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第六十一話「次の目的地」

 ライチとカリンを発見、安全を確保した。

 そのエムジーからの報告を受けて、『S.O.H』の豪奢な私室――の皮を被った艦橋で待機していたオルカとアロワナは、揃って安堵のため息を吐いた。


「あの二人が救出されたと言う話を聞いたのですが、それは本当なのでしょうか?」


 そして二人が安堵した直後、彼らの座るテーブルの上に平面モニターが出現し、そしてそこに姿を見せていたイナが緊張の面持ちで二人に尋ねた。その通信回線越しに尋ねてきた彼女に向かったアロワナが「そうだ」と答えると、それを受けたイナは「ああ、良かった」と大きく肩を降ろし、緊張で凝り固まっていた顔の筋肉を解いていった。


「どうやら、大事には至らずに済んだそうですね」

「ああ。後味の悪い結果にならずに済んで何よりだ」

「後詰めとして救出に向かっていたパインとモブリスも無事のようだよ。今、全員で帰路についているそうだ」


 そして気楽そうに会話を交わすイナとアロワナに向けて、二人が話し込んでいたのと同じタイミングでパインからの無線連絡を受け取っていたオルカが、その内容を二人に告げた。それを聞いてアロワナとイナは安心しきったように笑みを浮かべたが、オルカは一人、その表情を曇らせていた。


「どうした、何かあったのか?」


 その顔色を察したアロワナが、笑みを消して真剣な顔で彼女に言った。イナも顔を引き締め、オルカの方を向いて回答をじっと待った。その二人の顔を交互に見て、額に握り拳を押し当てながらオルカが言った。


「うん、さっきパインから連絡をもらって、軽い経過報告を受け取ったんだけど……どうやら後詰めの二人が乗ってたジャケット、かなり酷いダメージを受けたみたいなんだ」

「ダメージ?」


 アロワナとイナの顔に緊張が走る。イナが口を開いた。


「崖から落ちたとか、滑って転んだとか、そういうのが原因ではないのですか?」

「いや、人為的な物だ。パイン達は向こうで、ジャケットと戦闘をしたようなんだ」

「……これはこれは」


 面倒な事になった。アロワナが苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。


「あの場所には誰かがいた、と言う事か」

「もしや、ライチとカリンを拉致した火星人達は、そのジャケットを操る個人ないし組織と通じていたのでは……?」

「そこまで詳しい事はまだ聞いていないけど、でも可能性の一つとしてはあり得るね」


 イナの言葉に対して、腕を組んで背もたれに深くもたれかかりながらオルカが答える。そしてテーブルに置かれたカップを迷い無く手に取り、目を閉じて中の紅茶を喉に流し込んでいく。そして一度口を付けた後でカップを元の位置に戻し、低い声でオルカが続けた。


「でも、救出部隊一行はその火星人達も一緒に連れて帰るそうだから、詳しい事は彼らに聞いた方が速いだろうね。向こうで戦闘状態にあった連中の何名かも捕虜として連れ帰るそうだし、まずは彼らを待とうじゃないか」

「やれやれ、次から次へと問題が出てくるな」

「わたくしとしては、もう少し穏便に行きたいのですけれどね」

「仕方無いさ。美しい存在はただそこにいるだけで、その周囲にある全ての物を引きつけてしまうのだからね。個人から組織からイベントにいたるまで、善悪も関係無しに全てね」

「美しいって言うのもそれなりに不便なんですね」

「そうでも無いよ。真の美しさとは、その身に降りかかる災難を全て乗り越えた先に存在するんだ。だから今ボク達が直面しているこれらの問題は、全てボク達の美しさを試す試練でもあるのさ」

