第六十五話「内乱」
調査隊がドームに入ったのと同じ頃。
「皆さん、大丈夫でしょうか?」
慣れた手つきでポットを傾け、テーブルの上に置かれたカップに紅茶を注ぎながら、ゴシック調のメイド服に身を包んだモンブランが心配するように自らの『雇い主』に尋ねた。それを受けて彼女の『雇い主』――オルカは目を閉じ、その中身の注がれたカップを手にとって立ち上る香りを楽しみながら、穏やかな口調でそれに答えた。
「なに、心配はいらないさ。彼らはちゃんと帰ってくる。このボクがそう言うんだ。帰ってくるに決まっている」
「ず、随分と自信満々なんですね」
「当然さ。ボクは美しいからね」
まるで答えになっていない。ポットをテーブルの上に置き直してオルカの傍に立ちながら、モンブランは内心でそう思った。彼女は次いで、自分は少々面倒な人の所に身を寄せてしまったのだろうかと思ったりもしたが、メルボルンで給仕をしているよりも今の方が刺激に満ちた生活を送れると思い直し、とりあえずは彼らに合流して正解だったと考えるようにした。
「それはそうと、モンブラン」
と、カップをテーブルに置きながら不意にオルカが口を開いた。突然の事に驚きそちらの方を見るモンブランに、顔を正面に向けたままオルカが続けた。
「君が以前いた所は、不定期にドーンズの攻撃を受けていたそうだね」
「え、ええ。まあ、攻撃って言うか嫌がらせみたいな物ですけど」
「そうなのかい? まあとにかく、君達は攻撃を受けていた訳だ。それで、君達が被害を被っていた時、襲って来ていた彼らに不審な気配というか、おかしな空気は見られなかったかな?」
「不審な?」
うん、と、モンブランの言葉にオルカが頷く。モンブランが再び口を開いた。
「それって、つまり?」
「つまりだね、例えばそう……」
カップを再び持ち、顔を僅かに上げてオルカが言った。
「内紛とか」
「内紛?」
「同じ組織の者同士でいがみあっていたとか」
「ううん……」
目を閉じて過去に見たドーンズの面々をメモリーから引っ張り出し、モンブランがそれらの情景をまとめて脳内で再生していく。それから数秒後、モンブランは軽く頭を振って沈黙を破った。
「特に無かったです」
「無かった?」
「はい。彼らのチームワークは非常に良好な物でした」
「そうか……」
紅茶を啜り、口を離したカップを小さく揺らしながら、オルカが険しい表情を浮かべる。その顔の変化はモンブランには見えなかったが、そのオルカの纏う気配がガラリと変わった事は察する事が出来た。
「……じゃあ、あそこに散らばってるのは? 天災? いや、メルボルンで組織が纏まっていただけであって、こちらでは同士討ちが起きていた……?」
だがこの時のオルカの呟きは、モンブランは聞き取ることが出来なかった。
その後、調査隊の面々はギムレットに連れられてその部屋の中に入る事になった。そこはそれまで彼らが見てきたのとは真逆の雰囲気を持つ場所だった。
室内は広く、十分に照明が行き渡っており、それまで嫌と言うほど見てきたアンドロイドの死骸が転がっている訳でも無く、乾いたオイル溜まりが壁や床にこびりついている訳でも無かった。床や隅っこなど所々に埃が溜まってはいたが、そこにそれまで通ってきた通路に見られた陰惨な様子は全く感じられなかった。
右側の壁には埃を被ったコンソールの群れが奥から手前まで伸び、そのコンソールの上にはそれと同じ横幅を持った巨大なモニターが据えられていた。
左の壁に目をやれば、そこにはまだ『息をしている』アンドロイド達が、壁にもたれかかるようにして何体も力なく座り込んでおり、全員が一様にライチ達を物珍しい目で見つめていた。彼らの殆どが銃を手にして武装しており、そして大なり小なりの損傷を負っていた。
外見は清潔な方だったが、場に漂う空気は非常に重苦しかった。諦めと絶望に満ちた空気が漂っていた。
「生存者は? これだけなの?」
「いえ。まだ他にもいます。他の人達は、このドーム内の通路にバリケードを築くために出払ってるんです」
やがて部屋の中央、カサブランカの艦橋に置かれているのと同じくらいの大きさを持ったテーブルに辿り着いた所で、隅にうずくまるアンドロイドを見ながら尋ねたモブリスに対してギムレットが答えた。そしてテーブルを背にしてライチ達の方へ向き直り、一度咳払いをしてギムレットが言った。
