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第六十二話「期限は七日」

 ライチ達がハワイ島に向かうためにオーストラリアを旅立ったのは、彼らがオートミールからの指示を受けてから七日後の事であった。


「このハワイ行きの旅には、我々も含まれているのか?」

「ああ。この辞令の詳細を見る限りじゃ、どうやら君達……ゴーゴンプラントの面々も含まれているようだね」

「私達もそれについて行く感じなの?」

「もちろん。ボク達とこの『S.O.H』も、彼らと一緒にハワイ島まで行く事になっているよ」


 そしてそのハワイ島へは、カサブランカだけで無くゴーゴンプラントと『S.O.H』も一緒に向かう事となっていた。上からの命令なら仕方無い、とその事を知ったアロワナは素っ気なく返したが、アカシアやオルカは対照的に嬉しそうな態度を見せていた。付き合った時間は短いながらも、やはり『仲間』と別れるのは内心寂しいものがあるのだ。


「アロワナも内心嬉しいに決まってるよ」


 とはオルカの言葉である。


「で、ハワイに行って何するんだ?」

「それがジンジャー様、イナ様達はその事について何も聞いていないそうなのです」

「え、なにそれ」

「どうやら向こうについてから、そこで追って報告するらしいぜ。まどろっこしい事するよなあ」


 だがそのハワイ島で何をするのかについては欠片も知らされなかった。リリーやスバシリを筆頭に、多少なり不満が上がったのは言うまでも無い。


「なによー、目的地だけ教えてやること教えないってアンフェアじゃねーの? ちょっとふざけすぎじゃないですかねえ?」

「……スバシリ姉様、うるさい……」

「き、きっと、そのオートミールって人にも何か考えがあってのことなんだよ。極秘の作戦とか、特別な任務とか、きっとそんな感じの。きっとそうなんだよ……そうですよね?」

「……」


 その懇願するような口調のライチに対して、問いかけられたショーは引きつった笑みを浮かべることしか出来なかった。オートミール・オートバーンに何かを期待する事は到底出来なかった。


「とりあえず、行ってみればわかるんでしょ? まさかソウアーの最高司令官が、私達を嵌める事もないでしょうし」

「そうだな。とやかくここで議論するより、直接そこに行って次を待った方が建設的だと思うな」

「ですね。まずはやれることから一つずつ、こつこつ片付けていきましょう」


 その中で、エムジーとパインとイナは動揺する事無く泰然自若としていた。その顔に若干諦めの色が見えていたのはきっと気のせいである。

 しかしその三人の意見が、大なり小なり戸惑いや憤りを見せていた彼らを前に動かした。


「――そうだな。確かにここで言い合っていても仕方無いか」

「まずはハワイへ。その後の事はその後で考えると言う事ですねー」


 アロワナが頷き、レモンが両手を合わせて笑顔で言った。他の面々も気持ちを切り替え、皆一様にハワイ島へ向かう事を念頭に置いた。


「さて、そうと決まったら早速スケジュールを組み立てるとしようか。君達も手伝ってくれないかい?」


 オルカがそう言って、イナ達三姉妹に視線を向けた。AI三人が同時に頷く。

 その後、言い出しっぺのオルカとマレット三姉妹が先頭に立ち、クルーの意見を取り入れつつ出航までのスケジュールが組み立てられていった。そしてそれによって定められた出航までの猶予――七日という時間の中で、それぞれが思い思いに過ごしていった。





 自由時間は七日、と言っても、クルー全員がその七日をフルに使って何かしたい事がある訳でも無かった。と言うか、そんな特別な用事を抱えていた奴は一人もいなかった。そのまま速攻でオーストラリアを出て行ってもいいくらいだったのだ。

 それにもかかわらずそれだけの時間を取ったのは、やはりカサブランカを筆頭にした三隻の船の整備と補給が主な原因であった。


「ぴぴー。船体表面の装甲の補修、六割ほど終わりました。ぴぴー」

「ようやく六割か」

「しかもこの後、燃料の補給とか食糧の補給とか水の補給とかの作業もあるんやで? 内装部分の整備もあるし、時間かかってもしゃーないで」


 ゴーゴンプラントにある司令室内部で作業用ドロイドとアカシアの言葉を続けざまに聞いて、アロワナはその遅々として進まない整備作業に頭を悩ませた。追い打ちを掛けるようにアカシアが言った。