「は、はあ」


 熱弁を振るうオルカに対し、いまいちその凄さがわからないイナは空返事を返すだけだった。いまいち気まずい空気になりかけたが、その間をアロワナが上手く拾い上げた。


「まあ、詳しい話は彼らが帰ってきてからで良いだろう。まずは出迎えの用意をしておかないとな」

「そうですね。では、他のクルーにも連絡をしてきます」

「集合場所はどうする? ボクの船でいいかい?」

「それがいいだろうな。ここが一番広い」

「決まりだね」


 オルカがニヤリと笑い、同時にモニターの向こうでイナが軽く礼をする。そしてその礼が終わらないうちにモニターそのものが中央に向けて収縮し消滅し、その様子を見届けたアロワナが立ち上がって背筋を伸ばしながら言った。


「暫くは平穏に暮らせると思ったんだが」

「スパイスの利いた人生の方が面白いと思わないかい?」


 それに対して優雅に紅茶を嗜みながら、オルカがさらりと言ってのけた。





 それから数分後、『S.O.H』の艦橋には拉致られた二人と助けに向かった三人を除くクルー達が勢揃いしていた。マレット三姉妹とオルカも義体を纏ってその場に参列していた。


「なんか、緊張するな」

「ねえジンジャー、あの二人本当に大丈夫なの? これマジバナなの?」

「大丈夫だってイナが言ってただろ。だから大丈夫に決まってる」


 二人の無事は既に全員の耳に伝わっていたが、それでもそこに集まった彼らはその胸中にある一抹の不安をぬぐい去る事が出来ずにいた。無理も無い。人間という物はどれだけ確証を得ていようと、その『形の残る証拠』を実際に目にしなければ心から納得する事が出来ない生き物だからだ。


「あ――」


 しかしそんな杞憂にも似た感情も、それから更に数分経った後で肝心のライチとカリンが、エムジーに付き添われる形で艦橋に現れた事で完全に払拭された。


「生きてる……」

「本当に生きてる!」


 そしてその無事な姿を目の当たりにしたクルー達は、一様にその喜びを爆発させた。


「ああ、ライチ様、カリン様! ご無事なようでなによりです! ……良かった……本当に……!」

「てめえこの野郎! 散々心配させやがって! 待たされるこっちの気分も考えろってんだよ!」


 レモンとリリーが真っ先に飛び出し、二人の前で感情を爆発させる。レモンに至っては目尻に涙さえ溜めていたが、それでもその場で泣き崩れる事だけはぐっとこらえていた。そしてその二人に続いてスバシリが駆け足で、クチメが寝ぼけ眼をこすりながらのんびりした足取りでライチ達の元へと向かっていった。


「お前さんらは行かなくてええのん? 付き合い長いんやろ?」

「もう飛び出すほど若くないよ」

「右に同じです」


 その一方で、アカシアの言葉を受けて、その場に留まっていたジンジャーとイナが揃って口を開く。そしてアロワナとオルカとショー、そしてなぜか付いてきたモンブランも、その『居残り組』の方についていた。


「私も遠慮させてもらうよ。あいにくそういう柄じゃないんでね」

「ボクは見る方につこうかと思ってね。あの光景は実に素晴らしい。青春と友情の縮図は、いつ見ても美しいよ」

「自分はまだこちらに来て日が浅いので、遠慮させていただきます。新参が出しゃばってもあまり良い事ありませんし」

「わ、私も、ショーさんと一緒です。でも、無事に帰ってきて良かったって思います」


 行かんのか? というアカシアの問いに、彼らはそう答えていった。そのようなやりとりをしている間にも、ライチ達の所に駆け寄っていったグループはなおも飽きる事なく話に花を咲かせていた。


「二人とも」


 そしてライチとカリンの後ろに回っていたエムジーが、柔らかい口調で二人に呼びかける。会話を中断して声のした方へ体を向けた二人に、暖かい笑みを浮かべながらエムジーが言った。


「お疲れ様」


 ライチとカリンが一瞬呆気に取られたような表情を見せる。だがすぐにその顔に笑みを浮かべ、そして頷きながらライチが答えた。


「ありがとう」


 エムジーが頷き返す。カリンも同じように頷く。レモンが頬を上気させて満面の笑みを浮かべ、リリーが微笑しながら鼻の下を指でこする。スバシリが両手を後頭部で組んでにかっと笑い、クチメが口元を手で押さえながら大きく欠伸をする。

