第六十四話「邂逅」
ハワイ島へはそれから数十分で辿り着いた。
そしてその岸辺にまで近づいた時、彼らの目には思わず目を背けてしまいたくなるような悲惨な光景が広がっていた。
「これは……!」
「……ひどい……」
死骸の群れ。体の一部を欠損し、物言わず砂浜の上に寝転ぶ、大量のアンドロイドの残骸であった。
「生存者はいるのか?」
「……」
無線越しのアロワナの声に、イナが黙って首を横に振る。スバシリも軽口を叩こうとはせずに苦い顔を浮かべている。
二人に代わってクチメが補足を述べた。
「……確認出来ただけでも、ここにあるアンドロイドの数は三百を越えている……」
「まさか、それ全部が?」
「そうなった理由は、わかるのかい?」
息をのむジンジャーを尻目に、オルカが他力本願な風を隠そうともせずに尋ねる。沈んだ口調でイナがそれに答える。
「こちらから確認出来る限り、恐らくは戦闘によるものでしょう」
「戦闘? 誰と?」
「それは彼に聞いた方が速いと思うな」
リリーが不意に口を開き、アロワナがそれに対して応える。その後でカリンが躊躇いがちに言った。
「か、彼って、誰のこと……?」
「ギムレット・ザザ」
アロワナの言葉に、その場の空気が一気に引き締まる。
「あいつが救援を求めてきたのと、この今の状況、あながち無関係でも無いだろう」
「確かに。何らかの関係があると見た方がいいかもしれんな」
パインがアロワナに同意を示し、その横に立っていたモブリスも首を縦に振って頷く。そしてその言葉を受けて、オルカがイナとアロワナに向けて言った。
「そういうわけだし、どうだろう。ここであれこれ考えてないで、ギムレット某を探すのに集中するというのは?」
「ああ。そっちの方がいいかもな」
「考えるよりも先に手を動かせとはよう言うからな。賛成やで」
ジンジャーとアカシアが揃って賛成の意を表す。その他の面々も言葉にこそしなかったが、その心は二人と同じだった。そしてそんな周囲の気配を読んで、イナがオルカとアロワナに順に目を合わせ、互いに頷いてから口を開いた。
「では、これよりハワイ島に接舷。ギムレット・ザザを捜索し、その後に彼と接触します。よろしいですね?」
「了解だ」
「わかったよ」
そのオルカとアロワナの返答をきっかけにして、カサブランカを筆頭にした戦艦群はハワイ島への本格的な接舷を開始した。
接舷後、予定通りにギムレット・ザザの捜索が開始された。
捜索自体は数分で終わった。
「各種レーダーを展開。最大範囲にまで拡大してください」
「はいはーい、全レーダー展開っと……あれ?」
「どうしたのですか?」
「えーっと……」
カサブランカの展開した熱探知レーダーが、彼らの接舷した場所から最も近い位置にあるドーム内から複数の熱源を発見したのだった。そしてその『熱を持った物体』の活動パターンからそれがアンドロイドである事が判明し、またそこ以外に、それと同じ熱源がどこにも発見されなかったのだ。
「それ、罠って可能性はねえのか?」
「熱パターンは確実にアンドロイドのそれでした」
「確証は?」
「百パーセントです」
その結果を発表した時、疑り深いリリーとライチに向かってイナはそう断言した。それを聞いて鼻白む二人を見て、小首を傾げながらレモンが穏やかに言った。
「イナ様の思考回路には基本的に零か百かしかありませんから、信頼性は非常に高いのではないのでしょうかー?」
「さらっと酷い事言ったよね今」
レモンはエムジーのその言葉を無視した。そしてイナの言葉を受け、そのドームの元へ調査隊が送られることとなった。
調査隊はくじ引きで行われた。その結果。
「えー? マジー? これって特別手当とか入るのー?」
「うわ、なんだろ……なんか怖くなってきた……」
「ほらライチ、ちゃんとカリンを守ってあげなさい。親愛度が上がりませんよ?」
「やめてください何ですか親愛度って」
モブリス、カリン、イナ、ライチの四人である。そしてその間、カサブランカの指揮はクチメに委譲された。
「流石にAIの一体が船を離れるのはどうかと思うんだが」
「公正なるくじ引きの結果ですから。こればかりは仕方ありません」
「いや、いくら何でも」
「仕方ありません」
そしてイナはこの時、アロワナの心配を見事に粉砕した。イベントのためなら命さえも投げ出せる女である。今のその意志を否定することなど誰にも出来なかった。