「おまけに、こっちの手持ちのドロイドを他の船にも回しとるからなあ。スピード遅くなるんもしゃーないやろなあ」

「クルー全員投入してもこの遅さだからなあ……」


 そしてスケジュール決定から四日経った今現在、特にすることの無いクルー達――二名を除いた全員である――は、総出で船の補修作業に駆り出されていた次第であった。ちなみにメルボルンのアンドロイド達は町の復興で大忙しであり、とても応援を頼める状況では無かった。なお、モンブランもこの町の復興の方に向かっていた。


「これが終わったら、私もそちらの方に同行させてもらってもいいですか?」


 そして去り際にモンブランはアロワナに対してそう尋ねており、アロワナはそれにイエスと答えていた。アロワナ自身、本当に来ると本気で考えていなかったからだ。

 閑話休題。とにかくクルーのほぼ全員をも投入しての作業であったが、それでもやはり速く進むものではなかった。


「そのクルーにしたって高望みしすぎや。あいつらの殆ど、本物の整備士やないんやで?」

「それはわかるが、しかし……」


 しかし、覚悟はしていたがやはり遅い。クルーは一部を除いて補修作業に不慣れなずぶの素人であったし、補修に経験がある者にしても、それはジャケットや機械の話であって船そのものをいじった訳では無い。肝心の船自体も巨大だ。

 それとドロイド自体の数と作業効率、そして各船の損耗状況など、あらゆる要素を見越しての『四日』であったのだが、どうやら見積もりが甘かったかもしれない。下手をすれば予定時間を更に延長する事になるかもしれない。


「歯がゆいな……」

「せやかて、司令塔のうちらがここ空けるわけにもいかんからなあ。暫くはここで吉報を待つしかないやね」

「うむ」


 どこか釈然としない――申し訳なさにも似た気持ちを抱えながら、アロワナは腕を組んでその後も変わること無くテーブルの前に立ち続けた。





 アロワナが悶々としていた一方で、オルカはいつも通りの艦橋でいつも通りに振る舞っていた。


「ぴぴー。船体表面の装甲補修完了。続いて内部の補修作業に取りかかります」

「ああ、わかったよ。ありがとう。そのまま続けてくれ」

「ぴぴー。了解」


 ゴーゴンプラントから借りたドロイドに指示を出し、彼がキャタピラを器用に使ってその場で百八十度回転する。その間にオルカはドロイドから目をそらし、目の前のテーブルに置かれたカップを手にとって迷いの無い優雅な所作でその中身の紅茶を音も無く啜った。

 黄金色の液体を舌で転がし、喉に流し込む。


「……うん。ケーキが欲しいね」


 その後でそうゆったりと呟いてからまだ中身の残るカップを手元に置き、そしてそれまでカップを手に取っていた手を頭の位置にまで持ち上げて、その何も無い空間で軽く左右に振る。


「やあ。調子はどうだい?」


 そして振った直後に出現した平面モニターに向けて暖かな眼差しを向けながら、オルカが柔らかい口調でそう尋ねた。そのモニターには一人の少女の姿が映っていた。

 血色の悪い頬。半開きの眼と口。その少女は顔面全体で疲労困憊を訴えていた。


「疲れてないかい? それとも、まだいける?」

「もう無理っす」


 そのモニターに映った少女――それまで表面装甲の補修に就いていたカリン・ウィートフラワーは、激しく肩で息をしながらそう返した。


「やばい。体の節々が痛い」

「筋肉痛?」


 オルカの問いかけにカリンが黙って頷く。無理も無い。彼女は今まで体にハーネスをつけてそこと甲板を命綱で繋ぎ、その格好で船体側面に張り付いての作業――溶接や錆取りなど――に取りかかっていたからだ。ずぶの素人にやらせるには酷すぎる作業だったが、これも実はカリンが自分からやりたいと言ってきた物だった。まあ、結果は見ての通りのグロッキー状態というわけだが。

 そう考えながらカリンではなくモニターに向けて、表情をぴくりとも変えないでオルカが言った。


「ライチ、いるかい?」


 その言葉から暫くして、カリンの横に並ぶようにしてライチが画面の中に現れた。彼の顔にも疲れの色がありありと現れていたが、カリンに比べればそれはまだまだ軽傷の部類であった。そのライチに視線を向けてオルカが言った。


「カリンをどこか空いている部屋まで連れて行ってくれないかな? もう彼女は限界だよ」

「わかりました」

「え、でも」

「いいから」


 最後の台詞はライチとオルカの両方から同時に放たれた。それを受けて空元気を振り絞ろうとしたカリンもすっかり肩の力を抜いて沈黙し、大人しくライチの肩を借りることにした。