 その奥に控えていた面々も、各々が安心と満足に満ち足りた表情を浮かべていた。この時それまでそこに漂っていた緊張の色は完全に消え去り、今は暖かく穏やかな空気がその場を満たしていた。


「すまん、ちょっといいか」


 だがその穏やかな一時は、そう言って貴族の私室に入り込んできたパインの登場によって終わりを告げた。その鋭く切り込むような口調は場の空気を冷やして一気に緊張をもたらし、そして以前からそこにいた面々の視線を一挙にパインへと向けさせた。


「どうした? なにかあったか?」


 アロワナが引き締まった声を掛ける。それに頷くパインの後ろから、モブリスが何かを引っ張りながらその私室へと入ってきた。


「あれも目が覚めた頃だし、そろそろ報告をしようかと思ってな」


 そのモブリスが引っ張ってきた物を横目で見ながらパインが答える。周囲の視線が、パインからその『物』へとシフトする。


「あ」


 そしてそれを見たライチが素っ頓狂な声を上げ、カリンが口に手を当てて息をのむ。その方を見てパインが頷き、再びアロワナに向き直って言った。


「それと、こいつの尋問も」





 数分後、ライチとエムジーとパインによって、そこで起きた事の全てが説明された。

 全てを聞き終えて、全員絶句した。


「まさか……嘘……?」

「おいおい、マジかよ。スケールでかすぎんだろ」

「……火星の大企業の実力者と青空の会が繋がっていたとはな」

「ああ、やっぱりそうだったのか」


 そう口々に言葉を漏らしながら、誰も彼もが驚愕の目でその『物』――ジャム・ジョジーを見つめていた。当のジャムは弁解する事も開き直る事もせず、ただバツの悪そうな顔をして俯きながらその場に座り込んでいた。ドーンズと青空の会がそこで縄張り争いをしていた事も衝撃的だったが、衝撃の度合いで言えばこちらの方が遥かに勝っていた。

 ちなみにライチ達を攫った火星人一行は、ゴーゴンプラント最下層にある一番狭い倉庫――床面積二平方メートル未満――の中にまとめてぶち込まれていた。連中についても追々尋問をする予定である。


「で? これからどうするんだよ?」


 そして混乱も収まってきた所で、まずリリーが口火を切った。その表情はなおも困惑と驚愕がない交ぜになった複雑な色を見せていた。


「これハッキリ言って、俺達だけで解決出来るヤマじゃねえぞ。どうするんだよ?」

「一番無難なのは、この件を無かった事にする事だろうな」

「お前、それでいいのかよ」


 そしてリリーはそのままの勢いで、彼女の言葉に対して真っ先に意見を出したアロワナに噛みついた。だがアロワナも負けじとリリーを見やり、強い口調で言葉を返した。


「いいとは一言も言ってないだろ。ただ、これといって良い案が浮かんでこないだけだ。下手に刺激してこっちの首が物理的に飛んだらどうするんだ」

「……変に騒いで、火星から鎮圧部隊を送られたら一巻の終わり……」


 アロワナの言葉の意味をクチメが冷静に解説する。


「……私達の頭は火星に押さえられている。軍事力も同じ。まず太刀打ち出来ない……」

「それに物資の面でも向こうが圧倒してる。火星に民生用軍用含めて、ジャケットが何機あるかわかる?」


 そしてクチメの言葉に続いてライチが口を開く。するとスバシリがその問いに興味を持ち、彼の横に立って尋ねた。


「どれくらいあんの?」

「二十五万」

「うん。ごめん。聞くんじゃ無かった」


 さらりと返されたその言葉を受けて、スバシリが完全に沈黙する。ライチの口から出たその数字を前にして、周囲も何も言えなくなる。すると今度はエムジーがその脇腹を突っついて、そしてライチが自分の方を向いてから彼に質問した。


