第六十七話「次の目的地へ」
二度目の尋問は呆気なく終わった。最初の尋問の際に強引に自白剤を使われたのが軽くトラウマになっていたらしく、個室で監禁されていたジャムは部屋に入ってきたジンジャーとリリーが用件を告げた途端に顔面蒼白となり、その後は自分からべらべらと話し始めた。
「た、たのむよ。もうあれは止めてくれ。何でも話すから、もうあれだけはしないでくれ」
そしてジャムは尋問の合間に、何度も何度もそう涙目でジンジャー達に訴えてきた。その時の彼の声色は酷く消え入りそうで、本気で怖がっていたことがわかった。
「お前、何か薬がらみで嫌な事でもあったのか?」
そして尋問の最中に個人的な好奇心からそう尋ねたリリーに対し、ジャムは諦めたように一つため息を吐いた後、首を横に振りながら口を開いた。
「違う。薬が怖いんじゃない」
「じゃあなんであんなに怖がってたんだ? 芝居のつもりか?」
「違う、針の方だ」
疑いの目を向けるジンジャーに対してジャムが叫ぶ。そして一度呼吸を整え、再びジンジャーの方を見ながらジャムが言った。
「針だよ。注射針が怖いんだ」
「どうして?」
「……先端恐怖症なんだよ」
ジンジャーとリリーは何も言わず、互いに顔を見合わせてため息を吐いた。そんな二人に対してジャムが言った。
「頼むよ。これだけは誰にも言わないでくれ。誰にも知られたくないんだ。だから、頼む。頼む」
命乞いをするかのように顔を悲痛に歪めて必死に頼み込むジャムの姿は、二人の目には酷く哀れに見えた。
だが尋問の姿勢は変えなかった。それとこれとは話が別である。
「終わったぞ」
それから数分後、ギムレットと共にカサブランカの艦橋で待機していたライチ達は、そのドアを開けて中に入ってきたジンジャーのその言葉を耳にして出入り口の方へと顔を向けた。ちなみにこの時、ドーム内に留まっていたアンドロイドも全員カサブランカに搭乗しており、彼らは現在ジャケットを格納しているハンガーにて応急修理を受けていた。
「最初よりもずっと素直になっていたよ。おかげで手間が省けた」
そう言ったジンジャーの顔は強張り、どこか疲れているように見えた。それは後から入ってきたリリーも同様で、そんな二人に向けてエムジーが口を開いた。
「随分と速かったわね。尋問の腕が上がったんじゃないの?」
「それはそれであまり嬉しくないな」
「色仕掛けとかは使ってないんだ」
「勘弁してくれ」
「俺にそんなの求めるんじゃねえよ」
「話はそれくらいにして、まずは報告を頼む」
脇道に逸れかけていたジンジャーとリリーとエムジーのやり取りに対し、アロワナがモニター越しから釘を刺す。それを聞き。次いで周囲の視線に気づいた三人はハッと我に返って恥ずかしげに顔を俯かせたが、そのやり取りによってジンジャーとリリーの顔からは緊張の色が完全に消え失せていた。
「あ、ああううん、余計な話をしてて済まない。改めて、今から報告を始める」
そしてそんなリラックスした表情を見せながらジンジャーは一度咳払いをし、その場の皆に聞こえるように声を張って言った。
「それと、まず本題に入る前に一つ言っておくことがあるんだが、今から話す内容はさっき聞いた話と、私達が最初に奴から尋問した時に聞いたのを合わせた物だ」
「ああ、そう言えばオーストラリア出る前にやってたっけ」
「あの時は皆様お疲れで、とても話を聞ける状態ではありませんでしたからねー」
思い出したようにライチが答え、それにレモンがのほほんと返す。それに対して「出航した後も話す時間が無かったしな」と返してから、ジンジャーが再び続けた。
「予め、それを言っておきたかった。なにか問題は?」
「……無いみたいだぜ」
周りを見渡したリリーがジンジャーに言った。それを聞いて頷き、ジンジャーが口を開く。
「では、本題に入る。結論から言って――」
「ドーンズにも武器が?」
同時刻。カサブランカから何千キロも離れたとある大陸の地下深く。そこに世界大戦から逃れるために建造されたシェルターの中にある個室の一つにて、ボロボロのコートを羽織った一人の髭面の男が声を潜めて言った。