「ええっと、まずは……ああ……さ、さて、まずはぼく達の救援信号を聞き入れてくださり、ありがとうございます。改めて、ぼくの方からお礼を言わせてください」
ギムレットが恭しく頭を下げる。それを見て状況を察したのか、他のアンドロイド達も小さく頭を下げる素振りを見せる。その反応を前に四人がむずがゆい感覚を覚えていると、頭を上げたギムレットが再び口を開いた。
「そ、それで、まずあなた方は、ぼく達に色々と聞きたい事とか、知りたい事があると思うのですが……どうです、か? もし、もしそうであるのなら、今からそれを順を追って説明したいのですけれど、よろしいですか?」
つたなく、頼りない口調だったが、特に異論は無かった。ライチ達四人が頷くのを見て、ギムレットは再び口を開いた。
ギムレット・ザザの話を纏めるとこういうことである。
実はつい最近になって、ドーンズ内部で勢力が二つに分裂したという。曰く、それまでと同様に人間に対して敵対行動を取る『主流派』と、いい加減その態度を軟化させて人間と距離を近づけていこうとする『ピース派』の二つである。分裂のきっかけは、首領であるギムレット・ザザがある日唐突に『地球の人間と反目するのは止めよう』と言い出した事である。
そしてこの二つの勢力の分裂はハワイ島――ドーンズの本拠地である場所にて発生し、その翌日に主流派がピース派に奇襲を仕掛けた。それによってドーンズは完全に分裂し、今に至るまで戦闘が続いている。
しかし、ドーンズ内部で大多数を誇っていたのは主流派であり、ピース派についたアンドロイドの数はドーンズ総首領であるギムレットを含む全体の中のほんの二割であった。当然ながら、戦闘を重ねる毎に数で劣るピース派は劣勢となっていった。
そんな状況を打開するために、ギムレットは単身ソウアーニューヨーク本部まで直接赴き、そこで総司令官であるオートミールに救援要請を申し出た。ドーンズの長がソウアーの長に面会すると言うのはこれが初めてであり、また敵対勢力のトップが直接顔を見せると言う事もあって、ソウアーニューヨーク本部には大きな衝撃が走った。だがオートミールは少しも動揺することなくギムレットと面会する事を決め、そして彼に対して救援を寄越すことを二つ返事で了承した。
「頼まれちゃあ仕方ないよ」
「仕方ないですね。可愛いですし」
敵の罠かも知れないのにそれを安請け合いしたことについて、決断を下したオートミールと傍でそれを聞いていたベラ――鼻によじったティッシュを突っ込んでいた――は揃ってそう答えた。それを聞いたソウアーのスタッフ達は皆一様に頭を抱えた。
とにかく、ニューヨークでの仕事を終えたギムレットは、そこからハワイ島にまで帰ることにした。
「どうやってニューヨークまで?」
「ワープ装置を使ったんです」
「ワープ装置?」
「ああ、オキナワにあったあれか」
モブリスの問いに対し、ギムレットが事もなげに返す。それを聞いてカリンだけが不思議そうに首を捻り、それ以外の三人は得心したように頷いた。僅かに疎外感を感じ顔を曇らせたカリンを尻目にギムレットが話を続ける。
自分の想像以上に事が上手く運んだギムレットはすぐさまハワイ島へと戻っていった。だが彼が戻ってきた時、事態はますます悪化していた。防衛線は破られ、自分達が籠城していたドームの中にも敵が侵入するようになった。それでもギムレットはまだ助けが来ると味方を鼓舞し、必死に防衛線を守り続けた。
「いやあ、本当に来てくれるとは、感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」
「いや、そんな、面と向かってそんな事言われても……」
「照れるよね」
ギムレットの言葉を受けて、ライチとカリンが恥ずかしそうにはにかむ。だが二人の横で渋い表情を浮かべていたイナが、ギムレットを見て不意に口を開いた。
「少し、質問してもよろしいでしょうか?」
「え、あ、はい。いいですよ」
「ありがとうございます。では、一つ」
そこで言葉を切り、一拍おいてから再びイナが言った。
