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第六十六話「一区切り、そしてまた始まり」

「だってさ! どうする?」

「どうするもこうするもねえだろ」


 数分後。イナが寄越した情報をかいつまんで説明した後で他の面々にそう尋ねたスバシリに対して、リリーが面倒くさそうに返した。


「ここまで来たんだ。やるしかねえだろ」

「右に同じ。ここまで話が進んでるのに、今更無視とか出来ないでしょう」

「だそうですがー。そちらの皆様方はどうですかー?」


 リリーとエムジーが意思表明を表し、その後でレモンが顔を上げてアロワナとオルカに尋ねる。それに対して、モニター越しにイナの情報を聞いていた彼らもまた迷うこと無く口を開いた。


「ああ。ボクの方も特に問題は無いよ」

「こちらも同じだ。戦う事に異論は無い」

「ていうか、あそこまででかでかと宣言されちゃ、無視もできんわなあ」


 アロワナの横から顔を見せたアカシアが呆れ気味に言った。そのアカシアの言葉を受けて、彼以外の全員はそれぞれの乗る船の外から聞こえてくる大音声に耳を傾けた。


「――我々はドーンズ! 人類に鉄槌を下す者である! 裏切り者共よ、抵抗を止めて、大人しくそのドームの中から出てくるがいい! そちらが人間数名を中に受け入れている事は、こちらは当に掴んでいる! そいつら諸共、外に出てくるがいい!」

「うわあ……」


 新たに表示されたモニターの映像――半球状に形を残す巨大なドームの外、その入り口前に集まった一団の先頭に立って拡声器を手に持ち、大声でがなり立てるアンドロイドを見ながら、エムジーが露骨に嫌そうな顔を浮かべる。


「これは見るからに悪役のやる事だよ」

「少なくとも、交渉をしようと考えている風には見えないな」


 パインが腕を組んで平然と言ってのける。他の面々も、それに同意するように小さく頷いた。


「スバシリ、クチメ、ジャケットの用意を」


 と、不意にジンジャーがそう言いながら艦橋の出入り口へと歩き始める。その背中を目で追いながらクチメが尋ねる。


「……何する気……?」

「決まってるだろ」


 出入り口のドアが音も無く開き、ジンジャーがその場で立ち止まる。そして背を向けたまま、良く通る声で言った。


「あれを蹴散らす」

「……こちらからコンタクトをかけてみたりする必要性は……?」

「無い。やられる前にやれだ」


 キッパリと言ってからジンジャーが外へ踏みだし、背中越しにドアが閉まる。突然の事に他のクルーが呆気に取られる中でリリーが嬉しそうに口元を吊り上げ、オルカが満足げに笑みを浮かべてカップを手に取り持ち上げる。


「善は急げ、て奴だな」

「一理あるね。アロワナ、ボク達も行くよ。いいよね?」

「……全く」


 呆れたようにアロワナが言葉を漏らすが、そこに嫌そうな気配は全くなかった。


「全艦、動くぞ。第一目標は調査隊の安全確保だ」


 アロワナが声を張り上げ、それまで呆けていたクルーに緊張を取り戻させる。そして彼らの顔に生気が戻っていく中で、続けざまにアロワナがなおも声を大にして指示を飛ばす。


「パイン、君の機体はまだ完全に整備が済んでいない。ここでの任に当たってくれ」

「そうなのか?」

「ああ」

「こんな物いじった事無いぞ」

「じゃあ無線手やってちょうだい」


 戸惑うパインの横をすり抜けながらエムジーが返す。そして「何をするんだ」と言うパインの問いに対して、エムジーが背を向けたまま答えた。


「機体の帰還要請と降伏勧告。どのタイミングで言えば良いかはこっちで教えるから」

「なんて言えば良いんだ?」

「それはその場のノリで言えば大丈夫ですよー」


 なおも躊躇いがちなパインに向かって、今度はレモンがワンピースの裾をはためかせながら彼女の元に近づいて笑顔で言った。


「堅く考えなくても結構ですー。それっぽい事言ってくれればそれで十分ですしー、それに向こうも勝手に動いてくれますのでー」

「おら! ハッチ開けろ! こっちはもう出る準備出来てるんだぞ!」


 だがレモンがそこまで言った段階で、いきなりスピーカーからリリーの罵声がこだました。突然の事にパインとレモンは揃って肩を竦めたが、先にコンソールに張り付いていたエムジーは動じること無くマイク越しにリリーに返した。