「じゃあ、よろしく」

「うん――それじゃあ、今から連れて行きますんで」

「ああ。頼んだよ」


 ライチがカリンを横に担いでモニターから姿を消す。それと同時にモニターも消滅し、全てが終わってからオルカは改めて飲みかけのカップに手を伸ばした。

 中身をゆったりと喉の奥に流し込み、その余韻を体の中で存分に味わう。そしてカップを置いて、再度オルカが口を開いた。


「うん。やっぱりケーキが欲しいね」





 同じ頃、カサブランカの船底部にあるとある個室に、三人の人間が籠もっていた。一人は恰幅の良い男で、後の二人は妙齢の女性だった。男は全身汗だくになりながら背を丸めて顔を俯かせ、その縮こまった姿を女性二人が見下ろしている格好となっていた。


「もういいだろ。いい加減吐いたらどうなんだ?」


 女性の一人――ジンジャー・バーリィが冷ややかに告げる。男は石のように固まったまま微動だにしない。もう一方の女性――リリー・マクラーレンが腰に手を当て、わざとらしくため息を漏らす。


「強情な奴だなあ、おい。ここは火星じゃ無いんだぜ。いい加減ゲロっちまえよ」

「……」


 男――ジャム・ジョジーはなおも動かない。かつてその大胆すぎるやり口で『唯我独尊のカリスマ』と畏敬されたその大人物は、今では臆病風に吹かれたかのように体を丸め、一切の反応を示さなくなっていた。ジンジャーとリリーは顔を見合わせ、そして揃って肩を落とした。


「駄目だ。こいつ冬のナマズのようにぴくりともしねえ」

「ナマズが何者かはわからんが、埒が明かないと言うのはよくわかった」

「やれやれ、これなら船直す方に行った方がよかったかもしんねえなあ」


 この二人は、前にスケジュールを組む際に他のクルーと一緒に「する事が無いならどっちか片方を選んで」とオルカに言われ、そこで『艦船の修理』ではなく『ジャムの尋問係』に立候補した二人だった。「こっちの方が肉体的に楽そうだった」と言うのが二人がそれを選んだ理由であり、それ自体も他に手を上げる者もいなかったので二人はすんなりとそれに決まった。

 彼女らの仕事は、同じ七日の間にジャムから何らかの情報を聞き出す事。どんな些細な事でも良いので、青空の会とジャム――もしくは彼の経営している火星企業がどのような繋がりを持っているのかを探る事であった。ジンジャー達はすぐに終わるだろうと高をくくっていた。

 だが、ジャムは手強かった。こちらがどんなに脅そうがなだめようが、彼は何の反応も示さなかった。ジンジャーとリリーによってここに連れられてから既に三日と四十分は経つが、それまでこの男はベッドの上に座ったまま、言葉を発するどころか身じろぎ一つしないのだった。食事を取る時も風呂に入る時もトイレに行く時も、一言も発しなかった。


「大した神経だな」

「これがこいつの作戦だろうよ。鬱陶しいったらねえぜ」


 恐らくこの男は、こうして持久戦に持ち込もうとしているのであろう。こちらから折れて尋問を終了するのを、ただじっと待っているのである。二人はそう考え、そしてそんな目の前の男の作戦に自分達が嵌まりつつあるのを感じて激しい嫌悪を覚えた。


「こいつはただの臆病なんかじゃない。全部計算の上でやってるんだ。忌々しいぜ」

「だがそれは全てお前の予測だろう?」

「ああ。けど、案外当たってるんじゃねえか? 俺の勘は結構当たるんだ」

「その割にはギャンブルで負けっぱなしだったそうだが?」


 そこで会話を切り、ジンジャーとリリーが目線だけ動かしてジャムを見下ろす。変わらなかった。上げようが下げようが、男は相変わらずのアルマジロ状態を貫いた。


「……ここまでやっても無反応か。諦めるしか無いな」


 再びジンジャーが肩を落とす。だがその言葉には、諦めと言うよりも『もうしょうがないな』と言わんばかりの雰囲気がこもっていた。そしてジンジャーと同じ口調でリリーが合わせる。


