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第六十三話「いざハワイ」

「前方に島を発見。ハワイ島と思われます」


 イナが短く言葉を発し、前方のモニターに島の拡大映像が映し出される。そしてそこに映る島の姿を目にして、そこに集まっていたカサブランカのクルー達は一様に言葉を失った。


「え……」

「なにこれ……?」

「……ハワイ島はアメリカ合衆国ハワイ州に属する島の一つであり、ビッグアイランドの名称を持つ。また観光地としてはマウアケア山やハワイ国立火山公園などが有名であり、またリゾート気分を満喫したい場合には『全米で最も美しいビーチ』と称されるラニカイ・ビーチがおすすめである……」


 唖然とする面々を尻目に、クチメが艦橋中央のテーブルの上で仰向けになって寝込みながら、目の前に展開された旅行雑誌――中枢コンピュータ経由でソウアーのアーカイブから引っ張ってきた旧時代の代物である――のデータの一部分を読み上げる。その言葉を聞いて、ライチがその方を見やって呆然とした口調で尋ねた。


「リゾート? あれがリゾート地?」

「……そうみたい……」


 気の抜けたクチメの返事を聞いて、改めてライチがモニターに目を向ける。そして横で二人のやり取りを聞いていたカリンが、前を向いたまま誰に言うでもなく呆然と呟いた。


「あれが最も美しいって、冗談でしょ?」

「残念ながら、それは冗談ではありません」


 耳聡くそれを聞きつけたイナがそう返す。


「その情報も、そして目の前の光景も、全て本当の事です。恐らくその雑誌に書かれた情報は、あの島が『ああなる』前に書かれた物なのでしょう」

「ああなるって……」


 カリンは驚いてそちらの方を向いたが、すぐにモニターへと向き直って再度唖然とした風に口を開いた。


「なにをどうしたら、あんな風になるのよ……」





 灰色だった。

 僅かな黄色に混じって、島の表面の殆どが灰色に覆われていた。

 内陸部や海岸、山の斜面や黄色く砂浜など、島の至る所に大小様々な灰色のドームが黄色い地面の上からいくつも作られ――それこそ足の踏み場も無いほどに――乱立していた。そしてそのドームの傍には、これまた様々な長さ大きさをした柱のような灰色の物体が建造されていた。それらのドームも柱も一切の飾り気が無い無骨な作りをしており、その重苦しい雰囲気を周囲に発散させていた。

 また、その柱はドームから離れた所にも建造されており、その長さも大きさも十人十色であった。柱の表面には何度も直角に折れ曲がりながら上下端を繋げた溝が何本も刻まれており、時折その中を淡い青色の光が走っていた。

 更に地面には各ドームや柱を繋げる半円状をした灰色のコードのような物が縦横無尽に走っていた。そのコードのような物は周囲のドームや柱と比較すればとても小さい物――それこそ器機同士を繋ぐコードそのもののよう――に見えたが、よく見ればその物体は中を大の大人が通れるほどの大きさを持った通路であった。そうしたドームや柱や通路によってハワイの地表は殆ど埋め尽くされており、件の雑誌に掲載されていたような公園やビーチも同様に、それら生気の感じられない無機質な物体群に占領されていた。

 彼らの眼前に映るハワイ島に、もはやかつての活力に満ちた開放的なリゾート地の面影は残っていなかった。所構わず建てられまくった灰色の物体群に隅々まで浸食され、今やそこは薄気味悪さすら漂う冷たい静謐の地と化していたのだった。





「あれがリゾート地?」


 ジンジャーが呆気に取られたような声を出した。


「あんな訳のわからない建物の密集した所が?」

「ちょっと前まではマジでそうだったんだって! あれが出来る前は普通に良い所だったんだよ!」

「それでは、あれらの物体がいつ頃出来たのか、わからないのですかー?」


 遊泳を止めてジンジャーの前に立ち止まり、スバシリが声を上げて反論する。そしてそんな彼女に対して、今度はレモンがやんわりとした口調でそう問いかける。それを受けてスバシリはレモンに「ちょっと待って」と返した後で自身の周囲に記号を羅列したウインドウをいくつも表示させ、瞬きもしないでそれら全てに眼を通した。