「はいはい。今開けるからちょっと待ってて」

「速くしてくれよ。こっちはもうウズウズしてんだからよう」

「久しぶりに活躍出来るから気が逸るのはわかるが、少し落ち着いたらどうだ? 深呼吸しろ」


 エムジーとリリーの会話に混じってジンジャーが口を挟む。それを聞いたリリーは声を詰まらせて黙りこくり、エムジーはクスクス笑って手元のスイッチ類に指を走らせた。


「はいはい、そこの人達も手伝う手伝う!」


 そんなエムジーの様子をただ見ていたパインとレモンに向かって、スバシリが口を尖らせて言った。二人はそれを受けて慌てて空いているコンソールの元まで走り寄り、レモンは慣れた手つきで、パインはどうしていいか半ば途方に暮れた感じでそれぞれの仕事を始めた。


「では、こちらも自分の操舵に集中するんで、失礼させてもらうよ」

「こちらもだ。健闘を祈る」


 クチメにアドバイスをもらって手順を覚えていくパインを尻目にそれぞれの言葉を残し、オルカとアロワナを映したモニターが消えていく。それと同時にスバシリの全身を取り囲むように大小様々なモニターが何百も表示され、それら全てに目をやりつつスバシリが快活な声で言った。


「よーし、戦闘開始ぃ! お姉ちゃんにはこっちから伝えておくねー!」





「そうですか、わかりました」


 それから数秒も経たない内に、イナの元には戦闘を行うべく行動を開始したスバシリの連絡が届いていた。そして全てを聞き終えた後で、じっと自分の方を見つめてくるライチ達とギムレットに目をやり、イナがリラックスした声で彼らに言った。


「ご安心ください。外で待機していたわたくし達の仲間が、外に集まっている者達への対処を開始したようです」

「本当?」

「ええ。さきほど、スバシリからそのような報告が届きました」


 イナの言葉を受けて、ギムレット以外の三人は揃ってからの緊張を解いて胸を撫で下ろした。


「なんだ、じゃあもう安心だね」

「ええ、まったくね」

「はあ。私達、助かったのね」

「あ、あの、ちょっと」


 しかしただ一人状況を理解出来ずにいたギムレットだけはなおもうろたえながら、イナ達の方をじっと見つめて来た。


「その、外にいる皆様方の味方というのは、本当に安心出来る方達なのですか?」

「それはもう。手放しで喜んでも大丈夫な連中よ」


 すっかり上機嫌になったモブリスが返す。しかしそれを聞いてもなお解せない態度を続けるギムレットに、今度はライチが言った。


「大丈夫。こっちにはジャケットが四機もあるんだから」

「五機じゃ無かった?」

「……そうだっけ?」


 カリンの突っ込みを受けてライチが言葉の勢いを落とす。だがすぐに調子を取り戻してギムレットに言った。


「ま、まあ、こっちにはそれくらいの戦力がある訳だからさ、心配しなくても大丈夫だよ」

「そ、そうなんですか、ジャケットが……」


 ジャケット、という言葉に反応し、ギムレットの顔から翳りが消えていく。そして口の中で『ジャケット』のワードを反芻させていくにつれて、次第にその顔に希望の光が宿っていく。


「じゃ、じゃあ、ぼく達はもう、助かるんですか?」

「ええ。そういう事です」


 ギムレットの問いかけに対し、イナがキッパリとそう告げる。


「歩兵の武器では、ジャケットに傷をつける事は出来ません。ですので安心して、大船に乗ったつもりでいてください」


 その次の瞬間、外から轟く爆音と共に部屋が三度激しく揺れた。照明の一つが音を立てて割れ、小降りながらガラスの雨を降らす。それに多少驚いて腰を低めつつ、若干早口になってライチがギムレットに言った。