「ああ。正直言ってこれだけは使いたくなかったんだが、仕方無いな」


 リリーがそう言って、腰のポケットから掌サイズの銀色のケースを取り出した。蓋を開けて中身を取り出す。ジャムは相変わらず俯いたまま、何も見ようとしなかった。


「これでもまだ反応無し」

「関係ねえ。このまま続けるぜ」


 リリーがその場に腰を下ろし、ジャムの片腕を取る。その時ジャムの視界にリリーの手とその手にある物が映り、そしてそれを見たジャムは無意識のうちに体を強張らせた。


「お、やっと反応したか」


 ジャムの体が僅かに震えたのを、その掴んだ腕を通して認識したリリーがニヤリと笑う。そしてその手にある物――注射器を見せびらかすように小刻みに揺らしながら、大げさな口調であざ笑うように言った。


「お前がいけないんだぜ? お前が素直に吐かないから、俺達もこういう手段を取らざるを得なくなるんだ。自業自得だな」

「こっちは別に正義の味方をやってる訳じゃないからな。手段を選んで貰えると思わないことだ」


 立ったままのジンジャーが冷ややかに告げる。無表情の仮面にヒビが入り始め、ジャムの眼が僅かに見開かれる。たっぷり肉の付いた頬と唇が細かく震え出し、それまでかいていたのとは明らかに違う種類の汗をダラダラと流し始める。リリーに掴まれた方の腕に僅かながら力がこもるが、リリーはそれ以上の力で以てその引っ込められんとするその腕を抑えつける。

 ジャムの腰が浮きかける。素早く脇に立ったジンジャーがその両肩を掴んで強引に座らせる。なおも無言だったが、その体が目に見えて震え始める。


「自白剤だ。全部吐いてもらうぜ」


 ぞっとするほど静かにリリーが告げ、服の袖をまくってその肉付きのよい手首を露わにする。注射器を持ってない方の手で手首より上の血管を押さえ付け、針に被さっていたカバーを外し、先端をカラカラに乾燥した地肌の上からその手首付近の動脈に押し当てる。

 ガタガタ震えるジャムの耳元でジンジャーが囁く。


「心配するな。痛いのは一瞬だ」

「や、やめ――」


 監禁されてから初めて『自分の意志』で放たれたジャムの言葉は、薬によってもたらされた強烈な睡眠作用によって志半ばで途切らされる事となった。





「ドロイド、いるかい?」


 同じ頃、ジャムがおおよそ非人道的な手段で黙らされている事にも気づかないまま、オルカはのんきな声でドロイドを呼びつけていた。そしてドアを開けてすかさず艦橋内に入ってきたドロイドに向けて、すっかり空になったカップとソーサーを渡しながらリラックスした口調で言った。


「ダージリンと、チーズケーキ。用意出来るかな?」

「ぴぴー。そのコマンドは、プログラムに含まれておりません」

「そうなのかい? 仕方のない子だなあ」


 融通の利かないドロイドを前に首を振って残念そうにオルカが漏らす。その後でおもむろに椅子から立ち、ドロイドの元に腰を下ろす。そして片手をおもむろにドロイドの表面に当て、言い聞かせるようにゆっくりと言った。


「ダージリンと、チーズケーキ。食堂にあるから、取ってきておいで」


 押し当てた掌から青白い電流が生まれ、ドロイドの全身を舐めるように走る。それを受けて暫く痙攣したように小刻みに振動していたドロイドだったが、やがてそれが嘘のようにピタリと止まり、そしていつもの口調でオルカに返した。


「ぴぴー……追加コマンド確認。お食事をお持ちして参ります」

「ああ。頼んだよ」


 オルカが手を離すと同時に、ドロイドがまわれ右をして艦橋から外へと出て行く。それを見送った後でオルカが改めて席に着くと、その目の前の何も無い空間にモニターが表示された。


「ようオルカ、聞こえるか?」


 そこにはリリーの姿が映されていた。その顔を見つめながらオルカが返す。


「ああ。大丈夫、全部聞こえているよ。それより、どうしたのかな?」

「ああ。こっちの『仕事』は終わったぜ。全部吐いてもらった」

「そうかい。それは何よりだ」


 リリーの報告に眼を細め、頬を綻ばせてオルカが答える。そしてすぐにその笑みを消し、眼を細めたままリリーに尋ねた。


「ボクの手渡した薬、役に立ったかい?」


 画面の向こうでリリーがニヤリと笑う。


「ああ。効果覿面だったぜ」





 それから三日後。やや突貫工事ではあったが何の問題も無く船の補修作業が完了した。それからオーストラリアを離れてハワイ島に向かうまでの間、ジンジャーとリリー以外のクルー全員はもれなく筋肉痛に苦しんだ。


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