?」
オルカの問いかけに、彼女の方を向いてイナが言った。
「彼らは地底に潜っていたのです」
「地底に?」
「はい。まったく盲点でした。彼らはドームそのものを利用するのでは無く、そこから更に自力で地下を掘り進み、そこを新たな活動の拠点にしていたのです」
「用心深いというか、何というか……」
オルカの映るモニターの奥から、パインの呆れた声が聞こえてきた。その声に心の中で同意しつつ、ライチがイナに尋ねた。
「それで、その相手の映像とかって見れないの?」
「それは可能です。今データ処理を行いますので、少々お待ちください」
イナがそう言って自分の周囲にモニターを次々と表示させ、それらに次々と目を向けて指を走らせる。やがてそれまであったハワイ島の立体画像が消え、代わりにテーブルそのものがモニターとなって一つの映像をそこに映した。
「得られた情報を統合し、映像データとして変換した物です」
イナが静かに告げ、カサブランカの面々が一斉にテーブルの上に注目する。オルカやアロワナ達も、それぞれの手元に送られた映像データを見るために目線を外し明後日の方向に目を向ける。
そこに映されていたのは、上部が破壊されて『中身』――上から落下してきた、かつてドームを構成していた物の破片やそれまであった建物の残骸――を露出させていた、かつてドーム状だった物体の外壁。その朽ちたドーム跡地の中で武装し、歩哨として周囲を巡回しているアンドロイド。残骸の陰に隠すようにして停車されていた、人間が乗るサイズのバギー車。
そして。
「……おい」
その映像を見ていたリリーが声と体を震わせた。その映像を見ていた面々も、彼女と同じように大なり小なり動揺を感じていた。
彼らの視線は皆一様にある一点に注がれていた。
「あれ、なんだ?」
「なにって、そりゃあ……」
「ロボット?」
人間のように四肢を備えた、巨大な人型の金属製の物体。それがドームの奥の方に、まるでモニュメントであるかのようにずしりと直立していた。
「でも、ジャケットじゃない。あんなに角張ったロボット、見たこと無い」
ライチがぼやいたように、それは全身を直線的な装甲で固めた、飾り気の無い無骨なデザインをしていた。その物体の放つ異様な存在感は、その重厚な装甲から放たれてもいた。
「ジャケットはあんな角張った装甲はつけないよ。あんなもの、誰が作ったんだろう?」
「確かにあれはジャケットではありません。それはあの物体のデータを解析した点からもわかります」
イナがライチに合わせるように言った。皆の注目を一点に集める中で、イナが言葉を続けた。
「あの物体……人型の機体を解析した結果、以下の情報が見つかりました」
「何だよ、その情報って」
「全長三十メートル」
一瞬、その場が凍り付いた。イナが何を言っているのかわからなかった。やがて、その中で一番始めに拘束を解いたジンジャーが震えながら口を開いた。
「それ、本気なのか?」
「確かです。あの物体は三十メートルほどの高さを持っています」
「巨大兵器……スーパーロボット?」
「あ、ついでに言っとくと、あの中にコクピットらしいスペースは確認出来なかったよ!」
スバシリが追撃の一発を放ったが、最初のイナほどのインパクトは与えられずに終わった。