「と、とにかく、外が落ち着くまでここで待っていよう。すぐに終わるから」

「は、はいっ」


 ギムレットが頷いた次の瞬間、四度目の爆発音と震動が部屋を襲った。


「きゃああっ!」


 それは今までの物よりもずっと大きく、ライチ達は元より壁の隅に蹲っていたアンドロイド達も一様に悲鳴を上げた。


「う、うわああっ! うわああっ!」


 しかしその中で一番ビビっていたのはギムレットだったりした。ライチの腕にがっしりと捕まり、緊張の糸が切れたかの如く顔を激しく左右に動かして声を張り上げる。


「こ、こわい! こわい! 死ぬ! 死んじゃう! スクラップになって死んじゃうよう!」

「ああ、ちょっと落ち着いて落ち着いて! もう大丈夫だから。そんなに怖がらなくてもいいから」

「……ほ、ほんとう?」


 なだめる調子のライチの声を聞き、ギムレットが上目遣いにライチを見つめる。


「ほんとうに、大丈夫なんですか? ここ、こんなに揺れてるんですよ?」


 腕に抱きつく力を強め、縋るようにライチをじっと見つめる。


「ほんとうに? ぼく達、ほんとうに助かるんですか?」


 そこにいるのはもはやドーンズの首領では無く、一体の子供のアンドロイドだった。その子供は白銀の頬を僅かに赤く染め、カバーの奥にあるカメラアイを絶えず動かして兄を見つめるかのようにライチを一心に見つめる。ライチも苦笑を漏らしつつ、「大丈夫、大丈夫」と優しく言ってその小さい背中を軽く撫でてやる。


「……やばい、可愛い」


 その小動物の如きギムレットの姿を見て、モブリスが思わず言葉を漏らす。そしてイナは興味深そうにその二人の姿を見つめ、カリンは見るからに不機嫌そうな表情でライチにくっつくギムレットを凝視していた。


「……チッ」


 誰かの漏らした舌打ちは、この直後に発生した五度目の爆音によってかき消された。





 戦闘自体は数分で終了した。

 ジャケットで集団の真ん中に突っ込んで地団駄を踏む。まさかジャケットと戦う事など微塵も考えていなかった敵の殆どはそれだけで完全に戦意を喪失し、手にした武器を放り捨てて散り散りに逃げ出してしまった。辛うじてその場に留まって抵抗を試みようとした残りのアンドロイド達も、その全員が自分達はジャケットの前には全くの無力である事を遅かれ早かれ思い知る事になった。


「あーあー、テステス……全員、武器を捨てて投降しなさい。ここで止めれば、これ以上お前達を痛めつけるつもりはない。良いから黙って投降しとけ。さっさとしとけ」


 そして全員が大人しくなった後で降伏勧告を突きつける。これで終わりであった。





「みんな、無事か?」


 部屋を襲う震動が完全に収まってから数分後、入り口のドアを開けてそう言いながら中に入ってきたジンジャーの顔を見て、ライチ達は安堵を覚えると同時にどこか相手を心配するように眉をひそめた。


「ジンジャー、どうかしたの?」


 目の前に立つ仲間が苦虫を噛み潰したような険しい表情をしていたからだった。思わずライチが声を掛けるが、ジンジャーは短く「ああ」と答えただけで遠くから聞こえるほど大きくため息を漏らした。


「本当にどうしたのよ。勝ったんでしょ?」

「ああ、勝ったよ」

「それなのに随分と気まずい顔してるじゃない。何かあったの?」

「それはこいつが原因だよ」


 モブリスの問いに対して、ジンジャーの後ろから遅れてやってきたリリーが彼女に代わってそう言った。そして手に持っていた長方形のような物をライチ達に見えるように彼らの目の前に突き出した。


「それは?」

「対人用プラズマライフル」


 ライチの問いにジンジャーが吐き捨てるように言った。


「火星で作られてる武器。それも民間には流れていない。火星の正規軍にしか支給されていない最新型だ」

「えっ」


 カリンが素っ頓狂な声を上げる。ライチ以下三人も同様に目を丸くする。


「なにそれこわい」

「どうしてそんな高い物が地球にあるのよ?」

「わたくしに聞かれても困ります」

そんな四人の様子を見るように視線を泳がせた後、その四人の後ろに立っていたギムレットを睨みつけながらリリーが言った。

「なんでこんな所にこんな物があるんだよ? 説明してもらおうか?」

「……」


 それを受けてギムレットはすぐには何も言わず、顔を俯かせて何かを言おうと口を小刻みに開閉させた。その暫くの逡巡の後、ゆっくりと顔を上げて目の前の人間とAIを視界に収め、ゆっくりと口を開いた。