「ああ、うん、出たよ」


 解析は数秒で終わった。周囲の視線を感じながらスバシリが答えを出した。


「どうやらあの建物は世界大戦が始まる前に作られた施設らしいね! その頃から地球というか、人間を取り巻く環境はかなりガタが来ていたから、どうやら手詰まりになる前に何とかしようと考えた科学者のチームが作ったらしいよ! 彼ら曰く『希望の施設』だってさ!」

「希望の施設?」

「うん。そう書いてあった。最初の頃はあらゆる環境を再現出来るようにパイ生地のような多層構造をしていたんだけど、ナノマシンボムの影響で外装が剥がされてあのザマになったみたい!」

「あれの攻撃を受けて原型を留めているだけで大したものよ……で、それどこから拾ってきたの?」

「それは簡単! 建造当時に作られた資料がアーカイブの中にあったんだよ!」


 投げかけられてくる質問にスバシリがスラスラ答える。その後で今度はレモンがスバシリに再度尋ねた。


「それで、あそこは何という建物なのですかー? それもわかりますかー?」

「それももうわかってるよ! あそこはどうやらドームの中に火星の環境を再現して、そこでテラフォーミング実験やらなんやらをする施設みたいだね!」

「実験施設か。かなり大規模だな。島一つをまるごと施設にしたのか」

「まあ、お先真っ暗な人間の未来がかかってたから、もうなりふり構ってられなかったんじゃなかったかしら」


 ジンジャーの言葉にエムジーが合わせる。それを聞き終えた後で、今度はライチがスバシリに尋ねた。


「それで、そこの名前は? 名前とかあったりするの?」

「名前? えーっとね、名前は……インフェルノだね!」


 スバシリ以外の全員の動きが止まる。


「い、いん?」

「インフェルノ! 地球外環境再現施設『インフェルノ』! 中二病だね!」

「……そういう問題じゃ無いと思う……」


 クチメが冷静に突っ込む。エムジーが口を開いた。


「ま、まあ、生きるか死ぬかの瀬戸際にあったわけだから、ちょっとくらい酷い名前にしても問題は無いと思うけど……」


 全然フォローになっていなかった。そしてエムジーがそう口を開いたその時、島を映したモニターの真横に別の一回り小さいモニターが二つ出現し、そこにアロワナとオルカの顔が映された。


「こちらゴーゴンプラント。たった今目的地点を目視した所だ。そちらはどうだ?」

「ボクの方も島を見つけた所だよ。それにしても、いやあ凄い所だね。あそこはかつては一大リゾート地だったんだろ? 何というか、凄まじい変貌ぶりだね」


 かたや作戦を前にした兵士のように顔を強張らせ、かたや観光地へ骨休みに来たかのようにリラックスしきっていた。その対照的な姿を交互に見てから、イナは二人に向けて口を開いた。


「こちらもお二人と同様、たった今ハワイ島を視認した所です。それ以外は特に何もありません」

「新しい命令は……まだ来ていないみたいだね」

「ならばどうする? ここで待機するか、もう少し近づいてみるか」

「でも島に敵がいないとは限らないんだろ?」


 イナとオルカをアロワナのやり取りにリリーが乱入する。その言葉を受けて、顎に指を置き眉間に皺を寄せながらイナが言った。


「……確かに、その可能性も無いとは言えませんね」

「待つのも手、か」

「えー? それつまんねーっすよー。ちゃっちゃと先進んじゃった方が良くない?」


 そこでスバシリが抗議の声を上げる。口を尖らせるスバシリに視線を向けながらオルカが言った。


「君の言い分もわかるよ。目的地を前に手をこまねくのは、誰だって気分の良い物じゃないからね」

「でしょ? でしょでしょ?」

「でもそれで先走って、命を落としてしまったんじゃ元も子もない。時には慎重になることも大事だよ――ああ、ありがとう」


 その時、オルカを映していたモニターの中に、彼女とは別の人影が姿を現した。それは飾り気の少ないメイド服をしっかり着こなした女性であり、両手で持ったお盆の上には白磁のティーポットとクッキーを詰めたバスケットが置かれていた。