「では、準備ができ次第行きましょう。速いほうがいいでしょうし」
「イナ、なんか楽しそうなんだけど」
「まさか。そんな訳無いじゃないですか」
そう言って義体を用意し始めたイナは、明らかにうっすらと笑みを浮かべていた。
「遠足に行く訳じゃないんだから……」
「……イベント大好き人間……」
もはや性である。業と言っても良いかもしれない。
とにかく、それから数分後、くじ引きによって決められた調査隊はドームへの侵入を開始した。
彼らが行動を開始した時、空模様は急激にその機嫌を悪くしていった。空には黒雲が立ちこめ、冷たさを伴った風が四人の体を吹き付けた。
そんな下でのドームまでの道のりは、周囲に転がっているアンドロイドの残骸を無視出来れば非常に楽なものであった。途中で敵に遭遇することもなければ不慮のアクシデントに見舞われることもなく、目的地であるドームの前までやってくることが出来た。
「あ、ロック掛かってる」
そしてドームに入る自動ドアの前まで来た時、その先頭を行っていたモブリスが呆気に取られたような声を出した。そしてその声を聞いて、後ろについていた他の面々もドアの周りへと集まっていく。
「ロックって?」
「ドアが開かないの。電子ロックね」
「カードを差し込んで開ける形式かしら?」
ライチとモブリスが二人でやり取りをしている横で、ドアの横にある小型のコンソールを見つけたカリンが小さく言った。するとその言葉に反応したイナが前へと進み、右手をおもむろにコンソールに押し当てた。
「何するの?」
「ちょっとした手品ですよ」
カリンの問いかけに前を向いたままイナが答える。次の瞬間、空気の抜ける軽い音を立てて四人の目の前にあったドアが呆気なく横にスライドしていった。
その様を見てモブリスが口笛を鳴らし、イナの方を見てニヤリと笑みを浮かべながら彼女に言った。
「ハッキングしたのね」
「正確にはクラッキングですよ」
「どう違うの?」
「僕に聞かないでよ。畑が違うんだから」
カリンが純粋な顔でライチに尋ね、ライチが困惑しきった顔でそれに答える。そしてその問答の後で、四人はドームの中へと入っていった。
ドアの向こうは真っ白に塗り固められた細長い通路が続いていた。そしてその通路の中も、外と同じく地獄であった。
「ひいっ」
「これは……」
通路のあちこちに転がる人型の残骸。そのボディは全てがひび割れ、切り裂かれ、ひしゃげていた。そしてそれらに刻まれた傷口から噴き出したと思われるオイルは時間の経過によって乾いて黒ずみ、周囲に転がる残骸や通路の四方に血糊の如くこびりついていた。
その様を見てカリンが悲鳴を上げ、反射的にライチの背に隠れる。ライチは口を半開きにしたままその場に硬直し、イナは眉間に皺を寄せ、モブリスは目を見開いて口に手を当てた。
ここに転がっている機械が人型をしていなければ、どんなに良かった事か。
「……はやく進みましょう」
イナが露骨に顔をしかめながら口早に言った。他の三人も黙って頷き、床に転がるその残骸を踏まないよう慎重に足を運んでいった。
何がここで起きたのか。誰も口に出して問おうとはしなかった。
「ここが目的の場所ですね」
探索を始めてから数分後、四人は一つのドアの前に立っていた。そのドアは彼らよりも一回り大きく、通路と同じく真っ白に塗られていた。
「地上七十五階。中央管理セクション」
「中央管理……ここで実験の指揮をしていたって事?」
ドアの前に書かれた標識を読むモブリスに対してライチが尋ねる。モブリスに代わってイナがそれに答えた。
「はい。ここから実験担当員に指示を出したり、彼らの肉体的精神的状態を管理統括していたようですね」
「多分、あのエレベーターが分岐点だったのよ」
通路を越えて椅子と机の散乱した小部屋を幾つか通過し、途中にあったT字路を右に曲がり、その先にあったエレベーターに乗ってここまで上がって来た事を思い出しながら――そしてその道中に幾つも転がっていた無機質なモノを極力思い出さないようしながら――モブリスが言った。そんなモブリスの台詞を聞きながら、カリンが彼女の前に立って眼前のドアをまじまじと見つめた。
「これも電子ロックなのかしら?」
「おそらくは」
イナが横に立つ。彼女の横顔を見ながらカリンが尋ねる。
「開けられるの?」
「わたくしを誰だと思っているのですか?」