「……それが、ドーンズが分裂した、もう一つの理由なんです」

「なんだって?」

「ベルシン達はぼくに無断で、火星人から火星の武器を受け取っていたんです。地球から人間を追い出すために」

「自分を無視されたのに腹が立った?」


 モブリスの言葉を聞いて頷き、一度咳払いしてギムレットが続けた。


「確かにぼくが頼りないかもしれないですし、リーダーには向いてないかも知れません。でも、だからって、一応曲がりなりにも首領であるぼくに内緒で、そんな大事な事を進めなくても良いじゃ無いですか。で、ぼくがそう言ったら、ベルシンは『うるさい。俺はもうお前には従わない』って言って、こっちの言い分も聞かずに喧嘩別れに終わってしまって……」

「向こうの言い分は聞いたのか?」

「聞きましたよ。お前のやり方はぬるすぎる。なぜ人間と手を組まなければならないのか、って散々言われました」

「ドーンズは基本的に人間を地球から追い出すのを目的としていますからね」

「はい。ぼくも彼を否定するつもりはありません。でもだからって、ぼくに黙ってそんな事しなくても……」

「……まあ、リーダーの意見を聞かないのは問題ではあるわな」


 ギムレットが話し終えるのを見計らって、リリーが声を落として言った。するとその直後、今度はイナが眉間に皺を寄せて言った。


「しかし、解せませんね」

「なにが?」

「ベルシンが火星人から武器を受け取ったことか?」


 モブリスとリリーがイナに問いかける。それを聞いたイナは首を横に振り、そのリリーが手に持っている武器をじっと見つめながら言った。


「なぜ火星人は、地球のアンドロイドに武器を渡したのでしょうか?」

「ああ」


 ライチがハッとしながら声を上げる。ライチ以外の他の者達も一様に悟ったような顔を見せる。そして同じように驚いて目を剥くギムレットを見据えながら、イナが口を開いた。


「ギムレット・ザザ。あなたは何か、心当たりがありませんか? ドーンズの……地球のアンドロイドが火星人から施しを受けるに足る心当たりが?」

「そ、そんなの、知りませんよ」


 激しく首を左右に振ってギムレットが否定する。


「だいたい、ぼくは火星とコンタクトを取った事なんて今まで一度もありませんよ。他のメンバーも同じです」

「じゃあ、ベルシンが独断で火星とコンタクトを取った?」

「それもありえません。だってぼく達、火星に繋がる無線の周波数を知りませんから」

「それ、どういうこと?」


 思わずカリンが言葉を漏らす。それに対して「向こうから接触してきたんじゃないかな」と他の皆にも聞こえるように答えてから、ライチがイナに向き直って言った。


「ねえイナ、こういうのはやっぱり、本人に直接聞いた方が良いと思うんだ」

「なるほど、確かにそうですね……ミス・ジンジャー、ベルシンはどうなりましたか?」

「すまん、逃げられた」


 申し訳なさそうに、しかし予めその答えを用意していたかのようにジンジャーが即答する。だがそれを聞いてもイナはその表情を翳らせる事無く、一つ頷いてから言葉を続けた。


「わかりました。なら、プランBに向かいましょう」

「プランB?」

「何するつもりだよ?」


 モブリスとリリーが同時に問いかける。ギムレットが固唾を呑んでイナを見守っている。今までの会話に聞き耳を立てていた周囲のアンドロイド達もじっと次の言葉を待っていた。そんな彼らの気配を察し、思わず苦笑をこぼしてからイナが言った。


「簡単ですよ。少々畑は違うでしょうが、彼に聞くのです」

「彼?」

「ライチがオーストラリアで確保した彼ですよ」


 その言葉を聞いた次の瞬間、ライチが「あっ」と間抜けな声を出した。その突然の声に全員が驚く中でイナが平然と言った。


「ジャム・ジョジーですよ」


 ジャム・ジョジー。ぽってりと太った体を持つ、火星に君臨する大企業のトップ。


「ああ。あの社長か」

「ええ」


 引き合いに出された男の容姿と特徴を思い出し、合点がいったようにジンジャーが唸る。イナが唇の端を吊り上げる。


「とにかく拷問です。拷問にかけましょう」


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