「まさか、本当なのか?」
「ああ、本当さ。どうやら奴らも、火星の武器を手に入れているらしい」
天井にある細長い蛍光灯が冷たく頼りない光を投げかける部屋の隅っこ、男と向かい合っていた赤錆びたテーブルの上に置かれたアタッシュケース型の音声通信装置から、そこにいた男よりもずっと若い男の声――青年と言ってもいいほどの声が帰ってきた。
「僕達とは別のどこかが奴らに技術供与しているらしい。それがどこかは、まだわからないけどね」
「面倒な事になったな……」
「そうかな? 新しい顧客を見つけてそこに売り込む。商売人としては普通の考えだと思うけどね」
渋面を浮かべる髭男に対して、装置越しに聞こえてくる青年の声には危機感と呼べる物がまったく欠如していた。その力の抜けた声を聞いて髭男は歯ぎしりしたが、彼が口を開くよりも前に青年の方が機先を制した。
「悪いけど、僕達はお前達の対立とか理念とか、全然興味ないんだ。売れるから売る。それだけだよ。僕達はそうしたし、きっとドーンズに売った方もそう考えたんだと思うよ」
「ふざけたことを」
「なに言ってるんだい。これは正しい資本主義のあり方だよ」
ケタケタと粘ついた笑い声が室内を満たす。その声を聞いて、髭男は今まで以上に顔を怒らせた。
理解はしていた。こいつらが自分達になぜ武器を与えるのか。なぜこちらが頼んでもいないのにいきなり向こうから現れて、『武器』――『商品』をタダ同然で売りつけてきたのか。その理由を、髭男はうっすらとながら理解していた。
「第一、僕達があげたその武器で、君達は今まで以上に活動がしやすくなったんだ。しかもこっちは、まだ市場に出回ってない最新モデルや既存モデルの改良型を特別に渡してるんだよ? だからモルモットだなんだと文句を垂れる前に、そんな時代の先を行く武器を一足先に使えることに対して感謝くらいしてくれても、バチは当たらないんじゃ無いかな?」
青年が小馬鹿にしたような声で語りかける。そんな声を聞きながら、髭男は彼らがなぜそんな『最新鋭の武器』を自分達に渡してくるのかと言う理由について思いを巡らせていた。いや、その答えなどとっくの昔に彼の頭の中で出ていた。
考えるだけ無駄だったが、何か考えてこの不快な声を頭の中から追い出してしまいたい気持ちもあったのだった。
「まあとにかく、ドーンズ側にも本格的に武器が供与される事になったんだ。でも君達にも、それらを上回る武器を提供していくつもりだから、安心しててよ」
そんな彼の思考を、青年の小馬鹿にした声が無慈悲に塗りつぶす。髭男が顔を苦々しく歪め、吐き捨てるように言った。
「安心だと?」
「そう。安心。外敵から身を守るための力さ」
「お前達が、俺達に安心をくれてやると?」
「不服かい?」
不意に青年が声色を逆転させる。それまでのおちゃらけた調子から、一転して背筋が震えるほど低く鋭い声へと変えていく。
「安心は、武器から生まれる。でも武器に罪は無いし、僕達にも罪は無い……覚えておけ。銃が人を殺すのでは無い」
その声で、青年が男に冷たく囁く。
「人が人を殺すのだ」
ブツリと無線が切れる。
「……ッ」
髭男は何も言えなかった。自分の今の怒りをどう言葉に表して良いかわからないほど、彼の心は怒りに狂っていた。一丁前に説教を垂れてきた無線越しの男を今すぐにでもこの手で殺してやりたい。その首を今にも締め上げてやりたい。
だが現実は、自分達の首の方があの青年のいる連中の手の中にあったのだ。こちらの生殺与奪は完全に奴らに握られていた。武器と物資の供給停止と引き替えに己の我を貫くことは、青空の会の指導者である彼には出来ない相談だった。
「金の亡者共が……ッ」
その何も言わなくなった装置をじっと見つめながら、髭男は眉間に皺を寄せて吐き捨てた。
「テストプレイ?」
ライチが素っ頓狂な声を上げる。ジンジャーがそれを聞いて頷き、前に自分が言った台詞を再び口にした。
「そうだ。結論から言って、火星の大企業達は自分達が新しく売ろうとしている武器や兵器のテストプレイを地球で行っているんだ。それも企業ぐるみで、政府に内緒でな」