「それ、どこ情報?」

「『月刊カミカゼ』みどりの日特別号」

「……なにそれ?」

「火星圏内で発行されてるミリタリー雑誌だよ」

「ああ、それなら私も読んだ事あるぞ」


 と、そこでジンジャーが、誰も望んでいなかった援護射撃を行った。


「正確には、二十六万と八千じゃなかったか?」

「そうだったっけ?」

「ああ。確かそんな感じだった」


 もういい。やめろ。

 証人が二人に増え、ぐうの音も出せなかった。そして反論しない代わりに、オルカが肩を竦めながら言った。


「じゃああれなのかな? この事を知りながら、ボク達に出来る事は全く無いって事なのかい?」

「いえ、出来る事は出来ます」


 だがそこで、顔を上げながらイナが口を開いた。他の面々の視線が刺さる中、イナは毅然とした態度で言葉を続けた。


「方法が無い訳ではありません。わたくし達で直接解決する事は出来ませんが、間接的に今の状況に何らかの影響をもたらすことは可能です」

「それ、本当なの?」


 イナの言葉にカリンが食いつく。そして彼女の方を向いてイナが持論を展開しようと口を開いたその瞬間。


「ん……?」


 イナが口を半開きにしたまま、怪訝な表情を浮かべてこめかみを押さえた。彼女だけで無く、その妹達とオルカもまた同様の行動を取っていた。


「なんだ、どうした?」

「体に異常でも起きたのか?」


 周囲が軽くざわつき、一様に彼女らを心配し始める。そんな彼らを片手で制し、オルカが厳しい顔つきのままで口を開いた。


「大丈夫、大丈夫だよ。ちょっと緊急通信をもらっただけさ」

「緊急通信?」

「どこから?」

「ソウアー。ニューヨーク本部からです」


 顔をぴくりとも動かさず、ただ眼球を縦横に動かしながらイナが答える。その網膜には大量の情報が流されており、彼女はそれら全てを脳内に吸収して送られてきたデータの内容を咀嚼していた。

 解析はすぐに完了した。クチメが相変わらず抑揚の無い声で言った。


「……カサブランカ、ゴーゴンプラント、それと『S.O.H』のクルーは、直ちにハワイ島へ出向せよ。直ちにハワイ島へ向かえ……」

「ハワイ?」

「バカンスでもしろっちゅうことかいな?」


 アカシアのギャグは完全に黙殺された。ショーがクチメに尋ねた。


「ハワイに何があるんですか? 詳しいことは聞いていないんですか?」

「……なんにも……」

「あ、でも、誰がこの命令出したかはこっちで聞いてるよー!」


 静かに首を横に振るクチメの隣で、スバシリが場違いな程に明るい声を出す。誰からだ、と問いかけるジンジャーに、スバシリが変わらないテンションのまま答えた。


「えーっと、まずは総司令のオートミール・オートバーンでしょ? それと……」

「それと? 他に誰かいるのか?」

「うん! 正確には、そのもう一人の頼みが、オートミール司令を通してこっちに回ってきた感じなんだよねー! えーっと、確かもう一人は……」


 そこで言葉を切り、再度スバシリが網膜にデータを走らせる。そして数瞬の後、顔を上げて再度大きな声を放った。


「ギムレット・ザザだってさ!」





 アロワナとアカシアが息をのんだ。ショーは小声で「あの人は何を考えているんだ」と毒づいた。

 クチメは相変わらず無表情で、イナはその届けられた情報の真意を探ろうと、今まで以上に険しい顔つきをしてコンピュータを働かせていた。スバシリは「すげー! 超VIP揃い踏みじゃん!」と騒ぎ立て、オルカは澄まし顔を崩さなかった。

 そしてそれ以外の他の面々は、その全員が頭に「?」マークを浮かべていた。


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