女性が慣れた手つきでオルカの手元にそれらを置いていく。その際に袖がずれて彼女の肌が微かに見えたのだが、それは銀色に輝いていた。


「あれ? それ誰?」


 その姿にいち早く気づいたライチがオルカに問いかける。それに対してオルカはその視線をモニターの外へ消えていった件のメイドにやりながら悠然と答えた。


「ああ、彼女はボクの所に新しく入ってきた子だよ。給仕として雇うことにしたんだ」

「雇った?」

「給料とかどうするんだよ」


 カリンとジンジャーが訝しげな声を上げる。そしてそれに対してオルカが口を開き掛けたその時。





「……無線通信を受信……」


 不意にクチメが呟いた。一同の視線が一気にそちらへ集まる。イナが鋭い口調で問う。


「場所は? 誰からのものです?」

「……誰が飛ばしてきたのかは不明。発信場所は特定済み……」

「どこからです?」

「……あそこ……」


 クチメが正面モニターに映る島をまっすぐに指さす。呆然とする面々を尻目に、クチメが淡々と事を進めていく。


「……今から通信内容を流すから、聞いておいて……」


 正面モニターの横、オルカ達とは反対側の所に別のモニターが表示される。そこには激しい砂嵐が走るだけで何の映像も映らず、やがてそこからノイズ混じりの声が聞こえてきた。


「聞こえますか……? こちら……聞こえますか……?」


 か細く、トーンの高い声。年端もいかない少年と思しき声だった。


「こちら……敵襲を受け……もう長くは……ああもう、早く来るんじゃ……」

「こいつ何言ってるんだ?」

「しっ」


 オルカの映っていたモニターの方から二つの女性の声――パインとモブリスだろう――が聞こえてきた。どうやらその通信は他の二隻にも流されていたらしい。クチメは再生を続けた。


「全周波数域で……お願いしま……どうか、救援を……」

「……罠かな?」

「わからない」


 カリンの問いにライチが顔をしかめて答える。ライチだけで無く、その場にいた全員がこの通信の真偽の程を把握しきれずに居た。


「繰り返します……こちら襲撃……救援をたのみ……こちら、ぎ」

「……あと五秒……」

「もうおしまいなの?」


 ノイズがますます酷くなる。クチメが呟き、エムジーが不満の色を露わにする。激しいノイズの海に呑まれかけながら、少年のか細い声が艦橋に響く。


「ざ……こちら、ドーンズのギムレット・ザザ……救え」


 ブツリと声が切れた。





「……今、なんつった?」


 リリーが動揺した声を出した。モニターの向こうでアロワナは唖然とした表情のまま口元に手を当て、オルカは紅茶を飲もうとした段階でその動きを止めていた。


「不思議ですねー。気になりますねー」


 そんな中で、レモンの場違いな程に明るい声が環境に響いた。


「ギムレット某の救援要請、これは気になりますねー」


 緊張感の欠片も無い声。だが彼らはそれによっていつもの調子を取り戻し、イナとモニター越しの二人は同時に頷いた。


「直ちに向かいましょう」

「そうした方が良さそうだね」

「何が起きているのか突き止めないとな」


 イナが他の面々を顧みる。全員も彼女と同じ気持ちだったのが、その時の彼らの顔つきでわかった。

 何が起きているのか知りたい。困惑と好奇心が彼らを支配していた。

 それら全てを肌で感じ、イナが頷いてから前へと向き直る。そして腕を組み、力強く叫んだ。


「ハワイ島へ向かいます。全速前進!」


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