「その武器が正常に動くかどうか、て言うのを調べるために?」
「ああ。それに企業は奴らを正式に雇っている訳じゃ無いから人件費も掛からない。火星では絶対に取れないような、敵対する人間やアンドロイドを対象とした『正確なデータ』も存分に取れる。『何らかの事故』が発生した時の賠償もしなくて済む。至れり尽くせりだ。そしてそのプレイヤーに選ばれたのが――」
「青空の会とドーンズ」
エムジーの言葉に頷き、ジンジャーが「まさか政府直轄組織のソウアーに売り込む訳にもいかんだろう」と言ってから一旦口を閉じる。静寂の戻った室内には重苦しい空気が漂い、そしてその中でいつも通りにモニター越しに紅茶を嗜んでいたオルカがジンジャーに尋ねた。
「それはつまり、青空の会とドーンズに、それぞれ別の企業が異なる武器を与えていると言う訳かな?」
「ああ、そうだ。正確には地球でのテストプレイに参加している複数の企業体が別れて二つのチームを作り、そのチーム毎にそれぞれ青空の会とドーンズに武器を与えていたと言う訳だ」
「それ、その企業のチームは相手のチームが何をしているのか知ってるの?」
「ああ、全部知ってる。お互い同意の上だ。地球での活動規定を記した協定まである。そして知った上でそれぞれ敵対しあう勢力に武器を与え、その武器の性能を競わせあってるのさ。知らないのは武器を使っている側だけだ」
「青空の会やドーンズは、それぞれの目的のために動いている。火星からの地球の解放。人類からの解放。そしてその目的のために、武器や兵器を取って戦い続けている」
パインが淡々と呟く。
「だが全ては釈迦の掌の上、と言う訳か」
「酷い。ただのモルモットってこと?」
「企業サマにとっちゃ、地球の連中はその程度の価値しか無いって事さ」
小さく呟いたライチの言葉を聞きつけたリリーが不機嫌そうに返す。そして苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて吐き捨てる。
「胸糞悪いったらないぜ」
「しかし、彼らにとってはただのビジネス上の戦略なのかもしれませんね」
イナが口を開く。どう言う意味だよ、と目線で訴えるリリーに目を合わせ、イナが答える。
「彼らはただ単純に、それが最も効率が良く、かつお金の掛からない手段であると結論づけて、行動を起こしているのかもしれないと言う事です。別に勢力の共倒れを狙って、地球を征服しようという訳ではないでしょう」
「地球征服はやりすぎなんじゃない?」
「わからんぞ。地球の緑化計画を一手に引き受けて慈善活動にいそしむ振りをして、後々でそれを利用して火星内での力を強めようとしているのかもしれない。後々の火星での活動を有利にしていくためにな」
スバシリが呆れたようにイナに返し、更にアロワナが真剣な口調でスバシリに答える。モブリスがため息を吐いて言った。
「なんか、スケールが大きすぎてついていけないわ」
「右に同じですー。要するに、火星の企業はいけない事をしているという事なのですねー?」
そしてモブリスに続いて、今度はレモンが疲れた声を出す。そのレモンの言葉を聞いたアロワナが苦笑を漏らしつつ言った。
「まあ、政府に無許可で地球に入っていると言うのは確かに問題ではあるな。それにやってることは例え経営戦略として正しいとしても、人道的に問題がある」
「で、それが問題だったとして、どうするんだ? 火星の政府に告発するのか?」
パインが困ったように言った。するとそれまで話していたアロワナも同様に困り顔を浮かべ、腕を組んで唸った。
「そうなんだよなあ。政府に直接報告したとしても、聞き入れてくれるかどうかは微妙な所なんだよなあ」
「前に言ってた企業群が、政府と繋がってるかもしれないから?」
「ああ。あり得ない話じゃ無いと思う。政府と企業の癒着って言うのは、そんなに珍しい話じゃないからな」
「実際の金回りを牛耳ってるのは企業の側だからね。そうなるのも仕方無いっちゃ仕方ないんだろうけど」
「旧世代から続く難問の一つですね。人間は自分の利益のためならば、ルールさえも易々と破ってしまうような存在ですから」