カリンの方に向き直ってイナが笑みを浮かべ、すぐに顔を正面に戻してドアの周囲に目をやる。そしてコンソールの類がどこにも無い事を確認すると、イナはドアそのものに右手を押し当てた。
「暫しお待ちを」
イナが顔を正面に向けたまま三人に声を掛け、右手に更に力を込める。
直後。
「あっ」
目の前で音もなくドアが開く。全く予期していなかった事を前にイナが素っ頓狂な声を上げ、ドアから手を離して後ずさりをする。他の三人もイナの後に続くようにして僅かに後退する。
そして開かれたドアの向こう、そこに立つ人影を見て、四人が同時に息をのんだ。
「……誰?」
ライチが掠れた声を出す。カリンもイナもモブリスも、彼と同じ事を目線で訴える。そんな四人の眼差しを受けて、彼らの眼前に立つそれが目に見えて狼狽した。
「あ、あの、えと、その……」
それは声変わり前の少年が出すようなハスキーボイスだった。そして彼の背格好も、その声と同じく小さく幼いものだった。
その皮膚――所々破けてボロボロになっていた半袖半ズボンから覗くボディはすすけて光沢を失い、曇った白銀色をしていたが。
「え、えっと……あなた方は、誰ですか?」
「えっ」
「ひいいっ」
思わず漏れたカリンの声に反応して、目の前の少年型のアンドロイドが一際怯えた声を出す。体をガタガタと震わせて、今にも尻餅をつかんとするほどに膝を笑わせながら後ずさりをしていく。
「ま、待って。待ってください」
その少年を引き留めようと、イナが声を出しながら一歩前へ踏み出す。その声を聞いて――あるいはそのイナの迫力に押し負けて――少年が右足を後ろに退いたままその場に踏みとどまる。そして僅かに胸を反らし今にも転びそうなその少年の元へ、イナがゆっくりと歩み寄る。
「大丈夫、大丈夫です。わたくし達は、あなたの敵ではありません」
「て、敵じゃない?」
少年が弱々しく震えた声を喉奥から絞り出す。それに頷き、両手を広げるように前に出しながらイナが言った。
「わたくし達はあなたの敵ではありません。あなたの救援要請を受けて、ここまでやって来たのです」
「きゅ、救援? 救援って、さっきの?」
「はい。そうです」
少年の問いかけにイナが頷く。その瞬間、それまで恐怖に染まりきっていた少年の顔が見る見るうちに明るさを取り戻していく。そして右足を大きく前へと踏みだし、希望に満ちた顔を見せながらイナに詰め寄った。
「じゃ、じゃあ、あなた達が総司令の言っていた、『合流すべき人達』なんですね?」
「そ、総司令、合流?」
「はい! そういわれたんです! 総司令にそうするように頼まれたんです!」
「へえ、そうなん――」
「はい! 大急ぎでここに帰ってきたら敵の攻撃は続いてて、それでどうすればいいか総司令に尋ねたら、『そこに後数分の内に味方がやってくるから、救援信号を出せば彼らが駆けつけてくるはずだ』って言ってきたから、それの言う通りに救援信号を出したら――」
「待って。待ってよ」
緊張の糸が切れたように一気にまくしたてて来た少年をモブリスが遮る。少年はそれで我に返り、申し訳なさそうに顔を俯かせる。そんな少年の姿を見ながらモブリスが言った。
「まず、順を追って説明してくれない? なんで救援を出したのか。総司令って誰なのか。なんで敵に襲われてたのか」
そこで一旦言葉を切り、一呼吸置いてからモブリスが再び口を開く。
「それより、あんた誰?」
モブリスがまっすぐ少年を見つめる。他の三人も同様に少年を見つめる。その言葉と視線に気づき、恐る恐る顔を上げて少年が言った。
「そ、そうですよね。まずはちゃんと、一から説明しないと、わからないですよね……」
「そうよ、そうよ。それで、あんたは何者なの?」
モブリスの追及を受け、少年が目の前の四人を順に見て回る。そして一通り視線を向けた後、若干落ち着いた声で口を開いた。
「ええっと、じゃあぼくの名前なんですけど……」
「ああ」
「……ぼく、ギムレットって言います」
一瞬、自分が何を聞いたのか理解出来なかった。
「……え?」
「ぼく、ギムレット・ザザって言います」
「は、うそ――は?」
脳味噌が冷え、四人の思考が同時にフリーズする。そんな四人を前に、少年――ギムレットが自信に満ちた声で言った。
「アンドロイド混成組織ドーンズ、ピース派の、首領を務めています。よろしくお願いします!」