「なぜあなたは、ドーンズを二つに分けるような事をしたのですか?」
「えっ」
「あなたはドーンズの首領。そしてドーンズは、基本的に人間は排斥する方向で動いている。にも関わらず、その組織のトップに立っていたあなたが、自分から人間と敵対するのは止めようと言い出した。これは何故なのでしょうか?」
「それは……」
ギムレットが顔を背けて押し黙る。室内の周りでうずくまっていたアンドロイド達が、一斉にギムレット達の方へと視線を向ける。その中で、黙っていたギムレットが顔を上げてイナの方を向き、口を開いた。
「もう、恨みあうのは止めようって、そう思ったんです」
「……」
「ぼくが首領の座についていたのは、ぼくの育ての親が一代前の首領だったからです。そしてその人がメモリーの寿命によって亡くなってから、一番近くにいたぼくがなし崩しで首領になった……」
「自分の意志じゃない?」
ライチがぼそりと呟く。ギムレットが口調を荒くして言った。
「ぼ、ぼくは、本当は戦いたくはなかった。アンドロイドだけで、静かに暮らしたかった。支配とか復讐とか、どうでも良かった」
「でも、他のメンバーは戦いたがっていた」
「……はい」
「だから、行動に移した」
イナの言葉に、ギムレットが黙って首を縦に振る。その様子を見たライチは緊張したように生唾を飲み込み、カリンは顎に指を当てて厳しい表情で何かを考え込んでいた。
「本当にそれだけ?」
しかしモブリスがギムレットにそう言った。ハッとしてモブリスの方を見つめるギムレットに、モブリスが頭を乱暴に掻きながら続けた。
「いや、これ私の勘て言うか、思いつきなんだけどさ。本当にそれだけで離反したのかなーって、疑問に思って」
「どう言う意味?」
「そのまんまの意味よ。もしかたらそうなんじゃないかって思っただけ――で、どうなの?」
ライチの疑問に答えた後、目線をギムレットに戻してモブリスが再度尋ねる。ギムレットは暫くの間無言でモブリスを見つめていたが、やがて小さく肩を落とし、全身から力を抜くように息を吐いてからそれに答えた。
「……じ、実は、あるんです」
「ある?」
「もう一つ、あるんです。理由」
四人が一斉にギムレットを見つめる。その視線を肌で感じながら、ギムレットが口を開く。
「実は前にドーンズの副首領を務めていた、ベルシンというアンドロイドがいたんです」
「ベルシン?」
「はい。それで、そのベルシンが――」
そこまで口を開いたその時、外が爆音が響き部屋全体が激しく揺れた。
「うわっ!」
ライチ達は揃って地面に倒れ、蹲っていたアンドロイド達も身を寄せ合って声を殺して悲鳴を上げる。そして揺れが収まった所で、いち早く立ち上がったギムレットが焦りを隠さずに言った。
「ベルシン!」
「ベルシンがどうしったって」
「また来た!」
ライチ達が何かを言おうと口を開くが、それを待たずにギムレットがコンソールに駆け寄って慣れた手つきで計器類をいじり回す。そして一本だけ伸びていたマイクに口を近づけ、震える声で言い放った。
「し、主流派の攻撃が来ました! 総員、作業中止! ただちにこの部屋に戻ってきてください! 繰り返します! ……」
二度目の爆発。照明が激しく明滅し、前よりも大きく部屋が揺れる。
「イナ! どうする!?」
その揺れが収まらないうちに、ライチがイナに叫ぶ。イナは始めにライチを、次いで後の三人を順繰りに見て、はっきりとした声で言った。
「……正直まだわからないことだらけですが、ソウアー本部はわたくし達を彼らへの友軍として扱っている事は確かなようです」
「こっちの事情も知らずにね。それで、どうする?」
「ソウアーの意向を無視する訳にはいきません。それに、彼らを見捨てることも道義に反します」
きっぱりとイナが言った。他の三人もそれに同意するように頷く。それを見て、更に口調を強めてイナが言った。
「戦闘準備を。待機組の方には、わたくしの方から伝えておきます」
「戦闘準備?」
「やる気?」
まだ有事の雰囲気に慣れていないカリンが引きつった声を出し、モブリスがニヤリと笑う。イナが頷き、そして眉間に皺を寄せて言った。
「今から我々は、ピース派の救援に向かいます」