「ま、まあ、否定はしないけどさ……でもそれって、別に間違った事じゃないでしょ? 自分の得になるように動くのは普通の事でしょ?」
「……それよりさ……」
思わぬ内に横道に逸れて白熱しかけていた議論に対して、クチメが静かに釘を刺す。それまで飛び交っていた言葉がぴたりと止み、その場にいた全員がクチメを見る。彼女はそれらの視線を無視して自分はギムレットをじっと見つめつつ、いつもの淡々とした調子で言った。
「……それに巻き込まれた方の意見も聞いてみたいよね……」
「……ああ」
一斉にギムレットに意識が集まる。その突然の事にギムレットは目に見えて狼狽し、無意識のうちに小さく後ずさる。
「え? え? ぼくの考えですか?」
「ああ。火星の企業にいいようにされた身としては、これからどうしたい?」
「あ、あの、えっと……」
リリーに問われ、ギムレットが助けを請うようにカバーの奥にあるカメラアイをせわしなく泳がせる。だがすぐにその動作を止め、一旦顔を俯かせてからすぐに顔を上げ、引き締まった表情を浮かべながら迷いの無い口調で言った。
「ぼ、ぼくにも……ぼく達にも、プライドはあります。ぼく達は道具じゃ無い。しっかりとした意志と目的を持っています。で、でも、火星の人達のやってることは、その意志やプライドを踏みにじっている」
ギムレットがはっきりとした口調で続ける。
「ぼくは、ベルシンを止めたい。火星の人達にいいように利用されているベルシンをなんとかしたい」
「……本気でそう思っているのかい?」
「はい。ぼくは本気です」
オルカの問いにギムレットが断言する。それを聞いたオルカがイナの方を向き、軽く頷く。
「よろしいので?」
それを見た――脳内でオルカの声を直接聞いたイナが静かに言った。オルカが微笑して返す。
「いいんじゃないかな。見捨てるよりはずっといい。皆もわかってくれるさ」
「……わかりました」
イナが視線をオルカから外し、周囲にいた面々を見回しながら良く通る声で言った。
「わたくし達の目的は、ハワイ島に存在している友軍の救援です。これはソウアー本部からの直々の命令でもあり、そしてまだ、それは終了してはおりません」
「えっと、つまり……」
「ギムレット・ザザ」
イナがぴしゃりと言ってギムレットの方を向く。そして突然名前を呼ばれた事に対してギムレットは「は、はひっ」と反射的に背筋を伸ばし、そんな彼に向けてイナが言った。
「今から、わたくし達の意向を伝えます。ドーンズ、ピース派の指導者として、心して聞くように」
「は、はいっ」
「わたくし達は、今後ともあなた方を支援させていただきます」
「はい、わかりましたっ……へ?」
いまいち状況が飲み込めていなかったように間抜けな声を返すギムレットに微笑んだ表情を投げかけながら、イナが柔らかい口調で言った。
「ですから、あなたの目的の達成のために、わたくし達も力をお貸ししたいのです」
「あ、あの」
「よろしいですね?」
ギムレットは何も言えなかった。唐突すぎてただ驚きの表情を浮かべていた。
「まったく、こっちには説明無しかよ」
リリーが苦々しげに呟き、それに対してすぐにモブリスが返した。
「でも、別に嫌って訳じゃないでしょ?」
「……まあな」
そう答えたリリーの顔は爽やかな物だった。他の面々も、強引な決定に対して呆れた表情を浮かべてはいたが、心の底から嫌がっている風を装っていたのは一人もいなかった。そんな周囲の姿を見回しながらイナが言った。
「決定ですね」
「即答過ぎるよ」
「時は金なりと申します。それに、もし不服があるならここで反論しても構いませんが」
口を尖らせるモブリスに対してイナが言葉を投げかける。反論する者は誰もいなかった。
「決まりだね」
オルカがにっこりと笑い、紅茶入りのカップに口を付ける。それを受けて一度頷き、イナが言った。
「それでは、今後とも我々はギムレット一派を支援する方向で行きます。まず行うのは、ギムレットによるベルシンの説得のフォロー。よろしいですね?」




